お試しください
(中編)






「じゃあコンタクト入れる前に桜君の目にどの位近視・遠視・乱視があるか
検査するからここに座って」

 そう言って桜を機械の前に座らせる。

「全然痛くないし、怖くないから。 メガネ外して、ここに顎を乗せてオデコ
前に付けてくれる。 で、真っ直ぐ見ていてね」

 不安げな桜に優しく、丁寧に説明する。少し前までとは全く違う真剣な
 顔。
 あまりの変わりように驚きつつ桜は『やっぱり社会人なんだ』と納得し、メ
 ガネを外し顎を乗せた。

「はい、いいですよ。 お顔外してください。 メガネも掛けていいですよ。
大丈夫だったでしょ」

 ニッコリ笑うと、桜もすっかりリラックスしていた。

「はい。 眼科初めてなんで凄く緊張しちゃって・・・。 ・・・・あの、さっき
は本当にすみませんでした」

 そう言って、頭を下げると前にあった機械にオデコを『ゴン』とぶつけて
 しまった。

「だ、大丈夫?」

「・・・・はい。 いたたた・・・・・・」

 二人顔を見合わせ笑ってしまった。 
 おかげですっかり和やかな気分に。

「うん、気にしなくていいよ。 私服だと完全に高校生にしか見えないし
二十歳の時なんか中学生だったから・・・・・。 補導なんて今でもあるか
らね。 最近は諦めてるけど、さすがに現役高校生に言われるとショック
が・・・・。 ま、そんな言っても外見は変わらないから仕方ないけどね。
さ、コンタクト入れてみようか」

 そんな素に申し訳なく思いつつ、『顔も可愛いけど性格も可愛いんだ
 な』と、口にしたら怒られそうな事を思ってしまった。

 桜を鏡の前に座らせ、隣りの部屋にコンタクトを取りに行く。
 年下の子にムキになってしまった自分に反省。 
 悪気があった訳でなく素直に言ってしまったのは、分かっていたのに・
 ・・・・・ 
 気を取り直して戻った。
 
「お待たせ。 じゃあ入れてみようか、メガネ外してくれる。」

「はい」

 そう言ってメガネを外した桜を見て驚く。

「・・・・・可愛い・・・・」

 ボソリと呟いた素。

「え、何か言いました?」

「えっ、うん・・・・・・・・・」

 可愛いと言ってしまって良いのだろうか。 
 これだけ可愛ければいろいろ言われていて自分と同じようにコンプレッ
 クスとか持っていたら・・・・。

う〜ん、悩む・・・・・・・

「あのさ、メガネ外した顔って他の人とか見たことあるのかな?」

  気に障らないよう遠回しに聞いてみる。

「え? 勿論ありすよ。 中学入る前まではメガネかけてませんでしたか
ら。 さすがに今は掛けてないと色々と問題があるんですよね〜」

「はぁ、そうだよね・・・・。 で、それが分かっていてどうしてコンタクトにし
たいのかな・・・と」

 急に桜の顔が赤くなった。 
 何かおかしな事聞いてしまったのだろうか。

「あの・・・たいした事じゃないんです。 メガネ外すと顔が見えなくって、そ
れでコンタクトにしようと思って・・・・・・・・」

 一生懸命話しているが、何か変。 顔が見えなくてコンタクト。 だったら
 メガネ掛けて見えてるんだからそれじゃあダメなのだろうか。
 
「良く分かんないけど、コンタクトがいいんだ?」

「はい」

「じゃあ入れるよ。 顔は真っ直ぐで目だけ下を見て。 うんそう」

 なるべく意識を反らせながら素早く入れる。

「はい。 どうかな。 痛くない?」

 あまりにも簡単で素早かった。 
 桜は怖いとか考えている暇はなかった。

「はい。 ちょっと違和感はありますけど痛くないです」

「そう良かった。 じゃあ今度は左。 今と同じように顔は真っ直ぐで目は
下ね。 はい、いいですよ」

 またもやあっさりと終わってしまった。 
 真っ直ぐ見ると世界がくっきり。
 感動する桜。

「凄い。 こんなに簡単でよく見えるなんて」

「まだこれは正式なレンズじゃないからね。 じゃあこっちに来てくれる。
フィッティング見るから」

 そう言って診察室に連れて行き座らせる。

「どうかな。 大丈夫? できそう?」

 診察室で待っていた聡が聞いてみた。

「はい。 大丈夫です。 凄く感動です。 こんなに簡単だなんて。」

「う〜ん。 でもこれからコンタクトの出し入れをしてもらうんだけど、それ
はちょっと大変かも」

「え、そうなんですか」

 不安げな桜。

「でも大丈夫、練習すればいいから。 慣れれば簡単だしね」

「そうですよね。 今は素さんに入れてもらったから簡単だったんですよね
自分で出来ないといけないんですよね。 頑張ります」

 肩に力の入る桜だった。

「じゃあ、お顔乗せて」

 また別の機械に顔を乗せ、目を見る。

「はい。 いいですよ。 じゃあ合わせましょうか」

「はい」

 素に連れられて視力を測り、レンズを合わせる。 それから時間をかけ
 最終チェックをしてレンズが決まった。

「はい。 じゃあ今度はレンズの出し入れの練習をしようか。 これが出
来ないと今日はレンズ渡せないからね。 家に帰ってから『外せない〜』
て泣くのは嫌でしょ」

 外せない自分を想像し、桜は真剣になった。

「そうですね。 嫌です。 頑張ります」

「いやいや。 そんなに力入れないでリラックスでね。 頑張りすぎるとか
えって出来ないから」

 握り拳で気合いを入れる姿に、可愛いなと思いつつ苦笑する素だった。

「じゃあまず外そうか。 コンタクトを扱う時には必ず手を洗う事。 手には
色んな雑菌が付いてるからね。 そして、爪は必ず短く切っておく事。 こ
れは目に傷を付けないように。 大丈夫かな」

