月夜の下、あなたと
(2)

100万Hits企画






 最愛の弟に出来た初めての彼女。

あれは最悪な女だった・・・

 所謂、初物食いが趣味な女だった。
 素はまんまとその女の毒牙に掛かってしまったのだ。

 これは灯が藤木に頼み、素の元彼女の事を調べさせ明らかに
 なった事。
 なまじ女の顔が良かっただけに、素は魔の手に落ちてしまった
 ようだ。
 
 この女、ほかにも同じような事をしていて多数の被害者を出して
 いたようだ。
 出来る事なら抹殺してやりたかったが、素と別れた事でそのま
 ま放置する事に決めた。
 2度目はないと思うが、もしまた素に近づいた時には『抹殺』を
 心に誓った。

 藤木に至っても素は弟の様なもの。
 その時は手を貸すと言ってくれた。

持つべきものは親友だ
 
 今は女の事よりも、どん底に陥ってしまった素を何とか立ち直ら
 さなくてはいけない。

 灯はその使命に燃えた。

 沢山の愛情を注ぎ、そして甘やかした。
 仕事そっちのけで。
 
 その為に必然と仕事も減ってしまったが、そんな事くらいで仕事
 を回さなくなった出版社など、灯の方からお断り。

 藤木もそれが分かっているから、兎に角佐倉兄弟が落ち着く
 までは仕事を回すのを一旦中断した。
 また藤木にはその力があったから。
 
 三ヶ月という長い時間だったが、灯の溢れかえった愛のお陰で
 すっかり立ち直った素。

 それまで以上に灯にべったりになった。
 これは灯にとって、何よりも嬉しい出来事。
 ただ腹が立つのは、あんな目に合ったにも拘わらず、素はまだ
 彼女を作る事を諦めていなかった。

 しかし灯には分かっていた。
 素が口では『彼女を作る!』とは言っていても、実際には腰が引
 けている事を。

 素とお出かけをし、途中お茶をしていた時の事。
 二人は逆ナンされた。
 女達は自分達の容姿にかなりの自信を持っているのが見え見
 え。
 断られるなどとは全く思っていなかったようだった。

 だが周りから見ると、明らかに灯達には劣っていた。

 明らかに素の元カノと似た人種。

 素にも分かったのか、引きつった顔をしていた。
 しつこい女達。
 灯は無視をしていた。

 そんな灯達の様子に一人が焦れ、素に触れた。
 瞬間灯は切れた。
 それでなくとも、素との時間を邪魔された事に腹を立てていたの
 だ。

「その程度の容姿で、僕達に近づくな」

 女達はその場で固まった。
 
「どう見ても僕達の方が美人だろ」

 言って回りを見回すと、そこにいた数人が頷いていた。
 少し気分はすっきりしたが、それでもまだ収まらない。

「それに、逆ナンしてくるようなはしたない女性は願い下げだ」

 言い切って灯は伝票を持ち、素を促しその店を後にした。

 灯のハッキリとした物言いと態度に素は感動し、腕にしがみつき
 「兄ちゃん格好いい〜。 やっぱり俺兄ちゃんがいればいいや」
 などと、灯を舞い上がらせる言葉を言ってくれた。

 素以外の人となら絶対出来ない行動と発言。
 素の前でなら格好いい兄になれる。
 内気で赤面症ではない、常にこうでありたいと思う姿に。

 その嬉しさが原動力となり、仕事に打ち込み、自分の首を絞め
 てしまう事になろうとは思ってもいなかったのだが。


 素が落ち着いた事もあって、途中で投げ出してしまった仕事を
 再開した灯。
 後ろ髪を引かれる思いだったが、イギリスへと戻って行った。

 そしてその地の本屋にぶらりと入って、一つの本を手にしたの
 が運の尽き。

 『魔法使いの少年のお話』

 ボサボサの髪。
 自分に自信がなく、常に俯きがち。
 友達もいない暗い少年が、ある日突然現れたフクロウの手紙に
 導かれ魔法の国に行く。
 魔法の修行をしながら掛け替えのない友人達と出会い、大魔
 法使いへと成長して行くお話。
 
