恋は盲目

(20)






 本当なら楽しみにしていたマリモをもっと見ていたかったのだが、稔が
 貧血を起こしてしまった為体調が少し回復したところで島から引き上
 げた。
 残念ではあったが、また倒れないとも限らない。
 これ以上迷惑をかけるわけにもいかないので、稔は大人しく従った。
 
 この日の宿は釧路の予定であったが、稔の体の事を考え阿寒湖に
 宿を取る事に。
 夏休みな為どこも満室ではあったが、一番高い部屋は空いていると
 の事だった為、阿寒湖の畔にあるホテルを本日の宿にした。
 湖畔を一望出来るその部屋で、彼等はゆったりと体を癒した。

 見た目も豪華、部屋は落ち着いた雰囲気であったが柱、畳など一つ
 一つが全て高価な物。
 部屋には専用の露天風呂までついており、稔は腰が引けていた。
 敬に進められるがまま恐る恐る露天風呂へ。
 入る前には、湯あたりしやすくなっているから早々に出る事、と敬に念
 を押された。
 始め緊張していた稔だったが、ゆったり浸かっているうちに緊張も解
 れ疲れをとる事が出来た。
 
 そしてその日は夕食を取った後、早々に稔は布団に押し込まれた。
 敬も恭夜もどこまでも稔中心であった。
 そんな二人の姿をすっかり見慣れた相沢は、もう驚く事はなくただ苦
 笑するしかなかった。

 敬も恭夜も一緒に寝る事だけは止める事なく、この日も先に寝ている
 稔の布団に潜り込み、稔を挟んで三人仲良く川の字になって寝た。
 今までは稔を両脇から抱きしめ眠っていた敬達だが、それでは睡眠を
 邪魔してしまうからという事で、この日は手を繋いで寝るだけに止め
 ておいた。
 
 恭夜にしてみれば、こんな健全な寝方をした事などないのだが、稔に
 関しては別であった。
 今は兎に角大人しく。
 折角稔が心を許してくれたのだ、素を出してまた逃げられては元も子
 もない。

 もし正体がばれたら稔は恭夜だけでなく、敬からも離れて行くだろう。
 逃がす気はないのだが、敬が自分のお気に入りの稔が一瞬でも自
 分を避ける事と、そして傷つけられた事で恭夜に何らかの報復をして
 来る事は間違いない。
 そうなれば面倒だ。
 正体を知られても逃げ出せないよう、心に自分という存在を植え付け
 る事に今は専念する。

 昨夜は早く寝たお陰で皆早起きだった。
 稔もぐっすり眠ったせいか、すっかり顔色も良くなっていた。
 朝食も残す事なく完食。
 そして彼等は宿を後にした。

 時計を見ると『7:30』
 いやに早い出発だった。
 
「今日は何処へ行くんですか?」

 運転する相沢に訪ねる。
 変わりに答えたのは敬だった。

「ん? まだ内緒だよ」

 ミラー越しで微笑む敬に、こんな言い方をする時は絶対教えてくれない
 事を稔は知っていた。

仕方ない・・・・

 聞く事を諦め、窓の外を眺める。
 敬はいつも稔の不利になる事、嫌がる事は決してしない。
 こんな取り柄もない自分に、なぜそこまで良くしてくれるのかは分から
 ないが稔にとってはなくてはならない、大切な親友。
 
 車は釧路の町中へと入って行く。
 思っていた以上に大きく、都会だった。
 こんな景色を見ると、ここは本当に北海道なのかと思う。
 寄って行くのかと思いきや、車はそのまま釧路の街を通過して行った。
 こんなに有名な観光地に寄らず急ぐ目的は分からないが、窓から見る
 景色が北海道の景色に変わり、寄らずとも充分に楽しめた。

 海沿いの道路をひたすら走り続ける。
 海岸では昆布が干されていた。
 これも北海道ならではの風景だろう。
 キラキラと輝く海を見、車内ではたわいない会話。
 それだけでも充分楽しい。

 走り続けて到着したのは襟裳岬。
 あれ程有名な場所にも拘わらず、意外と空いていた。
 それもそうだろう。
 時計を見るとまだ9時半前。

 車から降りると、某演歌歌手が歌う、この岬の歌が流れていた。
 『襟裳岬』と書かれた看板の前で記念写真。
 撮るだけ撮ってその場を後にした。
 所要時間は10分。

そんな観光の仕方でいいのか?

 三人を見ると全く気にしていなかった。

・・・・ありなんだ

 やはり感覚が違うなと思ったのだった。
 でも微妙に急いでいるような気がする。
 実際少しスピードが出過ぎなのでは、とメーターを見て思った。
 
 海沿いをひたすら移動。
 そしてある地域に入って稔は気付いた。

ここの街灯の飾り、馬だ・・・・

 街によって街灯の飾りが違う。
 街の特産物・有名な物が飾りになっている事に気付いていた。
 実は稔にとってその飾りを見るのが一つの楽しみになっていた。
 馬の飾りという事は、この街が馬に関係があるという事だろう。
 ワクワクしてきた。

寄ってくれないかな・・・・

 北海道初日、他の牧場でG−1馬を見たにも拘わらずそんな事を思
 っていた。
 稔曰く、『あっちとこっちは別なG−1馬』なのだ。
 
 言おうか言うまいか悩んでいると、
 車が止まった。

「・・・間に合った」

 ボソリと呟いた相沢を見て、外を見るとどこかの駐車場。
 
「稔急いで」

 敬に急かされ車を降りる。
 少し先に集団がいる。
 どうやら自分達と同じ見学者のようだ。
 この牧場は見学時間が決められているようだ。
 いつの間に調べたのか。
 
 急いでいたのはこの為だったのだと気づき、稔の胸が熱くなる。
 どうして彼等はこんなに良くしてくれるのか。
 敬とは友人だが、恭夜も相沢もまだ知り合って間もない。
 目頭を熱くしていると、恭夜に手を引かれ集団の元へ連れて行かれ
 た。

 ここ数年、牧場見学を取り止めるところが増えている。
 というのもマナーのなっていない見学者が多いせいだ。
 馬を少しでも好きだと思うなら、決められた最低限の事は守って欲し
 い。
 競馬ファンの稔にとっては悲しい事だ。

 稔はまた間近でG−1馬を見られた事が嬉しくて、恭夜と手を繋いで
 いた事すら忘れていた。
 途中気付いて離そうとしたのだが、恭夜が離してくれず車に乗るまで
 繋いだままだった。

「ありがとう」

 素直に感謝の言葉を告げる。

「稔さんが喜んでくれればそれでいいです。 ね?」

 前にいる二人に同意を求めると、二人もそうだと言ってくれた。
 貰ってばかりでは心苦しい、この休みの間にでも何かお返しをしたい
 と思っていると、それが恭夜に伝わったのか、見返りとかを期待してし
 ている訳ではないからとやんわりと断られてしまった。

 そういう訳にはいかないと言おうと思った時、恭夜の顔が間近に。
 中3とは思えない男前な顔に見とれていると、恭夜が掠め取るように
 キスをして来た。

「なっ!?」

 焦っていると、「お礼は貰いました」と。
 お前はホストかと言いたくなった。

「もう何度もキスをしているんですから怒らないで下さいね」

 綺麗に微笑まれ稔は絶句した。





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