2周年企画

眼鏡を買おう!
(5)






 若菜の顔が苦痛に歪む。
 綾瀬も慌てて引きはがす。

「何をしてるんだ、離れなさい。 そんなに力一杯しがみついたら苦
しいだろう。 現に、苦しんでるじゃないか」

「うう・・・・・」

 唸る若菜を見て、パッと手を離す。
 余りにも簡単に離したものだから、徹平を思いきり引っ張っていた
 日浦が後ろへ飛んでいく。
 日浦に捕まれていた徹平も一緒。
 ドンを大きな音で壁にぶつかった。

 若菜は綾瀬に支えられたので何処にもぶつかることはなかっ
 た。

「痛たたたた・・・・・。 何するだよ創志。 危ないじゃん!」

 言われた日浦の額には青筋が。
 
「お前のせいだろうが! 人違いだと言っているのに抱きつくお前
が悪い」

 言って徹平に頭を殴っていた。
 少し神経質そうな顔をしているが、常に落ち着いて何処かふてぶ
 てしい態度をとる日浦からは考えられない騒々しさ。

 『振り回されてるな〜』と呑気に思ってしまった。
 他の者が聞けば、『若菜にだけは言われたくない!』と口を揃え
 ていうだろう。

って、何呑気な事思ってるの!

 どうして徹平は若菜だと分かるのだろう。
 綾瀬を見るが、やはり分からないという表情。
 二人で「う〜ん」と悩む。

「僕のせいじゃないもん! 創志のせいだもん。 それに人違いじゃ
ないよ。 この後ろ姿。 どこをどう見ても若菜先輩!」

いや、分かんないし・・・・・

 綾瀬と、日浦が突っ込む。

「それにっ!」

 若菜の前に回り込み、正面から抱きつく。
 
「この抱き心地。 腰の細さ。 それに見上げた顔の位置も若菜先
輩」

どこのオヤジだ・・・・・

「そして、この匂い! 若菜先輩の匂いだしっ!」

お前は犬かっ!

「決定的なには、ここっ!」

 言って若菜の左顎の下を指さす。
 
「若菜先輩と同じ所にホクロがある」

どこのマニアだ・・・・・・

へぇ〜〜〜、僕そんな所にホクロあるんだ〜
知らなかった〜

 流石にここまで来ると、驚きを通り越して呆れてしまう。

 だが若菜だけは一人感動していた。

凄いな〜後ろ姿だけで分かるんだ〜
抱きついた感じなら、僕も貴章さん分かるな。
匂いは勿論分かるし〜
いつも爽やかな香りがするな〜
貴章さんの匂いを感じていたいから、この間同じフレグランス貰っ
ちゃった。
僕には似合わない香りだから着けてないけど、会えない時あの香
りを嗅ぐと、貴章さんに包まれてるって感じでウットリだし〜
ホクロか・・・・
そう言えば、腰の所にホクロあったっけ
あ、でも服脱がないと分からないや
やだ〜〜僕ったら〜〜

 貴章の逞しい体を思い出し赤くなる。
 両頬に手を当ててイヤイヤと顔を振る。

 突然百面相を始め、顔を赤らめ恥じらう若菜。
 その美貌だから許されるのかもしれないが、行動はかなり奇妙。

 徹平と日浦は、先程とは違う意味で呆然。
 綾瀬は額に手を当て天を仰いだ。

「賑やかだね〜。 どうしたの〜」

 呑気な口調で奥の部屋から院長の横田源が現れた。
 長身で優しげな面差し。
 この眼科に長く掛かっている患者は、「聡君は若い頃の先生にそ
 っくりだ」と言っている。
 という事は、若い頃はかなりの美形だったに違いない。

 年は取ってしまっているが、今でも整った顔。
 59歳とは思えない肌と艶。
 唯一人例を感じるのは、笑った時にでる目尻の皺くらいだ。

「お、若菜君。 今日も美人だね〜」

「!」

「先生!」

 綾瀬が息をのみ、素が咎める様に叫ぶ。

「ん〜〜? 何、どうしたの?」

 全くその場の空気を読んでいない。
 もしかしたら態としているのかもしれない。

先生ならあり得る・・・・・・

 確信する素。
 なんせ聡の父親なのだから。
 聡は爽やかな笑顔をいつも浮かべているが、結構な腹黒なの
 だ。
 そうでなければ一ノ瀬と長く親友などしている筈もない。
 自分の恋人である一ノ瀬の事を思い出す。

あいつこそ、No.1の腹黒大王だ!