 そう言って桜の爪を見る。

「はい。 大丈夫です」

「うん、綺麗に切れてるね」

 指の細さと色の白さに感動してしまう。

「外すときに気を付ける事は、黒目の上で外さない事。 爪が短くても万
が一傷を付けないように。 左手にこの手鏡を持って上にかざして、右手
の薬指で下瞼を下げ、こうすると下の白目が出るでしょ、そしたら人差し指
でレンズを下に下げて、下がったら白目の所で人差し指と親指で摘んで
取る。 右目を取るときは左目でちゃんと確認しながら、左目の時は右目
で確認して取る。 分かったかな。」

 真剣な顔に笑ってしまう。

「はい。 じゃあ今言った事を思い出しながら外してみて」

「分かりました・・・」

 ジャブジャブと石鹸をつけて丁寧にてを洗う。
 手鏡を持って少し上からかざしながら

「左目で確認。 薬指で瞼を下げてレンズをずらして・・・・・・」

 ブツブツ言いながら素に言われた通り外すがその指はレンズの一ミリ手
 前で一生懸命空気を摘んでいた。

「外れない・・・・」

「手順はいいんだけどレンズじゃなくて空気摘んでるんだよね。 後最後で
左目つぶってるし。 ちゃんと開けて確認しながら外さないと。 さあもう一
回」

 そう言われ頑張るが最後で摘めない。 
 何回やっても摘めない。
 桜の目が段々涙目になっていく。
 見かねた素が手助けを。

「じゃあ、右目はこっちで外すから」

 そう言って手を洗う。

「はい。 顔は真っ直ぐ、目だけ上ね。」

 そう言ってサッと外した。 あまりの素早さに拍子抜け。

「ね。 怖くないでしょ。 簡単でしょ。」

 あんなに頑張った自分はいったい・・・・。 
 更にウルッとなる桜。
 焦る素。

「今みたいな感じでやれば大丈夫。 ね? 次は出来るから」

 こんなに優しく自分を気遣ってくれる素に申し訳なく、次こそと気合いを
 入れる。

「はい、頑張ります」

 そう言ってまた外し始めた桜にホッとする。
 受付から「こんにちは〜」と添田のハートマークが後ろに付いたいつもよ
 り一オクターブくらい高い声。

 『なんだ?』と思っていると

「一ノ瀬と申しますが。 今弟が来ていると思うのですが」

 電話の声の主が。 
 実際に聞くとさらに耳に浸透する心地よい声。

「やあ。 一ノ瀬久しぶりだね。 桜君なら今奥でレンズの出し入れの練習
しているよ」

「そうか。 あいつは不器用だからかなり手間取ってるだろう」

「う〜ん。 かなり手強いね。 行ってみるかい」

 必死な桜を放りだし聞き惚れていたが。 来ると言われ焦ってしまった。
 気をそらそうと桜に集中する。 相変わらず空気を摘んでいた。

「もう少しなんだけど。 そうそのまま、後もう少し近づけて・・・そうそこで
摘んで・・・・はい!」

 摘んだ先にレンズが。 

「「出来た!」」

 桜と目を合わせ、思わず二人手を取って喜んだ。

「素さん出来ました・・・」

「良かったね桜君・・・・」

「外せて良かったね、桜君」

 後ろから聡に声をかけられる。

「はい、出来ました聡さん」

「そうなんです。 凄く頑張ったんです桜君」

 二人揃って振り返る。 
 聡とその横に彫りの深いそこら辺の俳優より格好いい男が立っていた。
 素は思わず口を開けたまま見詰めている。

「兄さん。 僕出来たんだよ」

 嬉しそうに報告する桜に目を細め頭を撫でてやる。

「だが、まだ外しただけだろ。 入れられなければ出来た事にはならない
ぞ。」

 喜びに水をさす言葉に、桜は頬を膨らませる。 
 実際出し入れが出来て初めて完全なだけに文句も言えない。

「そうだけど・・・・」

「見ててやるから入れてみなさい。 で、スタッフは何処だ、患者を置いて
何処かに行くとは教育が出来てないぞ横田」

 聡と桜の顔から一気に血の気が引いていく。 
 横目で素を見ると顔わ笑っているが目は笑っていない。 
 一ノ瀬は素を見て爽やかに笑い自己紹介をする。

「はじめまして。 桜の兄で一ノ瀬洋人と言います。 家に遊びに来た事な
いよね。 今度ぜひ遊びにおいで。 可愛い子は大歓迎だから。」

「に、兄さん・・・・・」

 兄のスーツの裾を引っ張る。

「ん、何だ? 桜もこんな可愛い友達がいるのならもっと早く紹介して欲し
かったな」

 プツン、と切れた。
 





      





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