3周年企画

おとぎ話のように

(12)






 初めて間近で見るF1の迫力に暁兎は圧倒された。
 音も、そのスピードも今まで体験した事ないもの。
 マシンの走る姿も、そしてそのマシンを操るウィリアムも確かに凄く
 格好いいし憧れる。

 だが暁兎にはそれよりもウィリアムが無事で戻って来て欲しいと願
 うだけ。
 テスト走行が終わり無事な姿を見た時は、思わず涙が出そうな程だ
 った。

 その日の夜は、F1スタッフ達と共に、大広間で夕食をとる事になっ
 た。
 皆上機嫌で酒を酌み交わし、ウィリアムやユアンに窘められたりし
 ていた。
 窘めていたウィリアムも明日の午後から予選がある為、アルコール
 は口にはしていなかったが、今日のフリー走行がかなりいいできだ
 った為か、やはり上機嫌であった。

 ウィリアムと付き合うまで、暁兎はF1に関して何も知らなかった。
 名前だけは知っている。
 だがそれだけ。

 レーサーと付き合っているのだから、何もしらないのは駄目だろう
 と、この2週間の間自分で色々と調べてみた。
 と言っても、大学に車好きな友人がいたからF1について聞いてみた
 だけなのだが、あまりにも詳しすぎて余計分からなくなってしまった。

 分かったのは、期間は3日間でその間にフリー走行、予選、決勝が
 あるという事。
 そしてコースは1周走ればいいのかと思っていたが、53周も周ると
 聞き、その過酷さに驚いた。
 後は、決勝レース中に各車は1回以上ピットインし、給油・タイヤ交
 換をしなければならないとかそれぐらい。

情けない・・・・・
 
 だからせめて応援くらいはしっかりやろうと思っていたのだが、それ
 さえ出来ず無事だけを祈る事になってしまった。

 そんな風に落ち込んでいたが、食事の間暁兎の元にやって来たス
 タッフは何故かその事について感激していた。
 不思議で仕方なかった。

みんな優しい人だな
それに輝いている

 そんな彼等がウィリアムを慕い、尊敬しているのを見て誇らしくなっ
 た。

『ウィリアム、少しいいか』

 監督が呼びに来たので、暁兎に『すぐに戻るから』と言って席を外
 した。
 そしてユアンと二人きりになり、何を話せばいいのかと思案している
 とユアンも別な者が呼びに来て、その場を離れてしまった。
 但しその時『誰かが来ても、絶対この場からは動かないで下さい』と
 まるで、子供に言い付けるようにして。

子供じゃないんだけど・・・・

 少し不満ではあったが、暁兎は言われた通りその場からは動かず、
 手にしたソフトドリンクを飲んでいた。
 少しして、二人の若い男女が暁兎の元へとやって来た。

 暁兎と同じか少し下くらいだろうか。
 二人とも背が高くとても綺麗で華やかな容姿をしている。
 名前は思い出せないが、女性の方は確か今回のレースクイーン
 としてチームに参加していた。

『今晩は、楽しんでる?』

 まず最初に男性の方が話しかけてきた。
 戸惑いながらも、ここにいるのはウィリアムの大切な人ばかりなの
 だからと必死で笑顔を浮かべ彼等に挨拶をした。

『僕達、君とは仲良くなりたいと思ってるんだ』

 そう言いながらも、女性の方には睨まれている気がする。
 
『・・・・ありがとうございます』

『ねえ、あなた何処でウィリアムと出会ったの、凄く興味があるんだけ
ど』

 詰問口調なのは気のせいなのだろうか。

それに何だか、値踏みされているような・・・・

 だが、彼等は仲良くなりたいと言ってくれているし、余計な事さえ言
 わなければウィリアムにも迷惑はかからないだろうから、『沖縄で』と
 だけ答えておいた。
 すると何だろう、二人の顔が余裕に満ちた。

『あの・・・・・』

『へえ、そうなんだ。 沖縄でね。 沖縄って言うと日本の南国リゾート
地だよね。 凄く開放された気分にもなるし当然か・・・・」

『そうよ、じゃなかったら・・・・。 ねえ?』

 二人顔を見合わせ意味深な笑み。

それって一体

 彼等は何を言いたいのだろうか。
 二人、背の低い暁兎を見下ろすようにして立っている。

『まあ、どうせあなたも直ぐに追い出されるだろうけど。 彼恋人のサ
イクルいつも凄く短いから。 一番長くて二ヶ月だったかしら。 後は大
抵2週間とかね。 あなたもそろそろ2週間なんじゃない。 残り少ない
からその間は精々可愛がってもらって、色んな物を買わせた方が得
よ』

『そうそう、ウィリアムは気紛れだからね。 でも気にしなくていいから
いつもの事だし。 別れた後でもセフレとしてなら付き合ってくれるよ。
僕達みたいに』

『えっ・・・・・』

 彼等はウィリアムのかつての恋人であり、今でも体の付き合いがあ
 ると言っているように聞こえる。
 確かにウィリアムのように、誰もが見惚れてしまう程格好よければ過
 去に恋人がいるのは当然の事と思う。
 だが暁兎の知るウィリアムはとても誠実で、暁兎一人を愛してくれて
 いる筈。
 なのに彼等が言っている事は全く逆なのだ。
 
・・・やだ、そんな事他人から聞きたくない
それに、ウィリアムはそんな不誠実な人じゃない!

