3周年企画

おとぎ話のように

(10)






 DFSに車を返した暁兎達は、市内にある世界遺産、首里城へと向
 かう。
 ここは他の世界遺産とは違い大きく修復・再現されている為、外す事
 は出来ない。
 
 車から降りる前、これ以上日焼けしないようにと、ウィリアムの手によ
 り、衣服から出ている肌にたっぷりと日焼け止めを塗られた。
 そして頭にはいつの間に購入したのか、日除け用にと帽子を被せられ
 た。
 年上にも拘わらず、まるで子供のように世話をされ少し情けなく思うが
 ウィリアムが真剣で、尚かつ楽しそうだった為、大人しくされるがまま
 になっていた。

 一行がまず最初に訪れたのは、2千円札のデザインになった守礼門。
 門の前では修学旅行生や観光客が記念撮影をしていたが、ウィリアム
 達の登場に、その場に立ち止まり口を開け見ていた。
 
格好良すぎるのも問題だな、サングラスぐらいじゃ隠れないよ
俺がかけたら笑われるのがおちだよな・・・

 暁兎は自分が掛けた姿を想像し、軽い自己嫌悪に陥る。

 守礼門を潜り抜け、建物の朱色が目にも鮮やかなメインである正殿
 へと向かう。
 折角なので、中も見学する事にしたのだが、靴を脱いで建物の中を
 歩いて回る動作に馴れていないウィリアム達は、皆歩き方がぎこち
 ない。
 脱いだ靴はビニール袋に入れ持ち歩くのだが、アンバランスさが可
 笑しく、悪いとは思ったが笑ってしまった。
 中は以外と天井が低く、狭い作りとなっている為、背の高いウィリア
 ム達には窮屈そうだった。
 そして出口でいっせいに靴を履くのだが、その仕種が可愛かった。

 見学し終えた後は、ユアンの手配したホテルへと移動。
 暁兎達が宿泊していた、リゾートホテルのように、豪華ではなかった
 がそれでも充分広く快適だ。
 部屋の窓から見る景色も、大分違う。
 
『明日は、どうなさいますか? 暁兎様が初めに取られた時間帯の飛
行機に乗りますか。 それとも午前の便に変更し、東京へ戻られます
か?』

どうしよう・・・・・

 折角沖縄に来たのだから海に入りたい気もする。
 だが、普通に観光するだけで、日焼けするからといって帽子を被ら
 され、日焼け止めをたっぷり塗られているのだから、駄目と言われる
 のは目に見えている。

でも、少しくらいなら大丈夫かな

 だが返って来た答えは予想通り。

『とんでもない。 こんなに日焼けしてるのに海になんて入ったら余計
肌が傷んでしまう。 今度室内プールに連れて行ってあげるからそれ
で我慢して欲しい。 ああ、でも暁兎の肌を、僕以外の人の目にさらす
なんてそんな事は出来ないし・・・・』
 
 貧弱ではあるが、人目にさらせない程酷い体なのかとショックを受け
 ると、隣からユアンが『ウィリアム様は、独占欲が強くていらっしゃっ
 るので、恋人である暁兎様の肌を誰の目にも触れさせたくないので
 す』と言われた為、少し安心した。

でも、そんな事言ったらお風呂に入れないんだけど・・・・

 東京の暁兎のアパートは風呂付きではない。
 その為、暁兎は毎日銭湯に通っている。
 それを今言うべきか、それとも言わない方がいのか。

・・・・言わない方がいいよね
 
 ウィリアムが悩む姿を見てそう思った。
 誰かにこれ程までに思われた事がない為、戸惑いも大きい。
 初めからこんなに大切に扱われ思われていたら、直ぐ飽きられるの
 ではないかと不安になる。
 恋をすると、こんなにも心が臆病で複雑になるのだと初めて知った。

 他に特に行きたいと思う場所も思いつかなかったので、席が空いて
 いれば午前中にでも東京へ戻りたいとユアンに告げた。

『でも、ウィル達は大丈夫なのか? 無理に俺に予定合わせなくてもい
いんだよ』

『暁兎が気にする事はない。 いつ沖縄から出てもいいように準備は
出来ているんだ。 遅いか早いかだけで問題はないから』

 それならばいいが、無理だけはしないで欲しい。
 暁兎一人の為に、大勢の人達に迷惑だけはかけたくはないから。

『大丈夫ですよ、暁兎様』

 二人にこう言われてはそれ以上の事は言えない。
 そして沖縄最後の夜を楽しむ。
 那覇市の夜景を楽しみながら、いつもは給仕に徹しているユアンも
 同じ食卓につき、豪華なディナーを楽しんだ。
 そして食事をし終えた後、暫く談笑し部屋を後にした。

