休日の過ごし方
(5)

20万Hits企画




「灯!」

 霞んできた目をこらして見ると藤木の姿が。
 幻覚まで見えてきてしまったのだろうか。
 
「灯」

 今度は間近から。
 頬に冷たい感触が。
 見ると正面には藤木がいた。
 冷たいものは藤木の手。
 貧血を起こしかけていた灯には心地よいものだった。
 
 虚ろになっていた目がしっかりとした眼差しに。
 藤木はホッなった。

「ああ・・・・・俊之・・・」

 藤木の姿を見て灯もホッとなる。
 意識もハッキリと。

「どうしてここに? 仕事じゃなかったの?」

 灯はクラウスの腕をすり抜け藤木に縋り付く。
 甘えモード全開。
 藤木を見る目は信頼し、頼り切ったものだった。

「灯が心配になって。 仕事は後輩に代わってもらった」

 言って灯の頭を撫でている。
 心配で仕方ないそんな顔。

 そう言われ申し訳ない気分になる。
 高校の時もそうだが、大学でも藤木には本当に迷惑のかけっぱなしだ。
 そして大学を卒業した後も。
 分かってはいるのだ。
 こんな事ではいけないと。
 でも藤木がいなければ、灯はまともに社会生活を送る事が出来ない。
 
「ごめんね」

 詫びる灯に「気にするな」と言う。

「失礼だが君は?」

 二人に割ってはいるようにクラウスの声が。
 淡々とした口調。
 素や灯に向けられたものとは全く違う口調だ。
 
 藤木は視線をクラウスに向ける。
 灯から一端離れ姿勢を正し名刺を取り出す。

「失礼いたしました。 藤木俊之と申します。 海神社という出版社に勤め編集者をしてい
ます。 ここにいる佐倉灯の担当です」

 藤木も目の前にいる相手がSWの社長兼最高経営責任者クラウス・ローゼンバーグであ
 る事は直ぐに分かった。
 なんせ高校時代から灯に五月蠅い位聞かされてい
 たのだから。
 素以外で唯一興味のある人物なのだ。
 本人は憧れているだけだと思っているだろうが、藤木から見れば恋する乙女以外の何者
 でもない。
 生きて会う筈もない人物。
 藤木も灯もそう思っていた。
 だが今目の前にその人物が。

 雑誌で見ただけでも、他の者とは違うオーラを発していた。
 実際、目の前で見て何もかもが違う事を実感。
 誰もがこの人物の元で働きたい、この人物に自分の全てを捧げ尽くそうと思わせる支配
 者の顔だ。

どうして、自分の周りにはこんな奴が集まるんだ・・・・

 ウンザリとしてしまう。
 藤木自体もヒシヒシと感じる。
 だが臆する事もなくクラウスに堂々とした態度を取る。
 
・・・・・慣れだな

 そんな自分がちょっと嫌だったりも。

 こうして灯がクラウスに会う事が出来たのだ、願わくばこの恋を成就させてやりたい。
 灯を見る。

それに・・・・

 クラウスを見るとそれが叶うのではないかと思いたくなる。
 それは藤木を見る目に僅かではあるが嫉妬が見られるから。
 
「クラウス・ローゼンバーグだ」 

 そんな藤木を見ながら爽やかに笑いながら言った。


 何だかおかしな雲行きになって来た。
 一ノ瀬は突然現れた藤木に自分の計画を邪魔され不機嫌に。
 後少しで、完全に邪魔者が排除出来たのに。
 思わず舌打ちをしてしまう。
 すると、今まで自分にしがみつくていた最愛の者が離れていった。

 あっと思った時には藤木に抱きついていた。

「俊之兄ちゃん!」
 
 抱きつかれた藤木は慌てる事もなく、自然に素の事を笑顔で抱き留めた。

「素、久しぶりだな」

 灯の時と同じ様、素の頭を撫でる。
 そうされて嬉しかったのか、素は藤木にすっかり甘えていた。
 本当の兄ではないが、素は藤木の事を兄のように慕い、藤木は素の事をとても可愛が
 っていた。
 
