3周年企画

おとぎ話のように

(17)






 トイレに行くと言ってから大分時間が経つにも拘わらず、戻って
 来ない暁兎。
 兄の婚約者であり、その体に新しい命を宿しているフローラを気
 遣い側にいたが、やはり暁兎に付き添えばよかったと後悔して
 いた。

 もしかしたらトイレの中で倒れているのではないかと気が気では
 なかった。
 ソワソワするウィリアムの姿に、フローラは苦笑し『あなたの可愛
 い恋人を捜して来たら?』とからかわれた。

 兄には日本で掛け替えのない大切な恋人が出来たと電話で話を
 していたので、そこからフローラに伝わったようだ。
 遊び人とまではいかないが、特定の恋人を作らなかったウィリア
 ムを夢中にさせた暁兎に会わせろとそれは煩く言われていた。
 日本GPが終わり落ち着いた所で、一度暁兎をイギリスに連れて
 行くと言ったのだが、どうやら待てず来たようだ。
 
兄の苦労が目に見える・・・・

 昔からフローラはそのフワフワとした優しげな容姿からは考えられ
 ない位、行動的な少女だった。
 どれだけ振り回された事か。
 
 ユアンにフローラを任せ、ウィリアムは会場から出て暁兎を探しに
 いく。
 まずトイレを見に行くが、そこには誰もおらず、近くで体を休めてい
 るのかと辺りを探してみたが、姿は見あたらなかった。
 思った以上に体調が思わしくなく、部屋に戻り休んでいるのかと
 心配になり急ぎ部屋に戻ってみたが、何処を探しても姿が見あた
 らず不安が募る。
 念の為クローゼットを開け、確認するが暁兎の着替えは全て揃っ
 たまま。
 すれ違いになり、会場に戻っているのかと思ったが、やはり姿が
 見あたらなかった。

一体どこへ・・・・

 焦るウィリアムに、ユアン、フローラも何事か不測の事態が起きた
 事を悟った。

『暁兎が何処にもいない』

 そう告げると、二人の顔に緊張が走る。

『まさか、私との仲を誤解して・・・・。 ごめんなさい、私がふざけ
たせいだわ・・・・。 どうしましょう!』

 自分の小さな悪戯が暁兎を追い詰めたのだと、フローラが青い
 顔をして謝罪する。
 
『違う! 全てウィリアム君のせいだ。 君がしっかりしていないか
らこんな事になったんだ。 幸せボケしたせいで回りをしっかり見て
いなかったから暁兎君は君の前から姿を消したんだよ!』

 側にいた灯が、ウィリアムを怒鳴りつけた。
 突然向けられた激しい怒りに、唖然となったが話を聞くに従って
 ウィリアムの中にも怒りが募る。
 だが同時に自分の不甲斐なさに気付いた。

 前日暁兎は疲れた顔をしていた。
 それはウィリアムが振り回したせいだろうと思っていたし、暁兎の
 バイトが忙しかった為だと思いこんでいた。
 暁兎自身もそう言っていたし。
 それを鵜呑みにしてしまった。
 
 本当はケインやイザベラからの嫌がらせ、そして聞かされた嘘に
 よって心が大きく傷つけられていたのだとも知らずに。

なんて事だ!

 暁兎の怪我について疑問を持ち、ユアンに昨夜の暁兎の怪我に
 ついて調べさせた。
 回りにいたスタッフの目撃から、嫌がらせが行われた事も分かっ
 た。

 だが暁兎が彼等を庇う仕種をした為、そしてレース前でもあった
 為彼等の処分は保留にしておいた。
 最愛の恋人である暁兎を傷つけた者は、優秀なスタッフであろう
 が切り捨てる事は厭わない。
 日本グランプリが終わり次第彼等を解雇するつもりでいたが、そ
 れでは遅すぎたのだ。

 フロントに確認すると、暁兎がホテルを出て行く姿をドアマンが見
 ていたと。 

暁兎!

 どれ程辛かっただろう。
 フローラが現れた時、きちんと紹介しておけばこんな事にはなら
 なかった筈。
 暁兎に愛されているという自惚れが、逆に暁兎を傷つけていたと
 は。
 灯も言う通り幸せボケだ。
 
僕のせいだ
暁兎を一人にしてはいけなかったのに!

 唇を強く噛みしめる。
 だが探しに行く前に全てを片づけておかねば、また同じ事がおき
 てしまうだろう。
 直ぐさまケインとイザベラを呼び出し、灯達の前でそれを問いただ
 す。
 初め惚けていたが、嫌がらせの現場に灯がいた事で、誤魔化す
 事が出来ず、彼等は自分達が行ってきた嫌がらせの数々を話し
 た。

『あんな子、ウィリアムには相応しくないわ! 自分は愛されている
んだっていうあの態度が気にくわないのよ』

『そうだよ。 何であんな何の取り柄もない奴に!』

 自分達は悪くないと言い張る。
 まるで子供のような二人。

『だからって、階段から突き落とそうだなんてやりすぎなんだよ!』

 灯が怒鳴りつけた。
 その言葉に、ウィリアムも顔から表情が消える。

気にくわないから階段から突き落とす・・・・?