『ウィル、ありがとう』
 
 部屋の中二人きり、肩を寄せ合い窓から夜景を眺めながら言う。
 寂しい失恋旅行になる筈だったこの旅が、ウィリアムと出会いとても
 楽しいものになった。
 まさか男に恋をして、恋人になるなどとは思ってもいなかったが。
 ハンサムで優しくて、年下ではあるがとても頼りになる恋人。
 
俺を見つけてくれて、ありがとう

 そう思うとウィリアムに気持ちを伝えたくなった。
  
『ウィル・・・・、好きだよ』

 頬に手を添え、キスを送った。
 こんなに大胆な行動に出る自分に驚いている。
 ウィリアムもまさか暁兎がこんな積極的な行動に出るなどとは思って
 なかったようで初め驚いていたが、目を細め逆に暁兎の唇を激しく奪
 って来た。

『僕を煽って・・・・・。 悪い人だ』

 瞳には欲情の炎が灯っている。
 艶の含まれた瞳で見つめられた事で、暁兎の中にも同じく欲情の炎
 が灯る。
 今度はどちらからともなく顔が近づきキスを交わし、暁兎はその場で衣
 服を脱がされ情熱的に体を愛された。
 暁兎もその情熱を思い切り受け止め溺れた。




『・・・・・暁兎、ここは』

『ん? 俺の家』

 翌日、午前の便の飛行機に乗り東京に戻って来た暁兎達。
 ウィリアムが鈴鹿に行くまでの数週間、彼等が宿泊する都内のホテ
 ルで共に過ごす事になったため、羽田に着いた後、用意された車に乗
 り、まずは暁兎に荷物を取りに行く事になり、今この場にいる。

『ここに、本当に住んでいるのか・・・・?』

『これは、また・・・・』

 ウィリアムとユアンが絶句し、驚愕の表情で建物を見ている。
 驚かれるのも仕方ない。
 車が通る事の出来ない細い路地の更に奥にある、暁兎が暮らすこの
 家は今にも崩れ落ちそう。
 確かに見た目は少し廃墟がかっているが、中は以外としっかりしてい
 るし雨漏りもしない。
 ただ難点があるとすれば、日当たり、風通しが悪い事。

 隣の建物と隙間なく建てられたこの家。
 部屋の窓を開けると目の前が壁だったりする。
 定規で測ってみたら、隙間10cmだった。
 これだけ狭ければ、窓に鍵を掛けていなくても泥棒に入られる心配も
 ないし、例え入られても、取られて困るような物は何一つない。

 玄関から既に共用となっており、そこは他の住人の靴で溢れかえって
 いる。
 靴を脱ぎ、二階にある部屋へと入る。

『狭い・・・・』

 それでも4畳半はあるし、大きな家具もないので充分広い。
 折りたたみ式の小さなテーブル、小型冷蔵庫と隅に畳まれた布団、そ
 して教科書、参考書が収められている、小さなカラーボックスと衣装
 ケースが一つだけ。

『俺一人だから、これで充分。 家賃も安いし』

 あのホテルの部屋のような場所で暮らしているウィリアムからすれば
 狭いだろうが、暁兎には大切な城。

『今、荷物纏めるから待って』

 衣服は旅行で持って行った物と、ウィリアムが大量に購入した物があ
 るから、明日から始まる授業に必要な物だけを纏めるだけ。
 あっという間に終わってしまった。

『お待たせ。 どうかした?』

 振り返るとウィリアムが何やら不機嫌な顔で立っていた。

『――暁兎、この部屋にはバスルームがないようだけど』

 浴室がない事がばれてしまったらしい。
 
『あ・・・・、うん。 ないかも・・・』

 誤魔化しても無駄だろうと、正直に『風呂は家の近くにある銭湯に行っ
 ているから』と話した。
 ウィリアムはこれ以上ないくらい目を見開き、『冗談じゃない!』と叫
 ぶ。
 逃げた方がいいと察し、暁兎はそろりと部屋を抜け出すが、途中で
 掴まってしまった。
 腕を掴まれ下に下りると、ウィリアムはユアンにその事を話した。
 想像以上の生活にユアンも絶句していた。
 この後ユアンの手配により、暁兎の荷物はセキュリティーの整ったマ
 ンションへと移されていた。

