休日の過ごし方
(4)

20万Hits企画




 いつも穏やかで素に対しては優しい眼差しを向け声を荒げた事などない灯。
 言葉もキツイ。
 年上に対して礼儀正しい兄なのに。
 そんな兄を見上げると見たこともないようなキツイ眼差し。
 他の者から見ればあまり迫力はないかもしれないがそんな兄の姿など見た事のない
 素には、ハッキリ言っ
 て恐い。
 こんな姿の兄を見るのは、一ノ瀬と初めて会った時以来。
 今の灯も、素からしてみれば非常に恐いが、あの時は本当に恐かった。
 大好きな兄灯と、恋人の一ノ瀬の仲が悪い事は知っていたが、更に酷くなっているよう
 な気がする。

「ふん。 僕に口の利き方を注意する前に自分の常識を直したほうがいいんじゃない? 
人の弟を攫って、挙げ句、本人の同意もなくアパートを解約して荷物を自分の家に運ん
で住まわせるなんて信じられない。 素、今からでも遅くないから、僕の所へおいで。
素の部屋もあるし、身体一つで来てもいいように全部揃ってるから」

 少し離れた場所にいた堀田は灯の激しい怒りの言葉を聞いて動揺。
 一ノ瀬に脅されたとはいえ、素の荷物を運びアパートを解約したのは堀田なのだから。
 自分は関係ないというふうを装って、灯から視線を外す。
 あまりの悪魔っぷりに誌音は驚愕。
 
犯罪じゃん・・・・

 見せつけるように、素の頭に頬摺りをし、一ノ瀬をチラリと見て微笑む。
 困った顔をしているが、素は大人しく灯の腕の中に。
 
 そして遂に一ノ瀬が切れた。

 無言で二人に近づき抱き合っていた二人を引き剥がした。
 音がしたならきっと「ベリッ」っという音に違いない。
 
 素を腕の中に閉じこめ、灯ごしたのと同じように、見せつけるように、頬摺りを。
 本当ならば先程と同じように素の唇を奪ってメロメロにしてもよかったのだが、そうすると
 素の色っぽい顔が皆に見られてしまう。
 そんな勿体ない事は絶対にしたくないし、許せない。
 このまま連れて帰ってしまいたかったが、クラウスがいるからそれも出来ない。
 このまま帰れば後で何を言われるか。

 そこで気が付いた。
 この五月蠅く邪魔な灯を黙らせる方法を。
 自分の考えが正しければこの邪魔な兄を排除出来る筈。
 灯を見てニヤリと笑う。

 不穏な笑み。
 一見精悍な微笑みに見えるが、灯には邪悪な笑みにしか見えない。
 その顔を見て寒気を覚える。
 一体何を企んでいるのか。
 警戒する灯。

「そろそろ弟離れしてもいいんじゃないか?」

 柔らかい物言い。

「灯さんももう29。 そろそろいい人を見つけないと」

 普段呼ぶことのない「灯さん」という言葉に鳥肌が。
 いつもなら「おい」「そこの」。
 よくて「灯」と呼び捨てなのだ。

「き、気持ち悪い・・・・」

 両腕を擦る。
 それに大きなお世話だ。
 素さえいればいいのだから。

「失礼な奴だ。 まあいい」

 言って視線を灯から外し黙って横に立っていたクラウスを見る。
 
 突然始まったバトルにも感心がないような顔。
 他の者は驚き唖然としているのにクラウスは表情一つ変えていない。
 さすがSW社長、こんな事くらいでは動じないのろう。
 周りにいる者にはそう見えるに違いない。
 だが一ノ瀬はそうでない事が直ぐに分かった。
 クラウスの視線が灯に釘付けになっているから。
 
