3周年企画

おとぎ話のように

(14)






落ちる!

 階段最上部にいた暁兎達。
 下にはまだ長い階段が続いている。
 咄嗟に脇の手摺りを掴もうとするが、思った以上に手摺りから離
 れていたため、掴む事は叶わなかった。
 イザベラ達は助けようとはせず、薄ら笑いしながら落ちようとしてい
 る暁兎をただ見ているだけだった。

 ここから落ちればただでは済まないだろう。
 運が悪ければ死に至るかもしれない。

これからウィリアムの大切なレースがあるっていうのに・・・・

 怪我をするだけなら構わないが、その事でウィリアムの走りに影
 響が出たら。
 少しでも落ちた時の衝撃が少なくなるようにしなくてはと、頭を手
 で庇おうとした時、彼等の前に影が走った。
 落ちようとしていた暁兎の体が衝撃と共に止まる。

「っ!」

 暁兎のものではない詰まった声。
 いつの間にか閉じていた瞳を恐る恐る開けると、暁兎の手を別の
 手がしっかりと掴んでいた。

誰・・・・・・

 手の先を見ると、見知らぬ人物が暁兎を掴んでいない方の手でし
 っかりと脇の手摺りを掴み、落下から救ってくれていた。
 落下から免れた暁兎はその人物と共に慎重に体勢を整えた。
 当分心臓のドキドキは収まらないだろう。

良かった・・・・

「大丈夫? ここは危ないから上に行こう」

 一安心していると、幾分厳しい響きの声が掛けられ手を引かれ
 その人物と共に階段上へと戻った。
 階段の途中で止まっていれば、また危ない目に合うかも知れな
 いから。
 だが登ってしまえばその心配もない。
 助けてくれた人物にお礼を言おうと顔を上げたのだが、その顔を
 見て暁兎は思わず言葉を失う。

なんて綺麗な人・・・・・

 イザベラもケインも整った容姿をしているが、その人はそれ以上
 に美しい青年だった。
 暁兎より10cmは高いだろう。
 すらっとした細身体型。
 この体で暁兎を支えるのは腕に相当負担がかかっただろう。
 少し長めの髪は漆黒で、だが絹の様に細く艶やか。
 服から覗く肌は陶磁器のように滑らかだ。
 意志の強そうな瞳。
 品があり、凛とした美しさに暁兎はただ目を奪われた。

「間に合ってよかった。 怪我はなさそうだね」

 その言葉に我に返る。
 助けて貰ったにも拘わらずお礼も言っていなかった事を思い出
 す。

「ありがとうございました。 なんてお礼を言ったら・・・・」

 頭を深々と下げる。

「それはいいんだよ。 でも・・・・」

 途端厳しい口調と気配になる。
 少し階段を下りた所にいるイザベラ達をキツイ眼差しで睨み付け
 た。
 美しい容姿なだけに迫力がある。
 彼等も思わず顔が引きつっていた。

『いくら彼が気にくわないからといって、階段から突き落とそうとす
るのはやりすぎなんじゃないか?』

 彼の口から流れ出る美しいクイーンズイングリッシュに思わず目
 を見張る。
 まさか人がいるとは思っていなかったのか、イザベラ達は慌てて
 言い訳をした。
 
『ち、違うわ。 突き落とすだなんてそんな恐ろしい事。 少し肩が
触れただけよ。 彼が勝手に落ちたのよ!』

『そうだよ。 僕達がそんな事をするわけがない。 見てもいないの
に、変な言い掛かりはやめてくれ!』

 二人の物言いに呆れたが、何を言っても自分達は悪くないとし
 か言わないだろう。
 整備士の一人であるケインをレース前である今はこれ以上刺激す
 るのは止めた方がいいだろうと思い、暁兎は諦め責めなかった。