 ホテルに到着すると、沖縄の時と同じよう、車寄せには支配人とおぼ
 しき人物と数名の男達が並び待っていた。

『お待ち申しておりましたオーナー。 グランプリ前の大切な時期に、ま
さかお越しになるとは思いませんでした』

『前だろうが後だろうが、僕には関係ない。 常にベストな状態でいる』

『失礼いたしました。 お部屋は既に整っております。 ご案内いたしま
すか』

えっ! ウィルがこのホテルのオーナー!?

 隣に立つウィリアムを見上げる。
 悠然とした姿は、上に立つ者の風格。
 経営者の顔。
 沖縄で過ごしてきた、ウィリアムとは違う姿に、凄く遠くに感じた。
 あの部屋に何日も滞在出来るのだから、それなりの地位、財産を持
 ってはいるのだろうと思っていた。
 それにウィリアム自身がレーサーだ。
 どの位の位置にいて、どの位賞金を稼いでいるのかは分からない
 が、水族館でのあの騒ぎからすると、相当実力があるのだろう。
 
でもまさか、ホテルのオーナーだなんて・・・・
身分違いもいいところだ

 思わず後ろに下がってしまうが、肩を抱かれているので叶わない。
 抱いた肩から動揺が伝わっている筈なのに、知らないふりをして、上
 品な微笑みを浮かべている。

意地悪だ

 上目遣いに睨み付けるが、今度は楽しそうに微笑まれた。
 案内された部屋の豪華さに驚いた。
 沖縄のホテルも豪華だったが、ここには見ただけで分かる高価なアン
 ティーク家具、壁には同じく高価であろう絵画が飾られている。
 ドレープのカーテンなど映画の世界でしか見た事がない。
 リビングは沖縄のホテルの倍以上の広さがあり、テーブルには冷たく
 冷やされたシャンパンと果物が置かれている。

『さあ、暁兎。 疲れただろ、座ってゆっくり休もう』

 促されソファーに座らされるが、逆に緊張して疲れてしまった。

 その日の夜は移動で疲れただろうからと、ホテルの中にあるレストラ
 ンで食事をしたのだが、何を食べたのか覚えていない。
 使い慣れないフォークとナイフ。
 何度か食事をしている間に、使い方もマナーも覚えるから、気にせず
 食べていいからと言われたが、ウイリアムに恥を掻かせたくないからと
 必死で彼等の真似をしながら食事したせいだ。

 移動と緊張に疲れ切っていたため、出会ってから初めて体を繋げる事
 なく、ただ抱き合って眠った。

 そして翌日。
 午前はゆっくりと部屋でくつろぎ、午後は暁兎がバイトがあるからと送
 りがてら、ウイリアム達はそのままバイト先のカフェでお茶をしていた。

わざわざこんな所で飲まなくても、ユアンさんが入れるお茶の方が美味
しいのに・・・・

 暁兎が働くこのカフェは食事も、コーヒーも美味しいが、やはりユアン
 の入れるお茶の方が断然美味しい。
 直ぐ側にいてくれるのは嬉しいのだがやりにくい。
 入って来た客を案内しながら、ウイリアム達がいる一角に目を向け
 る。
 ユアン達はサングラスをしていないが、相変わらずウイリアムはかけ
 たまま。
 その方が確かに騒ぎにならずいいとは思うが。

目立つんだよね・・・・・

 ユアンにしても、その男らしく上品な姿はこのカフェにいる女達の注目
 を集めている。
 そして彼等と一緒にいる二人のボディーガードも整った容姿をしてい
 る。
 気品溢れる彼等に主だって声を掛ける者はいないが、店内の視線全
 てが向けられていると言っても過言ではない。

