休日の過ごし方
(3)

20万Hits企画




 素はご機嫌で一ノ瀬の手を引き、堀田達を急かし漸く会場へ入って行った。

 車が大好きな素は、いつも以上にご機嫌。
 一ノ瀬の手を引いて各企業のブースを回っていた。
 そしてなぜかその後ろから堀田達が。
 素の事をすっかり気に入った誌音が一緒に回る事を希望。
 誌音は一ノ瀬が一緒なのは非常に不本意だか、この際目を瞑る事に。
 誌音も不本意だが、一ノ瀬は更に不本意。
 だが素に「一緒にいいでしょ?」と可愛くお願いされてにまったので、渋々認めた。
 素には何処までも甘い一ノ瀬だった。
 そして誌音は 一ノ瀬とは反対側の位置をキープ。
 その3人の後ろを堀田がついて歩く。

 好きな車を見ている事もそうだが、その後の大好きな「千疋屋フルーツ」が食べられるという
 事もあって満面の笑み。
 
 そんな笑顔全開の素はとても愛らしく魅力的。
 コンパニオンを撮ることを目的に来ているカメラオタク達が本来の目的を忘れ、素の笑顔にポ
 ーっとなっていた。
 隣りにいる誌音の美貌も、彼らの目を釘付けにしていた。
 我に返ったカメラオタク達は二人を写そうとカメラを向けたが、隣りにいた一ノ瀬の鋭い視線
 と、 堀田の妨害により写す事は叶わなかった。

 各ブースを回っている時誰に聞かせる訳ではなく、ひたすらしゃべっていた。
 
「この車、見た目スポーツカーなんだけどハイブリッドカーなんだよね。 でも普通のハイブリッ
ドカーと違うのはこのクルマが「走りの楽しさ!」を追求したモデルなんだって言ってたな。 
環境に優しくて、でも走りもいいなんていいよね〜。 あ、あっちの車は・・・・・。 あ、マーチだ
やっぱり可愛いよね〜。 俺もこの車なら乗りたい。 洋人の車って全部高いから運転するの
嫌なんだよね」

 止まらなかった。

 そしていよいよSW社のブースへ。
 他のブースにも人は大勢いたが、この会場にはそれ以上の人が。 
 あまりのも人が多すぎて、肝心の車が見えない。

「・・・・・全然車に近づけない・・・・」

 毎年の事だが、SW社のブースは混雑している。
 車に近づけてもゆっくり見る事が出来ない。
 今年は一般開催前の招待だからいつもよりはゆっくり見られるかもと期待していたのだが、
 いつも以上に混んでいた。
 
「うう、今回はZ−Rがモデルチェンジしたせいでいつもより混んでる〜」

 そんな嘆く素を連れSW社のカウンターへ足を運ぶ。
 カウンターには如何にも「仕事が出来ます」という様な、若い男女が二人が立っていた。
 目の前に立った一ノ瀬の顔を見て頬を染めニッコリと笑う。

「「いらっしゃいませ」」

 そんな二人に用件のみ伝える。

「クラウスに一ノ瀬が来たと伝えてくれ」

 自社の社長を呼び捨てにされ、二人が驚いている。
 だが直ぐに何かを思い出したようだ。

「あ、はい、窺っております。 一ノ瀬洋人様でいらっしゃいますね。 少々お待ち下さい」

 男の方が無線機で何処かに連絡を入れている。
 建物の中は電波状態が良くない為携帯は使えない為。
 使える時もあるのだが、緊急の時には迅速な対応が出来ない為無線を使っているのだろ
 う。
 建物の中に入った後携帯を見た時に圏外の表示が出ていたから。

「はい、はい分かりました」

 どうやら連絡が取れたらしい。

「お待たせ致しました。 直ぐこちらに来るとの事です」

 男は自分で言いながら驚いていた。
 一ノ瀬と名乗った男は見た目、自分達と同じサラリーマンには見えない。
 それに、どう見ても社長より若い。
 親しげに名前で呼び、あまつさえ社長自らこの場へ足を運ぶというではないか。
 一体どういう関係なのか・・・・・