「一年ぶりじゃん。 兄ちゃんに会うの」

 頬をプウッと膨らませ拗ねる素。
 そんな素に苦笑してしまう。
 とても26歳の顔とは思えない。
 灯も29歳だが、この兄弟は幼く見える。
 特に素など高校生にしか見えない。
 
 藤木としても素には会いたかった。
 だが公私共に自分も忙しかったのだ。
 灯とは、自分が担当している翻訳家なだけにちょくちょく会っていた。
 その時に素は男と同棲していると灯から知らされた。
 会うたびに灯は藤木に当たり散らしていた。
 素を溺愛する灯なだけに、その気持ちは分からなくもない。
 最初、素とその相手の馴れ初めを聞いた時には驚いた。
 かなり強引な相手だとも思った。
 
 だが灯の話を聞いて素が辛い思いをせず過ごしている事は分かっていた。
 そんな事を思っていたと知られれば、灯は更に暴れただろうが。

 素に初めて恋人が出来た時も切れたが、その時以上に凄かった。
 学校にいる時の灯とは、本当に別人なくらいエキサイトしていた。
 ハッキリ言って恐かった。
 今回はそれ以上。
 部屋にある物を手当たり次第投げていた。
 急に止んだと思ったら財布を握りしめ飛び出して行った。
 慌てて追いかけついて行く。
 着いた場所はホームセンター。
 何が何だか分からないまま灯の手にした物を変わりに持つ。

糸、釘、金槌・・・・・・?
藁・・・・・・!?
こ、これはもしや呪いのグッズ・・・・・

 いや、灯の真剣な顔を見ればそれが藁人形を作るアイテムなのには間違いない。
 
相手を呪うのか!?
恐い!
恐すぎるぞ灯!
どんな事をしても止める!

 そして灯を止めるアイテムを出す。
 灯がとても大切に持ち歩いている物。
 家を出る時に忘れていた物を、藤木が持って来ていたのだ。
 自分の機転に大満足。
 
「ほら、灯。 そんな恐い顔をしたら素が泣くよ」

 言ってポケットアルバムを目の前に。
 満面の笑みの素がそこに。
 灯のお気に入りの写真だ。

 「素が泣く」という言葉に、灯の動きが止まる。
 そして目の前に現れた最愛の弟。
 写真ではあるが絶大な効果。
 灯の顔に笑みが。
 灯のポケットアルバムを渡し、見入っている間に全ての商品を棚に戻しに行く。
 戻って見ると灯はその場を動かず、まだ見ていた。
 いい仕事をした、と満足な藤木だった。

 家に帰ってから、必死に灯に言い聞かせ呪うのだけは止める事を約束させた。

灯にそこまでやらせてしまう男とは・・・・・

 だが、素はとても愛され、大切にされているに違いない。
 そう思ったから安心していた。
 
 そして実際、一年ぶりに会った素を見て確信。
 愛らしさに磨きがかかっている。
 それに幸せというオーラが滲み出ている。

 少し離れた場所で呆気に取られている男前がいた。
 クラウスもそうだが、この男もかなり見栄えがいい。
 存在感もある。
 それに呆気に取られながらも隙がない。

 この人物なら素は幸せになるだろう。
 何があっても素から離れて行く事はないだろう。
 それに、素を手放さないだろう。
 灯には悪いがお似合いだと思った。
 
 一瞬にして一ノ瀬の気配が変わる。
 非常に面白くない。

この男は?

