月夜の下、あなたと
(1)

100万Hits企画






 窓際に置かれたお気に入りのラブ・ソファー。
 両足を抱え、頭を肘掛けに乗せ横になる。
 
 20畳もある広々とリビングにも拘わらず、部屋の片隅に置かれ
 たこのソファーが灯には一番のお気に入りの場所だった。

 悩み事、楽しい事、何か考える時、常にこのソファーで膝を抱え
 肘の部分に頭を乗せ横たわった。
 この体勢が一番落ち着くのだ。

 特に夜。

 部屋の明かりを消し、窓から空を見上げるのが大好きだった。
 都会の夜空では綺麗な星空を見る事は出来ないが、月は同じ
 姿を見る事が出来る。
 日々形が変わる月を眺めるのが大好きだった。

 灯のいるこの部屋は、行く行く弟の素と一緒に暮らそうと思い買
 った物。
 27階建てマンションの26階。
 窓からの眺めは最高だし、何より空が近く感じた。

 たった一人、可愛く大切な弟。
 人からは、重度のブラコンと言われている。

それがどうした!

 素の微笑みは天使の微笑み。
 見る者全てを幸せにすると言っても過言ではないと灯は思って
 いる。
 微笑みだけではない。

 容姿もとても愛らしい。
 クリッとした大きな瞳。
 栗色のフワフワな髪。
 白い肌に、頬はほんのりピンク色。
 そして、ふっくら艶々な唇。
 その唇からは愛らしい声。
 あの声で「兄ちゃん」と呼ばれる度に、デレデレになる自分が
 いる。
 きっとだらしない顔をしているのだろう。

 だが藤木達から見れば、それはもう輝かんばかりの美しさ。
 その笑みに皆が落ちて行く事に気付いていなかった。

 素が男で、弟でなければお嫁さんにしていただろう。
 兎に角、灯にとって素は特別な存在。
 
 素に強く、格好良く、優しい兄だと言って貰えるよう、それはもう
 必死で頑張った。
 そのかいあって、素の理想の兄になる事が出来た。

 但し、素の前限定。
 
 素のいない所だと以前と変わりない内気で人見知りで赤面症
 な灯のまま。
 それでは駄目だと思ってはいたが、どうする事も出来ず。
 
 そんな時、親友である藤木が画期的な方法で灯を強くしてくれ
 た。
 
 それは素の写真。
 素の視線、それが写真であったとしても有効だという事に気
 付いたのだ。
 それからは、外でどうしても人に会わなくてはならない時、ここ
 ぞという時には、必ず素に写真を一目見て、それをアルバムに
 して肌身離さず持ち歩いた。

 その甲斐もあって、何とか無事過ごして来たのだ。
 人によっては、「それはもう愛でしょう」と言う。

 灯としては、そんな簡単な言葉で片づけて欲しくはなかったが、
 反応するのも面倒くさいのでそのまま言わせておいた。

 兎に角、素。
 素だけが灯にとって生き甲斐だった。
 それを横からかっ攫って行った男がいた。

 その前にも、年上の女に短い期間だが素を奪われた。

 その頃、素は社会人になってまだ2年目。
 灯は翻訳家として活躍し、実家の部屋が資料で溢れかえりどう
 しようもなくなったため、泣く泣く実家を出て別なマンションに住
 んでいた。
 当然実家近くの。
 仕事の為、どうしても海外へ行かなくてはならなくなり、担当で
 高校からの友人である藤木とイギリスへ。
 二ヶ月という長い期間。
 電話は毎日欠かさず。

 だが半月たったある日の事、灯をどん底に陥れる出来事が。

 いつもと同じように素に電話をした。
 その日の素は、電話に出た途端はしゃいだ声を出していた。
 
おかしい・・・・

 だが、聞く前にその理由が明らかになった。

『兄ちゃん、俺、彼女が出来た!』

「・・・・・・何だって――――――!?」

 その後も素が何やら話していたのだが、もう何も聞こえていな
 かった。
 
 どのくらい時間が経ったのか、分からない。
 
『あ、彼女からだ。 じゃあね、兄ちゃんまた明日』

「待って、素!」

 切られてしまった。
 携帯に掛かってきた、彼女からの電話にあっさり切られてしま
 った。

お〜の〜れ〜〜〜〜

 まだ見ぬ素の彼女に、怒り爆発。
 隣りの部屋で寝ている藤木を叩き起こした。

「素に悪い虫が付いたから、今直ぐ帰る!」

 突然怒鳴り声とともに、体に衝撃を喰らった藤木。
 灯がベットへダイブしたのだ。
 何が何だか分からなかったが、素が関係している事には間違い
 ない。
 
 出来る事なら、灯の言う通りにしてやりたかったが無理。
 今は夜。
 しかも、灯達がいるのは郊外より更に離れた場所。
 
 藤木一人なら、一日車で走り続ければ着く場所でも、体の弱い
 灯にはとても無理。
 一番近い空港まで行くにしても、最低3日はかけて行かないと
 途中で倒れてしまうのは目に見えている。
 取り敢えず今の時間帯では飛行機は飛んでいないからと、何と
 か宥め眠らせたのだ。
 翌日、藤木は仕事先の相手に「家族に不幸があった」と大嘘を
 平然と吐きその地を後にした。
 
 10日後、灯達は日本へと戻った。

 その間も素との連絡は取り続けていた。
 楽しそうな素に、灯は日々衰えて行った。
 そしていよいよ明日、空港の地へ着くという日、素から爆弾発言
 が。

『実は、昨日初めて彼女とホテルに行ったんだ』

 その瞬間灯は倒れた。
 気付いたら2日経っていた。
 直ぐにでも帰りたかったが、起きあがる事が出来ず、結局日本
 に着いたのは、素から彼女が出来たと聞いてから、10日後だっ
 た。
 
 弱り切った体で自宅に着いた灯。
 その家には、灯に負けないくらい弱り切った素の姿があった。

「素!? どうしたの、なにがあったの、こんなに窶れて・・・・」

 負けず劣らず窶れていた灯だったが、最愛の弟の様子がおか
 しいのだ。
 
「兄ちゃん・・・・・」

「なに?」

「俺・・・・、俺・・・・」

「どうしたの?」

「振られちゃった〜〜〜〜〜」

「何だって―――――――!?」

 心の中で万歳三唱。

『やった〜〜〜〜〜♪』

 歓喜の声を上げた。 





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