 そんな事を考えていると、会場が俄に騒がしくなる。
 見るとSW社社長クラウス・ローゼンバーグその姿が。
 その回りには秘書とボディーガードの姿も。
 
 
 短く刈られた稲穂色の髪。
 太い眉。
 力強い一重の目。 
 スーツを着ていても分かる広い肩幅、厚い胸板。
 雑誌の写真と同じ姿。
 だがその存在感は大きかった。

 素はポカンとしながら近づいて来るクラウスを見ていた。
 突然現れたSWの社長を見ようと、取材しようと近づいて来る者もいたがそれを制し一ノ瀬
 の元へ。
 一ノ瀬の姿を見つけたクラウスは柔らかい笑みを浮かべていた。
 常に厳しい顔をしているだけに、その表情はとても新鮮で驚きのあるものだった。
 取材陣も驚いていた。
 
『漸く来たか』

 目の前に立った姿は一ノ瀬より高かった。
 素から見れば一ノ瀬は身長もあり体格もよかった。
 だが目の前に立つクラウスの姿を見ると、一ノ瀬が華奢に見えてしまうから不思議だ。
 彫りの深い顔もとても男らしい。

 言葉は一ノ瀬の事を責めているが、表情はからかっている。
 一ノ瀬も当然分かっていって不適な笑みを返す。

『生憎車には興味がない。 それに来たくて来たわけじゃないからな』

『だろうな。 今まで何度も招待状を送ってやったのに一度も来た事がない。 連絡は入れる
くせに。 最後に会ったのはいつだったかな』
 
 突然ドイツ語で話し出した一ノ瀬に、またもや口を開けポカンとした顔で見ている。
 素の横にいる誌音も同様に。
 
 大学にいる時、一ノ瀬の回りには外国人が多かった。
 だから英語は出来ること位は知っていた。
 一ノ瀬が医学部にという事も知っていたので、ドイツ語も読める事位は分かった。
 だが、それは医学用語くらいだと思っていた。
 なのに、目の前で普通に会話している。
 それに、SWの社長と対等に。
 知り合いだとは言っていた。
 だがこんなにも親しいとは思ってもいなかった。

「本当に友達だったんだ・・・・・」

 ボソリと呟く誌音。
 その声でクラウスは初めて隣りにいる人物に目をやる。

『これはまた可愛らしい』

 一ノ瀬の隣りにいてお互いの手をしっかりと握り合っている素を見て言う。
 何を言われているのか分からないが、ニッコリと微笑まれ思わず顔に赤くなる素。
 そんな素を見てムッとなる一ノ瀬。
 何処までも心の狭い男だった。

『本人には言うなよ。 暴れ出すから』

 可憐な容姿には似合わない言葉。
 こんなに可愛らしいのに暴れるのか?
 一ノ瀬が言うのだから事実だろうと思う。
 だが、何故暴れるのか・・・・・

 クラウスが聞く前に先に一ノ瀬が言う。
 暴れる素も可愛いのだが、宥めるのに一苦労。
 この場所に来る前にも既に暴れているのだから。
 唯一の手段は既に使われてしまった。
 一日に同じ手が何度も通用する事もない事も、既に確認済み。

『こう見えても26だ。 間違っても10代とは言うな』

 この言葉には先の誌音と同じ様に驚いた。
 
 一ノ瀬には弟がいる。
 年の離れた弟で確かまだ高校生だった筈。
 その弟かと思ってしまったのだ。
 それにしては、一ノ瀬の雰囲気が甘いから可笑しい
 とは思ったのだが。
 そこで思い出した。
 
