恋は盲目

(17)







「いくら車の冷房が効いてるからといっても、夏には変わりないんだ。 も
っと稔の事を考えてやれ」

 もっともな言葉で敬は恭夜を諭す。
 恭夜から稔を放す為に言った言葉だ。
 当然稔の事を思っての言葉でもあるが、恭夜を牽制する為の言葉でも
 ある。
 キスの嵐と力強い包容に疲れ果てていた稔にとって、敬のこの言葉は
 救いの言葉だった。

「頼む恭夜・・・・俺を放してくれ・・・・・・暑い・・・・・・」

 まだ一日が始まったばかりなのにも拘わらず、疲れ切ってしまっている
 稔を見て渋々と包容を解いた。
 キツかった包容が解かれ「ふうっ」と息をつく。
 そんな稔の様子に恭夜は少しムッとなり、今度は腰を抱く。

「おい・・・・・」

「この位なら暑くないですよね。 抱きしめている訳でもありませんから当
然苦しくもない筈です」

 そんな自信満々に言う事なのか。
 苦しいか苦しくないか決めるのは稔だろう。 
 恭夜以外の誰もが思った。
 言っても仕方ないだろうと諦めた。
 結局、目的地に着くまで恭夜は稔の腰を抱いたままだった。

 
 今まで観て来た場所も、自然に溢れてい雄大で感動的な景色だったが、
 今回の場所は今までとは又違い、感動的だった。

「ここが有名な霧の摩周湖だ」
 
 相沢が説明してくれる。
 
「いつもは霧で湖面が見えない事が多い。 が、今日は天気も良く、霧も全
くない。 珍しいぞ〜。 お前達ラッキーだな」

 そう言われると運良く聞こえるが、「霧の摩周湖」なのだから、霧で見え
 ないのも一つの名物。
 そちらの方が良かった気がする。
 凄く綺麗なのだが。
 少し複雑な稔だった。
 眉間に皺を寄せ、澄みきった青空の下でキラキラと輝く湖面を見てい
 た。

「そうだ、お前達知ってるか?」

 相沢が突然、なにかを思い出したようだ。

「摩周湖は、霧の摩周湖と言われる位、霧の掛かっている日が多い」

 それは、さっきも聞いた。
 敢えて突っ込むのは止めたが。

「晴れて、霧のない摩周湖は珍しい」

それもさっき聞いた・・・・

 一体何が言いたいのか、敬と恭夜はイライラとなる。

「晴れた摩周湖を見ると、婚期が遅くなるらしい! あれ、嫁だったか?」

「「「・・・・・・・・・・」」」

 全く持って意味が分からない。
 晴れた摩周湖を見ると、何故婚期が遅れるのか?

「・・・・・嘘でしょ?」

 胡乱な目で敬が言う。
 他の二人も胡散臭そうな目で相沢の事を見ていた。

「何だよ、お前達。 俺を疑ってるのか? 本当の事だぞ。 だから俺は
婚期が遅いんだ」

 相沢の婚期が遅いのと、今回のこの話しは全く関係がないだろう。 
 三人とも思った。

「それは、誰から聞いたんですか」

 念のため、敬が確認する。

「これか? 何年前だったかな〜。 当時つき合ってたツアコンに聞いた」

「で、どうして婚期が遅れるんですか」

「それはだな・・・・・・。 あれ、なんだったかな・・・。 と、兎に角、婚期が、
嫁に行くのが遅れるんだ。 間違いない!」

 根拠も言い伝えもハッキリと覚えていない癖に、どうしてそこまで断言出
 来るのだろうか。
 全く持って不思議だ。

「そうなんですか・・・・」

 釈然としない稔に、恭夜がニッコリと微笑む。

「安心して下さい。 稔さんは俺が貰いますから、婚期は逃しません」

「恭夜・・・・俺は男なんだから、嫁には行かないんだが・・・」

 恭夜の突然の、嫁取り宣言に稔はガックリとなる。
 
「俺は稔さんの事が好きなんですから、稔さんが男だろうと女だろうと全
く気にしませんから、安心して嫁に来て下さい」

 爽やかな笑顔で言われても、その内容は非常に困る。

こいつまだ中学生なのに、嫁とか言うなよ・・・・・

 年齢と外見、発言の差が稔を混乱させる。
 こんなに顔のいい恭夜が、何故そんな事を自分に言うのか。
 確かにスキンシップは激しい。
 ここに来るまでの間も、車の中で腰を抱いていたし、思い出したくはな
 いが、キスまでされた。
 布団の中にも勝手に入って来るし。
 