 どうやら自分の望んだ方向に行きそうな気配。
 頭の中に、一瞬にして計画が浮かぶ。
 自分の幸せの為に一ノ瀬はその計画を実行する。

 視線を灯に戻し楽しそうな笑みを浮かべる。
 初めて向けられる笑顔に灯は不吉なものを感じる。

「素から聞いたがSWの車が好きだそうだな」

「・・・・それが?」

 警戒する灯。

「高校時代からSWが好きで、当時COO(最高執行責任者)として来たクラウス・ローゼ
ンバーグが好きとか」

 含みある言い方。
 
「・・・・・・」

 何故今ここでその話しを?
 というか、どうしてそんな事を一ノ瀬が知っているのか?
 見ると一ノ瀬の腕の中で素の肩がビクリとなる。
 出所は素だと直ぐに分かった。
 
「高校の時からか? という事は10年以上。 クラウスが乗った雑誌は全部買っている
そうだな」

 一体何が言いたいのかは分からないが、こんな奴に憧れの人物の事でああだこうだ言
 われたくはない。
 だから何か言われる前に言っておかねば。

「それが何か?」

「いや? こんな美人に憧れられるなんて羨ましいなと」

 更に含んだ物言い。

「一体何が言いたいの?」

 要領を得ない一ノ瀬に、灯はイライラとなる。

「悪い気はしないんじゃないか? なあ、クラウス」

 言って素の横にいるクラウスに話しをふる。
 一ノ瀬の視線が直ぐ隣りへ。
 
はあ? クラウス?
何を言っているの?
僕を敵視しすぎて遂におかしくなったとか?

 思いながら隣りを見る。
 今の今まで二人の横に誰かがいる事など気付いていなかった。
 
 時間は大体素から聞いていた。
 だからその時間に会わせてこの会場に来た。
 素の事を探し回って結局会えなかったなどという事がないように始めからこのSWのブー
 スに来ていたのだ。
 しかし目の間にあるモデルチェンジしたZ−Rの魅力に負け、ほんのちょっとと思って見
 ている間に素達が来たようだ。
 周りが急に違うざわめきになり我に返ったのだ。
 そして見ると、少し離れた場所から人混みの中に素の姿を見つけた。
 その瞬間から、周りにいる人の姿など見えていなかったのだから。
 兎に角、素の姿だけを追い来たのだから。

 素と再会し熱い抱擁を交わしている時、にっくき一ノ瀬に話しかけられ漸くその存在を認
 識したのだ。
 当然クラウスの事にも気付いていなかった。

 一般公開前のこの日には各会社の社長が来るというのは知っていた。
 一般公開の時にしか来た事はなかったが、テレビで各会社のブースからインタビューに
 答えていたから。
 そしてクラウスもそのインタビューに答えていた。
 それを灯はご丁寧にビデオに撮り編集まで。
 テープだと伸びるからとテープからDVDにダビングまでしていたりする徹底ぶり。
 そしてそれは大事に保管されている。
 その事実までは素は知らない。

 まさか今、この場所にクラウス・ローゼンバーグがいるとは思ってもいない。
 そして一ノ瀬と知り合いだとは夢にも。
 どう考えても一介の医師である一ノ瀬と、SWの社長であるクラウス・ローゼンバーグに繋
 がる筈もない。
 だから油断していた。

「!?」

 そこには確かにクラウス・ローゼンバーグがいた。
 夢か幻か。
 決して会う事などないであろうクラウス・ローゼンバーグの姿が。
 そして自分の事を見詰めている。
 息をするのを忘れ見詰める。

 お互いに一言も発せずに。
 自分達だけが時を止めていた。

思った通り

 自分の読みの正しさに一ノ瀬は満足だ。
 ニヤリと腹黒い笑みを浮かべる。
 素から兄はクラウスに憧れて尊敬していると聞いた。
 常に雑誌も買っているという。
 そしてその期間も10年と非常に長い。
 そこに恋愛感情があるかどうかは分からないが、素以外に興味があるのはクラウスだけ
 だとみた。

