幸せになりましょう(7)






 叶は剣に抱きしめられ、その逞しい腕の中ですっかり寛いでい
 た。
 家族とは全く違う抱擁にうっとりしていた。
 すっかり状況に流されている叶。

 一方の剣も、焦がれ続けた叶が己の腕で身を任せている事に
 幸せを感じていた。
 叶の存在を確かめるように、時折髪に頬に口づけていた。

 二人はすっかり出来上がっていた。

 このままでいたいという気持ちもあったが、家政婦が「そろそろ
 お食事会のお時間でございます」と呼びに来たため、二人の
 甘い一時は一旦終わった。

 叶としては剣と同じ車に乗って行きたかったのだが、まだ結納
 も交わしていないのに、そんなはしたない真似は出来ないと心
 を鬼にして両親と同じ車へと乗った。

 剣、叶達の乗った車、叶の兄弟の車が揃って都内の老舗ホテ
 ルにエントランスへと横付けされる。
 ホテルの方には、到着時間を知らせていた為に、入り口には
 支配人達が揃って叶達を迎えてる為に既に待機していた。

 剣は車を降りると支配人達に簡単に挨拶をすると、直ぐさま叶
 の乗る車へと近づく。
 そして車から降りる叶に手を差し出し、まるでナイトの様にその
 手を取りエスコートする。

 対になった二人の姿を見て、支配人達はほおと息を吐く。
 叶の両親、兄家族がそれぞれ車から降りると華やかさが倍増
 となった。

 ロビーに入って行くとその場に居た客、ホテル従業員がその場
 に止まり彼らを目で追う。
 エレベーターに姿が消え、その場が動き始めた。

 見かけと違い、堅苦しい事が嫌いな叶の為に雅人はB1にあ
 る日本料理の店を選んだ。
 170年の歴史を保つ懐石料理は妻春香も好んでいる。

 中へ案内されると既に剣家は揃っていた。
 何故か緊張した空気が漂っている。
 見ると、鷹也の両親の他に、その席には後ろ姿ではあるが姿勢
 が良く気迫漂う着物姿の老人が座っていた。
 その隣には上品な藤色の着物を着た婦人も。
 その姿を見た雅人達にも緊張が走る。
 しかし緊張していない人物がただ一人。

「グランパ? おばあちゃま?」

 呼び方は可愛いが、淡々とした声なのであまり可愛らしく聞こえ
 ない。
 それに「おばあちゃま」はその上品な婦人なら似合うのだが

・・・・・グランパ?
似合わない

 叶達家族以外の心の呟き。
 その老人を知る者ならば、その呼び方は非常に似合っていな
 い。
 寧ろ引くだろう。
 事実剣婦人に至っては、綺麗な顔を引きつらせている。
 叶の声を聞き止めたのか、その老人が振り返る。
 その年代の老人にしては身長もあり、体格もよい。
 眼孔は鋭く、刃向かう者は全て政界・経済から抹殺してきた。
 一線を退いているとはいえ、その発言力は絶大。
 叶の祖父藤之宮大吉は、『藤之宮の御前』として未だ恐れられ
 ている。
 剣グループ総帥賢護は現在政財界の頂点に立ち、恐れられて
 いるが、その剣さえも『藤之宮の御前』には及ばない。
 賢護自身、大吉の事は特別であった。

 その『藤之宮の御前』を、孫である叶は『グランパ』と呼ぶ。
 そして呼ばれた『藤之宮の御前』も怒り出したりはせず、「おお、
 叶」と相好を崩し「近う、近う」と手招きをして叶を呼んでいる。
 孫が可愛くてしょうがないという事が、目の中に入れても痛くな
 い程の可愛がりよう。

 その顔に、藤之宮家一同脱力。
 剣家に至っては驚き、引いていた。

 叶は鷹也の手を引き祖父の元へ。
 鷹也も戸惑う事なく、そのまま一緒に行く。

 側に行くと大吉は立ち上がり、叶を抱きしめ頬摺りをする。
 
「久しぶりじゃのう。 暫く見ぬ間にまた美しゅうなったようじゃの。
叶はほんに和子似じゃ」

 若かりし頃の祖母とうり二つと言われても、叶は複雑。
 大吉に見せて貰ったアルバムに写る祖母和子は、確かに自
 分と同じ顔。
 違うのは髪型位なのだ。
 隣に写る大吉は着流し姿で、目を見張る程の美丈夫。
 出来る事なら大吉に似たかった。
 これならさぞかしモテた筈。
 大好きな和子に似ているのは嬉しいが、複雑な叶だった。

