2周年企画

眼鏡を買おう!
(3)





・・・・・失敗した

 渋滞に嵌ってしまった貴章。
 綾瀬から連絡を受け、直ぐざま車に飛び乗り出たが、丁度通勤ラ
 ッシュと重なってしまった。

 それでなくとも鎌倉は観光地。
 普段からも交通量は多いが、今は花見のシーズンの為、更に車
 の量が増えていた。
 こんな事なら電車を利用すればよかったと思った。

 まさか素顔で出かけるとは思ってもいなかった。
 普段から若菜には眼鏡を外すなと言っていたし、若菜も守ってい
 た。
 その為に安心しきっていたのだ。

甘かった
まさか眼鏡が壊れるとは・・・・

 眼鏡がなければ嫌でも素顔でいるしかない。
 新しい眼鏡を作りに行くにしても、家を出なければ作れない。
 素顔を晒すなという方が無理な事。

 だが、近くに居ればそれが阻止出来た筈。
 タイミングが悪かった。

 誘拐された時に一つ壊れてしまった。
 予備があるからと、次の日からそれを掛けていたから危機感が
 なかった。
 立て続けに壊れる事はないと思いこんでいたのだ。

 一つ目の眼鏡が壊れたと言った時点で、予備を作りに行ってい
 れば今回の事が起きなかった筈。
 詰めが甘かったと思った。

 今更そんな事を思っても仕方ない。
 兎に角、今は出来るだけ急いで帰るしかない。
 そして自分が戻るまでの間、綾瀬とガードに何としても守って貰
 うしかない。

しまった!

 次々と出て来る貴章のミス。
 普段ならあり得ない失敗。
 若菜の事となると冷静でなくなってしまう貴章。
 今も自分の手際の悪さに怒りが起こる。

 ガードには若菜の素顔を教えていない。
 当然家を出たとしても気付く訳がないのだ。

 だから先の電話で綾瀬が『ガードは若菜の素顔を知っています
 か?』と聞いて来たのだと今頃気付いた。
 
 急ぎ若菜のガードについている梶原に連絡を入れる。

『申し訳ありません』

 という第一声。
 どうやら先に綾瀬から連絡が行っていたようだ。
 ならば既に彼らは行動を開始し、若菜を追っている筈。
 
 梶原には非はない。
 寧ろ嫉妬心から若菜の素顔を彼らに教えていなかった貴章に
 非があるのだ。

「すまなかった。 それで今は・・・・」

『はい。 原にバイクで向かわせました。 他3名にも連絡済みで
す。 こちらからパソコンで位置を確認しながら指示を与えていま
すからまもなく若菜さんを見つけられるかと。 綾瀬さんも向かわ
れています』

「分かった。 頼む。 私も出来るだけ急いでそちらに向かう」

『分かりました。 お気を付けて』

 前回の誘拐の時も思ったが、若菜にGPSの付いた携帯を持た
 せておいて本当に良かった。
 でなければこんなに心に余裕が持てなかっただろうと思った。

 若菜に万が一の事があれば、貴章は正気を保っていられない。
 若菜を知る前なら何に対しても心を動かされる事はなかっただ
 ろう。
 
 若菜の優しさ、温かさを知ってしまった今は違う。
 貴章の全てなのだ。

 若菜がいるから日の温かさを知った。
 感情を知り、食べる事の美味しさ、生きる事の楽しさを知ったの
 だ。

若菜がいるから今の私がいる・・・・

 ハンドルを強く握り、東京を、若菜を目指した。



 その頃若菜は・・・・・・

「はぁ〜〜、天気もいいし、風も気持ちいい〜〜」

 機嫌良くペダルを漕いでいた。
 横田眼科までの道のりがサイクリングとなっていた。
 眼鏡を掛けていないせいか、街並みがいつもと違って見える。
 そしていつもとは違う自分になっているせいか、全てが開放的。
 笑顔全開で自転車を走らせていた。

 細い道を抜けたり、大通りに出たり気ままにウロウロしていた。
 ただ、普段着け慣れないコンタクトをしているせいかソフトレンズ
 でも何だか違和感がある。
 自転車に乗って風を受けているからなのか分からないが、眼が
 乾きやすいのだ。
 
 途中で自転車を止め、眼をパチパチさせる。
 少し潤わせてからまた自転車をこぎ始める。

 自転車を止めている間、若菜は瞬きに集中しているから気付い
 ていないが、皆が立ち止まり若菜に見惚れていた。
 
 朝の出勤、通学で急いでいるだろうに、それでも立ち止まって
 しまう。
 そして若菜が移動し始めると、つい皆がフラフラと後を追いかけよ
 うとして。
 でも若菜が離れてしまうと我に返り、慌てて会社や学校へ走り
 出す。
 