『もし、長く続いたとしてもウィリアムには婚約者がいるから別れるのは
目に見えているし。 知ってた? それに聞いた話だけど、明日の予
選前にその婚約者が来るそうよ。 鈴鹿で優勝したら、今年のワール
ドチャンピオンはウィリアムに決定。 そうしたら来年にでも結婚するっ
て言ってたわよ』

 手に持つグラスが震え、中に入っているソフトドリンクが波打つ。
 俯いた暁兎には見えなかったが、二人は顔を見合わせ意地の悪い
 笑みを浮かべていた。

・・・・・嘘、ウィルに・・・、婚約者・・・・?
そんな!
 
 暁兎の顔が見る見る蒼白に

『じゃあお近づきの印に乾杯でもしない?』

 言ってグラスを掲げる。
 彼等の言葉が暁兎を打ちのめしていた。
 呆然としている暁兎のグラスに無理矢理グラスを重ねた。

『あっ! 御免なさい」

 女性が勢いをつけすぎたせいで、グラスの中身が零れてしまった。

『大変だ、シミになる』

 ウィリアムから送られた大切な服。
 すぐ拭かなくてはいけないとは思っているのだが、体が思うように上
 手く動かない。
 立ちつくす暁兎から男がグラスを奪い、女性が持っていたハンカチで
 暁兎の濡れた手を拭く。

「いっ!」

 痛みの先に視線を落とすと、拭かれていた手に赤い筋が。
 
『やだ、大丈夫? 本当に御免なさい、うっかり爪が当たってしまった
みたい』

 大げさに手で口元を押さえる女性。
 うっかりにしては、かなり力が入りすぎなのではないだろうか。
 虚ろな眼差しで傷口を見ると、みるみるうちに血が滲んできた。

『・・・・・大丈夫ですから』

『全く何やってるんだよ。 ウィリアムの恋人を傷つけるなんて』

 女性を強く非難するが目は笑っている。

『本当にごめんなさい』

『・・・・・気にしないで下さい』

 傷ついた手をそっと後ろに回すと、それ以上彼等はその事に関して
 何も言わなかった。
 そして改めて乾杯しようと、奪ったグラスを暁兎に渡し『じゃあ、新た
 に乾杯』と言って、今度はグラスを軽くふれ合わせた。
 動揺する気持ちを落ち着けようとグラスに口を付けた。

「・・・・っ!」

 今度は唇に痛みが。
 何だろうとグラスを離すと、目の前にいた男女が急に慌て始めた。

『君! 唇から血が出ている』

『やだ、このグラス欠けてるわ・・・・。 これで切ったのよ。 なんてホ
テルなの! こんな欠けたグラスを客に出すなんて!』

 騒ぎ出した二人に、周りも何事かと注目する。
 そして唇から血を流す暁兎を見て悲鳴を上げた。
 少し痺れる唇に手で触れる。
 ヌルリとした感触。
 翳すと指が赤く染まっていた。

 離れていたウィリアムもその騒ぎに気付き、血を流す暁兎を見て目を
 大きく見開き駆け寄った。

『暁兎! 何があった!?』

 叫ぶウィリアムに側にいた女性が、事の次第を説明する。
 
欠けた食器を出すなんて、なんという怠慢!

 青い瞳が怒りに燃える。
 駆け寄って来たホール責任者がただひたすら謝罪の言葉を言い頭
 を下げてくる。

 毎年鈴鹿でのレースが始まると利用するこのホテルも、先日買収し
 た内の一つでウィリアムがオーナーとなっていた。
 その際、新たに社員教育をしなおし、備品なども全て新しくしてい
 た。
 にも拘わらずこの失態。
 連絡を受けやって来た支配人達は顔面蒼白。

『まさか、僕のホテルでこんな初歩的なミスが起こるとは思ってもいな
かったよ・・・・。 この件に関しては後でそれなりの処分があると思っ
てくれたまえ。 みんな、楽しんでいるところ申し訳ないけれど、僕達
は失礼する。 ユアン後は任せた』

 支配人達に向かって冷たく言い放ち、チームスタッフには少し口調を
 柔らげる。
 ショックの為か蒼白になっている暁兎の肩を抱きホールを後にした。
 閉じられたドアからはざわめきが聞こえる。
 ウィリアムがこれ程までに怒りを露わにするなど今までなかったの
 だから。
 
