2周年企画

眼鏡を買おう!
(7)





『フィル小父さん、こちら久我山貴章さん。 貴章さん、こっちが
フィル小父さんでお祖父ちゃんのお友達なの』

 自己紹介をしてもらったはいいが、余りにも簡潔すぎる。
 この紹介にはフィルマンも苦笑していた。
 しかも最初から最後までフランス語。
 自己紹介くらいだから相手も分かるだろうが。

『若菜、こっちはないだろう。 紹介してくれたのはいいが、彼は
フランス語は分かるのかな?』

 言われてハタと気付く。
 つい普通に話していたが、貴章はフランス語は分かるのだろう
 か?
 貴章の家で一週間お泊まりをした時、掛かってきた電話でとて
 も綺麗な発音で英語を喋っていたのは確認している。
 だがフランス語は?

『大丈夫です』

 これまた綺麗な発音で返事をしてきた。
 顔も頭もスタイルも良く優しくて、英語だけでなくフランス語まで
 流暢に操る貴章をウットリ見詰める。

はぁ〜〜〜、素敵〜〜〜〜

 両手を前に組み見詰める姿はすっかり乙女だ。
 そんな若菜の姿を見てフィルマンはピンときてしまった。
 蒼白になっていく。
 
ま、まさか・・・・・
 
『・・・・若菜・・・・? 彼とは一体・・・・』
 
 クルッとふり返り頬を染め言った。

『貴章さんはね、僕の大切な人なの。 コ・イ・ビ・トなの〜〜v』

 「きゃ〜言っちゃった〜」と頬に手を当てイヤイヤと身もだえて
 いた。
 その言葉を聞いた瞬間、フィルマンが倒れた。



 店の中の一室のソファーでフィルマンは額に冷えピタシートを
 張り横になっていた。
 若菜の告白にショックを受け、その場で倒れてしまったのだ。
 それを貴章が抱え店の中に運び込んだ。
 
 その姿を見て、店員やフィルマンに付き添って来た者達が慌て
 やれ医者だ、救急車だと騒いでいたが貴章が冷静にそれを押
 し止め現在に至る。

 何故か若菜が持っていた冷えピタシートを額に張り、数分もし
 ないうちに意識が戻ったが顔色は悪い。
 
『大丈夫? 小父さん』

『ああ、大分良くなった・・・・・。 で、若菜本当にこの男と?』

『うん! 貴章さんとおつき合いしてるの〜』

 今度は意識を失わなかったが、それでも相当なダメージを負っ
 た。

『なんて事だ・・・・・。 若菜に恋人・・・・。 しかも男・・・。 アラン
になんて言ったらいいんだ・・・・・・』

 アランという言葉に嫌な予感がした貴章。

『え、お祖父ちゃんがどうかした?』

『若菜のお祖父さん?」

『うん、アランお祖父ちゃん』

 予感が現実になろうとしていた。

『若菜・・・・、済まないがフルネームで教えて欲しいんだが』

『あ、そうだった』

 ペロッと下を出す。

『フィル小父さんは、フィルマン・ドゥ・ダリューで、僕のお祖父ち
ゃんの名前はアラン・ピエール・ドゥ・ボニツェールって言うの』

 今度は貴章がクラッとなった。

 若菜は無邪気に笑っている。
 だが目の前で横になっている人物は、顔色はまだ悪いが鋭い
 目で貴章を見ていた。
 貴章の心をを見抜こうする目だ。

 それはそうだろう。
 若菜はホテル王であるアラン・ピエール・ドゥ・ボニツェールの
 孫なのだから。
 何か目的があって、若菜に近づいたと思われても仕方ないと
 思った。

