3周年企画

おとぎ話のように

(5)






「ん・・・・・」

 どこからともなく入って来た風が、暁兎の肌を優しく撫でる。

 日本の夏特有の、高い湿度を含んだ風。
 今年は残暑も少なく、過ごしやすいと思っていたのに、今日はまた夏
 に戻ったようだ。
 だが8月のようなベタつきはない。
 暑さも湿度もそれなりにあるが、どこか心地よく感じた。
 昨日の夜、窓を開けたまま眠ってしまったのだろうかとふと思った。
 だが開けて寝た記憶はない。

 身じろぎ触れたシーツの肌触りが心地よかった。
 眠っているベッドのスプリングが軋み沈む。
 そして壊れ物を扱うが如く、暁兎の髪に触れる者がいた。

ベッド?
それに、誰・・・・?

 意識が覚醒していく。
 大学に入る前は施設にいたので、寝ている時にまだ幼い子が寂しさの
 余り暁兎の布団に潜り込んで来る事があった。
 だが今は一人暮らし。
 暁兎の布団に入って来る者はいない。

 それに暁兎の住むアパートの床は畳で、そこに布団を敷いて寝てい
 る。
 だからベッドに寝ているのはおかしい。
 まだ霞がかかったままの頭で必死に思い出す。
 閉じたままの瞳を開けようとするが、瞼が腫れているせいなのか、なか
 なか開かない。
 まるで泣いた後のような腫れ。

 施設に引き取られた直後は、周りは知らない人間が大勢いて怖くて泣
 いた事もあったが、それ以降泣いた記憶はない。
 だがこの瞼の腫れは、昔泣いた時に感じたのと同じ物。
 
どうして泣いたんだろう・・・
それに、この体の怠さ
風邪でも引いたのかな

 そう思うと何だか喉も痛い気がする。
 しかし、風邪を引いた時の痛さではない。
 そう、運動会などで、応援の為に叫んだ時のような痛さ。
 だが、叫んだ記憶はない。
 
 体を動かすと、全身の筋肉が悲鳴をあげた。
 筋肉だけではない。
 関節も痛い。

「いっ・・・。 なに?」

『無理をしてはいけない』

 突然かけられた声に驚き、体が硬直する。

『抑えがきかなかったから』
 
 少し低めだが、美しく奏でるような声。
 暁兎の髪を撫でている手と、同じ人物なのであろう。

「ぁ・・・・・」

 声を出すが、掠れた声しか出てこない。
 すると髪に触れていた手が止まり、暁兎の側から人の気配が離れて
 行く。
 心地よい手が離れてしまった事が少しだけ寂しい。
 昔、祖母が生きていた頃、同じように暁兎の頭を撫でてくれた。
 離れて行った手は、優しい慈しみのこもった祖母の手と良く似ていた
 から。

 少しして、またベッドが軋む。
 手の主が戻って来たようだ。

『さあ、飲んで』

 ゆっくりと体を起こされる。
 まだ開ききっていない瞳に、ペットボトルらしき物が少しだけ映る。
 手を伸ばすと暁兎の手にそれを渡し、支え飲ませてくれた。
 冷たい水が体の隅々へと行き渡る。
 お陰で頭もスッキリし、重かった瞼を開く事が出来た。
 暁兎を支えてくれている手から、視線を顔の方へと移動させる。

「え?」

 青い瞳と視線が絡む。
 日本人とは違う彫りの深い顔と、白い肌。
 ハンサムな顔に見とれてしまう。

「・・・・あなたは」

『体は大丈夫かい。 ああ、僕の言っている事は分かるかな?』

 流れるような美しい英語。
 昨夜レストランから部屋に戻る途中に見た、一目惚れした相手が目の
 前にいた。

どうして彼がここに?

『困ったな。 こんな事なら日本語を習っておくべきだった・・・・』

 美しい眉を顰め、彼は少し困った顔。
 そんな顔も魅力的。
 この困った顔も見るのは初めてではない。

どこ、だっけ・・・

 考えるが思い出せない。
 だが、彼にいつまでもそんな顔をさせておくわけにはいかない。

『あの・・・・、大丈夫です。 英語、分かりますから。 あ、でも俺の発音
で聞き取れるのかな・・・・・』

 最後の方は独り言になっていた。

『大丈夫、ちゃんと伝わっているから。 よかった』

 困った顔が、暁兎が英語を話した事で微笑みに変わった。
 そして何故か、彼は暁兎を腕の中に引き寄せた。

『えっ。 あ、あの・・・・』

 狼狽える暁兎に構わず、彼は思うがままに髪に、頬にキスをしてくる。
 
『大人しくして。 昨日は大分無理をさせてしまったから。 体が心配だ』

 言って暁兎の体を手でなぞる。
 言葉の意味を考える前に、体に甘い痺れが走る。

「あっ・・・ん・・・」

 零れた声が艶めかしく、慌てて手で口を押さえ俯く。
 
なんで俺、こんな声!
え、何!?

 俯いた事で、自分が何も着ていない事に気付いた。
 素肌のまま眠っていた事に驚く。
 眠る時は必ずTシャツと七分丈のパンツを履いているのに、どうして裸
 で寝ているのか。
 それに、この体中についている赤い印は一体。
 
 しかもよく見ると、その印は胸の辺りに集中している。
 そして普段そんな所を気にする事などないのだが、乳首がいつもより赤
 く、少し腫れた感じになっている。

「あっ・・・!」

 そこで漸く暁兎は昨夜の事を思い出した。
 目の前にいる、この美しくハンサムな彼と何度もキスをし、そして彼の
 欲望を、熱を、何度も体の中で感じた。
 痛みもあったが、それ以上の快感を彼から教えられた。
 求められるまま、彼の欲望を受け入れそして暁兎自身も溺れ淫らな言
 葉を叫んでいた事を思い出す。

俺っ!