 心の中で叫んでいた。

「ほら、僕の言ったとおり!」
 
 横田の言葉を受けて、「えっへん」と両手を腰にあて、徹平は胸を
 そらした。

「―――――――!!!」

 口を大きくは開けているが、声を出さず日浦は叫んでいた。
 ある意味器用だ。

「先生、どうしてばらしちゃうんですか!」

 素が横田を少し離れた場所まで引っ張って行き、小声で怒鳴る。

「いいんじゃない?」

 ニヤリと笑った顔は確信犯。

「よくないですよ。 久我山君も若菜君も必死で隠してたんですか
ら」

「隠してても、彼には分かってるんだから無理でしょう。 ねえ、そ
この僕」

 振り向き、徹平に同意を求める。
 まるっきりの子供扱いにムッとしながらも「当然!」と言い切った。

「ね。 ここは一つ潔くバラして協力して貰えば? 仲間が多いの
は良い事だよ?」

 綾瀬は大きく溜息を吐く。
 いくら違うと言ったとしても、動物な徹平には無理だろう。
 それに、長年通院している院長がバラしてしまったし。
 それに日浦は生徒会長。
 この先色んな意味で使い道はある。

仕方ない・・・・・・

「バレたものはしょうがない。 お前が言う通りこれは若菜だ」

「やっぱり〜」

「綾瀬酷い!」

 徹平は喜び、若菜が「これ」発言に抗議する。
 綾瀬はそれを無視して話しを続けた。

「しかし! 若菜の素顔を知ったからにはそれなりの覚悟をしても
らう。 俺だけではない、剣も敵に回す事にもなるだろう。 何より
も、俺の兄が君達を許さないだろう・・・・・」

 綾瀬の声のトーンが低くなり、視線が徹平と日浦を射抜く。
 今まで受けた事もない鋭い視線に徹平は飛び上がり、急いで日
 浦の後ろに回り込む。
 そしてブルブルと震えていた。
 
 日浦に至ってはその場に凍り付いた。
 今まで様々な視線を受けてきたし、それなりに場数も踏んでき
 た。
 大抵の事なら動じない自身はあった。
 だが、綾瀬の視線は違った。
 普通の高校生ではあり得ない、視線で人が殺せる事が出来るな
 ら、今自分は死んでいたかもしれないと日浦は思った。

久我山という名を背負っているから、そんな目が出来るのか・・・・

 今の綾瀬は大切な友人、若菜を守る事が第一だという事は見て
 分かる。
 素性を周りに明かした日には、ただでは済まない事を知る。

「勿論です。 命は惜しいですからね。 それに俺は兎も角、徹平
は戸田先輩を崇拝してますから、そんな馬鹿な真似はしませんよ」

「当然だろ! 僕が若菜先輩の不利になるような事、する筈ないじ
ゃん。 それに、崇拝じゃなくって大好きなの」

 日浦の後ろから、顔だけ覗かし叫ぶ徹平。

 そんな二人の姿を見て、綾瀬の態度も柔らかくなる。
 日浦には綾瀬の言葉の本気が伝わったようだし、徹平に至って
 は若菜が不利になる事は絶対にしないだろう。
 なんと言っても、徹平は若菜の事で兄の貴章に食って掛かった
 事がある。
 怖い顔をした兄に、若菜が騙されているのではないかといって。

 後日若菜が、貴章は自分の大好きな人だと言ったからその誤解
 は解けたが。
 それでも、徹平には不満がいっぱいのようだ。

 「顔は凄く綺麗だけど、凄く怖いから、きっと性格悪いんだ」弟の
 綾瀬に瀬堂々と言ってのけた。
 そして綾瀬に睨まれ脱兎の如く逃げだしたのだった。

 自分が若菜だとバレてしまったが、ホッとした。
 徹平は可愛い後輩だし、素顔の自分を若菜だと分かってくれた。
 綾瀬が誤魔化し、日浦が別人だと言っても「絶対若菜先輩だ」と
 言い切ってくれた。

