恋は盲目

(23)






「こんなに大変だったなんて・・・・」

 移動時間約3時間半。
 その間に乗り換えが3回。
 新幹線なら東京から大阪まで余裕で、しかも飛行機なら成田からグ
 アムまで行けてしまう。
 飛行機で羽田から新千歳までの方が近かった。
 同じ北海道内なのに何故こんなに時間がかかってしまうのか。

 富良野駅に着いた時には、もう疲れ切っていた。
 それに着いたはいいが、そこからまた別荘まで距離があり、車で20
 分の場所にある。
 
 自分一人なら良かったが、敬も恭夜も一緒。
 軽く「電車で行こうよ」と言ってしまったが、もし時が戻れば車を使え
 とその時の自分に言っていただろう。
 本当に二人には申し訳ない事をしてしまった。

「ごめんな、まさかこんなに大変だとは思ってなかったから・・・・」

「構わないよ。 稔が一緒だから楽しかったし」

「ええ。 覚悟はしていましたから」

 恭夜の言葉に引っかかった。
 この言い方からすれば、移動がかなりの長時間だと分かっていたよ
 うだ。
 知っていたなら教えてくれれば、二人をこんな目に合わせる事もなか
 ったのに。

 それを言うと、稔が楽しそうにしていたのに水をさしたくなかったと言
 われてしまった。
 時間もかかり、乗り換えも3回あり確かに面倒くさかったが、電車の
 中で食べるお弁当も美味しかったし、結構楽しめたからと。
 確かに二人とも、電車の中で弁当を食べるのは初めてだと言って楽
 しんでいた。
 そう思うとホッとなる。

 だが、同時に煩わしい思いもした。
 三人で話しをしている時、女に声を掛けられたから。
 今までと旅先と同じよう「どちらに行くんですか?」と何度声をかけら
 れたか。
 敬と恭夜は無視。
 二人は稔に視線を向けたまま見向きもしなかった。
 絶句していたが、それでももしかしたら聞こえなかったのではと再度
 聞いてきた。

 またここで無視して、同じ事を聞かれるのも鬱陶しいと思ったのか、
 敬が「何処に行こうがあなた方には関係ないでしょう」とバッサリ言
 い放った。
 これには稔もギョッとなったが、恭夜に無言で押し止められ仕方なく
 黙って見ていたのだが、言われた女達は顔を真っ赤にしその場を
 立ち去った。

 敬達を見ていた他のグループも、チャンスがあればと思っていたが
 この冷たい態度を見て近づく事を止めた。

 それは乗り換えた電車でも起こり、同じように切られたのだが、最後
 に乗った電車では余程自信があるのか、かなりしつこいグループが
 いた。

 その時稔は午前中馬を見れた興奮と、疲れ、そして弁当でお腹も一
 杯なった為、睡魔に勝てず眠ってしまっていた。
 隣に座った恭夜の肩に凭れ、とても幼い寝顔で寝ていた。
 二人はその顔を見ているだけでこの移動も苦にならず、微笑ましく見
 ていた所にやって来た。

 余りにもしつこく、そして断られた事でプライドを傷つけられ声までも
 が大きくなっていた。
 その声に寝ていた稔が反応し、少し眉と顰めた事で恭夜が切れた。

「煩せえ・・・・。 気安く触るな」

 稔には聞かせた事のない低い声。 
 それだけでも充分迫力はあるのだが、それ以上に眼光が鋭かった。
 馴れ馴れしく肩に置いていた手をバッと離す。
 そして敬を見ると、敬も同様に凍てつくような眼差しで女達を見てい
 た。
 そしてやはり同じように「うせろ」と冷たく言い放った。
 やはり稔には見せた事のない姿。

 二人のただならぬ気配に女達は「ひっ!」と悲鳴を上げその車両か
 ら逃げ出した。
 これらの出来事を一部始終見ていた周りにいた乗客は、視線を向
 けられても目を合わさないよう彼等から顔を背けた。

「・・・・・ん、どうした?」

 今の騒ぎで目を覚ましてしまった稔。
 二人の気配が変わる。
 
「何でもないよ。 まだ着かないから寝ていたら?」

 先程までとは違う穏やかな気配と、柔らかい口調。

「ん・・・、でも目が覚めたし起きてる。 あ、御免な。 重かっただろ?」

 寄りかかっていた恭夜に照れた口調で謝る。
 
「構いませんよ。 可愛い稔さんの寝顔もみれた事ですし」

「・・・・・お前!」

まだ中学生の癖して、なんてタラシだ!