 去年恋人が出来一緒に住んでいる事を。
 実際には会った事はなかったが、以前一ノ瀬から頼まれ事をした事を思い出した。
 確か恋人の事だったのを。
 執拗な嫌がらせを受け「潰すから人を貸せ」と言われた事を。
 かなり溺愛している事を知ったが。

その恋人がこの子なのか・・・・・

 大きく見開いた目は、瞳が零れてしまうのではないかと思った。
 一ノ瀬が選んだ人物。
 一度見て見たいとは思っていたが、想像していたものとは全く違っていた。
 
 まさかこんな愛らしい子供だとは思ってもいなかった。

「クラウス・ローゼンバーグだ。 君の事は洋人から聞いている」

 ニッコリと微笑まれ、言って右手を差し出してくる。
 魅力的な笑顔に思わず素の頬が赤く染まってしまう。
 だが、流暢な日本語で挨拶され、素は少しひいてしま
 う。
 外国人だからという偏見は全くないのだが、余りにも違和感がありすぎる。
 テレビとかでは、外国人でも日本語をスラスラ話すのを見ているのに、それを目の前で体験
 してみるのではえらい違いだ。
 躊躇していまったのはそのせいだけではない。
 相手はSW社の社長なのだ。
 あのローゼンバーグ一族なのだ。
 そのクラウスが非常にフレンドリーに話しかけてくるのだから、戸惑わないほうがおかしい。
 
 かといって挨拶しないほうが失礼だ。
 そう思って挨拶しようとしたがクラウスの言った言葉が引っかかった。

洋人から聞いていると言われた気が・・・

 一体一ノ瀬はこのSWの御曹司に自分の事を何と話しているのか。

気になる!
すんげー気になる

 洋人を見るとまたもや不機嫌な顔。
 先程までクラウスと楽しそうに話していたのに。

何故だ?

 今日の一ノ瀬は急に機嫌が悪くなる。
 気分屋で困ったものだ等と思っている。
 一ノ瀬の気分は全て素の行動で決まっているというのに。
 一年も一緒にいるのに、まだその事に気付いていない素だった。

 不機嫌な一ノ瀬の事を無視し、素は差し出された手を握りしめ握手をする。
 
 こういった挨拶の仕方は初めてなのでよく分からないが思ったように挨拶をする。
 形式やらなんやらは違っていても愛嬌でカバーだ。
  
「初めまして、佐倉素と言います。 お目にかかれて凄く嬉しいです」

 憧れのSWの社長に、取っておきの笑顔で挨拶。
 誰をも魅了する、とても愛らしい笑顔。
 回りのあちらこちらから「可愛い・・・」という声が。
 クラウスも一瞬目を見張る。
 一ノ瀬に至っては、そこが外で周りに大勢の人がいるというにも拘わらず、素の事をギュッ
 と抱きしめていた。
 素の笑顔にどうやら瞬殺されたらしい。
 しかし抱きしめられた方は堪ったものではない。
 いつもならここで暴れ始める素だが、さすがに今回はそうもいかない。
 目の前には大物のクラウスが。
 そしてその後ろにはボディーガードが。
 少し離れてはいるが、自分の周りには取材陣がいるのだ。
 暴れたとしても、周りには全く被害はないだろうが、万が一という事も考え、ボディーガード
 達が素を取り押さえるかもしれない。
 一ノ瀬ががいる限り、そんな事は許さないだろうが。

離せ〜〜〜!
馬鹿洋人〜〜〜!
こんな大勢の前でなんて事するんだ!
お前には恥はないのか!恥は!