 こんなに慕ってくれている徹平に、嘘をつくのは苦しかった。
 自分は若菜だと言ってしまおうかと思った。

 でも綾瀬の気持ちも若菜には痛い程分かるから言えなかった。
 綾瀬は守ろうとしてくれているのだから。
 
 綾瀬の優しさに、若菜の心が震えた。
 そして隣りにある綾瀬に抱きつく。

「綾瀬、ありがと。 大好き・・・・・」

「若菜・・・・・」

 綾瀬もそっと若菜を抱きしめた。
 タイプは違うが二人とも整った容姿。
 この二人の抱擁は素晴らしく美しいものだった。
 その場にいた者が皆見惚れていたが・・・・・

「綾瀬先輩狡い〜。 僕も〜」

 いち早く我に返った徹平が二人の間を割って入ろうとする。
 綾瀬は当然阻止した。

 一人呆然と佇む日浦。
 若菜の本当の姿を見て時が止まっていた。

 それはそうだろう。
 素顔の若菜は誰もが目を、魂を奪われる程の美貌なのだ。

 幼馴染みの徹平が自信満々で戸田若菜だと言った人物。
 何の冗談だと思っていたのだが、まさか本人だったとは。

 学校にいる時、綾瀬や剣が必要以上に回りを警戒していた意味
 が理解出来た日浦だった。
 そして綾瀬の兄の姿を思い出す。
 唯一目の前にいる若菜が隣りにいても見劣りする事のない姿。
 綾瀬を始め、珊瑚、有樹、剣と皆飛び抜けた容貌を持っているが
 誰一人としてつり合う事はないだろう。
 その存在が消されてしまうのだ。
 
 貴章の存在は異質だった。
 一人で立つ姿は周りを無としていた。
 そしてそこにあるだけで、周りを押さえつけるような威圧感があっ
 た。
 恐怖に背筋がゾクリとなった事を思い出す。
 あんなに恐ろしい者を日浦は見た事がなかった。

 だが隣りに若菜が立つと、その気配が消えたのだ。
 余りにも見事な気配の変わりように驚いた。

 貴章にとって、若菜が存在の全てである事を知る。
 若菜に万が一の事があれば、脅しではなく本当に自分達の命が
 ない事を知っていた。

「はいはい、そこまでにして」

 この場の雰囲気にそぐわない横田の明るく呑気な声。
 その場の雰囲気が一転する。

「若菜君と日浦君は中に入って。 検眼するから。 君達二人はそ
こで待っててね」

 ポンポンと指示を与え皆がそれぞれ散って行く。
 不本意ではあるが、綾瀬は待合室に座り大人しく待つ事にした。
 今日この場所に来たのには大切な理由があるから。

 今この場所には綾瀬達しかいないが、いつ別な患者が来るか分
 からない。
 それでなくとも、入ってから既に20分近くも時間が過ぎてしまっ
 ている。
 眼鏡合わせ自体が30分もかかるのに、無駄な時間を過ごして
 しまったと後悔する。

 これもそれも隣りに座る徹平のせいだと思い冷ややかな視線を
 送る。
 だが、徹平も負けず綾瀬の事を睨んでいた。

「・・・・・なんだ」

「・・・狡〜い、狡〜い、狡〜い、狡〜い」

 ブツブツと呪いを掛けられている気がしてきた。
 無視していると「独り占め反対、反対、反対」と別な言葉を言い続
 けて来た。
 余りの煩さに遂に我慢の出来なくなった綾瀬。

「残念だな、お前に割り込む隙はない。 諦めて日浦だけと仲良く
していろ」

 腕を前で組み、徹平をチラリと見て鼻であしらう。
 そんな綾瀬の態度にカチンと来た徹平は、顔を真っ赤にしながら
 「何で僕が創志何かと仲良くしなくちゃいけないんですか! 自
 分だけ若菜先輩独り占めして狡いです。 恥ずかしくないですか」
 と大声で叫ぶ。

