月夜の下、あなたと
(3)

100万Hits企画






 悲鳴をあげた筈だったが、実際には大きく目を見開き、次の瞬間
 には倒れたらしい。

 一瞬の出来事で皆が慌てたと言われた。
 最愛の弟素の目の前で起こした失態と、職場に迷惑を掛けてしま
 ったという苦い思い出が蘇った。

そう、その子に似てる・・・

 そこでふと思った。

・・・・・・もしかしたら、この子も・・・・?

「ちょっとごめんね」

 先に詫び、相手が何か言う前に眼鏡を外した。
 素が絡んでいるので、灯は強かった。

「あっ・・・・」

「おい、灯っ」

 藤木の非難の声を無視し、灯はケイの前髪を掻き上げた。

「・・・・・・・・・・やっぱり・・・」

「嘘だろ・・・・・」

 灯は納得し、藤木は目を見張り驚愕した。

 眼鏡を取られた本人は困った顔をしていた。


 灯と藤木に悪意がなかった事と、二人が自分に劣らず美形だっ
 た事もあり、この二人なら自分の事を分かってくれるだろうと言っ
 て話してくれた。

 彼は自分の容貌を隠すため、態とそんな格好をしているという事
 を。

 眼鏡を外し、髪の毛を整えたケイ。
 一旦席を外し戻って来ると、あった筈のソバカスも消えていた。
 わざわざ書いていたようだ。
 話し方も変わっていた。
 徹底した変装に感心してしまった。

 優しい口調、柔らかい声。
 これが本当のケイの姿なのだと二人は思った。
 
 ケイは藤木達が自分の書いた本を日本で出したいと本屋の店
 主から聞いて悩んだらしい。
 でも、これはチャンスだと彼は言った。
 
 以前日本に住んでいて、簡単な日本語は話せるが、訳すとなる
 と自分では細かい言い回しが出来ないので断念したと。

 ただ出版するにあたって、条件があると言った。
 
 ケイの顔写真は出さない事。
 本名を乗せない事。
 そして担当は灯と藤木の二人だけ。
 それ以外の人なら受けないという事を。
 
 あと最後、これが一番大事だと。
 もし自分の事を聞いて来る人がいても、誰にも本名を絶対に教
 えないという事。
 例え家族だという人が来ても。
 
 二人とも訝しんだが、立ち入ってはいけない問題だと理解し、そ
 の全てを受け入れる事を約束した。

 まさか全部を受け入れてもらえると思っていなかったケイは、驚
 きながらも喜んだ。

 話していく行く内に、三人はすっかりうち解け色々な事を話した。
 灯も本来の自分に戻っていた。
 頬を染め、小さな声ではにかみながら話す灯の姿を見て、初め
 そのギャップに驚いたケイだったが、『人には色々あるよね』と言
 って、からかいもせず受け入れてくれた。

 その事もあって、灯は一気にケイを受け入れた。
 中でも一番気があったのは、お互いが車好きだという事。

 灯は高校の時藤木に見せて貰った車の雑誌を見て。

 自分とそう変わりない年齢の男がその雑誌に載っていた。
 世界トップの車メーカーSW社。
 そのCEO(最高経営責任者)の特集記事に彼はいた。
 CEO(最高経営責任者)で、彼の父親である人物の隣りに立つ
 その姿は既に人々を従える強いオーラを放っていた。

クラウス・ローゼンバーグ

 大学生でありながらも、父を補佐する彼の姿。
 そして短かいが、書かれていた彼の言葉は弱い自分を強く刺激
 した。
 今まで生きて来た中で、一番なりたいと思った姿。
 外見はどう頑張っても無理。

 短く刈られた稲穂色の髪。
 太い眉に厚めの唇。 
 力強い一重の目。
 写真からも分かる体格のよさ。
 厳格なその姿はとても凛々しく美しかった。

 なりたいのは彼の心の、言葉の力強さ。
 表面だけではなく、それを現実にする強さに。
 灯は一瞬で魅了された。
 それからはSWの記事が載った物は全て購入した。
 彼が乗っていようがいまいが。
 しかし、彼に関する物は別。
 同じ物を2冊購入。
 一冊は保存用。
 もう一冊は切り取ってスクラップブックで保存した。

 この事は弟素にはナイショ。
 素は灯の事を強く格好いい兄と思っているから。
 その兄が、こんなアイドルの追っかけみたいな事をしていると知
 ったら幻滅するかもしれないと思ったから。

