幸せになりましょう
(9)






チュンチュン

 雀の囀りで目覚めた叶。
 外は天気がいいのか、障子が朝の光に照らされていた。
 
 いつになく爽やかな目覚め。
 ゆっくりと起きあがり、少し寝乱れていた浴衣の襟を正す。

 昨日は両親から、突然婚約の事を聞かされ、そしてその婚約者
 と対面。
 相手が男で、しかも同級生である剣鷹也であった事に多少驚い
 たが、母春香が「そんな些末な事を。 妻たるもの、如何に夫に
 愛されるかが重要な事なの。 鷹也さん程、叶さんの事を大切に
 してくれて、愛して下さる方はいないのよ」等と力説され、そうい
 う物なのかとそのままあっさり納得し受け入れていた。

 鷹也の事は、名前・年齢等、本当に最低限の事しか知らない。
 鷹也本人に言わせると、これから時間はたっぷりあるのだから
 時間をかけゆっくり知って貰えればいいと言っていた。
 そして最終的には自分を好きになって欲しいとも。

 恋愛としての「好き」という気持ちは叶にはまだよく分からないが
 鷹也の事は嫌いではない。
 抱きしめられれば安心感を得たし、キスをされた時には気持ち
 がフワフワし心地よかった。

 確かに時間はたっぷりある。

その間に、この思いがいかようなものか分かるであろう
好きという気持ちも同時に分かるであろう
楽しみじゃ

 等と思っているうちに食事会は恙なく終えた。
 結納は後日改め、大安の日に執り行う事となり別れたのだっ
 た。


 布団から出た叶は、顔を洗い制服に着替え家族の待つ食卓の
 間へ足を運ぶ。
 どんなに忙しくても、出張、旅行などで屋敷にいない時以外、朝
 は家族全員が同じ食卓で食事を取る事が藤之宮での取り決
 め。
 
 彼等が食事をする時には部屋の前には控えの者がおり、叶が
 姿を現すと挨拶をし、障子を開けた。
 叶もその者に挨拶をし部屋に入ろうとしたのだが、中にいる人
 物を見て驚いた。

「剣君?」

 両親、兄夫婦の他に、昨日婚約者となった剣鷹也の姿がそこ
 に。

「お早うございます、叶さん」

「お早う・・・・。 いかがされた?」

 その場に立ったまま呆然と鷹也を見下ろす。
 すると鷹也が立ち上がり叶の元へ。
 手を取られ、叶の席へと案内される。
 それに大人しく従い席に着く。
 その隣りに当然のように腰を下ろす。
 鷹也の前には皆と同じよう食事の支度がされていた。
 
「今日から叶さんと一緒に登校しようと思って。 少し早いのです
がお迎えにあがりました。 突然だと失礼なのでこちらには昨晩
のうちに連絡させて頂きました。 ご迷惑でしたか?」

おお、なぜじゃ
剣君の笑みが眩しい・・・・
 
 爽やかな微笑みを向けられる。
 学校では常にクールである鷹也。
 なのに昨日からは柔らかい、しかし熱の籠もった微笑み。
 思わずクラリとなる。
 だが叶の表情に変わりはない。

「いや、迷惑ではないが。 忙しいのであろう? にも拘わらずこ
のように早い時間。 そなた無理されておらぬか?」

 声、表情共に殆ど変化はないが、これでも精一杯鷹也の事を心
 配しているのだ。
 
「いいえ、私が会いたかったんです。 焦がれていた叶さんと誰憚
る事なく側にいられるようになったんです。 忙しくてもあなたの側
にいたい。 独占したいんです。 後、私の事は昨日も言いました
が鷹也と呼んで下さい」

 右手をそっと取られ見つめられる。
 視線も言葉も今まで、見た事も聞いた事もない情熱的なもの。
 僅かではあるが、叶の頬が染まる。

「す、すまぬ」

 見つめ合う二人に母春香の横やりが入る。

「あらあら、まだ5月になったばかりだというのに、ここだけは常
夏。 南国のように暑いわね」

「ええ、お母様。 鷹也さんは本当に叶さんの事が好きなのね。
隼人とは10年以上一緒にいるけど、こんなに情熱的な事言われ
た事ないわ。 羨ましいわ。 私もしかしたら愛されてないのかし
ら」

