3周年企画

おとぎ話のように

(7)






 隣の部屋では肉体的、精神的に疲れきった暁兎が眠っている。
 その原因の一つが自分である事を、ウィリアムは深く反省してい
 た。
 幾ら暁兎を欲したからといって、体を繋ぐ事が初めてだった暁兎に
 何度も挑んでしまったのだ。
 疲れて当然。

 そして暁兎の全てを知りたいと思ったウィリアム。
 お茶をしながら暁兎の事を聞いてみた。
 今まで誰に対してもそんな事などした事もなかった。
 興味もなかった。
 だが今はまるで子供のように、質問攻め。

 沖縄には一人で来たのか。
 家族は何人いるのか。
 今は何処に住んでいるのかなど。
 隣でユアンが呆れているのが分かったが、それでも聞かずにはいら
 れなかった。
 
 暁兎は少し困った顔。
 困らせるつもりなどはないのに。
 だが暁兎は、それらの質問に丁寧に答えてくれた。

 まず一つ目。
 沖縄には一人で来ていた。
 本当は彼女と来る予定だったのだが一人で来たと。
 彼女と聞き、顔には出さなかったが、ウィリアムの中では嫉妬の炎
 が渦巻いていた。

暁兎は僕の物だ、誰にも渡さない!

 彼女がいても、関係ない。
 奪い取るつもりでいた。
 それに昨夜、身も心も昨夜結ばれ、暁兎は自分の物となったのだ。
 彼女の元になど返すつもりはない。

 だが、ふと気付いた。
 彼女がいると言たのに、キスすら初めての様子だった。
 きっとこの旅行で、二人の仲が進展する予定だったのだろう。
 どんな事情で暁兎一人になったのかは分からないが、キャンセルし
 た相手に感謝した。

 ユアンが遠回しに聞くと、暁兎は頬を染めながらその事を認めた。
 また嫉妬にかられる。
 そんなに相手を大事にしていた暁兎に、そしてされた相手に対し。
 しかしよく聞くと、相手は二股を掛けていて、暁兎は旅行直前でその
 事を知り、本当は旅行を止めようかと思ったのだが、このまま傷心
 旅行にしようと沖縄に来たと。

 またウィリアムの、日本人に対する印象が悪くなる。
 こんなに純真な暁兎を手に入れながら、別な男とも付き合う女など
 この世からいなくなればいいと本気で思ったくらい。
 だが考え方を変えると、その女が二股してくれたお陰で、ウィリアム
 は暁兎と出会う事ができたのだ。
 ある意味感謝しても良いくらい。

 今度は家族の事を聞くと、一瞬悲しそうな顔に。
 触れてはならない話題だったかと気付いたが、聞いてしまったもの
 はもう戻らない。
 どうしたものかと思っていると、暁兎は何事もなかったかのように、
 明るい口調で話し始めた。
 最初に『あまりいい話じゃないんだけど』と言って。

 確かにいい話ではなかった。
 母親は生きているか死んでいるのかは分からない。
 父親は生きているのは知っているが、一度も会った事はないらし
 い。
 6歳になるまで祖母と母の三人暮らしで、母親は働いていたため
 事実上は祖母に育てられていた。
 同時期に祖母が亡くなり母と二人で暮らしていたが、7歳間近で暁
 兎は母と離れ施設で育ったと語った。 
 母親がいるにも拘わらず、離れて暮らす事になったという事は、何
 か問題があったからだろうが、それは語らず、態と明るく話す。
 見ていて痛々しく、それ以上は聞く事はしなかった。

 強引ではあるが、話の内容を変え、沖縄では何をしたいのか聞い
 てみた。
 暁兎が沖縄に来たのは昨日。
 このホテルに着く間に、何カ所か観光地を回ったようだが、それで
 も回る所は他にも沢山ある。
 ウィリアムは観光などする気などはなかったが、暁兎が行きたいと
 思う場所があれば、その全を叶えよう。
 
 暁兎から出てきた言葉は、「世界遺産巡り」

 こんな小さな島に、世界遺産がある事にまず驚いた。
 聞くと、かなりの数があるらしい。
 遺産には全く興味はないが、願いは叶えると決めた。

 始め緊張していた暁兎だったが、話しをしている間にウィリアム達
 にうち解けて来たようだ。
 肩からは緊張が抜け、ユアンにも笑いかけている。
 ユアンも暁兎が気に入ったようで、普段は浮かべない笑みを浮か
 べていた。

僕以外にそんな可愛い笑顔を向けないで欲しい

 ユアンがこんなに優しい顔をするのは滅多にない事。
 彼に限って、ウィリアムの大切な相手に手を出す事はないだろう
 が、こんなに可愛い笑顔を向けられれば心を奪われてしまうのでは
 と、ヤキモキしてしまう。
 我ながら狭量だとは思うが、暁兎に関しては冷静でなくなる。
 まだ出会って一日も経っていないのに、これ程までに心を奪われ
 た事に正直自分でも驚いていた。