 素が遊びに来たとしたもバレないよう、仕事場のクローゼットにと
 隠した。

 ただ、藤木にだけは素直に話した。
 
 最初同じ雑誌を2冊、自分で買うのは恥ずかしいから、藤木に付
 いて来てもらい一緒に買った。
 その時聞かれ、クラウスの事を話したのだ。

 灯はクラウスの事を憧れだと言っていたが、藤木から見ると“一
 目惚れ”以外のなにものでもなかった。
  
 そして、ケイは日本のトミタ自動車が好きだと。
 トミタは現在世界の第三位の位置にいる。
 常に新しい物へと挑戦している事。
 そして何処よりも環境問題に力を入れている姿勢が好きだと。
 特に3年前、トミタの御曹司が加わった事で会社が伸びたと。
 更に伸びるだろうと彼は熱く語った。

 やはりケイも、トミタの御曹司の事が好きだという事が見て取れ
 た。

 二人は熱かった。

 そんな中、彼の了解を取り、発売することになった。

 イギリスでは全く売れていなかったその本。
 しかし日本では爆発的ヒットとなった。
 そして日本が火付け役となり、アメリカで、フランスで、そしてその
 作者の本国であるイギリスで爆発的に売れたのだ。
 
 この本が出版された事で、ケイの事を探る物が出てきた。

 名前、と言ってもペンネームしか出ていない物だから偽物までも
 が出てきた。
 それらは全て藤木の手によって然るべき処置を取られ、そして制
 裁を加えられた。

 彼は灯達を全面的に信頼していた。

 そしてケイの言った通り、彼の家族だと言う者が出てきた。
 調べた所全く関係ない者ばかりだった。
 
 中にはトミタの御曹司が『自分の友人で行方不明になっているケ
 イ・エバンズではないか?』と真剣な顔で言って来たが、違うと返
 事した。

 『何故彼が?』とは思った。 
 ケイにその事を言うと、蒼白な顔になったが、敢えてその事につい
 て何も聞かなかった。
 そして『違う』と一言言った事を伝えた。

 そんな事もあり、ケイはより二人を信頼した。 
 
 後は出版社。
 自分達の所で本を書いて欲しいという所。
 今まで書いて来た物を出したいという所。
 自分の国でも出版したいという所も。
 独占的に翻訳している灯に代わり、自分が翻訳をしたいという者
 も。

 だがケイは灯達に感謝していたから、自分の本は全て灯でないと
 翻訳しないと言った。
 出版社は藤木の所だけと。

 灯はなまじフランス語、ドイツ語、中国語が出来たのでそれまで
 も訳す事になってしまったのだ。
 そして彼の今まで出していた本の全てが売れ出した。
 やはり灯の翻訳によって。

 それを聞いた海外の作家達が何を勘違いしたのか、『灯に翻訳し
 て貰えば売れる』と思い込み、それが噂となりどんどん本を送って
 来るようになった。
 そして灯に会い、その神秘的な美貌を目にした者達が言い寄っ
 て来るようになった。

 灯にとっては恐怖で大迷惑。
 大抵は常に一緒にいる藤木が何とかしてくれるのだが、藤木が
 どうしても側にいられない時は大変だった。
 代わりの編集者があまりの役立たずで、灯は途中逃げ出してし
 まった。

 幸い相手は憤慨する事はなかったが、また会いたいと言われ引
 き籠もり状態になってしまった。
 見かねた藤木が、取って置きの素の写真でプチアルバムを作り、
 素に一言、『兄ちゃん格好いい! 大好きv』という言葉を書かせ
 そのアルバムに貼り灯に渡した。

「いいか、灯。 もし、一人で誰かに会う様な事があれば、その前に
これを見るんだ。 そうすれば、怖いものは何もない。 分かったな」

 念を押し渡して来た。
 そのアルバムと、素からの言葉に灯は舞い上がり、そして藤木の
 言葉が催眠術として掛かったのか、それを渡してからの灯は一人
 の時でも毅然とした態度で様々な困難を乗り切った。
 
 短い期間で色々な事があったが、灯の翻訳の仕事は以前より断
 然忙しくなった。
 本当なら量を調整しながらと思っていたのだが、悲しい事に持ち
 込まれる本が皆面白いのだ。
 その為に部屋の中には、持ち込まれた本、辞書、資料などが増え
 本の置き場がなくなり、灯は仕方なく別なマンションに移り住む事
 になった。

 素の住む場所から離れる事になってしまい涙した。
 だが、素の『泊まりに行くから』の一言で涙を飲み新しいマンション
 へと引っ越した。

 素は約束通り、時々遊びに来た。
 忙しい中、素と過ごす時間が灯の安らぎの時間となった。

 『家を出るなら一緒に住もう』と何度も言ったのだが、『男なら一度
 は家族から離れ社会を体で感じるべきだ』と可愛い顔に似合わず
 男らしい言葉をもって一人暮らしを始めた。

 救いは灯のマンションから近い事だった。
 素は引っ越してからも変わりなく灯の部屋へ泊まりに来た。

 「ゆくゆくは一緒に暮らそうね」「うん、そうだね」と言っていた。
 それだけが楽しみだった。

絶対そうなると思っていたのに・・・・・





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