3周年企画

おとぎ話のように

(6)






『暁兎様。 お茶のお代わりは如何ですか』

『い、いえ。 もう・・・・・』

 お代わりを申し出たユアンに恐縮する。

 暁兎は今、ウィリアムが滞在する部屋にいた。
 その部屋のリビングでユアンが用意した服に着替え、そして給仕さ
 れている。

 暁兎が着ていたTシャツでは、首筋、鎖骨に付けられた赤い印が丸
 見えだから。
 ウィリアムの指示によって、急ぎホテル内にある店から取り寄せられ
 た物だ。
 今まで着た事もない、滑らかな生地のシャツ。
 プレゼントだと言われたが、正直暁兎は困っていた。
 隣ではウィリアムが、優雅な仕種で紅茶を飲んでいた。
  
 沖縄に来なければ、決して踏み入れる事はなかっただろうこの豪奢
 な部屋。
 リビングだけで何uあるのだろう。
 床は全てが大理石。
 内装は暁兎が宿泊していた部屋と同じよう、南国リゾートの雰囲気と
 なっているが、インテリアは比べ物にならないくらい、優雅で凝った作
 りのもの。
 バーカウンターもあり、そこには高価なワインやブランデーが品よく並
 べられている。
 暁兎は萎縮していた。

 隣に座るウィリアムを盗み見ると、視線に気付き微笑みを返してく
 る。
 
どうしてこんな事になったんだろう・・・・・



 気怠い体で、暁兎は何とかTシャツとジーパンを身につけていた。
 着替えながら、今日中に東京へ戻ろうと考えていた。
 一目惚れをし、体を合わせた相手と別れるのは、身を切られる思い
 だが、彼からしてみれば、暁兎などたった一夜の恋人でしかないの
 かもしれないのだから。

 残酷な言葉を告げられる前に、彼にはこの部屋から出て行って貰い
 たい。
 
だって、惨めだ・・・・

 彼が部屋から出て行った後、荷物を纏めホテルを出よう。
 何処にも寄らず、DFSに車を返しに行きその足で空港へ向かい航
 空券を変更して、沖縄を離れようと暁兎は決心していた。

 無事着替えも終わった丁度その時、部屋のドアをノックされた。
 この部屋を訪れる者などいない。
 ホテルの従業員かと思ったが、もし何かあれば部屋の内線を鳴らす
 筈。

 誰だろうと思っていると、再度ノックされ、『ウィリアム様、いらっしゃい
 ますか?』と、焦れたような声が聞こえてきた。

「ウィリアム?」

 誰の事だろうと考える前に、テラスにいた彼が素早く扉の前へ行き、
 そして開けた。
 部屋の中に、数名の外国人が入り込んできた。
 驚き固まっていると、その中の一人が暁兎に気付き目を眇め、そして
 ウィリアムに向き直り、怒りの含んだ口調で話し始めた。

 話の内容から二人は主従関係にあり、ウィリアムが突然姿を消した
 事を窘めていた。
 一目惚れの相手の名が、ウィリアムという事が分かった。
 話しが一通り終わったのか、二人の目が暁兎に向けられた。
 
 一分の隙もなくスーツを着こなした男。
 ユアンと紹介された彼は、ウィリアムとは対照的に男らしい容貌をし
 ていた。
 
『はじめまして。 片桐暁兎です』

 挨拶する暁兎に目を向け、眉を顰めた。
 鋭い視線に、何か気に障る事でもしてしまったのだろうかと怯えると
 ウィリアムが着ていたジャケットを暁兎の肩に掛け、そして庇うよう
 前に立った。
 
『ここにいても仕方ないから部屋に戻ろう。 彼の荷物を僕の部屋に』

 ユアンに指示をした後返事も聞かず、ウィリアムは暁兎を抱き上げ
 た。

「お、降ろして。 降ろして下さい!」

 思わず日本語で叫んでしまった。
 暴れると落としてしまうから大人しくと言われたが、それでも暴れてい
 ると、一瞬わざと暁兎から手を離した。
 落とされる事はなかったが、それでも暁兎には充分な恐怖となり、落
 とされないようウィリアムの首にしっかり手を回し抱きついた。
 
 移動距離はかなりあったにも拘わらず、暁兎をその腕から降ろす事も
 休憩する事もなかった。
 同年代の男と比べてみると、背も160cmと低く華奢ではあるが、そ
 れでも体重は45kg近くはある。
 なのに彼の足取りは確かで、先程された冗談とは違い落とされる不
 安もなかった。
 そして連れて来られた部屋の広さと豪華さに驚いていると、リビング
 に置かれているソファーへとそっと降ろされた。

「凄い・・・・・」

 日本語で呟くと、ウィリアムは暁兎が何と言っているのかとユアンに
 聞く。
 どうやら彼は日本語が理解出来るようだ。

『ウィリアム様一体どういうおつもりですか。 彼の姿を見れば何があ
ったのかは言われなくとも分かります。 あなたが、何処で、誰と何を
しようが構いませんが、まさかこんな幼い子にまで手を出すとは思って
もいませんでした』