仕方ないんだ・・・・・

 俯き諦めてしまった暁兎に、その青年が目を眇める。

『君が彼等に対し何を遠慮しているのかは分からないけど、俺は許
さない』

 そして階段を上って来たイザベラ達を鋭い目で睨み付けた。
 
『聞こえてないと思っているようだけど、まる聞こえだよ。 醜いね。
好きな奴に相手にされないからって、その恋人に八つ当たり? 相
手にされないのが、自分の心の醜さのせいだって気付いてない所
が愚かだよね。 誰も見ていないからだろうと思って、態とじゃない
と誤魔化すその卑劣な態度が我慢ならない。 こんな場所から落ち
れはどうなるか分かっている筈だ。 人の体を何だと思っている!』

 激しい怒りにケイン達は気圧される。
 見られ会話まで聞かれていた事に彼等の顔が蒼白になる。
  
『そこの女』

 冷たく蔑んだ目で今度はイザベラに向き直る。
 何を言われるのかとイザベラに緊張が走っている。

『あんた、確かチームKの今年のレースクイーンだったよね。 お前
のような心が醜い、頭の悪い女がレースクイーン? 冗談じゃない。
少し見栄えがいいからって自惚れすぎ。 年取りゃその普通に見ら
れる顔もしわくちゃになるんだよ。 年齢と共に心の醜さが顔に出る
って知ってる? 今は見かけに騙されたアホな連中が相手してくれ
るかも知れないけれど、直ぐ見向きもされなくなるって事を覚えと
け。  しかし、こんな女がチームKのレースクイーンだなんて。 ハ
ッ! 最悪。 僕の方が綺麗で衣装も似合うし。 他にも知性も教養
もあるから』

 吐き捨てるように言う青年。
 確かに男とは思えない程美しい容姿。

彼女よりもレースクイーン、似合うかも・・・・

 そんな事を思ってしまった。
 イザベラは悔しそうな顔をしていた。
 彼女もそう感じたのだろう。
 男に負けた事に、彼女のプライドが傷ついたようだ。

でも・・・・・

 青年はその美しい容姿からは考えられないくらい毒舌だった。
 
「さあ、ここにいても危ないだけだ。 ホテルに戻った方がいい。 僕
が送ろう」

 暁兎の肩を抱き元来たホテルへの道へと戻っていく。
 振り返ると二人は悔しそうな顔をして、暁兎達を睨んでいた。
 関係ない人を巻き込んでしまい、尚かつ助けられてしまった事が
 申し訳なく、そして情けなかった。

「すみませんでした・・・」

 謝る暁兎に、いいからと言う。

「それより、悪かったね。 僕が勝手な事をしたせいで、余計彼等に
睨まれてしまったかもしれない。 でも、あんなのがチームKに拘わ
っているかと思うと我慢できない!」

 怒りを露わにする青年が不思議でしかたなかった。
 なぜそこまでウィリアムのチームに熱心になるのだろう。
 
・・・・・・そうか

「あの、俺の事は大丈夫ですから。 本当にありがとうございます。
F1、好きなんですか?」

 そう聞くと今まで怒りを露わにしていた青年の目つきが変わる。
 それは熱っぽい瞳で、自分がどれだけ車がF1が好きなのかを熱
 心に語り始めた。
 全く分からないが、年上であるこの青年がの姿がいやに子供っぽ
 くて可愛く見えた。

ウィルも、俺がこの位詳しければ楽しいのかもしれないよな・・・・

 今はまだ知らないが、少しずつ覚えていこうと思った。
 青年の話を聞いているうちにホテルへ着く。
 本当はホテル内を散策したかったが、またイザベラ達に会わない
 とも限らない。
 今回はこの青年が助けてくれたが、次は分からない。
 ウィリアムに心配かけないよう、ここは大人しく部屋に戻っていた
 方がいいだろう。

 青年にお礼を言おうとすると「灯!」と心配げに誰かを探す声が。
 魅惑的な声に思わず誰だろうとその声に顔を向けようとすると、暁
 兎の隣にいた美貌の青年の肩が大きく跳ねた。

「クラウス・・・・」

 艶を含んだ声に見上げると、頬が桜色に色づき恥じらいの顔にな
 っていた。

え?

