3周年企画

おとぎ話のように

(16)






 ケインは暁兎の顔を見て、勝ち誇った笑みを浮かべた。

『言っただろ、君とはお遊びだって。 あっちは名門コーエン家の
お嬢様。 バウスフィールド家には劣るけど、君のような庶民とは
住む世界が違うんだ。 残念だったね』

そんな事、言われなくても分かってる・・・・

 所詮ウィリアムとの事は夢でしかなかったのだ。
 一時的な短い夢。
 現実であればもう少し長く続いたかもしれないが、夢は一瞬だ。

『これ以上ここにいても、君が惨めな思いをするだけだよ。 でも一
時とはいえ、仮にも恋人だったんだ。 ウィリアムも邪険にはしない
と思うよ。 しつこくすれば別だけどね』

 言うだけ言って、ケインは会場内へと戻って行った。
 
しつこくなんて、する訳ない
そんな事すれば余計惨めだ・・・・
・・・・・もう、ここにはいられない

 暁兎はそのままホテルから出た。 
 直ぐに戻って来ない事に気付くだろうか。
 それとも、そのままフローラとの会話に夢中で最後まで気付かな
 いか。

やっぱり愛なんてないのかな・・・・・

 親に捨てられた自分は人から愛される事など夢のまた夢なの
 かもしれない。
 ウィリアムも目の前にフローラいなかったから、暁兎に目が向い
 たに違いない。
 所詮自分など、あの優しく可愛らしいフローラには叶わないのだ。

彼女が来たんだから、もう俺は必要ないよな・・・・・

 それに、自分がいたらフローラは気を悪くしてしまうだろう。
 駅に向かうバスへと乗り込む。
 持っていた携帯の電源はオフにした。
 これでウィリアムからかかってきても分からないから心も揺れな
 い。
 幸い財布は身に着けていた。
 
 鈴鹿に持ってきた荷物の殆どは、ウィリアムが用意した物。
 なくても困る事はない。
 駅に着くとそのまま切符を買い電車に乗った。
 そして名古屋まで出る。
 新幹線で帰ってもいいのだが、それよりも高速バスで帰った方
 が、半分以下の値段で帰る事が出来る。
 時間を掛ければ、少し心と頭が落ち着くだろうし。

 バスの出発時間までまだ暫くある。
 駅近辺で時間を潰し、暁兎は夜間高速バスに乗って東京へと戻
 った。
 幸い隣に人はおらず、乗客も少なかった為、暁兎は声を殺し涙
 を流した。
 この涙と共に、全てが流れてしまえばいいと思った。
 
 

 バスが最終目的地である東京駅へと到着する。
 泣けるだけ泣いた為、瞼が腫れていた。
 だが少しだけすっきりした。
 着いたのはAM5:30前。
 この時間だと電車も動いている。
 暁兎は早朝、まだ混雑していない電車に乗り、泣いて赤くなった
 瞳と腫れた瞼を隠すよう俯き、小さな自分の城へと戻った。
 
 財布の中から鍵を出し開ける。
 ドアノブに手を掛け回すと、中から勢いよくドアが引かれた。

「あっ!」

 勢いがつきすぎてそのまま倒れると目を瞑ったが、直ぐ何かに
 体がぶつかり止まる。

 何だろうと恐る恐る目を開けると、目の前には白く肌触りのいい
 布が。
 それを辿って見上げると、そこにはウィリアムの顔があった。
 青い瞳には激しい怒りが浮かんでいる。
 
どうして・・・・

 驚きすぎて声が出ない。
 ここにいるはずのないウィリアム。

何故!?

 呆然と見上げる暁兎に、普段は穏やかなウィリアムが激しい怒り
 をぶつけてきた。

『何故黙って僕の元から消えた。 どれ程心配したと思っている』

 怒りを押し殺した声。
 こんなにも強い怒りの感情を表に出したウィリアムを見るのは初
 めてだ。
 肩を掴まれ揺すぶられる。
 これは本物のウィリアムなのだろうか。
 俄には信じられないが、掴まれた肩の痛みが本物で、現実であ
 る事を教えてくれていた。

『どうして!? なんでここにいるの。 今日、これから大切なレース
があるのに』

 目を見開き、ウィリアムのシャツを掴む。

『そんな事はどうだっていい。 僕の質問に答えろ!』

 感情が抑えられなくなったのか怒鳴られる。
 顔を見るのが辛く顔を背けるが、許さないと正面を向かされ顔を
 覗き込まれた。

 暁兎の身も心も奪ったウィリアム。
 あれだけ泣いて、もう涙は出ないだろうと思っていたのに、顔を見
 たらまた涙が浮かんできた。
 
『仕方ないだろ・・・。 君の隣に、俺の居場所はないんだから・・・』

『どういう意味・・・・・』

 声を押し殺し、暁兎はウィリアムを睨み付けた。
 初めて見る暁兎の姿に、ウィリアムは戸惑った。

『そうだろ。 ウィルの隣にはフローラさんがいるんだ。 婚約者なん
だろ? そこにどうして俺が入って行ける? 彼女みたいに、綺麗で
もない。 両親のいない俺と違って彼女は家柄だっていいんだろ。 
どう考えたって勝ち目はないし釣り合わない。 側にはいたいけれ
ど、好きだけどウィルとフローラさんが仲良く過ごすところなんて見た
くない! ・・・・もう、これ以上構わないで。 遊びだなんて・・・、俺
には、耐えられない・・・・・』

