2周年企画

眼鏡を買おう!
(2)





 コンタクトを入れ掃除を終えた若菜。
 パジャマのまま朝食をとり、一旦自分の部屋へと戻った。

 綾瀬が迎えに来るのはAM11:00。
 そして現在の時間はAM8:30。

 時間には余裕がある。
 家を出る時、青葉が帰って来たら一緒に眼鏡屋に行こうと言って
 くれたが、とてもじゃないが夕方まで待ってなどいられない。

 予備がないと分かった今では、一刻も早く眼鏡を買わなくてはな
 らない。
 今日はたまたま創立記念日で学校が休みだったからいいが、明
 日は学校があるのだ。
 眼鏡がないと学校に行く事が出来ないのだ。
 行く事が出来ないというより、家族の猛烈な反対で行かせてくれ
 なにのが目に見えてるから。

 『学校には絶対眼鏡を掛けて行く』
 『学校では絶対眼鏡を外さない』

 という事が戸田家の決め事なのだ。
 それを破る事など、当然出来ない。

 何にしても眼鏡は必要。 
 幸いにも、若菜御用達の眼鏡屋はその日のうちに出来上がる。

 そうと決まれば、かかりつけの横田眼科へ行かなくては。

 最後に検眼をしたのが2年前。
 あれから度数が少しは変わっているかもしれない。

「今から自転車で行って着くのが9時過ぎ。 検眼に30分掛かっ
てそれから眼鏡屋さんに行って・・・・。 うん、大丈夫。 待ち合わ
せの時間までには十分帰って来られる」

 そうと決まれば行動は早い。

「まずは着替えてと・・・・。 そうだ、コンタクトにするんだからやっ
ぱり完璧に変装しないとね。 服はまあ普通に黒のデニムと白の
シャツでいっか。 後はジャケット持って。 これでよし」

 クローゼットの鏡で服装チェック。
 黒のデニムパンツは若菜の細い腰、引き締まった小降りで綺麗
 なお尻を際立たせてていた。
  
 服装は決定。
 後は髪型を整えないといけない。
 寝癖のままではダメなのだ。

 洗面所へ行き、ドライヤーで寝癖を直し、最後に青葉のヘア・ワ
 ックスを借り髪型を整える。

「おお、今日も完璧な変装だ」

 変装ではなく、素顔なのだが・・・・・
 兎に角普段とは別人の若菜に仕上がった。
 自分の仕事っぷりに大満足していた。

 出かける事を伝えにキッチンへ。
 妹の紗英も起きて来ていた。
 パジャマのままで朝食を取っている。

 後ろから「お早う、紗英」と声をかけチュッチュと朝のご挨拶。
 急に声を掛けられたにも拘わらず紗英は驚く事はなかったのだ
 が、挨拶をしようとふり返り「おは・・・・・」と言ったっま固まった。

 滅多にお目に掛かる事のない、お出かけ版キラキラバージョンの
 若菜がそこにいたのだから。

ど、どういう事?

 驚き過ぎて声が出ない状態。
 挨拶を返して来ない紗英を訝しみながらも、キッチンにいる母佐
 織に声を掛ける。

「お母さん、綾瀬が来る前に一度出かけて来るね」

「気を付けてね。 えっ、若菜ちゃんその格好で行くの!? 眼鏡
は? 予備の眼鏡ある筈じゃなかったの?」

 食器を片付ける為に背中を向けていたが、若菜の言葉に手を止
 め、ふり返りキラキラ若菜を見る事になった。
 何度見ても迫力がある我が息子の美貌。
 だが、その姿で外に出るのは・・・・

