恋は盲目

(16)







 食事も終わり部屋に戻った4人。
 それぞれ荷物を纏める。
 当然その間も稔は怒っていた。

「まだ怒っているんですか?」

 楽しげな恭夜が憎らしい。
 
「当たり前だ。 あんな事食堂で言う事じゃないだろう」

 睨み付け言う。

「なんだ、その事ですか。 俺はてっきりキスの・・・・」

「言うな!」

 慌てて恭夜の口を手で塞ぐが・・・・・

「うわ―――――っ!」

 口を塞いでいた手を慌てて放す。

「何するんだ!」

 手をゴシゴシ自分の服で擦る。
 
「酷いです、稔さん」

 悲しげな声と、瞳で見られ思わず「ウッ」となるが「騙されまい」と己に
 活を入れる。

「人の手を勝手に舐めるな!」

 キラッと目を輝かせる恭夜。

「分かりました。 じゃあ舐めます」

 言って直ぐ、稔の唇を舐めた。

ガコッ!

「グッ・・・・・・」

 その直後、恭夜は畳に沈んだ。
 唇を舐められた稔は、やはり突然の事にショックを受け固まっていた
 が、突然くぐもった声を出し畳みに蹲った恭夜に驚く。

「いい加減にしろ・・・・・」

 恭夜の後ろに、仁王立ちの敬が。
 その手にはガラス製の灰皿が・・・・

「け、敬?」

 いつにない敬の迫力に脅える稔。
 蹲っていた恭夜が無言で立ち上がり、対峙する。
 こちらもかなりな迫力だ。

「テメエ、思い切り殴りやがったな・・・・・」

 声も低く、言葉遣いも全く違う。
 後ろにいる稔には、恭夜の顔は見えていないが、正面から見る事の
 出来る相沢には、ここ数日見る恭夜の顔とは別人。
 思わず後ずさりしてしまう位の迫力。
 しかし敬は、全く顔一つ変えず恭夜を睨んでいた。

「それがどうした。 こんな事くらいでくたばる筈ないんだから、別に構
わないだろう」

「構うに決まってるだろう。 同じように殴ってやろうか?」

「冗談じゃない。 俺はお前と違って繊細に出来ているんだ。 それに
今のはお前が悪いだろう」

 「フン」と鼻で笑う恭夜。

「何処が繊細なんだ、見かけだけのくせに・・・・」

 続けようとしたが、後ろから自分の服を引っ張る気配。
 後ろを振り向くと、しゃがみ込んだまま、稔が恭夜の服を恐る恐る引
 っ張っていた。
 その時には既に恭夜の顔は、優しげな顔になっていた。

「どうしたんですか?」

 声も、口調も全く違い柔らかい。

おいおい・・・・

 心の中で相沢が突っ込む。
 
「頭大丈夫か?」

 先ほどの怒りや、自分のされた事をすっかり忘れ、恭夜の頭の事を
 する稔。
 なんと可愛い事か。
 思わず抱きしめる恭夜。
 驚きはしたものの、稔は恭夜を引き離す事はせずそのままにし殴ら
 れた頭にそっと手を当てる。

「とても痛いです。 でもこうやって稔さん頭を撫でられて、抱きしめて
いれば、痛くはないです」

 よくもまあ、そんな事が言えるものだと関心する、敬と相沢。
 起きたときの事といい、今の事といい、さすがに敬も切れた。
 恭夜から稔を奪い自分の腕の中へと。

「稔、恭夜は自業自得なんだからそんなに優しくしなくていいんだよ。
稔が優しい事につけ込んで・・・・・」

 苦々しく言い放つ。
 そして、これ見よがしに稔をギュッと抱きしめ、顔をすり寄せる。
 今までの敬にはあり得ない行動に、稔はかなり驚きを隠せない。

「け、敬?」

 益々包容が強くなる。
 稔より少ししか、身長も変わらず、細めな敬の何処にこんな力があ
 るのか、とても苦しい。

「苦しい・・・・・・」

 稔のうめき声に、やりすぎたと力を緩める。
 これ見よがしに敬は、自分と稔のおでこを付ける。

「ごめんよ、苦しかったね」

「あ、大丈夫。 ・・・・・・・敬・・・近すぎるんだけど・・・・・・・・・」

「気にしなくていい。 俺だって本当は稔とスキンシップしたかったん
だよ。 でも、触られたりする事が苦手だったから我慢していたんだ。
恭夜に触られても平気なら、俺も平気だろ」

「ああ・・・・俺、敬には元々触られても平気なんだ。 それ以外は駄
目だったけど。 そっか・・・・・悪かったな敬。 そんなに俺の事、気遣
っていてくれたんだ・・・・・」

 この友人は何処までも自分に甘い。
 本当に敬と巡り会えて良かったと、心から思う稔だった。
 この感謝を、どう表したらいいのか・・・・・
 言葉より行動。
 敬にギュッと抱きつく。
 稔の意外な行動に敬は驚きの表情を浮かべ、その後満面の笑みを
 浮かべた。
 その顔はとても綺麗だった。
 相沢も見惚れるくらい。
 それとは打って変わって、恭夜の顔は無表情。
 だが、とても殺気立っていた。
 当然敬は気付いている。
 優越感で満ちた顔で、恭夜も見つめ、また稔を抱きしめた。
 兄弟での睨み合いは暫く続いた。
 そして、相沢は巻き込まれまいと、荷物を持ち、さっさと部屋を後に
 した。