 怒りに打ち震える素。
 そんな素を全く気にしていない一ノ瀬。

そうだ、こいつはこういう奴だ。
周りの事を気にせず、自分の欲望に忠実な奴だ!
・・・・・・俺が大人になるんだ

 大きく息を吸い込み、呼吸を整え冷静になる。
 しかし、なんとも情けない。
 何故年下の自分がこんなに周りに気を遣わなくてはならないのか。
 何が悲しくて、一応恋人同士なのだが、男同士で、抱き合っているのを見られなくてはなら
 ないのか。
 一般的に考えれば、おかしいだろう。
 だが、そう思っているのは素だけだった。
 周りから見れば、男前と美少女のカップル。
 とても目の保養。
 周りの男達は、一ノ瀬の事を悔しがっていたりする。
 素のいない時には、常識があり冷静でとても優秀な外
 科医だと聞くのに。

 再度大きく息を吸い込み、一ノ瀬を操るべく行動を起こす。 
 
「苦しいよ・・・・洋人・・・・」

 クスンと鼻を鳴らし、弱々しい声で言う。
 その声にハッと我に返り腕の力を緩める。
 素を見ると涙目になっている。
 まるで打ち拉がれた子犬のよう。

・・・・・可愛い
可愛すぎる

 一ノ瀬も分かってはいるのだ。
 こうやって甘えて、可愛い態度を取る時には素が企んでいる事を。
 しかし、普段は見せないこの愛らしさが堪らない。
 もう何でもきいてやりたくなる。

「ああ、悪かった。 大丈夫か?」

 手を緩め素を見下ろす。
 そして労るように背中を優しく撫でる。
 素を見る目は何処までも優しい。
 素はコクリと頷き「大丈夫」と一ノ瀬の事を見上げる。
 やりすぎると、さっき以上に恥ずかしい目に合うから、やりすぎには注意。
 そして動きは俊敏に。
 一ノ瀬の腕の中から素早く抜け出し、左腕にしがみつく。
 こうやって、片腕を封じてしまえばいいのだ。

 素が一ノ瀬に抱きつけば機嫌が良くなる事は分かっているのだ。
 人前でこんな事はしたくないのだが、抱きしめられるよりはまだまし。
 多少の恥ずかしさなど我慢できる。

 頬を羞恥に染める素の頭を撫でる一ノ瀬を見て、クラウスは苦笑する。

 一ノ瀬が本当にこの青年の事を愛しているのが分かるから。
 今まで、自分と同じ様に一ノ瀬にも本気になれる相手がいない事を知っていた。
 それがどうだ。
 今まで見たこともない位に相手を甘やかし、独占欲を丸出しにしているではないか。
 しかも、相手に振り回されているではないか。
 なんとも微笑ましい光景だ。
 だが羨ましくもあった。

いつか、自分にもそんな相手が現れるのだろうか・・・・

 このまま、そんな光景を見ていてもよかったのだが、そういうわけにもいかない。
 自分達の回りには、余りにも人がいすぎる。
 これでは、ゆっくりと話しもする事が出来ない。

「洋人、ここでは話しも出来ない。 それに、その子、素も落ち着かないだろう」

 言って後ろにいる秘書とボディーガードを見る。
 
「君達も一緒に来たまえ」

 直ぐ近くにいる、誌音と堀田にそう言い歩き出す。
 まさか自分たちも呼ばれるとは思っていなかっただけに2人も顔を見合わせ驚いている。
 先頭を二人のボディーガードが行き、その後にクラウス達が歩いて行く。
 何故か素の左隣りにいる。

どうしてクラウスが、俺の隣り?
注目されて凄く嫌かも〜

 右側には一ノ瀬が。 
 背の高い二人に挟まれ、ちょっと悔しいな素。
 素達が歩くと、人垣がスッと二つに分かれる。

なんか凄い

 あらためて隣りにいるクラウスを見る。
 するとその視線に気付く。
 ニッコリと笑う素を見て、クラウスも攣られ微笑む。
 邪気のない笑顔。
 とても素直そうな素に、クラウスも好感を抱く。

「君は車が好きなのか?」

「はい!」

 とても元気の良い返事。
 こんな素を見ると、やはり26歳には思えない。
 日本人の見た目はクラウスから見ても若く見えるが、素は日本人の目から見ても幼く見え
 るに違いない。
 
「でも、折角洋人が一般公開前に連れて来てくれたのに、こんなに人がいるなんて思わなくっ
て。 Z−Rも凄く楽しみにしてたのに・・・・・。 また今度ゆっくり見に来ます」

また?