 だが自分は若菜がアラン・ピエール・ドゥ・ボニツェールの孫だ
 から好きになったではない。

 天真爛漫で無邪気で、自分を包み込んでくれる若菜だからこ
 そ好きになったのだ。

 若菜さえ側にいてくれれば、それでいい。
 地位・名誉・金・家族など何もいらない。
 若菜に何かあれば全てを捨てても構わないと思っている。

 若菜だけは誰にも譲れない。
 もし、若菜が離れて行こうとしても離すつもりなどない。

 若菜は一生自分だけの物だと思っている。
 
若菜だけは・・・・・・

 隣りに座る若菜を抱きしめる。
 そんな不安な貴章の心を感じ取ったのか、若菜が貴章の事を
 そっと抱きしめ返した。
 そして「大丈夫、僕は貴章さんの側にいるから」と優しく語りか
 けて来た。
 何も言わなくとも若菜は貴章の心を分かっていた。

「若菜・・・・・」
 
 言葉は通じぬとも、二人の強い思いを感じた。
 そして貴章の心の闇と、脆さを感じ取った。
 フィルマンは大きく溜息を吐いた。

 若菜には可愛いお嫁さんを貰って、平和に過ごして貰いたかっ
 たが、もうそれは無理だろうと思った。
 一瞬、若菜の背後関係に繋がりを求め近づいたのではと思っ
 た。
 しかし違った。
 目の前にいる男は若菜だけを見詰めていた。
 若菜を失えば目の前にいる男は簡単に崩れてしまうだろう。
 そして若菜自身が、この男の事を深く愛しているのだ。
 引き離すのは無理だと悟った。

 なんとか立ち直ったフィルマン。
 後ろに控える老人にに向かって若菜の持って来た眼鏡の処方
 箋を手渡した。
 フィルマン自身、一刻も早く若菜の眼鏡を作らなくてはならない
 と焦っていた。

 それはこの部屋へお茶を持って来た者と、自分がフランスから
 連れて来た者が若菜に見惚れていたから。
 どちらも初めて若菜を見た者。
 内一人は始め見惚れていたが、その後舐めるような視線で若
 菜の事を見ていたから。
 貴章とフィルマンの強い視線を受け蒼白になり震えながら部屋
 を出ていった。

 今この部屋にいるのは、若菜、貴章、フィルマンだけだ。

『眼鏡が出来上がるまで時間はあるから、ここでゆっくりして行き
なさい。 店に行ってもいいが、それは眼鏡が出来上がってから
にしよう』

 『今は?』と言ったが貴章の強い視線を受けて『はい、今は眼
 鏡を掛けてないから駄目ですね。 出来上がってからにしま
 す。
 眼鏡を掛けてない時はウロウロしません。 絶対しません』と必
 死に言った。

 その言葉を聞いて貴章も安心し、柔らかく微笑んだ。
 その顔を見てフィルマンがホォーとため息を吐く。

 目の前にいる、友人の孫も素晴らしく美しいが、その恋人もと
 ても美しい顔をしていた。
 
 パーツの一つ一つ、どれをとっても計算された美しさ。
 だからと言って女性的な容姿ではない。
 
そしてこの素晴らしい肉体

 服を着ていても貴章の手に取るように分かる。
 鍛え上げられた体。
 無駄のない張りのある筋肉。
 フィルマンが理想としている体に最も近いと思った。 

 現在は主立った物は作ってはいないが、フィルマンはデザイ
 ナーとしての血が騒ぎ始めた。

『久しぶりに服が作りたくなってきた』

 何やら突然目覚めたフィルマンに、若菜が目をキラキラと輝
 く。

 今では服のデザインはフィルマンの娘であるニーナが行って
 いる。

 ニーナの服も若菜はとても好きなのだが、若菜としては幼い
 頃祖父の家で見た両親のドレス姿が忘れられなかった。
 二人手にとってフロアーで踊る姿が誰よりも輝いていた。
 母はまるで童話の中に出てくるお姫様の様に美しく、父は
 王子様の様に凛々しく格好良かった。
 自分が大きくなった時も、ああなりたいと強く憧れたのだ。
 その時に着ていた服がこのフィルマンの手による物だった。

