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(前編)






「先生、今日も暇ですね・・・・・」

 唯一の男性職員、佐倉素(さくら はじめ)(25歳)がボソリと呟いた。
 診療時間から既に一時間経過しているのにまだ誰も来ていない。

「う〜ん、やっぱり僕が若すぎるからかな。」



 素の勤めている、横田眼科がここで開院して既に25年。
 普段は院長の横田源(58歳)が一人それなりに忙しく診察をおこなっ
 ていたのが、一ヶ月前にぎっくり腰になってしまった。
 しかし、毎日患者はやって来る。 
 老若男女、突然のケガで来る人、定期的に来る人(その中には話をし
 に来る人)いろんな人がやって来る。
 そんな人達いるのに、いくら「動けないから」と言うのは医者として許
 せなかった。
 
 そこで、大学病院で2年の研修医を終え、現在専修医として3年目が
 終わり自分と同じ眼科医になったばかりの息子聡(29歳)に白羽の矢
 をたてた。
 
 聡は勉強熱心。
 人当たりも良く、気もきいて眼科医局ではとても受けが良かった為、始
 めは断られたのだが、仲の良い教授や元同僚を泣き落とし、息子をま
 んまと自分の診療所に連れて来たのだ。
 
 最初のうちは良かった。
 『若くて、綺麗で人当たりのいい先生』だと。

 時間が経つにつれ、『若すぎる』との事でだんだん患者が減って行っ
 た。
 そして今では、定期的に来るお年寄りのみになってしまったのだ。

 悪い事は重なった。 
 患者が減ると同時に職員も減った。 
 元々職員は男の素と、パート二人を入れて5人いたのだ。 
 それが、一人は結婚するからと、寿退職。 
 一人は子供が出来たから(まだ結婚してないだろ)と。
 一人は旦那が転勤になり、最後に両親の介護。
 結局素と午後からのパートのおぱちゃん二人のみになってしまったの
 だ。
  