 暁兎を見つめていると、欠伸を噛みしめている。
 随分眠たそうな姿に、ふと昨夜の行為を思い出す。

 暁兎が気を失うまで続けてしまった行為。
 気付くと深夜遅くまで行われていた。
 眠くなって当然。
 今更気付いたが、こうして座っているのも辛い筈。
 見ると額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
 なのに笑顔を浮かべ、ウィリアムと会話している。

なんて健気な

『暁兎、少し休んだ方がいい』

 返事を聞く前に暁兎を抱き上げ、隣のベッドルームへと運んで行く。
 驚きながらも、今度は暴れる事なく腕に収まっている。
 最初抱き上げた時、態と手を離した事が相当怖かったようだ。

可哀想な事をしてしまった

 それだけに今度は優しく運び、そっとベッドへ横たえ、暁兎が寝るま
 で側にいて、髪を優しく撫でていた。
 というのも、暁兎が髪を撫でられる事が嫌いではなく、寧ろ望んでい
 るようだったから。
 今朝も目が覚めるまで、部屋でそれをしていると、とても幸せそうな
 顔をしていた。
 それにウィリアム自身、暁兎の髪がとてもサラサラで、撫でていて
 心地よかったから。

『ウィリアム様が犯罪者にならなくて良かったです』

 眠ってしまった暁兎からそっと離れ、リビングへと戻ると、ユアンが
 給仕しながら言ってきた。
 言われた言葉にムッとなるが、ウィリアムも暁兎が未成年でない事
 に安堵していた。
 幾ら合意とはいえ、相手が未成年であれば日本の法律、児童福祉
 法に引っかかってしまう。
 それは日本でなく、自国イギリスでも同じ事。
 ウィリアムの立場上、一族の間では決してそれは許されない。
 暁兎に非がなくとも、こぞって排除しようとする筈。
 もしそうなれば、その時は家を捨てても構わないとまで思っていた。

 相手が男でも、成人していれば、一族も、特に兄も何も言わないし、
 反対もしない。
 だから暁兎が成人していて良かったと、心から安堵した。

『言い方は気にくわないけれど、僕も確かにそう思う。 しかし、暁兎
が僕よりも2歳も年上なのには驚いた・・・』

『私もです。 ですが、暁兎様はその可憐な容姿から考えられないく
らいお強い心の持ち主のようです。 聞く限り、苦労されたご様子。
にも拘わらず私達に笑顔を向けられて。 それにとても慎ましい。 ウ
ィリアム様の名は証してありますが、どういった立場におられるのかは
理解されていないでしょう。 しかし、ウィリアム様の容姿もさることな
がら、この一泊約60万のロイヤルスイートの部屋に泊まり、秘書であ
り執事である私がいてボディーガードである彼等がいれば、大抵の方
は目の色を変えます。 なのに、暁兎様にはそれがない。 今までお
つき合い付きされて来た方々とは大分違いますね』

 始め暁兎に賛辞を送り、最後の方はウィリアムに対して皮肉を言
 う。
 主人に対する物言いではないが、ユアンだから言える言葉。
 少しだけ右眉がピクリと動いたが、後は変わりなく優雅にお茶を飲
 んでいる。
 確かに今まで付き合って来た相手は、男女に拘わらず我が儘でプ
 ライドばかりが無駄に高かった。

 付き合い始めたばかりの頃は、気にせず好きにさせておくのだが、
 日が経つにつれ、彼等は要求が激しくなっていく。
 欲しい物があれば大抵の物は買い与えた。
 旅行に行きたいと言えば、余程治安の悪い場所でない限り、様々
 な場所へと連れて行った。
 そしてそんな我が儘を許していると、今度は主でもないのに、ユア
 ンや他の使用人達に横柄な態度で命令し始める。
 度が過ぎると諫めはしたが、それでも彼等の傲慢な態度は止まら
 なかった。

 更には仕事の事にまで口出しをして来るようになれば、ウィリアムも
 いつまでも寛容な態度ではいられない。
 ウィリアムは多数のホテルを有する事業家ではあるが、本業はレ
 ーサー。
 サーキット場に一度入れば、他の誰よりも厳しくなる。

 マシンに乗れば、死とは常に隣り合わせ。
 それはウィリアムだけではなく、その場にいる全ての者が同じ。
 会場にはコースを走る車だけではなく、様々な機材、車が入り乱れ
 気を抜いていれば自分も、周りも、そして扱うマシンに乗るウィリア
 ムまでもが命の危険に曝される。
 レース期間は全員が、体調・精神的に万全でいなくてはならないの
 だ。

 恋人がウィリアムの隣に、側にいたいと言うのは構わない。
 だが、そこにいるスタッフに対しお茶だの、熱い、疲れただの言う
 事は断じて許せるものではない。
 彼等は使用人や雑用人ではなく、命を預けるスタッフなのだから。
 レースの事ならいざ知らず、連れてきた恋人の事で彼等にストレス
 など与えたくなかった。
 