『ふざけるな!』

 灯がその場にいてくれた事に感謝した。
 そうでなければ、暁兎は階段から転げ落ちていただろう。
 運が良くて打撲かもしれないが、一歩間違えれば命が失われて
 いたかもしれない。

僕の暁兎に・・・・・
許さない!

 青い瞳には燃えるような怒りが。
 その激しさにその場にいた誰もが固まる。
 特に目の前にいたケイン達は初めて見るウィリアムの殺気に怯え
 震えていた。

 その場にいたメカチーフであり、ケインの叔父でもあるクロムは甥
 の不始末に蒼白になる。
 腕は良くても素行の悪かった甥。
 兄に頼まれ入れたが、こんな事になるなら入れなければ良かった
 と後悔しているのが見てとれた。
 だがクロム自身をケインを甘やかしていたのだ。
 同罪ととられても仕方ないだろう。

 そしてクロムは解雇された。
 当然ケイン、イザベラも。
 メカチーフのクロムの解雇にスタッフに動揺が走るが、それは決
 定だ。
 
 彼等には初めに言ってある。
 今までの恋人達は本当の相手ではない為、レースやスタッフに
 対して我が儘、理不尽な態度を取れば輪を乱す前に別れたが
 暁兎は違うという事を。
 暁兎を傷つける者がいれば、その相手はスタッフであったとし
 ても許さないと。
 にも拘わらず、暁兎を傷つけた。
 
 スタッフの一人でも欠ければ、チームは成り立たない。
 だから大丈夫だろうと高をくくっていたようだが、ウィリアムは本気
 だった。
 チームの要であるクロムであっても、その気持ちは変わらない。

 クロムに関しては、優秀であり、甥の巻き添えという形なので、
 解雇した後、他のチームに行きたければ行っても構わないと告げ
 た。
 残念ではあるが、このチームにだけは置いておく事は出来ない。

 暁兎が戻って来た時、ケインの姿はなくても、クロムがいれば嫌
 でも思い出してしまう。
 それに万が一、暁兎が戻って来なかった時。
 その時クロムがいれば、彼がどんなにチームに貢献してくれたと
 しても許せない自分がいる筈。
 
いや、そんな事は許さない
必ず暁兎をこの手に連れ戻す!

 だがケインとイザベラだけは許さない。
 もし他のチームに行こうとしても、ウィリアムはそれを阻止するつ
 もりだ。
 他にも車関係の仕事に就こうとしても同じ。
 町工場であったとしても、車に触るのは許さない。

 イザベラに関しても同じだ。
 レースクイーンだけではない。
 モデル、女優。
 華やかな表の仕事に就こうとしてもそれは二度と叶わないだろ
 う。
 ウィリアムだけでなく、クラウスも阻止する筈。
 灯が腕を痛める原因となったのだから。

 それを告げると彼等も漸く事の重大さに気付いたようだ。
 イザベラは涙を流し謝罪してきたが、もう遅い。

 処分を下したウィリアム。
 暁兎の後を追おうとしたがユアンに止められた。

『行き先も分からないのに、どちらを探すおつもりですか。 それに
明日は本選です。 まずはそちらに集中し、終わった後探しましょ
う。 今日は兎に角体を休めて下さい』

『それでは遅すぎる!』

 暁兎はケイン達の言った言葉が嘘だった事を知らない。
 それが事実だと受け止め、心を痛めている筈。
 だからいなくなったのだろう。

幸せにすると誓ったんだ!
 
 今は何よりも暁兎が大切なのだ。
 後回しにした事で永遠に失ってしまうかも知れない。
 
『お前が何を言おうが、僕は暁兎を探す。 邪魔はさせない』

 射抜くような視線でユアンを見つめる。
 暫くにらみ合う二人。
 そしてユアンが小さく息をつき、仕方ないと折れた。
 
『あなたのお好きなようにして下さい。 私も出来る限りの事を致
します』

 暁兎がいなくなったと分かった時点で、クラウスが部下に指示を
 与え様々な場所を調べ、行方を追わせていた。
 電車に乗り名古屋に向かった事までは分かったが、そこから足
 取りが掴めない。
 携帯は電源が切られているのか繋がらない。
 新幹線に乗った記録も、電車を使った気配も今の所ない。

一体何処へ!

