2周年企画

眼鏡を買おう!
(4)





 車に戻って来てから綾瀬は延々と説教をしていたし、若菜は綾瀬
 の迫力に押され小さくなっていたから忘れていたが、 綾瀬が診
 察券を受け付けに出してから大分時間が経っていた。

 一通り言った為か、綾瀬の顔はスッキリしている。
 変わり若菜は窶れていた。

 黒崎から見ると、その窶れ具合が色っぽいらしく、顔を真っ赤。
 本人は頑張っているようだが、呼吸が微妙に荒い。

チッ!
ここにも若菜に落ちた奴が一人か

「黒崎、死にたいのか?」

 綾瀬の言葉に蒼白になった。

 確かに綾瀬もこの美貌には見惚れるが、こう間近で若菜に落ち
 た者を見ると、無自覚に虜にしている若菜が憎らしく思える。
 珊瑚が若菜の頬をよく抓る気持ちが分かる。
 しかし、じっと我慢した。

 散々言ったから、今までよりはマシになったと思うが・・・・

 時計をを見ると30分以上は経っていた。
 診察券を置きに行った時、混んではいなかった。
 老人が5人程。

 これなら若菜を待合室で待たせていても、大丈夫かとは思ったが
 待っている間に、若い人が来る可能性もある。
 用心にこした事はないと思い受付の女性に、前の駐車場で時間
 が来るまで待っていると伝え車へと戻った。

 車につけたカーテンを閉め、外から中が見えないようにもした。
 始めこの車にカーテンは着いていなかったが、若菜が乗るから
 と貴章がわざわざ取り付けたのだ。
 走行中は開けている。

 若菜に待つように言い、車を降り、順番を確認しに行った。
 綾瀬達が車の中で待っている間、順調に診察が進んだらしい。
 最初に来た5人以降患者が来ていないようで、最後の一人が
 会計をしていた。

 これなら直ぐに呼ばれるだろうと思い、綾瀬は車へと戻った。

 そして最後にもう一度若菜にお浚いをさせる。

「若菜、今から車降りるけど、ちゃんと分かってるよな」

 余程恐ろしかったのか、大きく何度も頷く。

「人前で眼鏡は外さない。 家を出る時も素顔で出かけない。 もし
眼鏡がない場合は綾瀬に連絡を入れて迎えに来て貰う。 僕の素
顔は変装でなければ、ブサイクでもない」

 まるで箇条書きを読むかのようなその姿に一抹の不安を覚える。

ホントに分かってるのか?

 その心に声が聞こえたのか、若菜は必死で頷いていた。

 兎に角、以前よりは自覚は出た筈。
 後は一日一回は言い、若菜を洗脳していくしかないと思った。

「じゃあ、行くよ」

「・・・・はい」



 一日が始まったばかりなのに、若菜はすっかり疲れていた。

 綾瀬に続いて降りようとすると「あ、そうだ」と。
 何やら思い出したようだ。
 若菜を見てニヤリと笑う顔が恐ろしい。

「後で兄さん来るから、覚悟しとけよ」

「ひぃ〜〜〜〜」

 若菜がムンクになった。

 真っ白に燃え尽きた若菜。
 綾瀬に手を取られズルズルと横田眼科へと入っていく。
 可哀想だとは思ったが、若菜の場合は自業自得なので仕方な
 い。
 入ると受付の女性に声が「おは・・・・・・」で声が止まった。
 綾瀬の隣りで燃え尽きている若菜を見て固まっていた。
 まあ無理はないと思う。
 虚ろな顔をしていても、若菜の美貌は変わる事がないのだから。
 
「本人を連れて来ました」と言うが、聞こえていないようだ。

 横から視線を感じる。
 ほんの数分の間に患者が入っていたようだ。

あちゃ〜〜〜〜

 見ると見知った顔が二人、そこに座っていた。
 
 二人共目を見開いて固まっていた。
 内一人は口を開け、ポカ〜ンとした顔になっている。

よりによってこの二人か・・・・・

 出来る事なら会いたくなかった、綾瀬達と同じ高校に通う生徒。
 一人は生徒会会長日浦創志。
 もう一人は日浦の幼馴染みで、若菜の事を慕ってやまない山賀
 徹平だった。