 歩行者信号が点滅し渡るのを止めると丁度若菜が先頭になる。
 信号待ちの先頭の車からは若菜の姿がよく見える。

 当然若菜の美貌に目が奪われ、信号が青になっても気付かず
 後ろの車にクラクションを鳴らされる。
 動き出すが速度はかなり遅く、イライラしていると信号待ちして
 いる歩行者の奇妙な姿が目に入る。
 皆が一定の方向を向き、口を開け惚けた顔。

 『何だ?』と視線を向けると見た事のない美貌の人間がいる。
 当然見惚れてその車の速度も遅くなる。
 そして次の車も同じ状態。

 車道の信号が赤になるまで、続くのだ。
 歩行者信号が青になり若菜が自転車をこぎ始めるとその後を皆
 がついて行く。
 反対側で信号待ちしていた歩行者が、若菜の姿を目にし来た方
 向へと戻って行く。
 皆が若菜を追う。
 その姿はまるで童話の『ハメルーンの笛吹き』状態。
 
 しかし若菜が行ってしまうと我に返り自分達の目的を思い出し
 慌てて日常に戻って行く。
 だが早々我に返る者もあり、若菜に声を掛ける者もいた。

 名前を聞く者。
 交際を迫る者。
 スカウトして来る者。
 携帯で写真を撮る者。
 中には若菜を追いかける者もいた。
 だが若菜は全て無視。
 無視と言えば聞こえは悪いが、若菜は気付いていなかったの
 だ。
 全て自分に向けられた言葉だと言う事に。

 止まっている時にその声を聞いて、『朝から積極的な人がいる
 な』と見ると、可愛い人、綺麗な人、ワイルドな男前、インテリ系
 やら必ず顔の整った人が若菜の隣りに立っていた。
 『成る程』と納得してしまう程、それぞれの容姿が整っていた。
 その為に、それらの声は全てその人達にかけられたもの事だと
 思っていた。

 その全ての人物が、早い時点で若菜を見つける事に成功した
 ガードだという事に、当然気付いていなかった。
 
 何度も言うが若菜は、自分の容姿がずば抜けて整っている事に
 気付いていない。
 「ダサイ」「オタク」が自分の姿だと思いこんでいる。
 
 だからその呼びかけは、自分の事ではないと思いこんでいた。

 「あの・・・」とか「すみません・・・」とかいう呼びかけには振り向く
 のだが、見ると若菜の前に人が立ちはだかっている為に、自分
 じゃなかったのだと思いその場を後にした。

 見るたびに同じ4人だという事に気付いたが、『良く会うな〜、行
 き先同じ?』などと、あまりにも惚けた事を思っていた。
 
 綾瀬や珊瑚達がその場にいれば、あまりの緊張のなさ、危機感
 のなさにブリザードをまき散らしながら説教をし始めるだろう。

 そして4人のガードもあまり若菜の危機感のなさに、疲れてい
 た。
 そして若菜に接近して来る者の多さに慌てた。
 
 そして若菜がまた裏道に入り、『次は何処で曲がろうかな〜』な
 どと思っていると、先の交差点のところで道を塞ぐように車が止
 まった。

 そんな風に車を止められたら通る事が出来ない。
 かと言って脇道はないので、そのまま進むか引き返すしかない。
 それも面倒くさい。
 距離がまだあるからたどり着くまでには移動するだろうと思った
 が、近づいても移動する様子はない。

困ったな・・・・・

 と思っていると、なんだかその車に見覚えが。
 
 綾瀬の家に行くと必ず止まっている車。
 学校の帰り、綾瀬の家の行き帰りに乗せて貰う車によく似てい
 る。
 ボンネッツトの部分には、確か動物のエンブレムがついていた。
 綾瀬に聞いたら『ジャガー』だと言っていた。
 内装は総革張りで音も静か、乗り心地も抜群に良かった。
 色も同じだ。
 深い緑色が綺麗だなと思った。

 更に近づく。

お、同じ?
 
 緊張してペダルを漕ぐ速度が遅くなる。

 あと10mの所で後部ドアが開いた。
 更に遅くなる。
 そして何故か頭の中に『ダースベーダー・テーマ曲』が流れてく
 る。
 
 あと5m。
 中から人が降りて来た。
 若菜が止まる。
 汗がダラダラと流れてきた。

 綾瀬だった。

  ドアの前に仁王立ちになっている綾瀬の顔はいつも以上に迫力
 があった。
 そして回りには、見える筈のないブリザードが。

 いつもは口に出さず、心の中で叫ぶ「ひぃぃぃ〜〜」という叫び声
 が思わず出てしまう程、迫力があった。
 その場をUターンして逃げてしまおうかと思った位。

 しかし、その場を逃げたとしても、捕まるのは目に見えた事と諦
 め、自転車を降り綾瀬の前に立った。

「・・・・・・若菜」

 静かな声は綾瀬の怒りの強さを表している。
 普段なら怒鳴られているのだが、この時の綾瀬は怒鳴る事なく
 若菜の事を静かに見詰めていた。
 今までにない綾瀬の様子に、若菜の頭の中は真っ白。
 綾瀬に見捨てられてしまうのではないかという恐怖に駆られた。
 