 それにクラウスも見たことのないような顔。
 一見分からないが、灯を見詰める瞳は情熱的だ。
 灯を一目見て恋に落ちた事は間違いない。
 
これで邪魔者は片づく筈・・・・・
是非ともクラウスに頑張ってもらおう

 やはり灯などたいした事はなかった。
 五月蠅い事は事実だが、自分と素の間には割って入る事など出来ないのだ。

 SWの社長でも友人でも関係ない。
 素とのラブな生活を送るために使える者は何でも使ってやろうと決めたのだ。 

「クラウス、素の兄の佐倉灯さんだ。 翻訳家をしている」

 見つめ合う二人を余所に、勝手に紹介し始める一ノ瀬。
 慌てて挨拶をする。

「は、初めまして。さ、佐倉灯といいます・・・・」

 憧れの人との思わぬ対面に、思わず声が震えてしまう。
 その声もとてもか細い。

「まあ紹介しなくても知ってはいると思うが、こっちはクラウス・ローゼンバーグ。 SWの社
長兼最高経営責任者で、俺の友人だ」

・・・・・友人って?
友人!? どうして友人? なんで?

 頭の中でグルグル回る。
 パニックだ。

 そんな灯を余所にクラウスも挨拶して来る。

「初めまして、私はクラウス・ローゼンバーグ。 会えて嬉しい」

 微笑ながら右手を出す。
 灯も自然に手を。
 だがその手も震えている。
 その手をクラウスの大きな手に包まれる。
 温かな体温に包まれ灯の顔がみるみる真っ赤に。
 周りで見てた者も分かる位。
 灯は憧れの人物に会い、体温まで感じた事に恥ずかしさのあまり俯いてしまう。

 見たこともない可憐な灯に一ノ瀬は驚く。
 顔を合わせるたびに灯は文句しか言わないのだから。
 こんな頬を染め恥じらう乙女な灯など知らない。
 滅多な事で驚く事はない一ノ瀬だが、さすがにこれは驚く。

不気味だ・・・・・

 非常に失礼な奴だ。

 素にはなんだか懐かしかった。
 何でも出来る兄。
 今でこそ、社交的になった兄。
 昔は内気で人見知りも激しかった。
 小学生の時には自分より背の低い、弟の素の後ろに隠れていたくらい。
 でもそんな兄が大好きだった。
 
 高校になってから自分を変えようとしたのか、推薦され生徒会の役員にもなった。
 だが実のところは常に藤木の後ろに。
 藤木だけが唯一の友人だったりする。
 小学・中学までは家に友達など連れて来た事はないのだから。
 そんな兄が生徒会の役員になり、友人まで連れて来たのだ。

 兎に角灯は頑張った。
 自分より背が低く愛らしい素の後ろに隠れてばかりではいけないと。
 自分が素を守らなくてはいけないと。
 端から見れば、灯も十分守られなくてはならないのだが。
 灯は自分の容姿には疎かった。
 
「せめて、素の前だけでも!」

 そのかいもあって灯は変わった。
 穏やかでやさしいのはそのままだったが、物事をハッキリと言うようになった。
 決断力も行動力もあった。
 そんな灯が、素にはとても格好良く見えた。
 藤木には冗談も我が儘も言っている。
 素が感動し、こっそり涙したくらい変わった。

 だが、それは素の前だけ。

 素のいない所では、人見知りも激しく頼りない可憐なままの灯だった。
 
 3年になり、進路をどうするかという時、学校側と両親は法学部、医学部を薦めて来た。
 どの学部を受けても余裕で合格する事間違いなしの成績だったから。
 だが灯はハッキリしなかった。
 ギリギリな時期まで来て、焦れた担任が家に来た時もモジモジ。
 そこに「ただいまー」と素が帰って来た。
 まるで人が変わったかのように、ハッキリと言ったのだ。
 「自分は将来翻訳家になりたい」と。
 何故翻訳家。
 ちょっと内気だが、灯ならどの道に進んでも成功する事は間違いない。
 ハッキリ言って惜しい。
 どんなに説得されても意志は強かった。
 
 「じゃあその道の大学?」と素がその場で聞くと「そうだね」と言ってあっさり決めてしま
 った。
 担任はサッパリ分からなかった。

・・・・誰?