 まるで女を口説くような甘い口調。
 余りの恥ずかしさに顔を真っ赤にする。
 そんな稔を見る二人の瞳は優しかった。

 先程までとは全く違う二人の姿に、周りにいた乗客は驚愕していた。
 三人は駅に着くまで、残りの電車での旅を楽しんだ。

 駅に着いた三人はタクシーに乗り、途中食材を購入し別荘へと向か
 った。
 そして別荘へ着くと、一台の車が止まっていた。

 敬は誰か来るとは言っていなかった。
 かといってこんな高級な車に乗った者が泥棒である筈がない。
 恭夜を見ると顔を顰めていた。
 どうしたのかと聞こうとした時、別荘のドアから人が飛び出して来た。

「敬、恭夜!」

 両手を広げて敬に抱きつき、頬にキスをする人物。
 敬は微動出せずそれを受けていた。
 背の高いその人はとても敬に似ていた。

「来たのか・・・・」

 ボソリと呟いた恭夜。
 その声に反応し、敬に良く似たその人は恭夜に向かって抱きつこう
 としたがその前に恭夜の足が腹部へとめり込んだ。

「恭夜!」

 突然の暴力に稔が叫んだ。
 だが敬は全く気にしていない。
 そしてそれを受けた人物を特に怒ってはいない。
 腹部を押さえて「恭夜、相変わらずいい蹴りだ・・・・」と親指を立てて
 いた。

「そういうあんたは相変わらず変態だな」

 恭夜は吐き捨てた。
 稔の目は点になっていた。

「稔、兄の勲だ」

「初めまして、上条勲です。 現在T大医学部3年生。 宜しく」

 差し出された手に少し戸惑うが、二人の兄であり、敬によく似た容姿
 の彼に嫌悪はなかった。

敬が大人になると、こんな感じなのかな

 そっと手を握ると両手をしっかりと握り返され、上下に大きく振られ
 た。
 容姿は敬によく似ているが、中身は全然違うようだ。
 勲は感情豊であった。

「君の事は敬から良く聞いているよ。 真面目で頑固で人見知りだって
凄く褒めてるから、興味があったんだ」

・・・お兄さん、それ褒めてませんが

 心に中で突っ込みを入れる。
 敬も兄の言い方に頭を抱えていた。

「兄さん、そんな言い方はしていませんが。 誤解を招く言い方は止め
て下さい。 稔に嫌われたらどうするんですか」

「大丈夫。 そんな事に嫌う事ないって。 なんせ、こんなに腹黒い敬
とお友達なんだから」

「兄さん・・・・・」

 敬の声が低くなる。

腹黒い?

 勲の言葉に稔は首を捻った。
 敬は稔に対して、いつも正しくそして励まし見守ってくれる素晴らしい
 友人。
 どこが腹黒いのか全く分からない。

「策士だし冷たいし、いつも一線引いてるし。 顔だってほら、俺と違っ
て無表情で何を考えているのか分からない」

 まだまだ続きそうな敬への侮辱的な言葉。
 兄だと思って親しみが湧いていたのだが、怒りが湧き起こり、握って
 いた手を振り払った。

「兄弟でも言って良い事を悪い事があるのが分からないんですか! 
策士で何がいけないんです。 誰もが自分の良い方へ物事を進めよう
とするのは思って当然の事でしょう。 それに敬は冷たくなんかない!
俺が人間不信になって孤立しているのを敬はいつも側にいて癒してく
れた。 表情だってよく見れば喜怒哀楽がちゃんと分かる。 同じ屋根
の下で何年も暮らしていてそれくらいも分からないのか! 医者にな
るのなら相手の感情くらい読みとれるようになれよ! 俺はどんな敬
でも絶対嫌いにはならない」

 最後の方では怒りの余り敬語ではなくなっていた。
 一気に怒鳴ったせいか、稔の息は切れていた。
 肩を大きく上下し、息を整える。

 怒鳴られて勲は黙って稔を凝視していた。
 そしてフッと笑って稔の頭に手を置いた。

「お前、良い子だな」

「なんですか!?」

 手を振り払おうとするが逆に抱きしめられていた。

「ちょっ!」

「・・・今まで敬に近づいて来た奴にろくな奴はいなかった。 顔がいい
頭がいい、家は大病院で金持ち。 そんな見かけだけで寄って来て誰
も敬の中身を知ろうとしなかった。 お陰ですっかり敬は表情をなくし
てしまった。 今はまだ敬の全てを知ってはいないが、お前ならどんな
敬でも受け入れてくれるだろうな」

 勲の顔が真顔になり、今までとは違い真剣な口調となっていた。
 稔は勲の腕の中で静かに聞いていた。
 怒らせたのは多分態となのだろう。
 人間は怒ると本性が出る。
 そうやって稔を怒らせて、敬に対する気持ちを聞き出したのだろう。
 考え方を変えてみると、どれだけ勲が敬の事を大切の思っているの
 かが分る。
 なんて失礼な事を言ってしまったのかと、稔は後悔した。
 





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