「グランパ。 苦しい・・・・・」

 体格のいい大吉に体にスッポリと嵌った叶。
 ギュウギュウ抱きしめられ、華奢な叶は酸素不足でクラクラして
 いた。
 叶の弱々しい声に、大吉も慌てて叶を離す。

「おお、すまなんだ。 嬉しゅうてのお。 ほんに久しぶりじゃ」

 満面の大吉。
 一方の叶に至っては、表情を変える事ない。

「グランパ。 久しぶりと言われるが、つい2日前グランパの屋敷
にて会うたではありませぬか」

 いつも通り淡々とした口調。
 だがこの喋り方には剣家一同が驚いていた。
 天下の『藤之宮の御前』。
 いくら身内で、孫であっても許されるのか。
 これが兄、隼人であれば一喝されるのだが叶は別だった。

それに、この時代錯誤な話し方は・・・・・

 今時、若者が使う言葉使いではない。
 かと言って、叶が「はあ〜? 何言ってんの〜。 こないだ会っ
 たし〜」などという話し方は全く保って似合わない。

 剣婦人に至っては『何時代?』と思っても仕方ない事。
 自分の親友である春香は至って普通な話し方。

 コホンという咳払いに、一同の視線が向く。
 一斉に視線を向けられた雅人は、中でも一番苦手としている
 義父に声をかけた。

「お義父さん、どうしてここへ。 今日は来られない予定だったの
では」

 射抜くような眼孔。
 蛇に睨まれた蛙の如く固まる雅人。
 何時まで経ってもこの義父には適わない。

「何を言うか! 可愛い孫の為ならば、総理大臣との会食などどう
でも良いこと。 今日という日が分かっておるのに、何故儂にその
事を伝えなんだ! 全くいつまで経っても使えん男じゃ」

 恫喝され、更に背中に滝のような汗が流れ落ちる。
 国の代表でもあり、政治を司る総理大臣との会食をどうでもい
 いと言えるのは大吉くらいだろう。
 それに、今回の会食の事は伝えてある。

「大吉さん、連絡はちゃんと頂いてます。 ただ、私が伝えなかっ
ただけです」

 和子はそう言い、ほほほっと笑う。

何ですって! お義母さん・・・・

 雅人はガックリとなった。
 そう、電話に出たのは和子だった。
 その時「あらまあ、その日は大臣とお食事だわ。 残念ね、わ
 たくしだけ伺わせて頂くわね」という返事だった。
 おかしいとは思った。
 叶一番の大吉が来ない筈がないのだ。

 大吉は恨めしそうな顔で妻和子を見る。
 
「和子、何故その様な大事を儂に隠した」

「それはね・・・・・」

「・・・・それは?」

 固唾を見守る一同。

「大吉さんに自慢したかったの」

ガクッ!
 
 口元に手を当て、軽やかに笑う和子だった。
 上品な婦人のお茶目な行動に、剣家一同唖然。
 こんな事を出来るのはこの人くらいだろう。

しかし、藤之宮家って・・・・・

「お義母さん、あんまりです・・・」

「そうじゃ、和子。 あまりの仕打ち。 儂が何か致したか?」

 二人に揃って抗議された和子に、反省の色はなかった。
 しかし、雅人には謝罪を入れる。

「だって、大吉さんたら、いつも叶を独り占めするんですもの。 
一昨日も、折角叶が来ていたのに、大吉さんたら叶を連れて出
かけてしまうし。 いくらわたくしの踊りのお弟子さん達が来てい
るからって、あんまりです。 それに、晴れ着を勝手に決めて来て
しまわれたでしょう? あれ程、『選ぶ時には、ご一緒に』と決め
ていたにも拘わらず」

 ニコニコ笑いながらも、目が笑っていない。
 以外にも迫力があり、その場に居た全ての者が『最強』という
 言葉を和子に贈った。

 ばれていないと思っていただけに、大吉の狼狽えは大きかっ
 た。
 
「呉服やさんからお電話を頂きましたのよ。 『この度はおめでとう
ございます。 川端屋の名に恥じぬ仕事をさせて頂きます』って」

し、しもた―――!

 懇意にしているだけあって、電話でも店へ顔を出しただけでも川
 端屋からは和子に連絡が行く事を忘れていた。
 叶の晴れ着を選ぶのに夢中で口止めを頼むのを忘れていたの
 だった。

 汗が噴き出る。
 楽しみにしていただけに怒りも大きそうだ。
 抜け駆けしただけにフォローのしようがない。
 固まっていると、叶の声が。

「おお、どうりで煌びやかであった筈。 あの反物は祝いの着物で
あったか」

 普通であれば、「え、あれお祝いの着物なの、嬉しい、ありがと
 うお祖父ちゃん」となり嬉しさを言葉や表現するのだろうが、そこ
 は叶

「グランパ。 抜け駆けなど、男のする事ではありませぬ。 まして
おばあちゃまとの約束事を破られるとは・・・・。 叶は悲しゅうござ
います」

 とても悲しそうには聞こえないのだが、家族は分かっていた。
 本当に叶が悲しんでいる事を。
 大吉は慌てた。
 叶を喜ばせたかったのを、逆に悲しませてしまったのだ。
 見るからに落ち込む。

「・・・・・すまぬ、叶・・・・」

 ションボリする大吉の姿に、その場に居た者達は凍り付いた。





  





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