 宿で散々恭夜を挑発し、お気に入りの稔の抱き心地を堪能した敬。

「さあ、遅くなるから出発しようか」

 言って稔を急かし、恭夜を置いてさっさと部屋を出て行った。
 残された恭夜は、苛立ちを机に向けた。
 
バキッ

 もの凄い音がしたが気にせず、部屋を後にした。
 一見なんの変わりもないように見えたが、後から部屋を掃除に来た
 宿の従業員が机を動かすと、真っ二つに割れた・・・・・


 車の後部座席には重苦しい雰囲気が漂っていた。
 今だ恭夜の機嫌は直らず、横に座っていた稔は、何故恭夜がこん
 なに不機嫌なのか戸惑っていた。
 怒っていたのは稔の筈なのに。
 気になった稔は、そっと聞いてみた。

「なあ、何かあったのか?」

 正面を向いたまま一言「何も・・・・・」と。
 その態度の何処が「何も」なんだ。
 下手に何か言って、これ以上機嫌が悪くなるのも困る。
 どうしたらいいのか考えるが思いつかない。
 取り合えず、黙っている事に。
 すると、助手席に座っていた敬が、相沢に車を止めるように言う。

「どうしたんだ、何か忘れ物でもしたのか?」

「違うよ、忘れ物はないよ稔」

 後ろを振り向き、心配そうな稔を安心させる。

「恭夜、席を交代だ。 お前がそんな不機嫌な顔をしていたら、後ろで
一緒に座っている稔が気にして疲れるだろう」

 早くしろと、恭夜を急かす。
 しかし、恭夜はいっこうに動かない。
 それどころか、敬を睨み付ける。

「移動する必要はない。 このままだ」

「そう、仕方ないね。 じゃあ稔、俺と席を交代しよう。 折角の楽しい
旅行なのに、こんな不機嫌な奴が横にいたらつまらないだろう」

「でも・・・・・・」

 チラッと横に座る恭夜を見ると・・・・・
 恭夜が稔を抱きしめる。

「おい・・・・・」

 なんだか今日は、よく抱きしめられる日だ。
 こう短時間に何度も抱きしめられると、驚きもなくなり馴れてしまっ
 た。

「稔さんの移動もなしだ。 早く出せ」

 年上を年上とも思わないこの態度。
 相沢は苦笑するが、稔は許せなかった。

「年上の人に対して、そんな口の利き方は失礼だ。 それにその態
度。 言いたい事があるならちゃんと言えよ。 折角天気も、景色もい
いのに隣でそんな不機嫌な顔をされたら全然楽しくない」

 恭夜の腕に中から離れようと藻掻く。
 しかし、体格の差がありすぎて敵わない。
 それでも頑張って腕の力を込める。
 自分の腕の中に収まった稔を放すまいと、不本意ながらも謝罪の
 言葉を。
 取り合えず謝っておけば、稔も大人しく恭夜の腕の中で落ち着くだ
 ろうという姑息な考えで。

「すみませんでした、相沢さん。 敬もごめん」

 響きはとても「申し訳ない」という感じだが、二人には全然そう聞こえ
 ない。
 ミラー越しに見た目にも謝罪の色は見えない。
 かえって睨み付けるような目だ。
 抱きしめられている稔には、そんな恭夜の目は見えない。
 
「稔さん、すみませんでした」

 ただ、口調がとても「申し訳ない」という感じだった為に、一人だけが
 騙されていた。

「分かってくれて嬉しい。 で、なんでそんなに機嫌が悪いんだ?」

 態度を改めてくれたと思いこみ、気になっていた事を聞いてみる。
 腕の中ですっかり大人しくなった稔に対し、恭夜の機嫌もすっかり良
 くなっていた。
 
「俺というものがありながら、敬と仲良くしてた事です」

「・・・・・・・お前、何言ってるのか分からない・・・」

「稔さんは『俺の物』という意味です」

「嫌」

「即答しなくてもいいじゃないですか」

 何が悲しくて男に『俺の物』呼ばわりされなくてはいけないのか。
 それでなくても・・・・・
 思い出し身震いする。
 そんな稔の心に気付いた恭夜は軽い口調と、スキンシップで気を逸ら
 そうと。

「冗談です。 でも、俺に抱きしめられても平気ですよね」

「あ、ああ・・・・・・」

 稔の態度はまだぎこちない。
 しかし、恭夜にだきしめられても恐怖や、嫌悪感がない事は確か。
 それどころか、広く大きな胸は稔を安心させる。
 ホッとして身を任せていた。
 それをいい事に、さらに恭夜のスキンシップは激しくなる。

「じゃあ、こんな事されても平気ですよね」

 そう言い、抱きしめ稔に頬ずりをし、頭や顔にキスを仕掛ける。
 そのお陰か稔の緊張も解れるが・・・・

「のわぁ〜〜、なにする〜〜」

「平気ですよね」

「それとこれとは別だ!」

「まあまあ」

 必死に抵抗するが、結局恭夜の好き勝手にされていた。
 過剰なスキンシップが終わった時には力尽き、そのまま大人しく恭
 夜の腕の中でグッタリとしていた。
 前二人は呆れていた。
 敬の視線を受け、今度は恭夜の顔が優越感に満ち溢れていた。
 敬の怒りが再燃した。





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