 素とつきあい始めてから一度も見た事のない男。
 この懐きようは、かなり親しい間柄に違いない。
 素だけでなく灯もかなり心を許している。
 
 そして初めて見る灯の姿。
 こちらの姿が本来の姿なのだろう。
 気弱で頼りない姿。
 素の前でだけ何でもテキパキと熟し、そして強い兄を演じていたに違いない。
 灯の本質を見誤っていた事を知る。
 会うたびに小五月蠅く、素との仲を邪魔してくる灯の事など、ハッキリ言って適当に流し
 ていたのだ。

 もっと早くその事に気付いていれば、最初の頃で灯を排除出来ていたのに。

一年も一体何をしていたのか・・・・・

「素、あちらの人は?」

 藤木が一ノ瀬の事を聞いてくる。
 素は藤木に抱きついたまま一ノ瀬の事を見る。
 一ノ瀬の顔を見てビクリとなったが、藤木から離れる様子は全くない。

お仕置きだな

 一ノ瀬が思った途端、素はゾクリと寒気を感じた。
 ゆっくりと素達の元へ近づいて行く。
 そしてニッコリと笑う。

かなり良い性格かも・・・・・

 藤木は思った。

「素の恋人で、一ノ瀬洋人だ」

「洋人!」

 ハッキリと人目があるにも拘わらず「恋人」と言った一ノ瀬に声を荒げる素。
 自分達は確かに恋人ではあるが、なんせ男同士。
 世間からはいい目では見られない関係。
 自分は良くても、一ノ瀬の仕事や家族に影響が出るのは困るのだ。

 だが一ノ瀬は一向に気にしていない。
 回りがどう思おうが関係ないと常に素には言っている。
 言いたい奴には言わせておけばいい。
 ただ、素に直接言う者、直接言わなくても素が聞いてその事で悲しむような事があれば、
 原因を作った者には制裁を。
 行動に出る者は社会復帰で出来ない位叩き潰せばいい。
 現に、今までもそうして来たのだから。


 不敵に笑う一ノ瀬に「大変な奴に見込まれたな」と、少し素に同情。
 しかし、同時に安心も。
 この男なら任せて大丈夫だろう。
 素に対する激しい執着心が見て取れる。
 今、自分を見ている眼差しも強く藤木を突き刺している。

まいったな・・・・・
 
 強い視線を受けながらも、クラウスの時と同じ様に挨拶をし、名刺を渡す。
 
「あなたが素の恋人ですか。 灯からよく聞いてます。 素は俺にとっては可愛い弟」

 言って素の頭を撫でる。

「これからも宜しくお願いします」

 素の事を可愛がっているという事は見て分かった。
 灯と同じ様に、小五月蠅いのかと思ったが、どうやらこの男は違うようだ。

「藤木・・・・」

 弱々しい声。
 見ると灯の顔色が悪い。
 このままだと倒れるかも。
 憧れのクラウスが目の前にいるのに、この場を離れるのは灯にとっては残念で仕方ない
 だろう。
 藤木としても、是非この機会でクラウスと仲良くなって欲しいとは思うのだが。

・・・・・・仕方ない

「申し訳ありませんが、灯の具合が良くないようなので失礼します」

 言って灯の腰に手を回し支える。

「待ちなさい。 具合が悪いのなら奥で休ませる方がい。 良くならないようなら医師を呼
ぼう」

「そうだな、そうした方がいい。 それまで俺が見ていよう」

 灯が連れて行かれそうになり、クラウスが藤木に言う。
 そして一ノ瀬も、今灯を連れて行かれれば計画が台無しになってしまうと思い引き留め
 る。
 が、藤木はキッパリと断った。
 
「いえ、医師を呼んで頂いても、この場所にいる限り具合は良くなりませんから。 それに、
灯が言っていましたが、あなたは外科医ですよね」

 その言葉にクラウスと一ノ瀬の気配が変わる。

「・・・・・どういう事だ」

「・・・・何だと」

「外科医だから駄目だという事ではありません。 これは精神的な事なので。 この場所か
ら離れれば良くなるのが分かっているからです。 この場所には、Mrローゼンバーグあな
たが居る。 だから灯の具合は良くならないでしょう。 ああ、言っておきますが悪いほうに
取らないで下さい。 寧ろ良い方にとって頂いて構いません」