 そのくらい灯が別人に思えたのだ。 
 大学に行くこと自体を考えていなかった灯が、素の一言でアッサリ大学に行く事を決め
 てしまった。
 学校側と両親は素に感謝したくらい。
 素はまさか自分の一言で兄が進学を決めたなどとは思ってもいない為、「兄ちゃんは決
 断力もあって、カッコイイ」などと思っていた。
 大きな間違いである。
 素の前でだけ、しっかり者の兄となっていた。
 だから、素は本当の兄の姿を知らない。

 大学に行くとしても灯には困った事が。
 家、時に素の前では明るく、一見社交的になったように見えるが外では内気で人見知り
 が治っていないのだ。
 そんな自分が大学に行って周りと上手く、仲良く出来るのか。

・・・・・困った

 そんな時に藤木が救いの手を差し伸べた。
 藤木は将来出版関係に就職したいと思っていた。
 灯が翻訳家になるという事は、藤木と仕事を共にするかもしれない。
 灯は読書家で常に洋書を読んでいたし、その本を訳し藤木に読ませてくれていた。
 灯の読んだ本はどれもおもしろく、藤木を本の世界へと引きずり込んだ。
 そして見事二人揃って同じ大学、同じ学部に進学。
 藤木は4年間灯の面倒を見、卒業後は出版社へ就職。
 灯は翻訳家となった。
 
 
 一ノ瀬は、灯とは素が一緒にいる時にしか会った事はない。
 気が強く、口うるさい邪魔な存在。
 そんな姿しか見た事がない。
 当然本当の姿など知る筈もなく。
 しおらしく頬を染める、乙女な灯など不気味でしかない。
 いくら美人顔でも、この一年見てきた灯とは別人なのだから。

「洋人が翻訳家と言っていたが、どんな本を?」

 手は握られたまま。
 しかもとても魅力的な微笑みを向けられた為に、灯の頭は許容オーバー。
 心臓はバクバク、倒れてしまうのでは。

「あ、あの・・・・・」

「ああ、ここでは人が多すぎる。 控え室へ行こう」

 言って灯の腰を抱き歩いて行く。
 クラウスはとても機嫌が良さそうだ。
 そんな二人の後ろを一ノ瀬達がついて行く。
 思った通りに進んで行く展開に一ノ瀬は大満足。
 笑みが浮かぶ。

 一方素は戸惑っていた。
 
兄ちゃんがおかしい・・・・

 だがちょっと懐かしくもあった。
 高校に入るまでは、小学生である素の後ろに隠れていた兄。
 とても内気で大人しかった。
 だがここ数年で違う人物へと変身していた。
 穏やかで行動力のある兄。

 今目の前にいる兄は、全く昔の兄なのだ。
 自分の後ろに隠れ、常に恥ずかしそうに兄の姿に。
 それが悪い訳ではない。
 戸惑ってしまうのだ。

・・・・・でも、可愛い

 まさか最愛の弟にこんな事を思われているとは。
 灯が知ったらショックで立ち直れないだろう。

 クラウスにエスコートされ歩いている灯だが、その頭の仲は真っ白。
 もう何が何だか分からない。
 隣りに憧れている人物がいる。
 それは分かった。
 その人が自分に話しかけ、微笑んでくれ、触れているのだ。
 嬉しいのだが・・・・・
 何だか息苦しくなって来た。
 このままでは本当に倒れてしまう。
 
だ、誰か・・・・
藤木・・・・

 長年の親友を思い出し、助けを求める。
 どうして一緒に来なかったのかと後悔。
 藤木がいればなんとかなった筈。
 そんな事を思っても仕方ない。

 視界が何だかおかしくなってきた。
 どうやら貧血をおこしはじめたらしい。

・・・・・・もう駄目かも

 そんな事を思った時、まさに救いの声が。





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