 余りの煩さに綾瀬の耳がキーンとなる。
 そして奥の方からにこやかに笑う横田と、全身から怒りを発した
 日浦が出て来た。

「煩くするなら出て行ってくれる? 検査に集中出来ないでしょ」

 優しくは言っているが言葉はキツイ。
 そして日浦も「お前帰れ」と冷たく言い放った。

 二人、いや三人からの冷たい視線に流石の徹平も反省をする。
 そう、ここには大好きな若菜がいるのだから帰りたくないのだ。
 仕方なく謝り大人しくしている事にした。
 そして若菜の姿を思い出し惚けていた。

 そんな徹平を綾瀬は呆れた目で見ていた。

 それから10分以上経ち奥から若菜と日浦が試し掛けの眼鏡を
 掛け出てきた。
 眼科専用、検査用掛け枠眼鏡は面白かった。

「創志変な顔〜」

 ププッと指を指し笑う徹平。
 しかし、若菜を見るとウットリとした顔になり「若菜先輩素敵〜」と
 間逆の感想を言った。

 日浦の額にはタコマークが幾つも浮かんでいた。
 
 二人が椅子に座ると素が「15分程掛けていてね。 もし違和感、
 頭が痛いとか、気分が悪くなるようなら我慢しないで直ぐに言っ
 て。 レンズの度数変えるから」と説明し中に入って行った。

 若菜は綾瀬とおしゃべりを始めた。
 徹平は若菜の隣りに座りウットリとした顔で若菜の事を眺めてい
 た。
 日浦は徹平腹を立てながらも大人しく座っている。
 綾瀬と若菜に色々と話しを聞きたかったのだが、若菜の美貌に
 気後れし話し掛かる事が出来なかった。

 そうこうしている間に時間が過ぎ、二人中に呼ばれる。
 眼鏡の度数の最終チェックをし、診察を終え先に若菜が出て来
 た。
 
 時計を見ると既に1時間半近くになっていた。
 綾瀬はすっかり疲れていた。
 唯一の救いは、その1時間半の間に別の患者が来なかった
 事。
 これ以上若菜の素顔を見る者が増える事がなくて本当によかっ
 たと思った。
 そして一刻も早く、兄貴章が来る事を祈った。

 若菜と言えば無事検眼も済んだ事で満足していた。
 後は会計をして、眼鏡に処方箋を持って知り合いの店に行くだけ
 だ。

眼鏡が出来上がるまで時間は掛かるけど、今丁度フィルマン小父
さん日本に来てるから遊んで貰お〜

 携帯電話を取り出しメールする。
 送信して2分経たない内に相手から返信が来た。

『若菜が来るなら急いで行くよ。 美味しいおやつと紅茶を用意し
て待ってるよ』

 思った通りの返事に若菜の顔が綻ぶ。
 携帯の画面を見ながら、嬉しそうに微笑む若菜に綾瀬も気づく。

「嬉しそうだな」

「うん。 今からお店に眼鏡作りに行くからってメールしたら待って
るって返事が来たから」

 満面の笑みを浮かべる若菜に見惚れながらも、そんな顔をさせ
 る人物が気になり聞いてみた。

「子供の頃からの知り合いで、お祖父ちゃんのお友達のフィルマ
ン小父さん」

「フィルマン小父さん?」

何故ここで外国人名?
若菜の祖父は外国人と親しかったのか。

 交友関係が広いなと思った。
 しかし今まで一度も若菜の祖父に会った事はないが、離れた場
 所で済んでいるのだろうか?
 疑問をぶつけてみた。
 すると意外な答えが返って来た。

「そう、フィル小父さん。 本当はフィルマン・ドゥ・ダリューて言うの
〜」

 知り合いの小父さんの名前がフィルマン・ドゥ・ダリュー
 その名前を綾瀬は知っていた。
 だがそれは余りにも有名な存在。
 そんな人物が知り合いな分けがないと思った。
 余りにも繋がりがないから。
 そして、祖父はフランス人で現在はフランスにいるとの事。
 若菜の血にフランス人の血が流れている事も驚きだ。

 意外と知らない事が沢山ある事に気付いた綾瀬だった。

 兎に角、若菜を知り合いの店まで送って行かなくてはならない。
 店の名前を聞こうと思った時若菜の顔が輝いた。
 
「貴章さん!」

 ふり返ると綾瀬の後ろに兄貴章が立っていた。





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