「暁兎君・・・・」

 掛けられた声に振り向くと、里沙が立っていた。
 その瞳には涙が浮かんでいる。

「里沙・・・・・」

 同じバイト先だからいてもおかしくはないが、突然だったため動揺して
 しまう。
 しかし、思っていたよりは冷静で、店内の隅に里沙を促す。
 
「なに?」

 冷めた口調に自分でも驚いてしまった。
 暁兎の中では里沙との事は終わっていた。
 可愛いとは思うが、前のようにはときめかない。
 
「あの・・・・、誤解をといておきたいと思って。 電話に出たのはお兄ち
ゃんなの。 お兄ちゃん、ふざけてあんな事言って。 だから彼氏とかそ
んなんじゃないの、私が好きなのは暁兎君なの。 本当よ、信じて!」

 涙ながらに訴えてくるが、それが嘘な事くらい暁兎には分かっている。
 多分、電話で聞こえた声が、里沙の本当の姿なのだろう。
 何も言わない暁兎に、里沙が必死に言い訳をする。

「・・・・でも、もう僕は里沙とは付き合えない」

「どうしてっ!」

「僕は、君の事が本当に好きじゃなかった。 だから、ごめん・・・」

 キツイかもしれないが、ハッキリ言った方がいいだろう。
 好きでもない相手と付き合っていても、お互いが不幸なだけだし、そ
 れに暁兎には、大好きで大切なウィリアムという恋人が出来たのだ。
 彼の為にも誠実でありたい。

「・・・・なにそれ」

「里沙?」

「あたしなんかじゃ釣り合わないって事? 自分の方が顔が綺麗だから
もっと美人がいいって事なの。 何よそれ!」

 口調も態度も豹変する。
 いくら隅とはいってもここは店内で、二人とも制服を身に着けている。
 なのに里沙は大声を出し、暁兎にはよく分からない事を叫んでいる。
 暁兎は自分が里沙よりも綺麗だとは思ってもいないし、釣り合う合わ
 ないなんて思った事もない。

「里沙、落ち着いて。 そんな事言ってないだろ。 君だって付き合って
いる人が他にいるんだから、その人を大切に・・・・」

「なに、あたしが二股したのが悪いの。 それがどうしたのよ!」

 店内の視線が暁兎達に集中し、この騒ぎに他のスタッフも気付き慌て
 てやって来る。

「里沙、何やってんだよ。 仕事中だぞ」

「なに、あんたもあたしが悪いっていうの!」

 暁兎が庇われた事が気にくわないのか、余計声が大きくなる。
 このままでは店にも、客にも迷惑だからと腕を掴んで奥に連れて行こ
 うとしたのだが、手を振り払われてしまった。

「あっ・・・・」

 振り払われた瞬間、里沙の整えられた爪が暁兎の手の甲を引っ掻い
 た。
 興奮している里沙はその姿を見て、より暁兎を傷つけたくなったのか
 突き飛ばした。

「あっ・・・・」

 倒れると思ったが、誰かの手によって受け止められた。
 見るとウィリアムで、表情は見えないが、とても怒っている事が気配
 から伝わってくる。

『・・・・暁兎、この女は誰。 里沙と聞こえたけど、まさかこの女が失恋
相手なのか』

 視線は里沙に向けられたまま。
 突然大柄である外国人達4人に囲まれ、先程までの勢いはなくなり
 青ざめている。

『あ・・・・、うん・・・』

 ウィリアムには知られたくなかったし、こんな姿を見られたくはなかっ
 た。

『図々しい女だ、二股をかけていたくせに、それを悪いとも思わず開きな
おる。 ここのスタッフであるにも拘わらず、仕事もせず自分の事ばかり
で、客に迷惑をかけていることすら気付かない。 挙げ句無抵抗な相手
に暴力を振るうとは、恥を知れ!』

 ユアンの通訳により、ウィリアムの激しい怒りがぶつけられた。
 その迫力に、店内が静まりかえる。
 そこに漸く店長が現れ、騒ぎの原因となった里沙と暁兎が連れて行か
 れる。
 そして何故かウィリアム達までもがついて来ようとして、暁兎に止めら
 れ不服そうな顔をしていたが、ユアンの説得によりその場に残った。

 一部始終を見ていたスタッフが店長に説明をし、里沙はその場で辞め
 させられる事となった。
 暁兎も辞めさせられるのかと思ったが、普段真面目な態度と接客、他
 のスタッフへの対応が一番優れている為、クビは免れた。

 だが今日はそのまま上がるように言われ、「災難だったな」と同情され
 た。
 外に出るとウィリアム達が待っており、そのまま一緒にホテルへと戻
 るが、里沙に対して怒りが治まらないようだった。
 




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