3周年企画

おとぎ話のように

(3)






「これからどうしよう・・・・」

 ぼんやりと庭園を眺める。
 三泊四日。
 このまま沖縄にいるべきか、それとも東京へ戻るべきか。
 戻ったとしても、旅行代金の支払いは済んでしまっているし、こうして
 沖縄に来てしまっているから、返金は無理だろう。
 
 この旅行の為に、暁兎は溜めていた貯金を殆ど使ってしまった。
 これからの生活に少し余裕はなくなってしまうが、里沙の為に、素敵
 で楽しい旅行になればと思い今までの自分では考えられない位、奮
 発したのだ。
 お金が戻ってこないのに、東京に帰ってはドブに捨てると同じ事。
 頑張って溜めたお金を無駄にはしたくない。

 それに、こんな豪華な旅行はこの先出来るかどうかも分からない。
 里沙を忘れる為にも、色々な所を周り、美味しい物を食べて楽しもう
 と決めた。

「今まで、良い事なかったから、この位贅沢してもいいよね・・・」

 そう、今回の事もそうだが、今まで頑張って来たのだ、これは自分
 へのご褒美だと思う事にした。
 


 暁兎には両親はいるが、今は生きているのか死んでいるのかも分か
 らない。
 大分昔に離れてしまったから。

 父親は大手食品会社の社長で母はその愛人。
 ホステスをしていた母と客で来ていた父が関係を持ち、暁兎が出来
 た。
 気性が激しく、暁兎を妊娠したと分かると父に結婚を迫ったがあっさり
 捨てられてしまったと酔った母が恨み辛みに言っていたのでよく覚え
 ている。
 
 結婚を迫る為の道具でしかなかった暁兎は、その利用価値がないと
 分かるとそのまま放置された。
 同居していた祖母が見かねて暁兎を育てていたが、その祖母も暁兎
 が6歳の時に死んでしまった。
 母と二人での生活が始まったが、当然食事の支度などする筈もなく、
 暁兎は母が食べ残したコンビニの弁当、酒のツマミな等を食べ生きて
 いた。

 だがそれらも毎日残っている訳ではなく、母は帰って来ない事も度々
 あった為、何も口にしないという事が2、3日続いたりもした。
 そういう時には水で餓えを凌いだ。

 そんな生活をしていたせいで、暁兎の体は同年代の子供より小さく、
 体重も半分くらいだった。
 このままいけば、栄養失調、若しくは衰弱死は確実だったのだが、幸
 運にもその前に暁兎は救い出された。

 家賃を4ヶ月も滞納し、携帯も止められ、母に連絡が取れなくなった
 家賃回収人が家を訪れた。
 呼び鈴を鳴らしても出てこなかったので、夜逃げでもしたのではと、合
 い鍵を使い中に入るとガリガリにやせ細り動く事の出来なくなった暁
 兎がいた。
 母が家を空け、既に3日経っていた。

 急いで救急車が呼ばれ、暁兎は病院へと運ばれ虐待が発覚。
 母は職場で逮捕され、暁兎は退院後身内もいなかった為、そのまま
 施設へと連れて行かれ、新しい生活を始めた。
 全く変わってしまった環境。
 初め怯えていた暁兎だが、栄養のある食事、優しい職員と周りの子
 供達の支えがあり子供らしさを取り戻した。
 その頃の影響なのか、暁兎は成人しても身長は160cmと男にし
 ては小柄で華奢であった。
 
 優しくしてくれた園長、職員に恩を返す為、自分の将来の為、必死で
 勉強し奨学金を受けバイトをしながら高校、そして大学へと進学し
 た。
 施設に留まり皆といつまでも仲良く暮らしたかったが、園には暁兎
 と同じように何らかの事情で家を離れ、やって来る者が後を絶たな
 い。
 だから18歳になると出て行かなくてはならない。
 その日がやって来ても皆に心配をかけないよう必死にバイトをし、お
 金を貯めた。
 高校卒業と同時に暁兎は施設を出て一人暮らしを始めた。

 馴れるまで金銭面、生活面で全てが苦しかったが、高校の時とは違
 いバイトを幾つか掛け持ちしたお陰で何とかやっていけた。
 ビルの清掃員だったり、警備員だったり。
 カフェでアルバイトした時は、メニューのレシピなども教えて貰い、時に
 は賄い料理まで作らせてもらったお陰で、料理の腕も上がり今では家
 事のエキスパートだ。
 貯金も大分貯まった。

 そして今のバイト先で里沙と出会った。
 話してみると学部は違うが同じ大学という事が分かり、あっという間に
 仲良くなり、偶に二人が同じシフトで早く上がれる時には、食事もした
 りして帰る事も。
 小柄な暁兎よりも背が低く、可愛くて、気が利いて会話が上手な彼女
 の事を、何となくいいかなと思い始めていた。