 初めて出来た友達。
 今では大親友で、貴章や家族とはまた違った意味で若菜には
 なくてはならない存在だと思っている。

 その大切な綾瀬に見捨てられたら・・・・
  
「ご、ご免なさい! 素顔で出かけてご免なさい! 黙って出かけ
て、電話しなくてご免なさい。 ご免なさい」

 兎に角謝った。
 何度も何度も謝った。

 そうしたら一言「煩い」と言われた。
 冷たい冷たい口調に若菜は固まった。

「・・・原」

「はい」
 
 いつの間にか若菜の隣りに立つ人物がいた。
 その人物に向かって、若菜の自転車を家まで届けるよう指示を
 与えた。

 いつもとは違う綾瀬の様子に「原」と呼ばれた男の顔もいつにな
 く真剣になっていた。
 綾瀬も久我山の血を引く者。
 父や二人の兄に比べれば威圧感、存在感はまだまだだが、そ
 れでも普通の高校生にしてありえない位の迫力があった。

 「失礼します」と声を掛けられが若菜には聞こえていない。
 手から自転車が離れた事にも気付かなかった。

 「乗れ」と言われ、肩がビクリと上がる。
 綾瀬の声だけしか若菜には聞こえていなかった。

 言われた通り車へ乗る。
 続いて綾瀬が乗り、ドアが閉められた。

 俯き自分の手だけを見詰める。
 
「黒崎、何をしている、早く出せ」

 自分に言われたことばではないが、苛ついた声に首を竦めた。
 それから一言も綾瀬は言葉を発しなかった。

 車の後部座席で、借りてきた猫のようになっている若菜。
 時間が経つと頭も気持ちも落ち着いてきた。
 自分の行動に反省と、大きな気まずさを味わっていた。

 チラッチラッと隣りに座る綾瀬の顔色を窺う。

どうしよう・・・・
もの凄く怒ってる・・・・・

 ガックリと項垂れる。

 まさかバレてしまうとは思ってもいなかった。
 綾瀬と待ち合わせ時間までに帰れば大丈夫と高をくくっていた
 だけに綾瀬が目の前に現れた時の恐怖は大きかった。

やっぱり電話すればよかった・・・
ちゃんと話せば、綾瀬なら分かってくれただろうし、こんなに迷惑
を掛ける事なかったんだんだよね・・・
ホント僕って考えなしだな

 落ち込む若菜。
 でも落ち込んでも自分が悪い事には変わりない。
 もう一度ちゃんんと綾瀬に謝ろうと顔を上げ、綾瀬を見ると綾瀬
 がジッと若菜の事を見ていた。 
 怯みそうになったが、しっかりと綾瀬の顔を見て「ご免なさい」と
 謝り頭を下げた。

 「ふぅ〜」という溜息に、若菜は首を竦めた。
 何を言われても仕方ない。
 覚悟を決める。

 少しの沈黙の後、漸く綾瀬が口を開いた。

「・・・・・心臓が止まるかと思った」

 思っていたのとは違う言葉。
 そして優しい包容。

えっ?

「頼むから心配させないでくれ。 若菜に何かあったら俺は自分
が許せない・・・」

「綾瀬・・・・・」

 若菜を抱きしめた綾瀬の体が震えていた。
 こんなにも心配させてしまっていたなんて。
 自分の軽い思いつきのせいで、こんなに綾瀬を苦しませてしまっ
 ていた事に胸が苦しくなった。

「ごめんね。 本当にごめんね。 もう勝手に出かけないから・・・」

 若菜も綾瀬を抱きしめた。

 すると車が止まり、綾瀬の運転手兼ボディーガードの黒崎が「着
 きました」と声を掛けた。

 綾瀬に抱きついたまま、顔を上げると見た事のある景色。
 横田眼科の目の前だった。

「あれ?」

 不思議に思っていると抱擁が解かれ、綾瀬に「保険証と診察券」
 と言われた。
 何も考えず綾瀬に渡すと「いいか、これは俺が出して来るから
 若菜は絶対降りてくるな」と言われた。
 そして綾瀬はそれを持って車から降り、横田眼科へと入って行っ
 た。

なぜ?