 余りの変化に思わず絶句する。
 目の前に大きな壁が現れ、恥じらう隣にいた青年を包み込んだ。
 
「灯、何処に行っていたんだ。 心配しただろう」

「ごめんなさい。 何だか興奮してしまって落ち着かなくて」

「いいんだ、君が無事であれば」

「クラウス・・・・」

 見つめ合う二人。
 目の前で繰り広げられる熱い抱擁と言葉に、隣にいた暁兎の顔
 が赤くなる。
 背が高すぎるのと逆光で相手の顔は分からないが、その髪、日
 本人とは少し違うイントネーションに、外国人だという事は分かる
 のだが。

どう見ても男だよね・・・・・

 灯と呼ばれた暁兎を助けてくれた人物も、凄く美人ではあるが男
 だ。
 しかしこの抱擁は情熱的なカップルにしか見えない。
 毒舌が形を潜め、恋する乙女になって見えるのは気のせいだろ
 うか。

凄く彼が好きなんだろうな・・・・
なんか、可愛い
 
「お二人共、再会を喜ぶのは構いませんが場所をお考え下さい」

 灯と抱擁を交わす男性の後ろに立っていた男が彼等に注意する。
 
なんだかユアンさんみたい・・・
あ、いけない

 庭に繋がる入り口を見ると、イザベラ達の姿は見られない。
 まだ戻って来ていないようだ。

「あの、本当にありがとうございました」

 今のうちに部屋に戻ってしまおうと、抱擁を解いた灯に暁兎は
 礼を言い、その場を後にした。

「待って、一緒に・・・・」

 後ろから暁兎を呼び止める声が聞こえたが、これ以上彼に迷惑は
 かけられないので、振り向かず急いでエレベーターへと乗り込ん
 だ。
 閉まる前にもう一度、軽く頭を下げお礼をした。

 エレベータが暁兎の泊まる部屋の階で止まる。
 ドアから出ると、丁度部屋からウィリアムが飛び出して来たところ
 だった。
 暁兎の姿を見つけ駆け寄り、強くその体を抱きしめた。

『暁兎、心配した・・・・・』

 思ったより早くミーティングが終わったようだ。
 何も言わず出掛けてしまった事を暁兎は悔やんだ。

手紙でも書いておけばよかったな

 ウィリアムの背中にそっと腕を回す。
 
『ごめん。 お土産買っておこうと思って・・・。 あと、天気もいいし
折角だからホテルの中を散策しようと思って。 心配かけてごめん』

 ウィリアムの腕の中は居心地がいい。
 年下ではあるが、この腕の中が一番安心出来る。
 少し前に起こった恐怖が消えていく。

『暁兎・・・・』

『大変申し訳ありませんが、廊下は公共の場。 いくらこの階にいる
のが私達だけとはいえ、いつ誰が訪れるか分かりません。 お二人
がお熱いのは分かりますがどうかお部屋でお願いいたします』

 廊下で熱い抱擁を交わしていると、いつの間にか来たユアンに
 注意されてしまった。
 我に返る暁兎。
 確かにユアンの言う通り。

いつ誰が来るか分からない廊下で抱き合うなんて!

 そしてその状況に、今し方ロビーで見た光景が蘇る。

俺達ももしかしたら、回りからあんな風に見えてたのかな

 そう思うと恥ずかしくなる。
 慌ててウィリアムから離れようとするが、しっかりと腰を抱かれて
 いるため離れる事が叶わない。
 見上げるとウィリアムが忌々しげにユアンを睨み付けていたが、ユ
 アンは涼しげにそれをかわし、部屋のドアを開け早く入れと言わん
 ばかりに二人を促した。

『行こうウィル』

 苦い顔をしたウィリアム。
 暁兎は苦笑しながら手を引き部屋に入った。





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