 その言葉に先に反応したのは一ノ瀬。

「・・・・まさか、あれと一緒に来るのか?」

『あれ』とは?

 当然クラウスには『あれ』が何かは分からない。
 が、それが人だという事は分かる。
 そしてその人物の事をとても嫌っているという事も。
 一ノ瀬がここまであからさまに嫌うとは珍しいなどと思う。

 そして、今までニコニコ笑っていた素がキッっと一ノ瀬を睨み付ける。
 とても怒っているようだ。
 その理由は直ぐに分かった。

「うちの兄ちゃんの事を『あれ』呼ばわりするな!」

「・・・・ふん」

 お互いがとても不機嫌になっている。
 何故そこまで一ノ瀬が嫌うのか、とても興味が湧く。
 
「君、素にはお兄さんがいるのか?」

「はい、俺より3つ上の兄がいます。 とても綺麗で優しくてカッコイイ兄なんです。 俺が車好
きになったのも兄影響で。 兄は俺なんかよりも車が好きで。 あなたの乗った雑誌も買っ
てるんです。 毎年このモーターショーには一緒に来てるんですけど、今年は洋人がプレスチ
ケットをくれたんで先に来たんです。 でも、洋人車には興味ないんでいまいち盛り上がらな
いと思って。 だから一般公開になった後兄とまた来る予定なんです」

 確かに一ノ瀬は車に興味がないから、素もつまらないだろう。

「ふん、車なんか乗れればいいだろう」

「うわ〜、やな感じ〜。 だから洋人とは来たくなかったんだよね」

「なんだと、人が・・・・・」

「素!」

 洋人と言い争っていると少し離れた場所から素を呼ぶ声が。
 見ると、いるはずのない兄が。
 周りに人物など目に入れず素の元へ。

「灯兄ちゃん!?」

 素も洋人から離れ小走りに兄の元へ。
 そして二人はヒシッと抱き合った。

「素」

「灯にいちゃん」

 二人の世界に入っていた。

 突然現れた「灯兄ちゃん」と呼ばれた人物に一同呆然となる。
 また違った美形の登場。
 背は素より頭半分高い。
 すらっとした細身の美人だ。
 少し長めの絹の様に細く真っ黒な髪。
 陶磁器のように白く滑らかな肌。
 
 素がお日様の日のような美少女だとすれば、灯は月光のようなしっとりとした美人だろう。
 近所では有名な美人兄弟だったのだ。

 洋人と抱き合っていた時とは又違い、とても目の保養となっている。
 抱擁を解かずお互いの額をくっつけた状態。
 周りの事など目に入っていない。
 一ノ瀬との時には暴れるのを抑えていたが、灯の時には自ら進んで甘えていた。
  
「兄ちゃん、どうしてここに?」

「うん? だって素今日行くって言っていただろう。 だから僕も来たんだよ」

「え、でもチケットは?」

「藤木が一枚余ってるからってくれたんだよ」

「そうなんだ。 え〜、じゃあ最初から兄ちゃんと一緒に見たかったな〜」

 ブツブツ文句を言っている。
 その言葉を聞いて一ノ瀬の眉はピクリと。

 灯は翻訳家。
 藤木というのは灯の友人でもあり、担当者。
 その担当者に「モーターショーのプレスチケット頂戴」と言ったのが昨日。
 「前日に言われても無理」と藤木は言ったが「短い付き合いだったね」と脅すような事を言わ
 れた為に慌ててチケットを手に入れたのだ。
 普段の灯からは考えられない様な脅しだが、溺愛する弟素が絡んでいると分かった時に、
 藤木は諦めたのだ。
 そう、灯は昔から素が絡むと人が変わるから。
 普段はとても穏やかで優しいのだが・・・・。
 長年の付き合でその事は分かり切っている。
 