 どうして若菜の行き先が分かったのか。
 どうして綾瀬が保険証を持って行くのか。
 よく分からなかったが、車から降りるなと言われたからには、今
 度はちゃんと言う事を聞く事に。
 
 これ以上綾瀬に心配はかけたくないから。

 綾瀬が戻ってくるのを、車の窓から見て待っていたがもう一人
 迷惑を掛けた人に謝っていない事を思い出した。

 運転席に座る黒崎。
 銀縁眼鏡をかけ、髪を後ろに撫で付けキッチリとスーツを着こな
 す姿は有能な秘書にも見える。
 
「黒崎さん」

「はいっ」
 
 何だかこえが裏返って聞こえるのは気のせいだろうか。
 耳も真っ赤だ。
 ルームミラーを見ると、ミラー越しに視線が合う。
 いつもと違う様子が心配だ。

 やはり迷惑を掛けたからだろうか。

「黒崎さんにもご迷惑をかけて、すみませんでした」

「いいえっ」

 やはりおかしい。

「僕が軽率な行動をとったばっかりに。 さっきだって僕のせいで
機嫌が悪かった綾瀬に怒られたし・・・」

 言っているとドアが開き、綾瀬が戻って来た。

「あれは、黒崎が若菜に見惚れてマヌケな顔をしていたから注意
しただけだ。 あまり見るなよ兄さんに睨まれるぞ」

 綾瀬の言葉に、黒崎が顔を青くし慌てる。
 普段落ち着いている黒崎なだけに、その様子はおかしく見える。
 それにどうして貴章に睨まれるのか?
 綾瀬の言葉もおかしいと思った。

「どうして僕なんかに見惚れるの? 貴章さんだってそんな事位じ
ゃ睨まないと思うけど」

「「はい?」」

 綾瀬と黒崎の声がはもる。
 貴章の独占欲が半端でない事は二人も知っている。
 それを「そんな事」と言ってしまうとは。

社長、苦労されてますね・・・・・・・

兄さん、頑張れ・・・・・・

 二人がそれぞれ貴章を応援した。

「だって僕の顔なんか見ても面白くも何ともないのに。 見惚れる
ならやっぱり貴章さんか、綾瀬みたいに凄く綺麗な人でしょ。 黒
崎さんも勿論格好いいですよ」

 ニッコリ微笑む姿に黒崎の顔がボォーっとなる。
 綾瀬も若菜の微笑みに見惚れる。

 がしかし、今の言葉は納得できない。
 今日という今日はその顔を自覚して貰わなくては。

「若菜!」

「はいっ!」

 綾瀬の声に居住まいを正す。

「今日こそは言わせて貰う。 いいか、若菜は自分の顔はあまり
良くないと思っているようだけど、それは大間違いだ」

 「え?」と驚いた顔で黒崎がふり返る。
 それはそうだろう、若菜のこの美貌でどうしたら「自分の顔は良
 くない」と思えるのかが全く分からないし、この美貌で「自分の顔
 がマズイ」と言われたら、自分は元より他の人間は一体どうなっ
 てしまうのだろうと思った。

「え・・・・でも、みんな僕の事『ブサイク』だとか『オタク』だとか言っ
てるよ」

「それは眼鏡を掛けてる時の事。 あんな一昔前の成金親仁みた
いな眼鏡に、鳥の巣みたいな頭してたら俺だって思うわ!」

「ひ、酷い綾瀬・・・・・。 そんな風に思ってたんだ・・・・・」

 両手をシートにつき項垂れる。
 羽をもがれた鳥の様に打ち拉がれた様子に、黒崎が慌てるが
 綾瀬はここぞとばかりに言った。

「大体、あの美形家族で一人だけブサイクな筈がないだろ。 紗英
ちゃんから聞いたけど若菜は、ずば抜けて美人だったお祖母様に
そっくりらしいじゃないか」

「うん、お祖母ちゃん若い頃凄い美人で、求婚者が絶えなかった
って言ってた。 お祖父ちゃんと結婚した時、寝込んだ人は100人
以上いたとか。 その後も求婚してくる人がいて、大変だったって
言ってたよ。 写真見せて貰ったけど、僕と同じ顔してたかも・・・・」

「そのずば抜けて美人だったお祖母様と同じ顔だって分かってて、
どうして自分の顔がブサイクだって言えるんだよ!」

 怒鳴る綾瀬。
 かなりエキサイトしている。

 こんなに興奮する綾瀬を黒崎は見た事がなかった。

「だって・・・・みんなが・・・・」

「みんなじゃない!」

 クワッと歯をむく綾瀬。

綾瀬怖い・・・・・

 涙目になる若菜。
 綾瀬は若菜が納得するまで延々と続けたのだった。





 
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