 素顔でいるなだけに、目の前にいる人物が『戸田若菜』だとは気
 付かないとは思うが、徹平は若菜を崇拝している。
 万が一という事もある。
 若菜の名前を別な名前で呼んで貰おうと決めた。

 しかし、目の前の受付の女性は若菜に見惚れていて使い物にな
 らない状態。
 どうしようかと思っていると、奥からここの従業員であり、春休み
 の間に知り合いになった佐倉素が姿を現した。

 受付の様子がおかしい事に気付き出てきた様だ。
 綾瀬がいる事に驚きながらも挨拶をしてきた。

「お早うございます。 え〜っと、久我山君だったよね」

 ニッコリと笑う顔は愛らしく、自分達より8つも年上の26歳にはと
 ても見えない。
 先に、私服で会った時など、どう見ても自分より年下に見えた。
 今も看護服は来ているがどう頑張って見ても高校生。
 違った意味で、若菜といい勝負だと思った。

「はい。 お早うございます」

 年上としてちゃんと扱ってくれる綾瀬に、素は好印象を持ったよ
 うだ。

「今日は? ああ、わか・・・・」

「わぁ――――――!」

 素の声を遮るように綾瀬が叫ぶ。

「ど、どうしたの?」

 礼儀正しく、高校生にしては大人び、しっかりしている綾瀬が突
 然叫んだ事に驚いていた。

 綾瀬は燃え尽きたままでいる若菜を椅子に座らせ、素の元へ行
 き自分の元へ引き寄せ耳打ちをする。
 突然の行動に驚いた素だが、素直に綾瀬にされるがまま。
 素の恋人一ノ瀬が同じ事をしようものなら、きっと暴れていた筈。

「無理を承知でお願いします。 若菜の事を名前では呼ばないで
下さい」

「え?」

「今そこに座っている二人、実は俺達と同じ高校の生徒なんです
が、若菜の素顔は知らないんです。 もし知られたら騒ぎになるの
で」

 最初綾瀬の言いたい事が分かった。
 ここに来る時には検査をするから、必ず若菜の素顔を見ている
 素。
 しかし、普段の若菜は眼鏡を掛けていて素顔を隠している。
 あの美貌で街を、学校に行けばそれはもう大変な事になるだろ
 うから。
 万が一ここにいる二人にバレタら大変な事になるだろう。
 気苦労絶えない綾瀬に同情する。

「いいよ、分かった。 名前呼ばないようにするよ。 受付にも言っ
ておく。 先生にも」

「申し訳ありません。 ありがとうございます」

 お礼を言う。
 
「ところで今日はどうしたの? 何だかあそこで燃え尽きてるし。 
眼鏡は掛けてないし。 眼鏡で来ないなんて、ここに初めて来た時
以来」

「ええ、実は・・・・・・・」

 全てを聞き終わった後、若菜に同情の目を向けた。
 そして若菜の恋人の顔を思い出す。
 素の恋人である一ノ瀬の顔も非常に整っており、格好いいと思う
 が、あの恋人の顔は半端じゃなく美しい。
 若菜の様に女性的な美貌ではない。
 かといって男臭い訳でもない。
 言葉に言い表せない美貌。