 仕事自体はそんなに忙しくない。
 自分のペースでやりたい仕事だけをおこなっている。
 そして、灯の翻訳した本はどれもがベストセラーとなっている。
 藤木の所属する海神社としては絶対手放したくない人物なのだ。
 特にここ数年では一層その傾向が強くなった。
 それは、外国のあるファンタジーの翻訳をした為に。
 
 その本は世界中で爆発的にヒットした。
 活字を追っていくだけで、頭の中に映像が浮かんでくる。
 自分がまるでその本の主人公になって旅をしているかのように。
 当然日本でも。
 そして映画化され現在公開中だ。
 実写にするのは難しいと言われていたが一人の新鋭監督の手によって実現された。
 その監督と原作者が友人だった事もあり映画化が実現されたのだ。
 壮大なスケール、映像の美しさ、最新のCG技術によって。
 日本で試写会があった時には灯も招待された。
 今回の試写会には、出演者は勿論、監督そして原作者も出席するとの事。
 滅多な事では面に出て来ない原作者だが、日本には自分も行くと言ったのだ。
 他の国での試写会ではなかった事だ。
 理由は灯に直接会いたいとの事で。 
 各国でも翻訳されたが灯が一番忠実に翻訳したと原作者が甚く感激し是非とも会いたい
 と。
 試写会の後監督、原作者に会い、二人から求婚された。
 二人とも、まだ若くハンサムで艶聞が耐えない。
 その二人をあっさり振ったという話しは有名な話しだ。
 藤木などは、密かに魔性の男と呼んでいる。
 灯がそれを知ったなら憤慨するであろうが。
 灯からしてみれば誰一人として誘惑などしていないのだから。
 「男の恋人?冗談はやめてくれる?」と事ある事に言っている。
 だからと言って女の恋人がいる訳でもない。
 兎に角、灯は素が一番。
 しかし、そこには恋愛感情はない。
 ただ、素が女の子だったら迷わずお嫁さんにしていただろう。

「ところで藤木さんは? 一緒じゃないの?」

 くっつけていた額を離し下から灯の顔を覗き込む。
 クリッとした大きな瞳で見詰めてくる素はとても可愛らしい。
 灯はとろけそうな顔で優しく素に頭を撫でる。
 
「今日は仕事してる筈だよ。 なにしろ売れっ子編集者だから」

「そっか、藤木さん優秀なんだもんね」

 素も藤木の事は昔から知っている。
 灯の高校時代からの友人。
 穏やかでカッコイイ人だ。
 性格のとても良く、よく家にも遊びに来ていて、素もとても懐いていた。
 灯は綺麗で優しいお兄さん。
 藤木は優しくてカッコイイもう一人のお兄さんだった。

 3つ上だから、同じ高校に通った事はない。
 だからと言って、もし年齢が一つ、二つの差だったとしても同じ高校に通う事はなかっただろ
 う。
 灯は素と違ってとても頭が良く、都内でも一、二を争う鳳高校に行っていたのだ。
 だからと言って素の頭が悪い訳ではない。
 素だってそこそこ。
 ただ、灯が優秀すぎたのだ。
 その高校で藤木は生徒会役員をしていたのだ。
 役員になるのは選挙もあったが、それなりに優秀な成績でなければ立候補にもなれないの
 だ。
 灯と藤木は常に学年トップ5に入っていた。