「うん、さっき壊れた眼鏡が予備だったの。 掛けたくても眼鏡がな
いんだよね」

「「えっ、ない!?」」

 二人が同時に叫ぶ。

「うん。 だから眼鏡作りに行ってくる。 じゃないと明日学校に行
けないからもんね。  じゃあ行ってきま〜す」

 言うだけ言って部屋を出る若菜。
 母娘は呆然としたまま。
 だが、玄関のドアがガチャリと開く音に我に返る。

「ちょっと待って!」

「ダメよ若菜ちゃん、そんな姿で、一人で出かけないで―――!」

バタン

 無情にも玄関の閉まる音。
 慌てて行くがそこには若菜の姿はない。

「待って――――!」

 紗英がパジャマのままで外に出ると自転車に乗った若菜の姿は
 遙か遠かった。

「・・・・・・なんて事。 こんな事してられないわ! 綾瀬さんに電話
よ!」

 中に入ると既に母が電話を掛けていた。

素早いわ・・・・・・

『お早うございます。 代わりました綾瀬です』

「あ、もしもし綾瀬さん。 朝早くからごめんなさい。 実は、若菜が
一人で出かけてしまったの」

『・・・・・・また、ですか』

 電話の向こうの綾瀬は大きくため息を吐いていた。
 
また一人でホイホイ出かけたのか。
あれ程一人は止めろと言ったのに、どうして分からないかな・・・・
今日だって11時に迎えに行くから大人しく待っていろと言ったの
に!

 毎度の事だが、若菜には振り回されっぱなし。
 まあ、自分もそれが嫌じゃないからいいのだが。
 そんな若菜に振り回される兄も大変だと思わず同情していた。

 他人に無関心で人に振り回される事を嫌う兄が、若菜にだけは
 振り回されている。
 それも何処か楽しみながら。
 時には爆発し、若菜はお仕置きをされているようだが。

 兎に角甘いカップルだと言える事だけは確かだ。
 いや、世間で言う所のバカップルと言っても過言ではないと思っ
 ている。
 人前であろうが普通に抱擁しキスをするのだから。
 
あれだけは本当に止めてほしい・・・・・

 今日も一人で出かけたらしいが、あの誘拐の一件以来若菜には
 ガードが付いているという事を知った。



 春、やはり若菜が一人出かけた珊瑚の叔父雄大のカフェ。
 後から慌てて綾瀬も合流した。
 午後から兄と待ち合わせしていたようだが、雄大のカフェにいる
 事は教えてなかったと言った。
 「不思議だね〜」と嬉しそうに言った若菜。

 GPS機能付き携帯を持たせているから不思議だとは思っていな
 かったが、「甘い物一気に食べるのは良くないって言われて、3つ
 くらいしか食べてないって言ったんだけど、その倍は食べただろ
 って。 凄いよね〜まるで見てたみたい」と言った途端おかしいと
 思った。 
 
 後日、兄にその疑問をぶつけると「ガードをつけた」と言われた。
 しかも若菜だけの為に、今までなかったガードの部署を作ったと
 言うではないか。
 あまりの徹底ぶりに唖然となったのが・・・・・



 それからは一人で出かけたと聞いても取り敢えず安心していた。

 しかし、若菜の母親の様子がおかしいのはどうしてどうしてなの
 か?
 今まで若菜が一人で出かけたとしても、これ程まで焦って電話し
 て来た事など一度もなかったのに。 
 疑問に思いながらも「心配しなくても大丈夫ですよ」と言ったのだ
 が・・・・・・・

『全然大丈夫じゃないの! 素顔で、眼鏡なしで出かけちゃったの
よ!』

「なんですって―――――――!」

 綾瀬は焦っていた。
 
 若菜母から連絡を貰った時、また若菜が何かをやらかしたのだろ
 うと想像はついた。

 どうしてこう厄介事を引き起こすのか頭を抱えるのだが、それ程
 心配していなかった。
 若菜には兄貴章のつけたガードがいるから。
 今回も軽く考えていたのだ。

 しかし母親の焦り方が尋常ではない。
 嫌な予感がした。
 
 結果は最悪だった。
 
 若菜が素顔を晒して出かけてしまったのだ。

 若菜自身は変装だと言う。
 それはそうだろう。
 自分でも普段素顔を見ないと言っていたのだ。
 鏡を見る時には眼鏡姿。
 だから自分の素顔は見慣れていない。
 素顔は変装、別人なのだ。

