幸せになりましょう
(8)






 静まりかえったこの場を一体どうしたらいいのかと、誰もが思い
 苦悩する。

 大吉は妻も、娘もとても愛しているが、それ以上に叶を溺愛して
 いる。
 無表情だが、しかし誰よりも大吉に懐き、日本人形のように愛
 らしい叶は、一族のどの子供より愛おしかった。
 叶の兄隼人など、大吉を恐れ近寄りもしない。
 それは一族の他の子供達も同じ事。
 その為に余計、叶を溺愛した。
 この叶に対する溺愛ぶりは和子、春香も微笑ましく見ていた。

 普段滅多な事では落ち込む事などない大吉。
 どちらかと言えば政治家、官僚の不始末などに怒り心頭する
 事の方が多い。
 そういった事があったとしても、大抵この二人の内のどちらか
 か慰め、諫めれば事は収まっていた。
 だが、こと叶に関してはそれが出来ない。
 この時ばかりは二人共、成り行きを見守る事しか出来なかっ
 た。

 叶の口から『大丈夫』だの『ありがとう』だのと言った言葉がない
 限り、大吉は立ち直る事が出来ない。

 叶は嘘や、卑怯な事が大嫌い。
 これは幼い頃より、和子から徹底的に言われてきたから。
 男は常に、正しく、そして潔くと。
 そして自分がされて嫌な事は、他人にもしないと。
 
 その時和子は隣にいる大吉に向かって「あなたももそう思いま
 すよね」と微笑み、大吉が口元を引きつらせていた。

 和子に言われたその言葉は、正しいと叶は思っている。
 嘘を吐けば相手を傷つける事がある。
 そして時には言った者自身をも。
 それを見て経験した叶は、和子の言う通り嘘はつかず、常に清
 く・正しく・誠実にあり続けた。

 だから今回、大吉が叶のに為とはいえ和子に抜け駆けにした
 事はとても悲しかった。

 落ち込んだ叶をどう慰めればいいのか。
 叶が立ち直らない限り、大吉も立ち直る事はない。
 だがそれによって、どれだけ周りに被害が及ぶか。
 下手をすれば、死人が出るかも知れない。

 それは政治家か、それとも官僚、会社社長か。
 兎に角幾つかの会社が潰される事は間違いない。
 大吉に意に添わない物が葬り去られる事になるだろう。
 幾ら社会に害をなすものとはいえ、こんな潰され方をするとは夢
 のも思わないだろう。
 
 何とかしなくてはと雅人は思ったのだが、下手に自分が口を出
 すと更に悪化する恐れがある。
 どうしたらいいのかと本気で悩み始めた。

「叶さん、御前を責めないで下さい」

 今まで黙って叶の隣に立っていた鷹也が叶にそっと声を掛け
 た。
 皆の視線が鷹也に集中した。
 剣総帥もまさか鷹也が口を挟むとは思っていなかったのか、驚
 いた顔。
 一つ間違えば、いくら強大な剣といえども、ただではすまない。
 だが、止める事はなく鷹也を見守っていた。
 
「叶さんが、嘘や抜け駆けが嫌いだという綺麗な心の持ち主であ
る事は私も知っています。 ですが僕には御前の気持ちも良く分
かります」

なにゆえ?

 鷹也の顔をジッと見つめる。
 頭の中が疑問符で埋め尽くされた。
 剣は叶が知る限り、清廉潔白な人物。
 その口から、抜け駆けする気持ちが分かるという言葉が出るの
 は驚きであった。

 殆ど表情の変化はなかったが、だが僅かに瞳の中にその疑問
 が見てとれた。
 叶だけを見続けていたが故に、鷹也には分かった。

 どこまでも綺麗な心の持ち主。
 幼い頃はその容姿に一目惚れをしたが、見守る中でその心の
 素直さ美しさに心惹かれた。
 自分には持つ事の出来ない真っ白な心に。

 鷹也がいる場所、将来立つ場所にはは真っ白な心でなどでは
 いられない。
 常に闇と隣り合わせ。
 剣グループはあまりにも強大だが、潰し、代わろうとする者が
 いる。
 仕掛けられる前に相手を潰さなくてはならない事もある。
 会社を、そこに働く者は何万人。
 家族を合わせれば何十万人のも人間が剣にはいるのだか
 ら。
 それを束ねるには叶のように無垢ではいられない。
 だからこそ鷹也は叶を強く望んだともいえる。

叶さんの目に僕はどう映っているのだろう
 
「愛する人に少しでも近づきたい、良く思われたいという気持ち、
私は知っています。 僕の全てを抛ってでもあなたが欲しい。 御
前が抜け駆けをしてしまったのも、叶さんを愛するが故。 ですか
ら御前を責めないであげて下さい」

 愛しているから抜け駆けをする。
 人を愛した事のない叶には、その気持ちが分からない。
 いつか愛する人が出来ればそう思う日が来るのであろうか。
 
 鷹也は剣財閥の次期総帥。
 頭脳明晰・品行方正。
 何事に対しても動じる事なく、常に冷静な姿しか見た事がない。
 望まなくとも全てが手に入る。
 そんな鷹也が愛する者の為ならば、抜け駆けも厭わないとい
 う。
 全てを捨てても相手の愛が欲しいと言う。
 
剣君は、意外と情熱的であったか
そこまで愛されるとは、彼の方はなんと幸せなお人じゃ

 ほほぅと感心して見ていた。

「叶さん、お忘れなようですがあなたの事です」

はて?