「院長先生に無理矢理大学病院から連れて来られたのに、こんな状態な
ら暫く休診にしたほうが良かったんでしょうか・・・・」

 素はションボリと項垂れる。

「そんな事ないよ。 やっぱり定期的にお薬を貰いに来る患者さんもいるし
突然具合の悪くなって来る人もいるんだから。 それに後一ヶ月もしたら
院も復帰できるしね?」

 そう言って素を励ます。
 項垂れていた顔をパッとあげ、大きな目を潤ませながら

「そですよね、やっぱり患者さんの事を考えたら休診なんて出来ないです
よね」

 見事復活

「でも酷いですよ。 いくら先生が若いからって。 若くたって腕の良い先
生は幾らだっているじゃないですかね?」

 今度は怒り始めた。
 
『喜怒哀楽の激しい子だな。 表情の良く変わって・・・子犬みたいだし。
私服だったら高校生にしか見えないし。 でも25なんだよね』

 ボーッとしながら素を見ていた。

「先生聞いてます?・・・・・・」

「あっごめんね。 高校生みたいだなと思って・・・・・・・」

「が〜ん。 ヒドイですよ、人が気にしている事を。 いくら童顔だからて。
25なのに。 この間も職質されたし・・・・シクシク」

 カウンターに俯せて泣きまねをする。 

『それは高校生と同じ行動だと思うけど・・・・・・」

 聡が「よしよし」と頭を撫でる。
 そこに電話が鳴る。

「はい横田眼科でございます。」

 顔つきも変わり、よそ行きの声。 
 いつもながらあまりの変わり身の早さに感心してしまった。

「はい、少々お待ち下さい」

 電話を保留にする。

「先生、上条病院外科の一ノ瀬先生からお電話です」

「一ノ瀬? 何だろう」

 訝しげながら電話を持ち院長室に入って行く。
 その後ろ姿を見ながら素は今の電話の声を思い出す。 

『上条病院外科の一ノ瀬といいますが横田聡先生をお願いします。』

 低音で心地よい響き、思わず聞き惚れてしまった。

『どんな人なんだろう』
 
 頭の中で想像する。 

『何考えてんだよ。 相手は男だぞ。』

 ブルブルと頭を振っていた。

「どうしたの?」
 
 聡が電話を終えて部屋から出てきた。

「な、なんでもありません」

 訝しげに思いながらも、一ノ瀬からの内容を話す。

「一ノ瀬っていうのは、大学の同期なんだ。 彼は外科なんだけどね。 
今年一緒に専修医を終えて上条病院に行ったんだ」

「はあ。 説明はいいんで内容は何だったんですか?」

「でね、一ノ瀬には弟がいて、凄く可愛い子なんだけど。」

 だんだん苛ついて来た。

「だから内容は?」

 言葉使いがぞんざいになる。

「その弟が、学校が終わったらここにコンタクトを作りに行くから宜しくっ
て」

 それだけの事なのにえらく時間がかかったな。

「分かりました・・・・・」

 話が終わったと同時に患者が来た。

「お早うございます」




「こんにちは素君。 午前中は何人だったの?」

 午後からのパートの添田(50歳)が来た。

「こんにちは添田さん。 今日は15人でした。いつもと同じくらいですね。」

「最近15人前後で人数安定しるわね・・・・」

 二人してドンヨリと暗くなる。
 
「でも、全く来ない訳じゃないんで・・・・・・」

「そうね、頑張りましょうね。」

「今日は先生のお知り合いの弟さんがコンタクト作りに来るんです。」

 コンタクトも久しぶりだった。 
 混んでいた時には1日20人と予約制していたくらい。
 補充も在庫管理も大変でだったのに。 

「こんにちは。」

 患者が来た。

「こんにちは、鈴木さん」

「相変わらず空いてるね」

 定期的に来る鈴木は結構口が悪かった。
 でも気さくで良いおじいちゃん。
 開院した時から通院し子供の時の聡をよく知り、今の現状をとても心配し
 てくれている。

「あら、お陰で待たずに診察できていいでしょ。 身体にも楽だし。」

 添田は開院当時からの職員。 
 結婚していて子供は二人。 
 途中育児で辞めたが、5年後にパートとして働き始めたので当然、鈴木
 は付き合いも長く遠慮がなかった。

「添ちゃん相変わらず口が悪いね。 昔はあんなに可愛かったのに」

「鈴木さんには負けますよ。 『昔は』なんて言ってるようじゃもう年です
よ」

「聞いたかね、こうはなりたくないね」

 どっちもどっちだと思うが、とばっちりを喰いたくないので黙っている。

「賑やかですね。 こんにちは鈴木さん。 佐倉君カルテを」

 何時まで続くか分からないやりとりを、さっさと終わらせるべく聡が出て
 来た。

「はい。 鈴木さん検査しますから中にどうぞ。」

「やれやれ、また視力検査かい」

「大切なんですよ」

 優しい顔だが、有無を言わせない迫力があった。


 鈴木が帰った後何人かやって来たが、それでも9人と少なかった。
 そして4時、学校も終わりそろそろ聡の知人がやって来る時間だ。

「こんにちは〜」

 若い涼やかな声が聞えて来た。
 行ってみると色白で栗色のふわふわな髪で自分と同じくらいの身長の
 学ランを着た大きな黒縁メガネを掛けた子が立っていた。

「あの一ノ瀬といいます。 午前中に兄がこちらに電話をして予約をした
んですが。 今日コンタクトを作りに来たんですけど」

「はい伺っております。 保険証を出して頂けますか。 あとこちらの記入
もお願いします」

 添田は問診表を出し、保険証を受け取りカルテを作り始めた。
 住所・氏名・電話番号・病歴など記入していると聡が奥から出て来た。

「こんにちは、 桜君」

えっ、さくら?