 恋愛経験のない暁兎にはどう切り出せばいいのか分からない。
 その内大学最後の夏休みが残すところ後半月という頃、彼女の方か
 ら「好きなの。 付き合って」と言われ舞い上がり即OKした。
 夏休みが終わる前のこの旅行で、より仲を深める予定だったのに。

「はあ・・・・・」

 このままここにいても仕方ない。
 部屋に帰ろうかとしていると、少し離れた場所が俄に騒がしくなった。
 見るとこの暑い中、時間も22:00になろうとしているのに乱れる事な
 くスーツを着こなした外国人の集団が現れた。

 離れているからよく分からない筈なのに、その中心にいる人物は暁
 兎を釘付けにした。
 スラリとした長身。
 優雅な物腰。 
 建物を照らす明かりはそれ程明るくはないのだが、その光だけでも
 充分に彼の髪の毛は黄金に輝き、優しく微笑む姿は、昔養護施設で
 読んだ童話に出てくる王子様のようだ。
 ドクンと大きく心臓が跳ねる。

「なに・・・?」

 急に苦しくなった胸を手で押さえる。
 途中で通路を曲がり、中庭を挟んだ反対側を歩いて行く彼等、実際に
 は黄金の髪の持ち主だけを見ていた。
 
 暁兎の中で時が止まる。
 息が苦しくなり、胸が締め付けられた。
 彼を見ていると、切なくなる。

「もしかして、俺・・・・」

 この気持ちが何なのかが分かってしまった。
 男である彼に一瞬で恋に落ちてしまった事に気付いた。
 里沙の時とは全く違う胸のときめき。
 
 服の胸元を握りしめる。
 そんな事をしても胸の苦しみが取れる訳でもないのに、暁兎は強く
 握りしめた。

 誰とも分からないただの通りすがりの男に一目惚れだなんて、シャレ
 にもならない。
 思うだけ無駄。
 この一瞬限りの出会い。
 失恋は確定だ。

「今日一日で、2回も失恋だなんて・・・・」

 思わず自嘲した笑みが零れてしまう。
 この場にいても仕方ないので、部屋へ帰ろうと歩き始めたが、もう一
 度だけ、後ろ姿だけでも目に焼き付けておきたいと振り返った。
 
「あ・・・・・」

 男が立ち止まり暁兎を見ていた。
 視線が絡み合う。
 遠目ではあるが、男は驚いた顔で暁兎を見ていた。

 男に対し美しいという表現はおかしいかもしれないが、彼の全てが
 美しいと感じた。
 女性的な美しさではない。
 今まで見た誰よりも秀でた容姿。
 見つめ合ってしまった事で、余計胸が苦しくなってしまった。

「なにやってるんだろ・・・・」

 向けていた視線を無理矢理剥がす。
 男が自分を見ているなど、たいした自惚れだ。
 振り返って、偶々暁兎のいる方向に、彼が驚くようなものがあったに
 違いないと、俯き自嘲するような笑みを浮かべた。
 そしてこれ以上惨めな思いをしないよう、踵を返し早足でその場から
 逃げ出した。

 来たばかりだが、明日には帰ろう。
 失恋旅行でまた失恋なんて、あまりにも悲しすぎる。
 沖縄は鬼門なのだろうかと本気で思ってしまった。

 漸く部屋に辿り着き、息を整え鍵を開け部屋に入ろうとした時、グイと
 腕を掴まれた。
 
「え?」

 知人もいないこのホテルで、腕を掴まれるとは思ってもいなかった。
 驚き、自然と掴まれた腕の先を見ると、たった今失恋したばかりの相
 手がそこにいた。
 沖縄の海のように澄んだ青い瞳。
 間近で見ると、より秀麗な容貌に目を見張る。

『掴まえた』
 
 どうして彼がここにいて、暁兎の腕を掴んでいるのか。
 
『間違いない』

「え?」

『見失わずによかった。 この美しい瞳・・・。 まるで黒真珠のような輝
き。 君こそ僕が探し求めていた人』

 彼の口から出たのは美しいクイーンズイングリッシュ。
 見詰めて来る瞳は熱が含まれている。
 英語は聞く事も話す事も出来るのだが、今の暁兎は驚きすぎて内容
 が理解出来ない。
 だがその情熱的な瞳と口調に、何だか口説かれているように思える
 のは気のせいだろうか。

こんなに素敵な人が?
俺に?
・・・・・・そんな事、あるわけないよね

 決して関わり合う事などないと思っていた一目惚れした相手が目の
 前にいる事に、感情が高ぶり目元が熱くなる。
 知らず潤んだ瞳で見詰めると、男は息を呑み、次の瞬間情熱的に暁
 兎の唇を奪った。

「んっ・・・」

 縺れ込むよう二人部屋の中へ。
 静かにドアが閉まった。





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