 何の事を言われているのか分からない。
 
「僕もあなたを愛するが故に卑怯な手を使いました。 正攻法で
いってもあなたを妻に迎える事は出来ない。 黙ったままでいれ
ば、叶さんは僕ではない誰かと結婚してしまう。 それだけは許
せなかったので、叶さんのお相手が決まる前に、この藤之宮の
中で最も力のある御前の元へ伺い、あなたを妻に欲しいと直談
判しました。 そうでなければ男の僕があなたの夫となる事など
出来ないから」

 手を取られ、真剣な眼差しで鷹也に語られ思い出した。
 自分は鷹也の妻になるのだと。
 鷹也は叶を愛するが故、相手が決まってしまう前に大吉の元へ
 行った。
 鷹也の言う通り、男同士では結婚など出来る事が出来ない。
 確かに抜け駆け。
 しかし、何故か不愉快ではなかった。

ん?

 周りを見ると何故か脱力していた。
 
「如何しました」

 それに代表して答えたのは母春香だった。
 
「鈍い鈍いとは思っていたけど、ここまでとは思ってなかったわ」

 ふう、とため息を吐かれてしまう。
 自分では鈍いとは思った事などないので、何を失礼なと反論し
 ようかとしたが、春香によって遮られた。

「こんなに鷹也さんに愛されているのに、男心が分からないだか
ら。 恋愛に関しては何でもありです。 相手を物にしようと思うの
であれば、多少卑怯な手を使うのは当然の事。 お祖母様もお
祖父様をゲットされるのに駆け引きをされたんですから。 お母様
もそうよ。 ねえ」

 言って夫である雅人の顔を見る。
 その向こうでは祖母も頷いている。
 如何に相手を夢中にさせるか。
 時には気のある振り、時には情無くし、相手により関心を持たせ
 る。
 その駆け引きで春香は勝利し、雅人は藤之宮の養子となった。
 それを話すと、雅人の男らしい容姿が情けない顔になった。
 
成る程、恋愛に関しては良いのか
恋愛とは奥が深いのぉ・・・
されど叶も男子であるが、グランパや剣君のような男心は分から
ぬ・・・・
どうしたものか

 苦悩する叶。
 それを救ってくれたのは鷹也だった。

「今はまだ分からなくてもいいんです。 叶さんはそのままでいて
下さい。 そして僕と恋をしましょう。 これから僕とあなたは夫婦
になります。 この先何年、何十年と貴方と同じ時を過ごしていき
ます。 その間にまだ知らない僕を知り、そして好きになって下さ
い。 急がなくていい。 ゆっくり僕と恋をしましょう」
 
「鷹也がこんなに情熱的な子だとは思わなかったわ・・・」

 ボソリと響子の声が聞こえた。
 藤之宮の女性陣は感動していた。
 勿論叶も。
 学校でも殆ど話す事なのなかったが二人。
 こんなに愛されているとは、今の今まで知らなかった。
 今日初めてその顔をジッと見たが、眼鏡の奥に光強い眼差し。
 理知的で非常に整ったハンサム顔に叶の頬がほんのり染ま
 る。

 今までとは違う叶の態度に、鷹也の中に希望の光が。
 婚約の申し込みをした時、確かに叶は受け入れてくれたが不
 安でもあった。
 本当に好きになって貰えるのかと。
 だが今この姿を見るとその不安も薄れて行く。

まさかこんなに早く気になって貰えるとは・・・・

「叶さんだけです」

「そ、そうか」

 思わずてれてしまう。
 真摯な態度の鷹也に、叶も改めて向き合いそして受け入れよう
 と心に決めた。
 叶の右手を握る鷹也の手に、そっと左手を重ね言った。

「叶は・・・剣君、そなたの為に三国一の花嫁になりましょうぞ」

 語る姿は真剣で、本人も真剣だったが、相変わらず言い方は
 おかしかった。

「三国一って・・・。 今時そんな言い方しないわよ」

 響子がボソリと突っ込んだ。
 鷹也の弟竜也も、初めて聞く叶の時代錯誤な話し方に目を剥
 いていた。
 隼人と雅人は頭を抱えていた。





  





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