『どんな服作るの? 出来た上がったら絶対見せてね』

 若菜はワクワクしていた。

『勿論。 見るだけでなく、若菜には着て貰わないとな』

『えっ!? 僕の服?』

 嬉しさの余り身を乗り出す。
 そんな姿を見て、貴章は微笑ましく思う。

 しかし、フィルマンの服となると相当値が張るだろう。
 実の孫のように可愛がっている若菜のために作る服だから、
 出来上がりは素晴らしい物になるだろうと思った。

 値が張ろうが若菜に似合う服ならば幾らだろうが、出す気
 はある。
 
 そんな事を思っているとフィルマンが『勿論君の分もだ』と
 言って来た。

 今日初めて顔を合わせた貴章。
 若菜を溺愛しているだけに、自分は嫌われているだろうと
 思った。
 実際厳しい目つきで貴章を見ていたから。
 
 フィルマンは若菜を見、続いて貴章を見た。
 そして小さく溜息を吐く。

『どんなに可愛がっていようが、子供は巣立って行く。 そして
私達は先に逝く。 後の事、子供達の幸せを考えると、反対ば
かりはしていられない。 子供達を不幸にする者なら全力で排
除するが、そうでなければ祝福をしよう。 若菜を奪われるの
は寂しいが、若菜を心から愛し守ろうとしているのが見て取れ
る。 そして・・・・・君は若菜と離れれば壊れるだろう・・・・』

 その言葉の貴章は驚愕した。
 その隣りで若菜も息をのみ、大きく目を見開いていた。

この短い時間でそこまで見抜かれるとは・・・・・

 普段自分の思いを誰かに話した事はなかったが、若菜を溺
 愛しながらも、貴章の事を認めてくれたフィルマンには正直
 に話した。

『ええ、ミスター・ダリュー。 あなたの言う通りです。 私は若
菜がいなくなれば壊れるでしょう』

『貴章さん!?』

 若菜が顔色を変え、貴章の腕にしがみつく。
 貴章は大丈夫だというように、若菜を抱きしめた。

『若菜と出会うまで、私は自分の存在意義が分からなかった。
感情というものが分からなかった。 そんな自分がなぜ生きて
いるのかそれさえも分からなかった。 その中で若菜と出会っ
た・・・・・」

 若菜を愛おしげに見詰める。

『初めて愛おしいと思いました。 楽しいと。 それと同時に怒
り悲しみ憎しみも知る事になった・・・・。 しかし、そんな感情
も全て若菜から教わった為に苦にはならないんです。 若菜
は私を温かく照らしてくれた。 若菜がいたからこそ、人にな
れた・・・・。 その若菜がいなくなれば私は間違いなく壊れま
す。 一度その温かさを知ってしまえば忘れる事など決して出
来ない。 だからこそ、私は若菜を守ります。 私自身の為、も
ありますが、それを抜きにして、私は若菜を愛しているから』

 フィルマンを正面から見据え言った。

『貴章さん・・・・・』

 若菜の心は震えていた。
 自分と出会った事で人生が変わった貴章。
 貴章の心を脆くしてしまったのは自分だ。
 そして今回、眼鏡の事で若菜は貴章の心を傷つけてしまっ
 た。
 今まで以上に自分の行動には気を付けよう。
 貴章の脆く優しい心を壊さないよう全力で守ろうと誓った。
 若菜も誰よりも貴章の事を愛している。

『僕も貴章さんの事を愛してます。 だから僕は貴章さんに守
られるだけでなく、守りたい』

『若菜・・・・・』

『貴章さん・・・』

 フィルマンの事など忘れ見つめ合う二人。
 二人の情熱にフィルマンは心を熱くしていた。
 しかし、このままキスを始めそうな雰囲気にはさすが頂けな
 い。
 二人の事は認めたが、目の前で熱々を見せられれば、若菜
 を溺愛しているフィルマンには面白くない。