 本気で愛していたから、遊びだったなんて信じたくない。
 もうこれ以上、暁兎の心をかき回さないで欲しい。
 綺麗な思い出のまま、別れたかった。
 体から力が抜け、その場で蹲り暁兎は泣いた。

 声を殺して泣く暁兎の体がフワリと浮き上がる。
 そしてそっと畳の上に横たえられた。
 
『・・・・暁兎、君は勘違いしている』

『ウィ・・・ル?』

 覗き込んでくるウィリアムの顔は複雑な瞳を浮かべていた。
 悲しそうだが、どことなく嬉しそうにも見えた。

『そう・・・。 灯から全部聞いた。 ケインとイザベラが暁兎に酷い
事をしたようだね。 気付かなくてごめん。 彼等には昨日のうちに
チームから抜けて貰った』

 その言葉に驚きを隠せない。
 ケインはこの先チームの中心となる人物だと言っていたし、イザ
 ベラにしてもレース前なのにレースクイーンがいないのもおかし
 い。

どうして・・・

 見下ろすウィリアムを濡れた瞳で見つめた。

『僕は君を傷つけた者を許す事は出来ない。 それがチームにと
ってマイナスになったとしても・・・・』

 覗き込んでいたウィリアムの顔が間近になる。
 綺麗な青い瞳。
 二度と見る事はないと思っていた大好きな瞳だ。

『確かにレースは大切だ。 今まで付き合って来た恋人達がレース
に関して口だししてきた時には切り捨ててきた。 でも、暁兎。 君
は違う。 部外者だからと、決して前に出てくる事はしなかった。 
邪魔にならないようにと人一倍気を遣い、そして何より騒ぎ立てる
事もせず、スタッフの安全、僕の無事を祈ってくれた。 暁兎は簡
単なようで難しい事を自然と行った。 初めから僕を一人の人間、
一人の恋人として気遣ってくれた。 それがどれ程嬉しい事か・・・』

 互いの鼻が触れ合う。
 
『灯にも叱られたけど、フローラは僕の恋人でも婚約者でもない。
彼女は、兄の婚約者だ』

 その言葉に暁兎の目が大きく見開かれる。

お兄さんの、婚約者・・・・・

 それは本当なのだろうか。
 意識してやった訳ではないが、疑いの眼差しで見ていたようだ。

『信用されてないな』

 苦笑するウィリアム。
 だがそれは事実で、彼女のお腹の中にはお兄さんとの子供が
 既に宿っており、来月には式を挙げるのだと。
 そんな体を押してまでもここに来たのは、ウィリアムの恋人である
 暁兎に会いに来たのだと聞き驚いた。
 誰にでもいい顔をして、そして気に入らなければ捨ててしまうウィリ
 アムが本気で愛した暁兎に一目会いたかったのだと。

 その言葉に暁兎の瞳から涙が零れた。
 他人の話を鵜呑みにし、そして疑ってしまった自分を醜いと思っ
 た。
 あれ程、信用しようと思っていたにも拘わらず。
 
『ごめん・・・・、ごめんなさい』

 目の前にいるウィリアムの首に抱きつく。
 そして強く抱き返される。

『僕が愛しているのは暁兎だけだ。 この先も恋人はただ一人、暁
兎だけ。 不安があれば人からではなく、僕に聞いて欲しい。 言葉
が足りなかった事で不安にさせてしまった事は反省している。 灯
にも、クラウスにも怒られてしまった。 お願いだ、もう二度と黙って
消えないでくれ!』
 
『ウィル・・・・・。 ごめん、本当にごめんなさい! 本当は何度も聞
こうと思った。 でも、もしウィルの口から「あれは遊びだった、婚約
者だっている」って言われたら、耐えられないから。 だから言われ
る前に、邪魔になる前に消えようと思って・・。 俺もウィルが好き。
愛してる!』

 心に溜まっていた事を全て吐き出し、思いを伝えるべくウィリアム
 にキスをした。
 互いの気持ちが通じ合った事で、キスも深いものへと変わってい
 く。
 濡れた音が部屋の中に響く。
 
『ん・・・・、ウィル・・・』

『暁兎・・・・』

 何度も触れ合いそして互いの名前を呼び合う。
 もっと触れたい、そう思いその先に進もうとした時、閉じられたドア
 を外からノックされ二人は現実に引き戻された。

『仲直りされ盛り上がっている所申し訳ありませんが、そろそろ時
間の方が』

 そうだったと我に返る。 
 今日は大事な本選。
 ウィリアムに乱れた服を整えられ、手を引かれ部屋から出る。
 部屋の前にはユアンが優しい笑みを浮かべ立っていた。

『ご無事でなによりです、暁兎様』

『ご迷惑かけて、申し訳ありませんでした』

 ユアンに頭を下げ、謝罪した。
 振り回してしまった事に対して、ユアンは怒る事なく逆に謝罪して
 きた。
 ケインの事、イザベラの事、そして暁兎を不安にさせてしまった事
 に。
 そんな事はユアンのせいではないのに。
 自分が弱かったのだと、心から反省した。

 そして暁兎達は少し離れた場所に止められていた車へと乗り込み
 移動する。
 その車の中で暁兎は疑問に思っていた事、全てを聞いた。





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