 在り来たりな話ではあったが、内容は濃くとても面白かった。
 前日電話で素が「帰って来たら、暫く兄ちゃんのマンションに泊
 まりに行っていい?」と言って来た事で舞い上がり、仕事とは関
 係なく勢いよくその本を翻訳。
 それを藤木に渡した。
 読んだ藤木が気に入り、日本へその翻訳を送った所、出版社の
 方でも面白かったと。
 是非日本で本を出したいからという事になり、イギリスにいた藤
 木と灯がその作者に会う事になった。

なんて事・・・
素との時間が減る・・・

 しかし自分が見つけてしまった本だし、気に入った事は事実。
 仕方なく思いながらも、その仕事を受けた。

 その本は自費出版で、その本屋の店主しか居場所が分からな
 いという事だった。
 会いたいと言うと、自分が連絡を取るからホテルで待っていてく
 れと言われた。
 
 会いたいと言ってから3日目。
 漸く会ってもいいという返事を貰った。
 どんな気むずかしい人物か。
 灯は会う前から緊張のためフラフラになっていた。

 そして実際に会って驚いた。
 
 その主人公がその場にいた。

「初めまして、ケイ・エバンズです」

ダサイ・・・・

 隣にいた藤木も唖然としていた。

 ボサボサの髪で俯いていて、顔の表情が分からない。
 自信なさそうに話す声も小さく、何度聞き返した事か。

でも、何処かで見たことがあるな・・・
それも、ごく最近・・・

 灯は必死で思い出した。

 鳥の巣の様な頭。
 全く見えない表情。
 隠れた前髪からチラッと見える眼鏡。
 肌の色は透けるような白さだが、もの凄い数のソバカス。

誰だったかな・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!
素の眼科の患者さんだ!

 つい先日、素の勤める眼科で見かけた患者そっくりだった。
 中学生の彼とは年齢差が大分あるが、そっくりだった。
 顔が似ているとかそういった事ではない。
 
 見た目のダサさだ。

 いや、思わず『人間?』などと、思わず呆けた事を頭で思ってし
 まった。

 成金親父も真っ青な鼈甲眼鏡。
 それなりに身長はあるだろうが、猫背。
 鳥の巣が可愛く思えてしまう、爆発した髪の毛。
 当然顔は隠れていて、表情は全く見えない。
 唯一見えるのは口から下の部分。

 白い肌に唇だけが妙に赤く、口角が上がっていてニヤリと笑って
 いるようにとれる。

あれはホラーだった・・・・・

 そんな彼と似ていた。

いや、こっちは普通の黒縁の眼鏡。
まだましかも・・・・・・

 藤木がその患者を見ていればきっと「どっちもどっち」と言っただ
 ろう。
 
 しかし日本の彼にはその後があった。
 彼は驚くべき美貌の持ち主だったのだ。

 初めは分からなかった。
 素を眼科へ迎えに行った時、中に入った途端現れた美形。
 今はまだ幼いだけに美少女だが、将来はどれ程の美形になる
 事か。

 卵形の小さな顔。
 ミルク色の白い肌。
 スッと通った高い鼻梁。
 長い睫。
 綺麗な紅茶色の瞳。
 艶々に輝くピンク色の唇。
 どのパーツ取っても美しく理想的なもの。

 通常なら全てが相殺しあって平凡な顔立ちで終わりそうな所だ
 が、目の前にいた人物は全てが引き立てていた。
 それ故驚くべき美貌となっていた。

 その人物が灯に向かって、輝かんばかりの笑顔で「こんにちは
 佐倉さんのお迎えですか?」と気さくに話しかけて来た。

『はて、知り合いだっただろうか。 いや、こんな美形なら絶対忘
れない。 でも、一体・・・・・』

 などと思っていると。

 「あ、すみません。 これじゃ分かんないですよね」とポケットの中
 から見覚えのある眼鏡を出して掛け、前髪を下ろした。

「これで思い出しました?」

 唯一出た唇が笑い、灯は叫んだ。

『いや〜〜〜〜〜〜〜〜!!』





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