 周りからは常に『あり得ないくらい不細工』だとか『オタク』だとか
 戸田家は若菜以外美形名為『もらわれっ子』だと言われていた。
 若菜自身『もらわれっ子』でない事だけを除いては事実だと思っ
 ていたし、眼鏡を外した姿を他人が見ると必ず黙り込んでしまう
 ので、素顔も酷いものだと思いこんでいる節がある。
 声が出ないのは、若菜の美貌に見とれ声も出ないというのが事
 実なのだが。

 自分の美貌に気付いていないからたちが悪いのだ。
 そして今回の事が起こってしまった。

 急いで出かける用意をする綾瀬。

「全く、いくら兄さんがガードをつけてもあの顔で出歩いたら意味な
いだろ。 最低5人はつけないと。 それでも危ないな」

 ブツブツ言いながら階段を下りて行く。

「ガードしてる人も気の毒だな、あの顔で街を歩かれたら余程近く
にいないと守れないだろうし・・・・・・」

 そして途中で立ち止まる。

「・・・今・・・・・着いてるのか? ガード・・・」

 嫌な予感がした。

「・・・・・知ってるのか? 若菜の素顔・・・・」

 対象者の顔を知らないと守る事が出来ないのは当然の事。
 兄もその部署を作った時、皆に資料を渡しているからガードも若
 菜の事は知っている。
 
 これは聞いた話だが、手渡された若菜の写真が余りにも強烈で、
 その部署に配置された5人全員が30分は意識を飛ばしていたら
 しい。

 自分を取り戻した彼ら皆が「一度見たら忘れたくても忘れられない
 顔だ」と絶賛したらしい。

それはそうだよな、インパクトはあるから

 そんな普段どうしようもない姿の若菜だが、貴章にしてみたらその
 姿さえも皆に見せたくないらしい。

 それもどうかと思うのだが。

 貴章が一緒の時でも滅多に素顔では歩かせない。
 二人きりになった時には外してもいい事にしているようだ。
 そして外では絶対に眼鏡を外さないように言っている。
 若菜自身その言いつけを守ってはいるのだが、時々何も考えず
 外してしまう事も。
 若菜曰く「綾瀬達の間でだけだから。 つい安心しちゃって・・・・」
 と言うのだが、そう言われても信用できない。
 それ程、綾瀬の中では若菜はうっかり者なのだ。

 貴章も若菜がうっかり者だとは分かっているが、まさか家を出る時
 から堂々と素顔を晒して行く筈ないと思っているだろう。
 当然独占欲の強い貴章が、わざわざ自分から「これが若菜の素
 顔だ」と行って写真を見せるか?

絶対あり得ない!

 当然ガードの誰もが若菜の素顔を知らない
 
と、言う事は?
今の若菜はノーガード!?
嘘だろ!

 綾瀬のパニックがピークになる。
 が、こんな時こそ落ち着かなくてはならない。
 自分は久我山なのだから。

 それにもしかしたら若菜についているかもしれない。
 もしかしたら、素顔の写真を見せているかもしれない。
 兎に角、貴章に連絡を入れなくては。

 携帯を取り出し、若菜専用緊急用の番号をかける。
 
『何があった』

 ワンコールで出るところはさすがだ。

「ガードは若菜の素顔を知っていますか?」

『・・・その必要がどこにある』

ああ・・・・やっぱり・・・・

「若菜が・・・・眼鏡が壊れたから作りに行くと言って、素顔で出か
けたらしいです」

 言った瞬間切られた。
 貴章は若菜の元へ向かうに違いない。

 行き先は告げなかったが、若菜にはGPS機能付きの携帯を渡
 してあるから居場所は直ぐに分かる。

 ただし若菜の元へ駆けつけるには時間がかかる。
 昨日から貴章は鎌倉にある久我山のホテルに視察に行っている
 のだから。
 日帰りで十分行ける距離だが、わざと一泊しサービスを確認する
 ために。
 前日に確認班の者が泊まり先にチェックし、後日貴章が入る。
 そしてサービスに違いがないかを丸一日掛け確認するのだ。