 ハッキリとは言わずその場を離れて行く。

「あ、俊之兄ちゃん。 俺も行く!」

 大好きな灯が具合が悪いのだ。
 心配しない方がおかしい。
 一年ぶりに会った藤木と離れるのも嫌。
 今度は何時逢えるのか分からないのだ。
 それにモーターショーは今日一日だけではない。
 迷うことなく、素は二人の後を追った。

 残された一ノ瀬とクラウスの怒りは大きい。
 素は自分という恋人が一緒にいるのにも拘わらず、置いて兄の元へ行ってしまった。
 灯という邪魔者を、今日で排除出来ると思ったのに。
 本当に腹立たしい。
 どこまで邪魔すれば気が済むのか。
 今回灯が具合が悪くなったのは、わざとではないのに。

それに、あの藤木という男・・・・・

 佐倉兄弟にとっては重要な人物と見た。
 灯だけでも鬱陶しく目障りな存在だったのに、それ以上に邪魔な人物かもしれない。
 藤木本人は邪魔するつもりはないだろう。
 それは藤木の言葉から分かった。
 だが、いくら本人がそう思っていても、あの二人には通じないだろう。
 懐き方が半端じゃない。
 
「仕事だ」

 堀田を振り返る。
 今まで蚊帳の外にいた堀田。
 5人のやり取りを、巻き込まれないように大人しく見ていた為に反応が遅れた。

「何だ?」

「『何だ?』じゃない。 仕事だと言ったんだ」

 堀田達に近づき、藤木から渡された名刺を押しつける。
 この後言う事は分かっている。

「調べろ」

やっぱり・・・・・・・・・

 文句の一つも言いたかったが、一ノ瀬の目が据わっている。
 何を言っても無駄だろう。
 素の事になると、一ノ瀬はどんな些細な事でも気にせずにはいられない。
 今回は些細な事ではない。
 今は害がなくても、ゆくゆく害になる者かもしれないのだ。
 もし、少しでもおかしな事があれば、今の内に手を打っておかなければとでも思っている
 筈。

「・・・・・・分かった」

 ため息を吐く。

「チョット待った〜!」

 割り込んで来る誌音の声。
 一ノ瀬はうっと惜しそうに目を向ける。
 堀田が慌てて誌音を羽交い締め、口を塞ぐ。

「何か文句があるのか」

 一ノ瀬の冷たい視線を受け、身体に震えが走る。
 負けるもんかと勇気を振り絞りながら誌音は堀田の手を口から払いのける。
 ここで負ければ、折角来たモーターショーデートが終わってしまうのだ。
 車も当然見たいが、堀田とのラブラブデートが邪魔されるなんて許せない。

「あ、あるに決まってるでしょ!」

「・・・・ほう」

 一ノ瀬の瞳が、楽しそうなものへと変わっている。
 誌音を苛める時のものへと。

「仕事を依頼しているのに、何故文句を言われなくてはいけないんだ。 しかも、お前は部
外者。 堀田の事務所の職員でもないのに仕事に口を挟むな」

 確かにそうだが、今日堀田は休みで現在誌音とデート中なのだ。
 なのにどうして文句を言われなくてはいけないのか。
 怒りに燃える誌音。

「お前は我が儘だ!」

 一ノ瀬を指さし、堀田の腕の中で暴れる。
 確かに一ノ瀬は自己中だと堀田も思う。
 だがそれは今に始まった事ではない。
 それは誌音も分かっている。
 そしてこの後起こる事も。
 
勘弁してくれ〜

「いつも堀田を振り回している、お前にだけは言われたくない」

「僕の何処が龍生を振り回しているのさ! 振り回されてるのは僕の方だ!」

 フンと鼻で笑う一ノ瀬。

「堀田も可哀想に、こんなに我が儘で浮気癖のある奴が恋人とは・・・・。 別れるなら今の
内だぞ。 なんならこれより優しくて美人で性格のいい奴紹介するぞ」

 堀田を哀れむ言い方。
 誌音ばかりが悪いような物言い。
 しかも「これ」呼ばわり。

カチ〜ン





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