 だが暁兎は確実に東京へ、あのアパートに戻るだろう。
 あの場所が暁兎にとっての城だから。
 レースまで時間はまだある。

 一足先に、ウィリアムはユアンと共に暁兎のアパートへと向かっ
 た。
 鍵は持っていなかったが簡単な物の為、直ぐに開ける事が出来
 た。
 ユアンは自分が部屋に残るから、ホテルに戻って体を休めるよう
 言ったが、ウィリアムはここで暁兎の帰りを待ちたかった。
 どんなに辛く寂しい思いをさせてしまったか。
 暁兎が戻って来たら、全てを伝えようと思いただひたすら帰りを
 待った。

 そして夜が明け遂に暁兎が戻って来た。
 充血した瞳。
 腫れた瞼が暁兎が流した涙の多さを語っていた。

『ウィルの隣にはフローラさんがいるんだ。 そこにどうして俺が入っ
て行ける? 彼女みたいに、綺麗でもない。 両親のいない俺と違
って彼女は家柄だっていいんだろ。 どう考えたって勝ち目はない
し釣り合わない。 側にはいたいけれど、好きだけどウィルとフロー
ラさんが仲良く過ごすところなんて見たくない! ・・・・もう、これ以
上構わないで。 遊びだなんて・・・、俺には、耐えられない・・・・・」

 初めてぶつけられた激しい怒り。
 そして向けられた嫉妬。
 今までの恋人達では鬱陶しいとしか思えなかったが、愛する者
 からだとこれ程までに嬉しいものとは。

 そして誤解が解け、仲直りの為キスを交わしこれからという所で
 ユアンの邪魔が入った。

『仲直りされ盛り上がっている所申し訳ありませんが、そろそろ時
間の方が』

 ユアンの言う通り、時間がない。
 急いで戻らなくては間に合わなくなってしまう。
 暁兎が見つかった時点で心配しているであろう灯達には連絡を
 入れていた。

 ユアンが羽田からの飛行機を確認していると、暁兎の携帯に灯
 から連絡が入った。
 ウィリアムの知らない間に番号、アドレスを交換していたようだ。

「・・・・え、あの、それはどういう事ですか?」

 戸惑う暁兎に灯が代われと言ったらしく、携帯を受け取った。



 鈴鹿には余裕を持って着くことが出来た。
 というのも、クラウスが持つ自家用飛行機が羽田に用意されてい
 たから。
 愛知の中部国際空港まで行き、そこからはヘリを使ってホテル
 まで戻った。

自家用ジェットに、ヘリ?
感覚が違いすぎる・・・・

 クラクラしながらホテルに戻ると灯が綺麗な瞳に涙を浮かべな
 がら暁兎を迎えてくれた。

「灯さん・・・・」

「戻って来てくれて本当によかった・・・・」

 抱きしめてくる灯からはとてもいい香りがした。
 優しい腕に暁兎に心が落ち着き、同時に心配かけた事を申し訳
 なく思った。
 だが包容は一瞬で、二人はクラウスとウィリアムにより直ぐ引き
 離された。

『灯、いくら彼が素に似て可愛いからといっても、私以外の男に抱き
つくのは許せない』

『暁兎もだ、君の恋人は僕だろ。 僕以外の男に抱きつかれて喜ぶ
のはどうかと思うのだけど』

 嫉妬深い恋人達の腕にそれぞれ抱かれ、暁兎と灯は顔を真っ赤
 にして固まった。
 
 昨夜飛び出したホールに連れて行かれると、そこにはスタッフ達
 が集まっており、暁兎が戻って来た事を喜んでくれた。
 暁兎もまたこうして会えた事を素直に喜び、突然いなくなってしま
 った事を彼等に詫びた。

 そして辺りを見回す。
 解雇したと言ったが、もしケインとイザベラがいたらどんな顔をす
 ればいいか悩んでいたが彼等の姿はなかった。
 安心したが一つ気になった事が。
 ケインの叔父クロムの姿が見あたらない。
 チームの要であるクロムがいない事をいぶかしんだ。

 レース前だから忙しいのかと思ったが、何やら違うようだ。
 暁兎がいなくなった間に何があったのか、ウィリアムに聞くが『心
 配する事はないから』と言って、何も教えて貰えなかった。

 だからスタッフの一人を捕まえ聞いてみた。
 初め口を閉ざしていたのだが、必死な姿に負け『内緒だからね』
 と言ってクロムが解雇された事を知った。

どうして!

 直ぐさまウィリアムのへ行き、クロムの解雇を取り消して貰うよう
 お願いした。
 ケインの叔父ではあるが、クロムが暁兎に対して何かした訳では
 ない。
 逆にクロムは暁兎に優しかった。
 
 どんなに言っても、『それはきけない』としか言わなかったウィリア
 ムだが、暁兎の必死の説得により解雇は取り消された。
 幸いな事にクロムはまだ部屋におり、無事戻った暁兎の姿を見て
 謝って来た。

『ケインが酷い事をして申し訳ない』

 たった一日で憔悴しきっていた。
 甥のした事、そしてチームから解雇された事が相当ショックだった
 ようだ。

 ケインの事は関係ないから、チームに戻って欲しいと言うと、一瞬
 嬉しそうな顔になったがそれは出来ないと断られてしまった。
 だが暁兎はもう済んだ事だと言い、必死に説得した。

 ウィリアムも一時の感情で大切なメンバーをなくす事は愚かだと
 言って、解雇を取り消すと伝えた。
 それによってクロムはチームへと戻った。

『ありがとう、ウィリアムの為に、そして君の為に全力を尽くすよ』

 クロムの言葉が嬉しかった。
 そして急ぎ会場へと向かう。
 今までとは違う緊張、そして新しい気持ちで皆が一つに纏まりレ
 ースへと望んだ。





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