月夜の下、あなたと
(4)

100万Hits企画






 それは突然やって来た。

 仕事は忙しかったが、それなりに充実した日々。
 藤木と藤木作のプチ『素激プリ写真集』の威力のお陰で、打ち
 合わせや灯の翻訳した映画の試写会も無事やりこなす事も出
 来た。

 自分を口説いて来る男にも馴れた。
 何が悲しくて自分が同性である男に口説かれなくてはならない
 のか。
 
 最初はケイの本を藤木の勤める出版社を介し、イギリスで出版
 した時だった。
 一人では無理だからというケイの要望を受け、付き添いとして
 打ち合わせの場に立ち会った。

 その場には藤木、灯、ケイの他、イギリスの出版社の担当者
 と編集長、そして何故か社長までもがいた。
 皆がそれぞれ違った美形。
 担当者は灯達が希望したとおり、誠実そうな柔らかい顔立ちの
 青年だった。

 この人物ならケイを脅かす事なく、仕事をサポートしてくれるに
 違いない。
 編集長はロマンスグレーの紳士的な人物。
 さぞ若い頃はもてただろう。
 社長と紹介された人物はとても華やかな人物だった。
 金髪碧眼、小振りな顔に長い手足。
 まるでモデルのようだ灯には。

 しかし、どんなに顔が良くても灯には関係ない。
 灯の関心は素だけ。
 そして例外はただ一人、クラウス・ローゼンバーグ。
 
 話すのはもっぱら藤木。
 ケイも自分の本の出版の話しだけに、時々話しに参加した。
 灯は何もする事がなかったので、取り敢えず出されたお茶を
 飲んでいたが、出来る事なら今直ぐ部屋から出て行きたかっ
 た。

 というのも、藤木と話しをしているにも拘わらず、社長の視線
 が灯に向けられていたから。
 ジッと見詰められ、居心地の悪い事この上ない。
 初めはケイのためと思い、何とか笑顔を作っていたのだが、
 段々顔が引きつって来た。

 何処か自分は変なのだろうか?
 そう思ったら気になってしまい、『どうしよう・・・・』と頭がパニッ
 クをおこしはじめた。
 体が左右に揺れ、冷や汗も心持ち出てきてる。
 灯は貧血を起こし始めていた。
 その症状に気付いたのは、隣りに座っていた藤木。
 一言「失礼」と言って灯を抱き上げ部屋を後にした。
 残された一同は唖然とし、ケイは慌てて藤木の後を追った。
 
 灯達はそのままホテルに帰った。
 ケイのイギリスで初めて出版する本の為の大切な打ち合わせ
 だったのに。
 ケイは灯に体調を気遣い、打ち合わせは何時でも出来るから
 と言ってくれたが、そう言う問題ではない。

なんでこんなに気が弱いんだろ・・・・・

 その日の夜は藤木を抱き枕にして寝た。
 藤木もそんな灯の心が分かっているだけに、何も言わず抱き
 しめ頭を撫で慰めてくれた。
 次の日もあまり体調が良くなかった灯は、打ち合わせを藤木
 に任せ一人ベッドに潜り込んで自己嫌悪していた。

 藤木とケイが戻って来た時には体調も戻っていた。

 三人で食事に行こうと部屋で話しをしている時、突然部屋を
 ノックする音が。
 知り合いなどいないこの地、一体誰が?
 
 見に行った藤木が困り顔で戻って来ると、後ろに出版社の社長
 が真っ赤なバラの花束を持ってやって来た。

何でバラ?
でも誰に?

 思っていると、灯の目の前に来て差し出した。
 条件反射で受け取ってしまったが、ハッキリ言って怖かった。
 怯える灯を余所に、彼は体調はどうかと気遣ってくれた。

 わざわざ見舞いに来てくれたのだと、灯は申し訳なく思い礼の
 言葉と、倒れた事の謝罪の言葉を告げた。
 彼は気にしなくていいと言い、そして突然訳の分からない事を
 言い始めた。
 
「漆黒の髪に濡れた瞳が美しい」とか。
「真珠のように美しい肌」とか。
「奥ゆかしさが私を魅了する。 まさに大和撫子」など。

 そんな事言われた事もなければ、自分は男であるから大和撫
 子はあり得ない。
 ジリジリと灯に近づく彼に灯もジリジリと後ろへと下がっていっ
 た。

 直ぐさま藤木が間に割って入り、灯はまだ体調が優れないか
 らと言って追い返してくれた。
 灯は恐ろしさのあまり床にへたり込んでしまった。

 このまま外に食事に行けば、会う可能性大。
 ケイも心配してくれて、その日の夜はルームサービスを取っ
 た。

 食事が終わり一息吐いたのを見計らい、藤木がケイが教えて
 くれた。

「口説かれてるんだ」と。

「なに、それっ!? 僕、男だよ?」

あんなにストレートに口説かれていたのに!?