 強引に割って入ろうとした時、ノックの音が。
 フィルマンの返事にドアが開き、先程眼鏡の処方箋を持って
 出て行った老人が入って来た。

『お待たせいたしました。 若菜様の眼鏡が出来上がりました』

『ご苦労だった、ベルモンド。 さあ、若菜掛けてごらん』

 言うと若菜の前に見慣れた鼈甲の眼鏡が三つ乗ったビロー
 ドの台が置かれた。

 ベルモンドと呼ばれた人物は、フィルマンの執事だ。
 代々ダリュー家の執事をしている家系。
 ベルモンドの息子も、現在ローランの元で執事をしている。

 若菜はベルモンドに礼を言い部屋にある簡易キッチンで手を
 洗いコンタクトを外した。
 そして眼鏡を取り掛ける。

『う〜ん、この感触懐かしい〜』
 
 半日ぶりに掛ける眼鏡の感触に、ご満悦の若菜。
 同時に輝いていた容貌がすっかり隠れてしまった。
 この場にいた三人は残念に思ったか、心の底から安堵感を
 得た。

 たった一つの小さなアイテムだが、その威力は絶大。
 これさえあれば、若菜の身は守られたも同然。
 一人で出歩かせるのは心配だが、それでも眼鏡を掛けてい
 ない時に比べればまだ我慢が出来る。

『壊れた時の事を考え、予備の眼鏡も二つ作らせておきまし
た』

 その眼鏡はケースに入れられ若菜に渡された。
 その顔は何処か複雑そう。

『どうした?』

 貴章が聞くと、若菜は唇を少し尖らせながら『予備の眼鏡が
 二つだなんて〜。 僕そこまでそそっかしくないのに〜』と。

『何を言う。 若菜程そそっかしい者はいないぞ』

『どうして? だって今回眼鏡壊れたのは、青葉が踏んだせい
だもん。 僕のせいじゃないよ』

『今回はたまたま、青葉だっただけだろう。 それでなくとも若
菜は昔からそそっかしく・・・・』

 貴章に話し始めた。

『あれはまだ、小さい頃だが、私の家族とアラン達家族と旅行
に行ってプロペラ機に乗った時、若菜はそれを見て「わ〜、お
っきな扇風機〜」とか言って皆の・・・』

『わ―――――っ! 小父さんなんでそんな事言うの――!』

 慌てて遮ろうとしたが、貴章にはしっかり聞こえていた。

『・・・・扇風機』
 
 確かにプロペラだけ見れば、扇風機に見えなくもないが・・・

「ぷっ・・・・・」

 笑いが出ていた。

『ひ、酷い貴章さん。 笑わなくたって・・・・・。 小父さんも酷
い! あれって、まだ僕が三歳の時でしょ。 それに僕そんな
事言ってないもん!』

『それはまだ若菜が小さかったから憶えてないだけで・・・。 な
んなら、ローランやニーナにも聞いてみればいい。 一緒に行っ
たからな。 あの時の事は今でも時々話題になるぞ。 心の底
から笑わせてもらったからな。 そうだ、確かアランがビデオを
取っていた筈だから聞いてみるといい。 あれは若菜が来る度
に若菜メモリアルと言って撮っているからな』

 ワハハと笑うフィルマンが憎い。
 その後ろではベルモンドまでもが笑っている。

『私もその場におりましたか、よく憶えております。 大変愛らし
く微笑ましかった事を今でもハッキリと憶えておりますから』

 二人に言われ若菜は撃沈した。
 その後ふて腐れていた若菜のご機嫌を取る為、ベルモンド
 が美味しい紅茶を入れ、若菜の好物の一つである、マキシム
 のミルフィーユを出した。
 機嫌はあっという間に直った。

『ところでフィル小父さん、眼鏡のお金幾ら?』

 一応立て替えで、貯めたお小遣い5万は持って来ていた。

『ああ、それなら気にしなくていい。 眼鏡の代金は一切掛から
ないから』

『なんで?』

 貴章も思った。
 
 通常5万あれば、かなりいい眼鏡が買える。
 物によっては二つ買ってお釣りがくるだろう。
 
しかしこの眼鏡は・・・・・・

 以前掛けていた鼈甲の眼鏡の時も思ったが、どう見ても本物
 の鼈甲。
 かなり質もいい。
 とても5万では買えない。
 
『もともとこの鼈甲はアランが持ち込んだ物だ。 それを加工し
て置いてある。 レンズも若菜に買って置いてあるから払う必
要はない』

 全てが若菜だけの為に用意されたものだと聞き驚いた。





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