それにあの迫力・・・・・

 一瞬だが、彼の周りを闇が取り囲んでいるように見えた。
 若菜を目にして霧散したが。

 あの隣りに立つ事が出来るのは若菜位。
 それ以外の者では駄目なのだ。
 姿も雰囲気も。

 一ノ瀬も嫉妬深く、独占欲は強いが、あの恋人の目には若菜し
 か映っていない。
 若菜に為だけに存在しているように見えた。

 その恋人が今ここに向かっているらしい。
 若菜が素顔で出かけた事を知って、社長であるにも拘わらず仕
 事を投げ出し向かっている。

 これがもし自分と一ノ瀬だったなら・・・・
 震えが走った。

きっと凄いお仕置きされるんだろうな・・・・・

 お仕置きが軽い事を祈るしかない。

 いつまでも若菜を放置しておく訳にいかない。
 恋人も来るようだから、早く終わらせないと。
 出来る事なら会いたくないから。
 
「さて。 まずは正気に戻さないとね。 綾瀬君手伝って」

「はい」

 若菜の元へ行こうとすると、いきなり「ああ――――っ!」と言う
 叫び声が。

 『何事だ!?』と声の方向を見ると、惚けていた徹平が復活した
 らしく、綾瀬を指さし叫んでいた。

意外と早かったな

「綾瀬先輩! 痛っ!」

「煩い」

 やはり正気に返った日浦が、大声を出す徹平の頭をバシッと殴
 った。

「何すんだよっ!」

 頭をさすり隣りの日浦を睨み付けた。

「聞こえなかったか? う・る・さ・い。 ここは眼科だが病院だぞ。
静かにしろ」

 その言葉に両手でハッと口を押さえた。
 今更遅いが、まあ理解できただけましだろう。
 そして今度は「どうして綾瀬先輩がいるんですか!」と小声で叫ぶ。

なんて極端な・・・・・・

 隣りで日浦が呆れていた。

「普通に喋れ馬鹿」

「馬鹿って何だよ!」

 叫んでまた日浦に殴られる。

なんて学習能力のない・・・・・

 綾瀬は呆れた。

 だが、どこかで見た光景。
 自分と若菜に被って見えた。
 周りからこんな風に見られてるのかと思うと、何だか複雑だ。
 同じ苦労をしている日浦には同情した。

「君達は今日は?」

 聞くと、日浦が最近眼鏡を掛けていても見えずらくなってきたから
 視力を測りに来たと言った。
 タイミングが悪いが仕方ない。
 帰れと言う訳にはいかないのだ。

「そうなんだ。 じゃあね」

 一刻も早くこの場から離れようと、若菜を立たせる。
 前と通ると二人の目が若菜に釘付け。
 どうやらバレてはいないらしい。
 一安心していると「そうだ、綾瀬先輩。 今日は若菜先輩は一緒
 じゃないんですか?」と後ろから声をかけられた。
 
 若菜という声に素の体が飛び跳ねる。
 だが綾瀬は反応せず、顔だけふり返り「今日は一日家にいるそ
 うだよ」と平然と嘘をついた。

「凄いね。 僕思いっきり反応しちゃった」

 感心する素に「この位で動じていたら、久我山ではやっていけま
 せん」というと感心された。

 素と二人とはいえ、いい加減若菜を引きずるのも疲れた。
 正気に戻って貰おうと携帯を取り出す。
 キーを操作した後、画面を若菜に向け囁いた。

「今直ぐ正気にならないと、この恥ずかしい写真を兄さんの携帯に
送ってやる」

 その画面を除く素。

「こ、これは酷い・・・・・」

 綾瀬の言葉と、素の言葉に若菜の意識が戻る。
 そして目の前に出された画面に中に写る、ヨダレを垂らし机に突
 っ伏して眠る自分の姿を見て叫んだ。

「ダメ―――――――ッ!」

 携帯を奪おうと若菜が手を伸ばすと

「あ――――――! 若菜先輩――――――――っ!」

 叫ぶ徹平。
 固まる三人。
 
ばれた・・・・・・・・・・・

何だか分からないけど、バレたの?!

 貴章がここに来ると聞いた時点で、放心状態になっていた自分。
 綾瀬にあのヨダレを垂らしたブサイクな自分の顔を見せられて一
 気に覚醒。
 奪い取ろうと思ったのに、綾瀬は携帯を素早くしまってしまった。

 そして自分の状況を確認すると、両脇に綾瀬と素がいて引きずら
 れた状態。
 
なぜ、この状態?

