恋は盲目

(14)





 三人の努力のお陰で、稔も最後まで楽しく食事をする事が出来た。
 しかし、先ほどのやり取りで『仲良しは食べさせあう』と言うことをす
 っかり信じてしまった。
 『これ幸い』と恭夜は最後まで、稔と食べさせ合いをしていた。
 敬としては止めさせたかったのだが、口出しをしてまた兄弟、いや
 相沢を入れ三人で食べさせ合いになる嵌めに陥る事だけは避けたか
 った。
 口出しする事は止め、その行動は無視し、普通に会話する事に。
 相沢も同様だ。
 
「はい、稔さんほぐれましたよ」

「有難う。 ほら、お前も食べろよ」

「食べさせて下さい」

「ああ、口開けろ」

「美味しいですね」

 『早く食事が終わってくれないか』とこの時ほど強く思った事はない。
 終始にやけ顔の恭夜の顔など見たくも無かった。

 忍耐を鍛える為の様な食事が終わった後部屋に。
 相沢はそのまま畳に倒れ込み、敬は壁に寄りかかり座り込む。
 
「どうしたんだ、敬。 なんだか疲れてるみたいだけど。 相沢さんも大丈
夫ですか」

 二人の疲れように心配な稔。
 食事前には元気だった二人が、こんなに疲れ具合が悪そうだなんて。
 自分は大丈夫だったが、何かあたったのだろうか。
 それとも、この旅行が疲れたのか。
 敬には金銭的に負担を掛けてしまっているし、相沢は一人で運転をし
 ている。
 その事がやはり原因なのではないだろうか。
 考え始めたら止まらなくなってしまった。
 色々考え込みはじめてしまい、表情が陰ってきた稔に恭夜が気付く。

「気にする事はないですよ。 俺達二人が仲良すぎるのが悔しかったんで
すよ、きっと」

「違う気がする・・・・・」

「違わなくないですよ。 ねえ、相沢さん」

 名前の部分だけ口調を強める。
 反対側を向いていた顔だけを動かし二人を見つめ「そう・・・あてられち
 ゃったの・・・・」力無く言う。
 『あてられる』相沢の日本語が良く解らない稔だった。

 時間は8時。
 夕食が早かった為、寝るまで時間はかなりある。
 いくら疲れていても8時は早いだろう。
 という事で、宴会が始まった。
 いつ寝てもいい様に布団を先に敷いておく。
 そしていつの間に持ち込んだのか、相沢がビール・チューハイの缶を取
 り出し 摘みの袋を開ける。

「相沢さん、俺達まだ未成年・・・・・・」

「まあ、堅いこと言うなよ稔ちゃん」

「いや、恭夜に至ってはまだ中学生なんだし・・・・・」

 視線を向けると敬も恭夜もビールを片手に持ち、既に口を開けていた。

「お前ら・・・・・」

「ほら、稔も持って。 本当はいけない事だけどね。 偶にはこういう事をし
て・・・・普段言えない事も酒が入ると言いやすいし、心が軽くなんだよ。
だから飲んで軽くなろう」

「・・・・・・・でも・・・・・」

 確かに言えば心は軽くなるかもしれないが、内容が内容なだけに言え
 る訳がない。
 敬は自分に起こった出来事を知らないからそう言えるが。
 心配し、言ってくれるのはいいが、自分が『男に犯された』などと言った
 ら軽蔑・嫌悪し離れて行くのでは。
 敬のお陰でようやく立ち直れて来たのに、離れて行かれたら2度と立ち
 直れない。
 その位敬の事は大切なのだ。
 そんな事を知ってか知らずか落ち着き穏やかな声をかえてくる。

「大丈夫、誰も何も言わない・・・・」

 大きく目を見開く。
 知らない筈なのに。
 敬の視線は稔を包み込む様な温かい視線だった。
 思わず涙腺ご緩む。
 誤魔化す様に笑い視線を下げ。

「そうだな、こういうのも良いか・・・・・飲もう!」

 下を向いていた稔は気付かなかったが、三人がそれぞれ違った意味で
 の視線を向けていた。
 敬は複雑そうに、相沢は痛ましそうに。
 恭夜だけは表情を変えず強い視線を向けて・・・・・
 相沢が明るく乾杯の音頭をとった。

「では、残り少ない旅が何事も無いよう。 思い出に残るような旅になるよ
うに乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 カンを合わせビール・チューハイを飲む。

「か〜、生き返る!」

 一気に飲み干した相沢の冷たく敬が一言。

「『おっさん』ですね・・・・」

 年齢で言えばそうなのだが、まだ十分イケテルと思っている相沢には禁
 句の一言。
 顔を引きつらせながら敬を見る。

「敬、『おやじ』も禁句だが、言うに事欠いて『おっさん』とは何だ! 中年
の魅力を分かっちゃいねーな。 これだから尻の青いガキは嫌なんだよ」

「中年の魅力を語る前に自分を見つめ直した方が良いですよ。 肌も荒
れてますし、ちょっと見ない間に皺も増えてますよ。 ああ体型も。 前は
もっと引き締まっていましたよね。 気を引き締めないと身体に出てます
よ。 ほら、何だかお腹出てませんか? 俺達と違って、本当に若くないん
ですから。 カルシュウムもたくさん取らないと駄目ですよ、脆くなってきま
すからね。 何でのない時に「ポキッ」と折れただなんで笑えないですよ」

「・・・・・・・・・」

 ちょっと言っただけで倍以上になって返ってくる。
 言わなければよかったと少し後悔。
 クスクス笑い声。
 稔が一所懸命笑いを我慢していた。
 
まっ、いいか・・・・・・

 稔が笑った事で良しとする。
 年上の威厳は全く無かったが。
 これが切っ掛けで飲み会も盛り上がっていった。
 稔は酒を飲むのが初めてなので、一本目のチューハイが飲み終わった
 時には、完全に酔っぱらっていた。