 問診表を見ると『一ノ瀬桜』となっていた。
 親近感を覚えた素。

「こんにちは、聡さん。 今日はよろしくお願いします。 後で兄も来るそう
です」

 素はドキッとした。
 あの声が実際に聞けるのかと思うと、何だかソワソワしてしまう。

「カルテ出来ました」

「じゃあ中にどうぞ」

 そう言って診察室に入って行った。 その後に続いて桜が入り、素が入
 った。

「桜君はどういったコンタクトを作りたいのかな? 色々あるんだど。」

「えっと、初めてなんで良く分からないんです」

 うーんと一生懸命考えている姿が可愛かった。

「コンタクトには大きく分けるとソフトとハードのレンズがあってね、あと毎
日ケアをしなくちゃいけないレンズと使い捨ての二種類に分けられるん
だよ。 ソフトは柔らかく、ハードは硬いレンズ。 スポーツをするならソフト
レンズ。 ハードだと割れたりして危ないからね。 ゴミなんか入るとかなり
痛いしね。 でも多少の乱視が合っても矯正できるけど。 通常のコンタク
トは毎日必ず手入れしないとダメ。 手入れが面倒くさいとか、目にアレ
ルギーがある人は使い捨てのレンズがお勧め。 使い捨てもいろんな種
類があって、毎日使い捨ての物、一週間の物、二週間の物。 僕としては
毎日使い捨ての物がいいと思うけど。 理由は汚れても次の日には完全
に新しい物だから目のトラブルは他の物より少ないしね。」

 聡はゆっくりと解りやすく説明し、もう一度聞いてみた。

「じゃあ僕アレルギーがあるから、毎日使い捨ての物にします」

「そう。 じゃあ試してみようか。 やっぱり入れてみないと分からないし
ね。 コンタクトといっても目には異物だからね。 実際に入れてみて『やっ
ぱりちょっと』て人もいるからね。 じゃあ佐倉君お願いね」

「「はい」」

 二人揃って返事をした。
 桜は「えっ?」として佐倉を見た。

「あ〜、そっか二人とも『さくら』君だもんね」

 聡は素を見ながら

「紛らわしいから、素君て呼ぶね。 彼は佐倉素君。 君のコンタクト作り
をお手伝いしてくれる人だよ」

 桜を見て説明する。
 そして桜は素を見て驚いていた。

「・・・・あ、よろしくお願いします・・・・。 職員の方だったんですね・・・・。
僕てっきり聡さんの弟さんで同じ年だとばかり・・・・・・・。」

 最後は聞き取れないくらいの声になっていた。
 言われた素は『現役高校生に高校生に間違われた・・・・』とかなりショ
 ックを受け、聞いていた聡は綺麗な顔に似合わず涙を流しお腹を抱え
 大笑いしていた。

「・・・・くぅ〜、お腹が痛い・・・。 笑いすぎて死にそう・・・・」

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

 ショックで遠いところに意識を飛ばしている素に向かって必死に謝る。
 
「・・・・・・そうさ、いつもの事さ・・・。 ふっ・・・・」

 ブツブツと呟く素。 

「・・・桜君こう見えても、素君は25歳なんですよ・・・イタタタ・・・・・・」

 その言葉に我に返り、もう抗議する。

「先生! 聞き捨てならないですその言葉! こう見えてもってなんです
か。 こう見えてもって。 こう見えなくっても25なんですよ!」

「25! 僕より9も上? 見えない・・・・・」

 今度は桜にもう抗議。

「限りなく失礼だぞ! こんな年上に向かって」

 素の抗議に我に返り、また必死に謝る桜だった。

「まあまあ、素君落ち着いて」

「なに言ってんですか、お腹抱えて泣きながら笑ってたくせに!」

 これからトライアルをして貰うのに、このままでは仕事に差し支えてしまう
 ので、聡は必死にご機嫌を取りはじめた。

「ごめんね。 悪気は無かったんだよ。 でも桜君があまにも的確な事を・・
あ、いやその・・・・・」

「それって、謝ってるんですか? それとも莫迦にしてるんですか」

 かなり白い目で聡を見る。 よけい機嫌を悪くしてしまった事に気付き慌
 てる。

「もちろん、謝ってるに決まってるよ。 ね、桜君」

 横にいた桜も必死だ。

「もちろんです。 本当にごめんなさい!」

「ね。 そうだ来週の連休に北海道に行くんだけど、お土産は『六○亭』の
バターサンドでいいかな?後タラバ蟹も買って来ようと思うんだけど。」

「・・・・・マリモも付けて下さい」

「もちろん! マリモだね」

『バターサンド美味しいんだよね。 あのレーズンがアクセントになってて。
やっぱり、蟹の王様はタラバでしょう。 マリモ前のはダメになっちゃった
んだよね』

 すっかりご機嫌は直ったようだ。  その様子し二人はホッとする。

「さあ、始めましょうか」

 足取り軽く出て行った。 





   





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