 一言でも、そして彼等に対して見下した態度が少しでもあれば、直
 ぐさま会場から追い出した。
 どんなに泣こうが喚こうが怒鳴り散らそうが関係ない。
 遠征先でも構わず国へ送り返し、そしてウィリアムが遠征先から帰
 国した後も二度と会う事はなかった。
 
 逆恨みをしてウイリアムに害をなそうとした者は、ユアンの手によっ
 て、或いは兄、一族の手によって排除された。
 チームメンバーに手を出した者には、ウイリアムによって全てを奪
 い取られた。
 今まで付き合って来た相手に対して、そんな扱いでしかなかった。
 
 中には大人しく引き下がる者もいたが、大抵の者はもう一度ウイリ
 アムに取り入ろうという者ばかり。
 それは叶う事はなかったが。

 考えてみると確かにユアンの言う通り、良い恋人など一人もいなか
 ったが、暁兎は今までの相手とは全く違う。
 プレゼントしたシャツも、初め受け取ろうとはしなかった。
 だが、彼が用意してきた着替えは全てTシャツで、ウイリアムが愛し
 た鬱血の痕が隠せない事に気付き、仕方なく受け取ったのだ。

 それでも初め、代金を支払うと言って着る事を拒否した。
 しかし、金額を聞いて固まっていた。
 慎ましい生活をして来た暁兎にとって、シャツ1枚が2万近くしてい
 るのが信じられなかったようだ。
 我に返り、それでも支払うと言ってきたが、痕をつけたのは自分だ
 からといって、ウイリアムは代金の受け取りを拒否した。

 納得はしていないようだが、『ありがとう』と礼を言い、そのシャツを
 身に着けた。
 少し頑固だが、慎ましく、礼儀正しい暁兎にウイリアム達は好感をも
 った。

『これからの予定だけど、後2日ここに滞在しようと思う』

『そうですね、その方が宜しいでしょう。 ウイリアムが随分無茶をされ
たようですから、今移動するのは暁兎様もお辛いでしょう』

 さらりと嫌みを言う、ユアンを無視した。
 顔には出さないが、その通りだから何も言えない。

 意識を失った後、汚れた体を綺麗に清めながら、ウイリアムを受
 け入れた蕾を確認したが、そこは赤く腫れていた。
 馴れていない体を何度も貫いたのだから当然の事。
 腫れが引くまで移動は止めておくべきだ。

 ユアンが用意した軟膏を手に、寝室へと入って行く。
 静かな寝息をたて、暁兎は熟睡していた。
 幼い寝顔はとても23歳には見えない。

 これだけ熟睡していれば起きる事もないだろうと、ウイリアムは暁兎
 の下肢から服を取り除き、腫れた蕾に軟膏を塗り手当した。
 赤く腫れた可憐な蕾。
 よくこんな小さな蕾に、ウイリアムの大きな欲望が入ったものだと
 感慨深い思いになる。

 起きていれば決して手当などさせてくれないだろう。
 羞恥に打ち震え泣き出してしまうかもしれない。
 涙を流す姿はさぞ美しいだろうが、できる事なら暁兎を泣かせる事
 はしたくない。
 丁寧に手当をした後、衣服を整え髪にキスをしベッドルームを後
 にした。

 寝ている間にユアンに指示をし、沖縄にある世界遺産を調べさせ
 た。
 意外にも数が多く、9つもあった事に驚いた。
 9つのうち5つが城跡。
 城跡など皆同じで、面白味もないと思ったが、暁兎が行きたいので
 あれば全て巡ろう。
 
 暁兎の体調がよければ、明日から。
 幸い世界遺産の殆どが、中部から南部に纏まっている。
 一つだけ北部の方にあるから、まずはそこへ行き、帰りは国内最大
 と言われている水族館に行ってみよう。
 行きたいとは口にしていなかったが、暁兎ならきっと喜んでくれるに
 違いない。
 考えると心が浮き立つ。
 今まで付き合って来た恋人とは、明らかに違う。

 そして日が沈む頃、暁兎が目を覚ました。
 すっかり熟睡してしまった事にしきりと謝っていたが、充分体を休め
 たお陰か、眠る前より顔色も、体の動きも良くなっているのが分か
 る。
 
 夜はルームサービスをとり、テラスからライトアップされたホテルを見
 ながら食事を楽しんだ。
 食が細いのが気になったが、美味しそうに食べていたので敢えて
 何も言わなかった。

 そしてその日の夜、恥ずかしがる暁兎を宥め賺し、一緒にジャグジ
 ーへ入り、華奢な体を腕の中に囲い眠りへとついた。
 暁兎は始め緊張していたが、ウイリアム何もしないと分かり安心し
 て眠りに入って行った。
 そんな初々しい姿を微笑ましく見ながら、しかし少し警戒されている
 のが寂しかった。





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