そうだ、敬が初めて連れて来た友達だから、きっとからかっているんだ。

 からかうのにキスまでするのか、と言われればそれもそうなのだが・・・
 兎に角、これは冗談なのだと思いこむ事にした。
 そうでなければ、小樽で逆ナンされる位、あんなに格好いい、恭夜が男
 の自分を好きだと言う訳がない。

 そうやって自己完結した稔。

 摩周湖で記念写真を撮ったあと、今度は知床へ。
 昨日のサロマ湖に続き、摩周湖と来たからには次は阿寒湖だろうと思
 っていただけに拍子抜け。

「知床もいいぞ。 鹿も見られるし」

 車を運転するのは相沢なのだから、何処に連れて行かれても文句は言
 えない。
 しかし、そろそろ千歳方面に戻らないといけないのでは。
 旅行の予定は一週間なのだから。
 旅行を計画したのは敬なのだから、当然分かっている筈。
 しかし、当の敬は「稔は野生の鹿を見た事はないだろ」と。
 敬の中では、知床行きは決定されているようだ。
 恭夜も異論はないらしい。

 知床半島にに入り、ウトロでまず食事をすませた。
 相沢に「鹿・熊・ドド肉、どれが食べたい?」と聞かれた時には、思わず
 鳥肌が。
 鹿肉は、可哀想で食べられない。
 熊や、特にドド肉などは未知の食材。
 地元の人は、なれているからいいのかも、あと相沢には関係ないのだ
 ろうが。
 稔の顔色を見て、敬が却下してくれた事が幸いだ。

 漁師料理の店に入り、新鮮な魚を堪能する事が出来稔はとても満足し
 ていた。
 特に、鹿・熊・トドと聞いたあとだけに、漁師料理はとても美味しかった。

「次は鹿だ」

 まるで子供の様な相沢に、稔は苦笑する。
 そして気付く。

俺、北海道に来てから凄く笑ってる・・・・・
凄く楽しい・・・・・

 北海道に来てからの数日間を思い出す。
 笑う事もそうだが、自分が何事に対しても、とても感情を出してる。

 ここ一年の間の自分には、考えられない事。
 ルームミラーに映る相沢。
 助手席に座る敬。
 そして、自分の横に座る恭夜を見る。

俺はなんて恵まれているんだろう・・・・

 思わず涙が浮かぶ。
 涙を見られれば、恭夜達に心配を掛けてしまう。
 だから、窓の外を見て景色を楽しむ振りをして涙を誤魔化した。

 同じ北海道にも拘わらず、行く先々の自然の景色は全く違う。
 知床五湖に行き、その名の通り五つある湖を1時間ほど掛けて散策。
 静かな湖面が鏡のように羅臼岳を写していた。

 行く時に「熊が時々出るから、気を付けて」と言われ、 ビクビクしていた
 が、幸いにも遭遇する事はなかった。
 その先に天然温泉の沸く、カムイワッカの滝があり、途中キツネや鹿が
 見られると言われ、思わず「行く!」と力強く返事をしてしまった。

 舗装されていない道を、山の中へと入って行く。
 すると相沢が「鹿だぞ」と。
 直ぐ横の、ほんの2メートルも離れていない林の中に鹿の姿が。

「鹿だ! 恭夜、鹿!」

 先程相沢の事を子供っぽいと思っていた稔だが、今は稔が一番はしゃ
 いでいる。
 横にいる恭夜の服を引っ張り、感動を必死に伝えようとしている。
 そんな稔を恭夜は愛おしそうに見つめ「そうですね」と答える。

「凄い近い、目がデカイ、可愛い。 なあ、写真無理かな」

「あまり近づきすぎなくて、大きな音を立てなければ大丈ですよ。 撮りた
いんですか?」

 恭夜を振り返り大きく頷く。
 
「すこしいいですよね?」

 確認ではなく、決定になっている。
 恭夜の中では稔が一番。
 出来る限り甘やかす。
 そうやってドンドン稔の心の中に入っていった。
 そうすれば、もし自分事がバレても稔が離れて行かないように。

 北海道に来てから、どうやら稔は写真を撮る事に目覚めたらしい。
 新しい風景を見るたびに目が輝き生き生きとして来ている。
 本来の明るい稔に戻ったようだ。
 
 クルクルと変わる豊かな表情。
 心から楽しそうな笑い顔に敬の目も細まる。
 
 少し強引だったが、北海道に連れてきて良かったと心から思った。





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