 急いで体をシーツで隠す。
 羞恥の為、暁兎の真珠のような肌が薔薇色に染まる。
 


なんて初々しい

 強引に始めた行為。
 だが少年は受け入れてくれた。

 何度も体を繋げ、数え切れない程キスを交わしたにも拘わらず、少
 年は恥じらいを忘れない。
 最初はウィリアムに翻弄されていたが、何度も体を繋げているうちに
 少しずつではあるが少年も応え始めてくれた。

 その姿は可憐な花が大輪の花へと変化しそして華開いたかのよう
 な姿。
 互いの言葉は通じなくとも、体が通じ合った。
 それが余計、ウィリアムを夢中にさせた。

 ベッドの中で眠る少年は、生まれたての雛のように愛らしい。
 早くその瞳に己の姿を映して欲しいと願った。

 しかし目覚めたとして、意思の疎通をどうとればいいのか。
 この場に秘書のユアンがいれば、問題はない。
 だがこの姿を誰の目にも触れさせたくはなかった。
 取り敢えず近くで待機させておけばいいと思い、ウィリアムは携帯を持
 ちテラスへと出てユアンへと連絡を入れた。

『ウィリアム様! ご無事でしたか。 今どちらに!?』

『連絡が遅くなって悪かった。 今から言う部屋に来て欲しい』

 部屋の番号を告げ通話を切る。
 その直後少年は目を覚ました。
 震える長い睫。
 
早く目覚めて、僕を映せ
 
 激しい行為の中泣いたためか、なかなか瞼が開かずだが冷たい水を
 飲んだ事で意識が覚醒し、瞼が開かれた。
 目覚めた少年の美しい瞳にウィリアムの姿が映し出された。
 昨日、一目で恋に落ちた黒真珠のような瞳。
 戸惑ってはいたが拒絶はなかった。
 
 悩んでいた会話だが、意外にも少年は英語を話す事が出来た。
 ウィリアムのような美しいクイーンズイングリッシュではないが、それで
 も会話が出来ないより断然ましだ。
 
 体を繋げている時にも、少年の艶めいた声は聞いたが、今こうして静
 かに会話している声は幼い彼にはとても似合っている。
 甲高くなく、落ち着いた優しい声は耳の心地よかった。

 目覚め何も身につけていない事に驚き、そして昨夜の行為を思い出し
 たのか、少年は羞恥のためか全身を朱に染め、慌ててシーツで体を隠
 した。
 その行動が庇護欲をそそる。

『恥ずかしがらないでいい。 君はこんなに美しいんだ。 隠してしまう方
が勿体ない』

 シーツを奪おうとするが、少年は今度は隠れるように潜り込んでしまっ
 た。

『駄目です。 こんな体、見ないで下さい』

 恋した少年に無理強いはしたくない。
 シーツを奪う事は止めた。
 これ程に日本人が奥ゆかしいとは思わなかった。
 
いや、この少年だからだ

『分かったよ。 もう何もしないから顔を見せて欲しい』

『・・・・先に、服を着させて下さい』

 このままでいても少年は顔を出さないだろう。

『分かった。 じゃあ僕はテラスにいるから着替えが終わったらおいで』

『・・・・はい』

 ベッドから腰を上げ、約束通りテラスに出て少年がシーツから出やす
 いよう背を向け椅子に座る。
 少しすると、衣擦れの音が。
 ウィリアムが見ていない事を確認し出てきたようだ。
 だが次の瞬間、ドサリと床に何かが落ちる音。
 振り向くと少年がベッドの脇に倒れていた。

『大丈夫!?』

 慌てて駆け寄り少年を抱き起こす。
 
「動けない・・・・」

 行為自体初めての体。
 何度も抱いたせいで、体がいう事を利かなかったのだろう。
 そっと少年をベッドに戻し、ソファーに置かれたバッグを取りに行き、少
 年の元へと運び渡した。
 そしてまたテラスへと戻り、着替えやすいよう背を向けた。

 少しすると衣擦れの音が。
 着替え始めたようだ。
 ウィリアムは室内へと視線を向ける。
 少年は見られている事に気付かずに背を向けベッドの上に座ったまま
 着替えていた。

 下着を着けただけの姿。
 遠目から見ても分かる、背中に付けられた無数の赤い印。
 そこだけではない。
 昨夜は隅々まで少年を愛した。
 今は見えないが、胸にも腕、足の付け根にも所有の印を付けた。

 少年は体にコンプレックスを持っているのか、見ないで欲しいというが
 ウィリアムから見れば全てが美しい。
 適度に筋肉も付き、締まっている。
 スラリとした手足。
 腰も折れそうな程に細い。

 いままで何人かの男と付き合って来たが、少年程美しい体を持つ者は
 いなかった。
 上質な絹のような滑らかな肌は、手に吸い付くよう。
 初めて繋がった蕾はとても狭かったが、中は溶けるように熱くそしてウ
 ィリアムの欲望に絡みついてきた。
 何もかもが素晴らしい。
 一夜で少年の全ての虜になっていた。
 このまま離れる事など出来ない。

彼を連れて行こう

 嫌だとは言わせない。
 体を繋げながら感じた。
 少年もウィリアムを体だけでなく、全てを愛してくれたと。

 見つめている間に着替えが終わった。





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