 余りの鈍さに藤木とケイが止まった。
 そして藤木が目を眇め灯をジッと見る。
 その迫力に思わずビクリと方が上がる。

「・・・・・・灯・・・・。 それを俺に言うんだ・・・」

「あ・・・・・・・」

 視線が辺りを彷徨う。
 汗も滲む。

「へぇ〜、そういう事言うんだ」

「えっと・・・・・。 僕、そろそろ寝ようかな・・・・」

 笑い誤魔化しながら後ろ足でそろそろと離れるが藤木が許す
 筈もなく、頭をガシッと捕まれた。
 浮かんだ笑みが怖かった。
 何時も穏やかな藤木の変わりように驚くケイ。
 そんなケイの事を忘れ二人の遣り取りが続く。

「ご、ご免ね藤木。 別に藤木達の事があり得ないとかそういっ
た事じゃなくって、何て言うか・・・・あり得ない?」
 
 藤木の手から逃れ、小首をかしげながら言う。
 可愛い姿だが今は関係ない。
 クワッと藤木に噛み付かれる。

「よ〜く分かった。 灯が俺達の事をどう思ってるか。 短いつき
合いだったな」

 そのまま部屋を出て行こうとする。

「わーっ! 違う、違うよ。 藤木とショウの事じゃなくて僕、僕
の事!」

 藤木の足が止まる。
 後ろ姿でいるから灯は分からないが、ケイからはよく見える。
 笑いを堪えている姿が。

「だってね。 漆黒の髪って言われてもただ重苦しい色だし、潤
んだ瞳って言われても、乾いて刺激で出た涙だし、真珠色って
何だか病弱みたいでしょ。 まあ実際体弱いんだけど・・・
それに大和撫子っていつの時代? 今日本に生息してるの?
その前に俺男だし。 馬鹿にしてるとしか思えないでしょ」

 悪い方に曲解出来る灯の頭に、二人は暫し呆然。

 灯の態度が突然変わった。
 手を両脇で握りしめ、天井を仰ぐ。

「そうだ! 僕なんかより素が心配だ! あんなにキュートで可
愛いんだから」

「キュートで可愛いって同義語だし・・・・」

 藤木が突っ込むが聞いていない。

「ああっ!心配だ。 そうだ藤木帰るよ! 待ってて素、兄ちゃん
今すぐ帰るから」

 荷物を纏め始めた灯を藤木が後ろから羽交い締め。

「落ち着け灯。 素なら大丈夫だ、あれはお前よりしっかりして
る。 学習もしたし・・・・・」

 最後の一言だけ小声でボソリ。
 灯の動きが一瞬止まる。
 その隙を見計らって手帳を出し一番最初のページの一部を指し
 ケイに電話するよう指示した。

 二人の迫力に押されながらも、ケイはその番号に電話した。

『もしもし?』

 可愛い感じの声が聞こえて来た。
 電話から少し離れているから聞こえていない筈なのに、灯は
 藤木を振り解き受話器に飛びついた。

「もしもし、素?」

 藤木は脱力、ケイは呆然としていた。

 途中強引に灯と代わり、素にどんなに灯が男に魅力的に映っ
 ているか説明し、灯に危機感を持つよう言えと強要した。
 そして電話を交代。
 素からの大げさなくらいの物言いに、灯は「まかせて!」と力強
 く返事した。
 そのかいあって、灯は別人のように口説いてくる社長をあしら
 った。

 その社長も諦めなかったが、取り敢えず行動に移さなかったの
 で藤木も大人しくしていた。
 行く先々で口説かれる灯。
 しかし灯は忠実に素の言う事を守り、適当に受け流し次第に
 回りからは『氷の女王』など言われるようになっていた。

 実力行使しようとした者は藤木が丁寧に片づけた。

 そして月日が経ち、いつもと変わらずイギリスの自然豊かな場
 所へ行っていた時の事。
 
 素に定期連絡を入れたが繋がらなかった。
 マンションに携帯に電話したが出なかった。
 何かあったのでは?と居ても立っても居られず灯はイギリスを
 後にした。
 連絡が取れなくなって2日目、日本へ着いた。
 素のマンションへ行くともぬけの殻。
 不動産屋に行くと、先日解約したと。
 実家へ連絡しても居場所は分からず、素の勤める眼科へ行く
 と3、4日休むと連絡が入ったが元気そうだったと。

 事件の可能性はなくなったが灯は落ち着かなかった。
 そんな大変な時に限って、藤木とは連絡がつかなかった。
 嫉妬深い恋人が藤木から連絡手段を奪っているに違いない。
 思いつく限りの悪口雑言を吐きまくった。

 眠れぬ夜を過ごし、3日目にして漸く素から連絡が。
 信じられない事を言われた。

「兄ちゃん、俺、不本意なんだけど恋人が出来た・・・・・」

 当然灯はその場で気を失った。





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