 呆れたとばかりにユアンがため息を吐く。
 彼の口調から、二人の間になにがあったのか知っているようだ。
 どうして知られてしまったのかは分からないが、その行為を第三者に
 知られた事が、死ぬ程恥ずかしく真っ赤になる。
 ウィリアムは隣でばつの悪い顔をしている。
 居たたまれなくなり俯いた。

 しかし、彼の話の中には一つおかしな言葉があった。
 『幼い子供』というのは自分の事なのであろうか。
 だが口を挟む勇気はない。
 怒りを露わにしたユアンが恐ろしかったから。
 
『ユアンの言う事も良く分かる。 確かに彼は幼いかもしれないが、そ
れでも僕は、一目見た時から彼が欲しかった』

 言って暁兎の肩を抱く。
 やはり二人は大きな勘違いをしている。
 彼等は暁兎の事を、相当幼い子供だと思っているようだ。
 
でも、子供一人でここには泊まれないんだけど・・・

 基本的な事を忘れているようだ。
 これ以上険悪にならないよう、取り敢えず誤解だけはといておこうと
 ユアンは怖かったが、暁兎は勇気を振り絞り二人の会話に割って
 入った。

『あの・・・、お二人共勘違いされてます。 俺、23ですから・・・・・』

 二人、いや彼等から少し離れた場所で控えていた男達も暁兎を見て
 驚いていた。

『『23!?』』

『はい』

『・・・・本当に?』

『・・・はい』

 信じて貰えそうになかったので、財布の中から免許証を取り出しウィ
 リアムに渡した。
 それをユアンへと渡す。

『・・・確かに』

 彼はどうやら日本語を読む事も出来るようだ。
 ユアンの手から暁兎に免許証が戻された。
 呆然とした彼等の態度が少しショックだった。

 だが本当にショックだったのはウィリアムが暁兎より、2つではある
 が年下であった事。
 確かに外国人は大人びて見えるというが。

2つも下

 180cmは越えるだろう身長。
 それに対して、暁兎は160cm丁度。
 20cm以上の差。
 容姿もさることながら、その気品溢れる優雅な物腰は暁兎には到底
 真似できない。
 
 アルバイトで力仕事したお陰でそれなりに筋肉はついたが、それでも
 筋骨隆々にはならなかった。
 容姿にしても、男らしいとはとてもいえない。
 銀座のクラブでNo.1の美貌を持った母から受け継いだ容姿。
 母は少し吊り上がり気味の眦だった為、見た目気の強そうな印象。
 とても美しく華やかな人だった。
 だが暁兎は育った環境のせいか、母とは違い優しげな目元になって
 いる。
 この顔のせいで、周りからはよく幼く見られていた。

『・・・・気にしないで下さい。 いつも驚かれますから、馴れてます』
 
でもちょっと、落ち込んだかも・・・・

 彼の名前がウィリアム・バウスフィールドだと教えてもらった。
 現在仕事で日本に来ており、沖縄での予定を終え、数日中に本
 州へ行き、また別な仕事に向かうと教えてくれた。
 その仕事が終わるとイギリスへと戻ると。

 やはり失恋は決定。
 今この場に一緒にいるのは、日本にいる間だけの相手が欲しかっ
 たのだのだと思い知らされる。
 日本から離れると同時に、その関係も終わるのだろう。

惨めだ・・・・・

 俯く暁兎から何か感じ取ったのか、ウィリアムは暁兎の顎を抄い自
 分の方へと向かせた。

『何を勘違いしているのかは分からないけれど、そんな悲しい顔は似
合わない。 僕が愛した君には微笑んでいて欲しいんだ』

『・・・・愛した?』

それは聞き間違い?

 だが聞き間違いなどではなかった。
 
『そう。 僕は暁兎、君の事を愛している。 日本にいる間だけの恋人
ではなく、これからも暁兎とは恋人として付き合って行きたい』

 まさかそんな事を言って貰えるとは思わなかった。
 大きく目を見開く。
 嬉しさの余り、瞳が涙で潤む。

『ウィリアムさん・・・・・』

『ウィルと呼んで欲しい』

 でも、本当に自分でいいのだろうか。
 彼が身に着けている物全て高価な物に見えた。
 上質な布で作られたシャツとパンツ。
 そのシャツからさり気なく見える時計には、ポイントではあるが輝く石
 が使われている。
 多分ダイヤだと思う。
 なによりも、この豪華な部屋にいるという事は、彼等がセレブだと伺
 わせる。

 ユアンは秘書だと言ったが、イギリス、バウスフィールド家に代々仕
 えている家の出だと教えてくれた。
 それに後ろに控える男達は、専属のボディーガードだという。
 暁兎は知らないだけで、さぞ由緒ある家なのだろう。
 そんな彼と自分が、本当に恋人になっていいのだろうか。

『暁兎。 さあ・・・』

 促される。
 例えその場限りの嘘だとしても、その言葉が嬉しかった。
 今だけでも恋人になりたかった。
 そして少し躊躇いながら、言われた通り呼んだ。

『・・・ウィル』

 呼んだ事で、彼は嬉しそうに微笑みを浮かべる。
 上品に微笑む彼の姿に、暁兎はただ見惚れていた。





Back  Top  Next




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送