 今まで楽しそうに笑っていた稔が突然黙り、頭が前にカクンと。
 そして、左横に座っていた敬に向かって倒れ込む。

「うわ、稔!」
「稔さん!」
「おい!」

 三人同時に叫ぶ。
 当の稔は自分が敬の膝の上に倒れた事に気づいていない。
 必然的に膝枕する事になってしまった、敬の事を恭夜は鋭い目で見つ
 める。
 そんな恭夜を呆れた顔で見る敬。

「言っておくが、俺のせいじゃない。 稔が勝手に倒れて来たんだ、まあ
俺の方が稔とつき合いも長いし、信頼して貰えてるから当然だが」

 最後の一言は、嫌がらせ。
 太陽だった稔を陰らせてしまった事に対しての。
 ニヤリと笑う敬を、苦々しい顔で見る。
 稔を自分の方に寄せようと手を伸ばすが、稔の方は敬の膝枕が気に
 入ったらしい。
 敬の足の両手を絡め、イヤイヤと頭を振る。
 
「稔さん、どうせなら敬の方ではなく俺の方に来て下さい」

 今度は言葉で言う。
 しかし稔はアッサリと「嫌だ」と。
 敬は苦笑し相沢の顔は引きつっていた。
 恭夜に至っては目つきが変わっていたが、目を閉じている稔はそれに
 気付かない。
 再度敬の足を抱え込み、すり寄せた。
 そして、ボソボソと話しはじめた。

「・・・・・俺、敬には凄く感謝してるんだ・・・・・」

 敬は黙って、優しく見つめ稔の頭を撫でながら話を聞く。

「昔はこんなんじゃなかったんだ。 たくさん友達の居たし、遊びに行った
り・・・色だってこんな真っ白じゃなくて、真っ黒だったんだ・・・・でも・・・」

 言葉を詰まらせる。

「稔・・・別に無理して話さなくてもいいんだよ」

「無理なんかしてない・・・・・ずっと苦しかった・・・怖かったんだ・・・見つか
りそうで人の視線が怖かった。 でも人には言えなくて、分かって貰える筈
もないし。 だから見つからない様に家からも出なくなって、前髪も伸ばし
て顔も分かりづらくして人とのつき合いも避けて来たんだ・・・・・」

 敬に抱きついている為に、稔の表情は分からなかった。
 しかし声から稔が泣いている事が察しが付く。

「目立た無ければ見つかる事はない。 そう思って自分の事ばかり考えて
・・・・・友達にも悪かったと思う。 でも自分じゃあどうにも出来なくて! そ
して学年が変わって2年になって敬と同じクラスになったんだよな・・・・・」

 初めて飲んだ酒と泣いた事で疲れたのか、口調が段々と独り言のよう
 になって。

「最初はどんなに話しかけてきてくれても、顔も見なかったし一言も喋る事
もなかったのに・・・・。 それでも俺の事怒らなかったし離れて行く事もなか
ったよな・・・・・・・。 俺、そんな自分が凄く嫌いで、でもどうていいか分か
らなくて・・・。 その内、周りの方が文句言って来たんだっけ・・・・『俺の態
度が悪い』って。 そうしたら敬が、朝礼の時みんなの前で『稔に危害を加
える者には報復するよ』って言って・・・。 俺そんな価値なんてないのに」

「当然だろ、俺の大事な友人にケチを付けて来たんだからね」

 今まで黙って稔の頭を撫でて聞いていた敬だったが稔の言った『価値が
 ない』という言葉には黙っていられなかった。

「自分で『価値の無い人間』と言うのは辞めなさい。 それは自分が決め
る事じゃない。 人が一人でもその人を必要としていれば、その人には輝
いていて欲しい。 俺には稔が必要だ。 恭夜だって稔の事を必要だと思
っている。 勿論他の、家族だってね。 だから稔は『価値がない』という
言葉は間違っているんだ。 稔がそこに居てくれるだけで、俺達は癒され
るんだよ」

「・・・・・・敬・・。 俺・・・・・本当に感謝してるんだ・・・・・・本当に・・・ありが
とう・・・・・・・・・」

 そう言って寝てしまった。
 敬が顔を上げると、恭夜と相沢の二人はそれぞれ複雑な顔をしていた。
 しかし、恭夜の顔には反省は見られなかった。
 そんな態度に敬はため息を吐く。

「お前、本当に困った事を・・・・・・」

「・・・・・今更言われても、一年前の俺に言ってくれ」

「開き直るな」

 会話を聞いていた相沢が口を挟む。

「なあ、稔の人間恐怖症ってお前のせいなのか?」

 確信している筈なのに、聞いてくるところに腹が立つ。

「そうだな、俺のせいだ。 それがどうした」

「お前それがどうしたって・・・・。 お前のせいで稔がこんな事になったん
だろう、それを・・・・・・」

「確かにな。 だが俺には関係ない、むしろ好都合だ。 余計な人間が寄
って来ないし、俺達だけに懐いてるんだ」

 人一人の人生を変えておきながら言う言葉だろうか。
 今までにも、恭夜の事を恐ろしく思った事が何度のあるが、さすがに今
 回は・・・・・。
 得体の知れない恐怖が。
 しかし、恭夜は一体何をしたのか。
 それと、その原因である筈でもある恭夜に何故心を許し懐いているの
 かサッパリ分からない。
 
「お前が原因なのに何で稔は懐いてるんだ? そもそもお前は一体稔に
何をしたんだ?」

 ニヤリを笑ったその顔はとても邪悪なものだった。

「強姦したんだ」

「!!」





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