「でも良かった、素に会えて。 こんなに人が多いから会えないかと思ったよ」

「ホント。 携帯も繋がらない時もあるもんね。 こんなに人がいっぱいるのに会えるなんて凄
いね」

「ふふっ、本当はここで待ってたんだよ。 今回SWのZ−Rがモデルチェンジしたから絶対見
に来ると思ってね」

「さすが灯兄ちゃん!」

「ふふふっ」

「えへへっ」

 また抱き合う二人。
 
「・・・・・・おい」

 背後から低い声が。
 もの凄く不機嫌差がにじみ出ている。
 だが二人は全くきにしていない。
 というか、素は大好きな兄に会えた事が嬉しくて仕方ないから。
 なんせ会うのは半月ぶりだから。
 毎週顔を見ていたのに、ここ半月は灯が仕事で海外に行っていたから。
 そして灯に至っては聞こえてはいたが無視。
 自分から最愛の弟を奪って行ったにっくき男なのだから。

「おい」

 何処までも無視。
 素をギュッと抱きしめて頬摺りをする。
 素も灯の肩に顔を埋め懐く。
 
「ねえ、兄ちゃん。 この後千疋屋に行くんだけど一緒に行こうよ」

「勿論。 素の行く所なら何処でも行くよ」

「嬉しい〜」

 チュッ

 嬉しさにの余り素は灯の頬にキスを。
 灯もお返しとばかり素の頬にキスを。

チュッチュッチュッ

 ラブラブな兄弟だった。

「お前達いい加減にしろ・・・・」

 殺気を含んだ声に二人の動きが止まる。
 
し、しまった〜〜〜〜

 素は一ノ瀬の事をすっかり忘れていた。
 恐い。
 恐すぎる。
 後ろから突き刺すような視線が。
 低い声がとても恐い。
 身体が固まり、汗がダラダラと流れてくる。

 灯といえば、一ノ瀬の事を睨んでいた。
 他の者なら竦むであろう一ノ瀬の視線を受けても、怯む事はなかった。
 普段はとても穏やかな灯からは想像も出来ないだろう。

「なんだ、居たの?」

 一ノ瀬に負けないくらい不機嫌な声。
 怯える素を庇う様に抱きしめる。
 
「兄弟だかなんだか知らないが、素から離れろ」

「ふん。 どうして僕がそんな事を赤の他人に言われなくちゃいけないのかな?」

「相変わらず、年上に対しての口の利き方がなっていないようだな」

 二人の間には火花が散っている。
 周りの事など全く無視。
 兎に角お互いが嫌いで仕方ない。

 灯は大切な弟がちょった目を離した隙に、こんな男に攫われてしまったから。
 小さい頃から「兄ちゃん、灯兄ちゃん」と後を追い、慕ってくれた純粋で、キラキラと輝いてい
 た素。
 いつでも好きな時に素に会えないのだから。
 素に彼女が出来た時にはショックで寝込んでしまったくらい。
 だが、その時はあっという間に別れてくれた。
 しかし今回は違う。
 この一ノ瀬は素の事を手放す気は全くないのだ。
 素と二人仲良く人生を過ごす。
 そんな描いていた幸せな人生が壊されたのだから。
 素の他にも気になる人はいるのだ。
 素とは違い憧れの人物。
 だがその人物に会う事などないだろう。
 兎に角、その人物もそうだが素は別格なのだ。
 呪い殺せるのなら、真っ先に呪い殺してもいいくらい。
 その位、一ノ瀬の事が大嫌いなのだ。
 いくら素の事を大切にしているからといっても、それとこれとは別なのだ。 
 柳眉な眉をつり上げる。

 一ノ瀬としても素は、常に傍に置いて箱の中に誰にも
 見せず大切に仕舞っておきたいくらい溺愛しメロメロ
 な恋人なのだ。
 その素が自分以外に懐くのは我慢が出来ないのだ。
 それが幾ら親兄弟であろうが。
 触られるだけでも不愉快なのに、この兄弟は抱き合うは、口にはさすがにキスはしないが、
 額・瞼・頬・髪と
 チュッチュッチュッチュッ、キスをするのだ。
 出来る事なら灯など抹殺してしまいたい位だったりする。

 睨み合う二人。 
 誰も口出し出来なかった。

「に、兄ちゃん・・・・?」





Back  Top  Next



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送