幸せになりましょう(5)






 剣には申し訳ないが、全く記憶にない。

 余程印象的な事がない限り覚えていない叶。

 朝起き食事をし学校へ行き、帰って習い事をし勉強そし
 て食事に風呂入ってに就寝。
 毎日同じ事の繰り返し。

 時にはパーティーに出席はしていた。
 が、偶に違う行動があったとしても、それは自分で決めた
 事ではなく決められた事なので関心もなく。
 当然覚えていなかったりする。
 嫌な事なら覚えてもいただろうが、別にそういう訳でも
 ないから。

 考えてみると自己主張のない人生だ。
 
5歳、5歳・・・・・

 剣の顔を見つめながら一生懸命思い出す。

今でこのように見目麗しい男子なのだから、幼子の頃もさ
ぞ美童であったであろうな

 そういう叶も飛び抜けて可愛かったのだが。

5歳・・・・
既に半年前の記憶も危ないというのに。
その様な昔の事、思い出せと言われても非常に困るでは
ないか

 誰も思い出せとは言っていないのだが。

 真っ直ぐ見つめる剣の瞳に嘘はないだろう。
 学校での剣しか見ていなから分からないが、清廉潔白
 人望も厚く見られた。
 そんな剣が、わざわざ嘘をついてまで男の自分と結婚し
 ようと思う筈がない。
 
それに・・・・・・
幼少の頃の約束
可愛らしいではないか!
もしや、あまりにも幼かったゆえ男と気付かなんだか?
おお!
そういない!

 叶は知らないだけ。
 嘘までついてでも叶の事を手に入れたいと思っている男
 達がいる事を。
 恋すれば男も女も関係ないという事を。
 初恋もまだな叶には当然分かる筈もない。

 剣が「約束をした」と言うのならそうなのだろう。
 しかも叶は、勝手に剣が叶の事を女と思いこんでいたと
 決め込んでいた。

 全く分かっていない叶。
 昔、子供の頃なら剣がそう思っていても仕方ないが、今
 はお互いに年を取り、18歳と物事の十分分かる年齢。
 
 同じ高校に通い、叶の事が男だと分かっていて今日、結
 婚の申し込みに来ているのに。
 男だと分かっていて、両親の前で剣が「叶と結婚をした
 い」とハッキリ言ったのに。
 すっかり忘れていた。

 覚えていない事と、女と間違わせていた事に申し訳なく
 思う叶だった。
 素直な叶は当然謝る。

「約束をしたと申したが、生憎覚えておらぬ。 すまぬな。
幼少の頃ゆえ、私の事を女子と思ったのであろう? 重ね
重ね申し訳ない」

 相変わらず尊大な言い方に。

このような言い方、少しも謝っておらぬではないか
頭を下げればよいのか?
「下げる必要はない」と言われたし・・・
しかし、妻が夫に対しそのようなものの言いようはいかが
なものか

 心の中では本当に申し訳ないと思っているのだ。
 だが、それが口に、顔に出てこない自分が恨めしい。
 しかし、これが精一杯。

婚儀を上げる前に離縁?
これが世に言う婚約破棄なるものか?
その前に納采の儀も済んでおらぬではないか
うむむむ・・・・・

 剣が怒り出すのではないかと不安を感じた叶。
 チラリと剣を窺う。
 いつもと変わらぬ穏やかな表情。
 が、しかし目が笑っていない。
 
やはり怒らせてしまったか・・・・・

 すっかり勘違いしている叶。

 剣が怒っているのは、叶の口調ではなく、自分の思いが
 ちゃんと伝わっていないという事に。

 少し離れていた場所に座っていた剣が叶の前まで躙り
 寄る。
 手を伸ばせば触れられるそんな距離。
 そして居住まいを正す。
 同じように叶も。
 
「叶さん」

「はい」

 静かで低い剣の口調。
 叶の返事も真剣なものに。
 
「先程あなたは僕にこう尋ねられました『私は男だが、そ
れでもよいのであろうか』と」

 言った。
 確かに叶はそう聞いた。

「はい」

「その時僕はこう言った筈です『叶さんだからこそ結婚を
申し込んだんです。 それでは駄目ですか?』と」

 確かにそう言った。
 いくら物覚えが悪く忘れっぽい叶でも、数分前の出来事
 くらい覚えている。



 なんという失言。
 これでは剣が怒るのも当たり前。
 男だと分かっていて剣は結婚の申し込みをして来ている
 のに。
 自分でも分かっていた筈なのに。
 それを勝手に剣が自分の事を女だと思いこみ「私は女で
 はない」などと。
 これ程人を馬鹿にした話しなどない。

なんと愚かな

 叶は両手を着いて深々と頭を下げた。

「すまぬ。 私が愚かであった」

「顔を上げて下さい」

 俯いた方に剣の手がかかる。
 そして慌てた口調。

「いや、私は話しを聞いていたにも拘わらず、その意味を
理解しておらなんだ。 それ故、剣君を不快な目に合わせ
てしもうた。 これで謝罪せねば私は自分を許せぬ」

「いいんです。 あなたは今、こうして理解してくれた」

「だが」

 尚も言い募ろうとする叶をそっと押しとどめる。
 伏せた肩を押す手は優しい。
 顔を上げると先程とは違い、剣の眼差しも温かい。
 そして叶の両手を手に取り剣の手に包み込まれる。

「ではもう一度言います。 僕と結婚して下さい」

 真剣な言葉。
 今度は真摯な態度で受け止める。
 ここまで望まれているのだ。
 迷う事は何もない。
 剣となら幸せになれる。
 そんな気がした。

「はい。 お受けいたします」

「本当に?」

 意地悪く聞き返してくる。
 だが剣は優しい。

「本当に」

「それは良かった」

 嬉しそうな顔に叶も嬉しくなる。
 
「不束者だが宜しく頼む」

 口調が元に戻っている。
 
 微笑む剣。
 熱い眼差し。

「僕は叶さんが隣りにいてくれるだけでいい」

 言って見つめ合う二人。

 そして、どちらからともなく近づき、唇を合わせた。






  





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