 義理の姉である久美が隣りに座る夫隼人をチラリと見る。
 見られた隼人は「柄じゃない」と言い切り、久美の怒りをかって
 いた。
 このままにしておくと二人のバトルが始まるので雅人が間に割
 って入り漸く食事が始まった。
 
 喧嘩はするが、基本仲の良い兄夫婦。
 正面に座る両親も仲睦まじい。
 形は違えども互いを思いやり、尊敬しあう彼等。

なんとも羨ましいのう
我らも父上、兄上達のようそんな夫婦になりたいものじゃ

 チラリと隣りに座る鷹也を見て思う叶。
 その視線に気付いた鷹也。
 叶の心が分かるのか「私達もなれますよ」と言い切り、微笑み
 返してきた。
 その微笑み、自信溢れるその言葉に、自分達もなれるような気
 になった。

ほんに、鷹也君は悟いお方じゃ
このように賢く見目麗しい男子が我が夫になるとは
叶はなんという幸せ者
三国、否、世界一の花嫁になって見せましょうぞ!

 箸を持った手を胸元でギュッと握りしめ卓上の漬け物を睨み付
 ける叶だった。
 そんな叶の姿を見て、母春香以外の藤之宮一家は不安に陥っ
 た。

何かしでかさなければいいんだが・・・・・



「叶さん、運転手の望月です。 代々剣家に仕えて陰ながら支え
てくれているんです。 望月、叶さんは私の大切な許嫁です。 く
れぐれも粗相のないように」

「初めまして、叶様。 望月と申します。 宜しくお願い致します」

 頭に被っていた帽子を脱ぎ会釈する。
 望月と呼ばれた男を見て叶は少しだけ驚いた。
 藤之宮、叶付きの運転手は白髪交じりの60近くのベテラン運
 転手。
 なのに、この望月はどう見ても20代半ば。
 スッキリとした佇まいは運転手というよりは秘書の方が似合って
 いる。
 だがそんな驚きも顔には出ておらず無表情のまま。

「藤之宮叶じゃ。 宜しく頼む」

 僅かに口角があがる。
 周りから見ると尊大かつ傲慢な態度にしか見えないが、これで
 も目一杯愛想を振りまいているのだ。
 だがそんな少しな仕草で一体誰が気付くというのか。

 家族ならいざ知らず。
 家族以外なら、初等部の頃からの友人で叶の側で守って来た
 南部行影、獅堂壌の二人くらい。
 後は叶を見つめ続けて来た鷹也しか分からないだろう、ミリ単位
 の変化。

 不器用な叶。
 そんな愛しい叶のことを誰にも誤解して欲しくないし、傷つけたく
 ない。
 
「叶さん、望月に愛想は振りまかなくていいですから。 あなたは
私だけを見ていて下さい」

 そう本音を入れてフォローした。
 甘い言葉と、その言葉の内容に望月が目を見張る。
 それはそうだろう、見せたことも聞かせた事もないのだから。
 周りがどう思おうが叶が全て。

「さあ、遅刻してしまいます。 参りましょう」

 叶の手を取り車へとエスコートする。
 鷹也が動いた事で、望月も本来の業務へと戻る。
 帽子をキチンとかぶり運転席へ。
 ミラー越しに目が合う。
 鷹也が頷くとゆっくり車が動き出す。

 隣りに座る叶。
 いつもと違う車に乗る叶は何だか楽しそうだ。
 今こうして隣りにいる事がまだ信じられない。

 断られるかと思っていた。
 『男同士なのにふざけるな』と、軽蔑されるのではないかと申
 し込んだその日から苦悩し続けた。
 
 だが叶は軽蔑する事も、怒ることすらなく告げた思いを真剣に
 聞き受け止めてくれた。
 そして自分などでいいのかと逆に聞かれてしまった。

あなたがいいんです
私の妻となる人はあなたしかいないんです

 好きだと言われたわけではない。
 それよりも叶の視界に漸く入ったばかり。
 車内を興味深げに見回す叶に呼びかける。
 
「叶さん」

「如何した?」

 鷹也に視線が向けられる。
 自分だけに向けられる視線に幸せを感じる。

「好きですよ」

 言って叶に口づけた。
 慣れない叶の顔は真っ赤になっていた。





  





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送