 ウィリアムには聞きたい事が沢山ある。
 だがどう切り出していいのかが分からない。
 まず自分の心を落ち着かせないと。
 
 そしてウィリアムの誤解をとかなくてはいけないと思った。
 唇が切れたのはこのホテルの責任ではない事を。
 だが、ウィリアムによって切れた唇を押さえられているので話す事も
 出来ない。
 この優しさが悲しかった。

 部屋に戻って直ぐにホテルにある医務室から医師が現れた。
 元々唇には多数の血管がある為、少し切っただけでも大げさに血
 が出る。
 血の量から、相当大きく切ってしまったのではないかと不安だった
 が、意外にも傷は小さくこれなら1週間もあれば治るだろうと言わ
 れた。
 この言葉には暁兎以上にウィリアムが安心した。

 手当が済んだので暁兎は唇を切ったのはホテル側の責任ではなく
 乾杯した時にグラスが欠けそれによって切ったのだと説明をした。
 納得はしたようだが、それでも怒りはまだ収まっていないようだ。

『・・・・そういう事なら処分はしない。 暁兎、君は誰と乾杯をしたんだ
い?』

 ホテル側の責任でない事は分かったが、ウィリアムは乾杯したという
 相手が気になった。
 というのも、使われているグラスはみな高級で作りが薄く、グラスを
 強く重ねると直ぐさま欠けてしまうのだ。

 以前このホテルでは使われていなかったが、ウィリアムが滞在する
 ようになりこの製品が置かれるようになった。
 そして今では滞在中は必ず使われている。

 最初チームメンバーの何人かが同じように乾杯をし、グラスを割りウ
 ィリアムや古いスタッフからの説明を受けそれ以降は重ねる事はせ
 ず掲げるだけの乾杯方式になった。
 チームの者ならば皆それを知っている筈。
 知らない暁兎ならば、重ねるだろう。
 明らかに故意ある行動にしか思えない。

一体誰が!

 下を向き思い出す暁兎には分からなかったが、ウィリアムの瞳はと
 ても冷酷なものへと変わる。

『名前は分からないけれど一人は男性で、もう一人は確かレースクイ
ーンの人だった。 二人とも俺が一人でいたら気さくに話しかけてきて
くれて。 仲良くなりたいからって・・・・』

 顔を上げウィリアムを見る。
 冷酷な瞳は隠され穏やかなものへと変わっていた。

『・・・・そう。 他には何か言われなかった?』

『・・・・何も』



 その日は色々な事があり疲れてしまっただろうと、早々に二人は就
 寝した。

 ウィリアムは一足先にグッスリと眠った暁兎の顔を見る。
 焦燥しきった顔。
 毎日のバイトで疲れているところに、無理を言って鈴鹿まで来て貰っ
 た。
 スタッフの殆どが初対面であり、気疲れもあるに違いない。
 彼等から聞く暁兎の評判は皆上々で、好意的なものばかりだった。
 そんなに頑張らずとも、暁兎の良さは一番ウィリアムが分かってい
 る。

僕は暁兎を振り回しすぎているのだろうか・・・

 顔に掛かった髪を手で避ける。
 そして一日の最後に、怪我をする事態に陥った。
 暁兎は大した傷ではないから気にしなくていいからと言ったが、と
 んでもない。
 大切な恋人が、怪我をしたのだ。
 それに、その怪我には悪意が感じられた。

あの二人・・・・・

 暁兎と一緒にいたという二人の姿を思い浮かべる。
 去年整備士として入って来たケイン。
 特に新しくスタッフを入れる必要はなかったのだが、メカチーフであ
 るクロムが弟に頼まれ甥のケインをスタッフに加えては貰えないだ
 ろうかと言ってきた。
 クロムがいてマシンが生きてくる。
 このチームにはなくてはならない存在のクロムの頼みなだけに、ウィ
 リアムは断ることもせずスタッフへと加えた。
 若いが、クロムの甥だけあってメカには詳しく、ゆくゆくは中心人物に
 なるだろうと期待していた。
 逞しいクロムとは違い、ほっそりとした綺麗な容姿の持ち主だ。
 
 そして女の方は去年、今年と2年連続してチームのレースクイーン
 になったイザベラ。
 抜群なプロポーションと容姿は、他のレースクイーンと比べ抜き出て
 いる。
 自分に自信があるだけに、ウィリアムにも言い寄ってきたが生憎
 スタッフには手を出さない主義なので、適当にかわしていた。
 昨日鈴鹿に入った時もやはりモーションをかけられたが、『大切な恋
 人が出来たから、君の気持ちには答える事は出来ない』と言ってあ
 る。
 少しショックを受けていたようだが、『じゃあ、しょうがないわね』と肩
 を竦めその場を後にしたのだが。

 大切なスタッフを疑いたくはないけれど、実際暁兎は二人といる時に
 怪我をした。
 
 心の疑いを晴らす為にも、二人を早々に調べる事にした。





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