 と思っている所に自分を呼ぶ声。
 余りも大きな声だった為に驚いて足が止まってしまった。

 しかし、この声には聞き覚えがあった。
 ここ最近になってからよく聞くようになった声。
 同じ高校の若菜の二つ下の一年、山賀徹平のものに違いない。

 思わずふり返ろうとすると、突き刺さる視線が。
 視線だけ動かすと、綾瀬が、もの凄く怖い顔で睨んでいた。

ひえぇぇぇ〜〜
なに?
なにっ!?
何で睨んでるの?
まだ何もしてないよ〜〜〜〜〜

 それが綾瀬に伝わったらしい。
 小声で若菜に言ってきた。

「今叫んだのは山賀だ。 日浦も一緒にいる。 いいか、若菜。 今
の若菜は素顔だ。 絶対に『戸田若菜』だとバレるな! 何を言っ
てきても違うと言い続けろ。 じゃなかったらヒドイからな!」

 コクコクと頷く。

 もしここで、ヘマをやらかそうものならば綾瀬に何をされるか分
 からない。

 それでなくとも、朝から自分のせいで神経使いすぎて機嫌が悪い
 のに、これ以上刺激したら、ホントにあの写真を貴章に送られそう
 だ。

 自分の身の安全の為にも、それだけは死守しなければならない。

 取り敢えず、引きずられた状態のから脱出。
 自分の足でしっかりと立つ。
 
 そして『僕は別人。僕は別人』と心の中で呟きながら、今の呼びか
 けを聞こえなかった事にして奥へ行こうとした。

 なのに、後ろからもう一度「若菜先輩」と呼びかけられた。
 今度は服まで引っ張って。
 こうなっては無視する事も出来ない。
 
 綾瀬は舌打ちしていた。
 素に至っては先に奥へ行ってしまった。

あ、逃げた・・・・・

 覚悟を決め、『僕は別人。僕は別人』途中からは『僕は女優、僕は
 女優。 目指せブルーリボン賞!』などと訳の分からない事を唱え
 ながら、笑顔全開でふり返った。

「ん? なに? 僕に何か用があるのかな?」

 徹平は若菜のジャケットの裾を掴んだまま固まっていた。
 後ろにいる日浦も惚けた顔になっている。
 そして隣りにいる綾瀬まで若菜の笑顔を見て、止まっていた。
 素顔の若菜を見慣れてはいるが、ここまで笑顔全開の若菜には
 お目に掛かる事はそうそうない。

 艶やかに光り輝くその顔に放心状態になっている。

 しかし、当の若菜は違った。
 
な・・・・・、なに?
なにか僕の顔おかしいの?
なんでみんな動かないの〜〜〜〜〜

 顔が段々引きつっていく。
 隣りにいる綾瀬を肘で突くと、ハッと我に返ったようだ。

 「コホン」と一つ咳をする。
 
 そしてまだ放心状態にある徹平の手をジャケットから離した。

「人違いをしているようだ。 さ、時間がないから早く中へ行ってお
いで」

 綾瀬の口調も、いつも若菜に話しかけるものとは違っていた。
 若菜もそれにならって「ええ、そうですね」と。

 使い慣れない口調に、なんだか鳥肌が・・・・

ダメダメそんなんじゃ、主演男優賞は貰えない!

 更に気を引き締める。
 が、背中を向いた瞬間「やっぱり、若菜先輩だっ!」と抱きつかれ
 た。
 
なんで!?
どうして分かる訳?

 完璧な演技をしていた筈なのに、どうして徹平には若菜だと分か
 るのだろう。

 これには、綾瀬も呆然となっている。
 普段の若菜と、今素顔を晒している状態では全く別人なのに、ど
 うしてと・・・・・

 徹平の非常識な行動に我に返った日浦が止めに入る。

「馬鹿、徹平! お前何失礼な事してるんだ。 違う人だろっ!」

 若菜に抱きついている徹平を引き離そうとした。
 しかしそう簡単に離れない。

「だって、若菜先輩なんだも〜ん」

 若菜の腰に回した腕を更に強める。

く、苦しい〜〜〜〜〜





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