恋は盲目

(24)






 知らなかったとはいえ、大切な友人の兄に対してとても失礼な態度
 を取ってしまった。
 謝罪しなくてはと、勲の顔を見上げようとするが腰が凄い勢いで
 引っ張られた。
 あまりの勢いに勲の腕の中から飛び出す。

「うわっ!」

 一瞬の出来事。
 何が起こったのか分からないが、背中に何かが当たり包み込まれ
 る。

「何だ?!」

 状況を把握しようと、まず腰に巻かれた物を確認。
 それが人の腕だと分かる。
 顔を後に見上げると、恭夜の整った顔があった。
 その顔が怒りに満ちている。

怖い・・・・・

 恭夜を取り巻く気配が、表情が怖い。
 見知らぬ男の顔に見える。

「・・・・俺の物に触るな」

誰・・・・・

 威嚇する低い声。
 
怖い・・・・、怖い・・・・・

 自分以外の者が稔を抱きしめた事が許せない。
 怒りのせいで、腕の中で震える稔に気付かない。
 一方の勲も、いつにない殺気立った気配とその独占欲に驚き目を
 見開く。
 
「恭夜? 一体・・・・」

 物にも人にも執着など見せた事のない恭夜が、稔に対してはあか
 らさまにそれを出している。
 稔は敬の友人の筈なのに、何故恭夜がここまで独占欲を丸出し
 するのか。
 勲は初めて見る末弟の態度に戸惑い、敬を見ると敬は苦笑し肩を
 竦める。

 敬のただ一人の友人。
 恭夜程ではないが、敬も人との壁を作っていた。
 その敬の内に入り込み、親友の位置に立ち、あまつさえ一緒に旅
 行に行くというのだ。
 是非、稔を見てみたいと思った。

 敬が認めるだけの男なら、敬同様、整った容姿を持つ優秀な男な
 のだろうと思っていたのだが、実際に見たら、平凡な容姿の、まだ
 少年と言った方がピッタリくる者がいた。
 
 拍子抜けしながら、挨拶する。
 自分とよく似た容姿を持つ弟。
 腹黒く何を考えているのか分からない時も多々あるが、それでも
 勲にとっては可愛い弟。
 上条家、それとも敬の容姿だけに惹かれて来たのか、稔の人と
 なりを見極めようと、そんな事を交えながら挨拶している。
 すると稔は敬を侮辱するなと怒りを露わにしてきた。

 敬を優しいと言い、容姿、家に惹かれたのではないと、敬自身を
 しっかり見てくれていた。
 真っ直ぐで揺るぎない瞳。
 純粋な心の持ち主に、勲を嬉しくなりつい抱きしめてしまった。
 この抱擁に深い意味はない。
 どちらかと言えば、愛玩動物的な抱擁。

 それに対して、恭夜がこんなに過剰反応するとは。
 恭夜に抱き込まれている稔に視線を落とす。

!?

 顔面蒼白で小刻みに震える稔。
 焦点も合っていない。
 
「おい!」

 顔色が変わり焦る勲に、恭夜達も稔に目を向ける。

「稔さん!」
「稔!?」

 ほんの少し前までは変わった様子などなかったのに。
 一体どうして。



怖い怖い怖い怖い
誰か、助けてっ
 
 どうしてこんなに弱いのだろう。
 忘れなくてはと思いながらも、忘れる事の出来ないあの出来事。
 敬と出会って強くなれたと思った。
 でも実際はまだ弱いまま。
 どうする事も出来ないのだろうか。
 こんな思いを抱えたまま一生、生きていかなくてはならないのか。

 敬は心許せる、頼りになる親友だ。
 でもあんな事、とても相談出来ない。
 
男の俺が男に強姦されたなんて・・・・

 こんな事を敬に知られたら。
 敬は稔を軽蔑し、離れて行ってしまうかもしれない。
 あれは自分が悪いわけではないのに。

嫌だ、敬!

 たった一人の、心許せる親友。
 敬がいたから戻って来られた。
 完全とは言えないが、元の生活に戻る事が出来たのだ。
 
お願い、敬、俺を嫌いにならないで

「敬・・・・・」

 焦点は相変わらず合わないまま。
 だが伸ばされた手が敬を探している。

「稔!」

 敬は稔の元へ駆け寄り、恭夜の腕から奪い取る。
 まだ探し求める稔を強く抱きしめ、耳元で「大丈夫だ」「俺はここに
 いるから」と囁く。
 繰り返し、労るように背中を何度も撫でているうちに落ち着いてき
 たようだ。

「け、い・・・・・・・」

 稔をこんなふうにしてしまった恭夜を敬は睨み付ける。
 睨まれた恭夜は、敬が稔を抱きしめているのを見て舌打ちする。
 自分がその役目をしたいところだが、今の恭夜がそれをしても逆
 効果なだけ。
 
 出会ってまだ一週間ちょっと。
 打ち解けたとはいっても、心許せるところまで来ていないのが現
 実。
 稔のこの症状は過去の自分が引き起こした事。
 どんな形であれ、稔の心を縛り付けているのは嬉しい。
 そしてその闇を解放する事が出来るのも自分であればいいと思
 っている。
 しかし、時間が足りない。
 今の恭夜では稔は戻って来ない。

「くそっ・・・・・」

 苛立たしげに抱き合う二人を睨み付ける。
 稔は自分の物なのに思うようにならない。
 今だけは敬にその位置を許すが、稔は自分の物だ。
 
誰にも渡さない

 正気に戻っても抱き合う二人を暗い瞳で見つめる恭夜。
 そんな異様な3人の姿を勲はただ見つめるだけだった。





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