 今日若菜達の学校が創立記念日で休みだからと、貴章は午後の
 仕事は休みにし会う予定だったのだ。
 そしてその前に綾瀬が家へ迎えに行く事になっていた訳だ。

どんなに急いでも一時間以上はかかる。
その間、兄さんが来るまでの間なんとしても若菜を守らないと。

 今度は若菜のガードに連絡を入れる。

『梶原です』

 室長が出る。
 綾瀬は一度会った事がある。
 剣道5段、柔道3段でオリンピックに出る程の射撃の腕前。
 身長も165pと低く、見た目も童顔で愛らしい。
 なのに見た目とは裏腹で冷静沈着の切れ者だという。
 年は30歳。
 元キャリア官僚。
 あり得ないと思った。

「綾瀬です。 今日若菜に着いているのは誰ですか?」

『私と原です』

 原は梶原とは対照的で大男。
 180p以上の身長、男らしい顔立ちだが、見た目は熊。
 なのに実は人懐っこく犬のような性格だ。
 こちらも柔道、空手と武芸には秀でている。
 新卒だと言っていた。

「今どこに居ますか?」

『指定の場所で待機中です』

やっぱり・・・・・・

 大きなため息を吐く。
 まさかあの姿が若菜だと気付かなかったようだ。
 気付けという方が無理なのだが。

 若菜のガードをするだけのために、貴章は若菜の家が良く見える
 場所の部屋を用意した。
 道路はさんで斜め前の三階建てのマンションの部屋を借りたの
 だ。
 目の前なだけあって戸田家の様子がよく分かる。
 
 実はこのマンションこのためだけに貴章が買い取った。
 そして部屋を空ける為に細工をし、一室だけ水漏れをさせ部屋を
 水浸しにし使えないようにした。
 
 その部屋の住人に工事に時間がかるという事を説明し、責任を取
 るからと新しい部屋用意し、水浸しになった物を全て弁償、引っ越
 し代は、全て管理会社が支払うと言って部屋を追い出したのだ。

 そしてその後に梶原達が入り、ガードの待機所となったのだ。

 聞いた時には目眩がしたのを綾瀬は憶えている。

 その部屋に今、担当の梶原達がいる。
 やはり若菜はノーガードだった。

「・・・・・若菜の家から誰か出て行きませんでしたか」

『はい、7時50分頃弟の青葉さんが制服で出かけられました。 つ
い5分程前、8時35分にもう一人。 その直後妹の紗英さんがパ
ジャマ姿で出てきて、先に出かけられた方に向かって叫んでいまし
たが。 どなたか親戚の方でもいらしていたのでしょうか。 初めて
見る方でしたが』

 やはり若菜だとは分からなかったようだ。

『しかし驚きました』

「何がですか?」

『戸田家の方々は皆素晴らしく美形ですが、先程出て行かれた方
はそれ以上。 いままで見てきた中で断トツに綺麗な方でした』

 それはそうだろう。
 綾瀬自身もそう思っている。
 だからこそ危ないのだ。

 行き先は分かっている。
 若菜かかりつけの横田眼科。
 自転車で行ったらしいから、着くまでに30分。
 先回りして横田眼科に行けば確実に若菜を捕まえる事は出来る
 が、それでは遅いのだ。

 その30分の間で何が起こるか分からないのだ。
 何としても途中で捕まえなければならない。

「今出て行った自転車の人物を、直ぐ追いかけて下さい」

『若菜さんではありませんでしたが。 若菜さんはまだご自宅です』

「いいんです、直ぐ追いかけて下さい」

『しかし・・・』

 彼らは若菜限定のガード。
 疑問に思うのも当然の事。
 ここはしっかり事実を伝えないとならない。

「いいですか、梶原さん。 今から言う事を落ち着いて聞いて下さい」

 真剣な綾瀬の声に、電話の向こうで梶原が緊張しゴクリと喉の鳴
 る音が聞こえた。
 
「それが若菜です」

『・・・・・はい?』

 かなりマヌケな声だった。





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