恋は盲目

(13)





 宿に戻った四人。
 稔を挟んで恭夜と敬。
 その前に相沢が一人対面しそれぞれが神妙な面持ちで正座をして座る。
 サラッと簡単に話せば良いだけなのに、何故か言い出しづらい雰囲気。
 ちょっと困ってしまう。
 そんな稔を察し、敬が。

「実は稔は人間恐怖症なんです」

「へっ?」

 もっと凄い事なのかと思っていただけに拍子抜け。
 それに昨日、今日一緒に居たがそんな風には全く感じられなかった。
 丁寧で愛想も良く、色々と話もした。
 一体何処が恐怖症なのか。

「何処が?」

 稔本人に聞いてみた。
 稔自身も良く解らなかった。
 ただ、敬と恭夜が一緒なら平気な事だけは分かったのだ。
 無意識に拒否する自分。
 それだけに相沢には申し訳ないと思う。

「すみません。 本当なんです。 自分でも良く解らないんですが、敬や恭
夜が一緒に居れば全然気にならないっていうか、問題ないっていうか・・
・・」
 
 その言葉に敬は満足げな顔。
 
「でも稔さん、俺は平気だったんですよね」

 そう言われてみると確かにそうだ。
 恭夜に初めて会ってからまだ一週間しか経っていない。
 会った次の日に一緒に旅行。
 疲れていたとはいえ、恭夜の膝枕で寝てしまった。
 実際シートにはもたれて寝ていたのだ。
 それを恭夜が手に膝の上に乗せたのだが、眠っていた稔は当然知らな
 い。
 その日の夜は食事の後、二人で散歩したり買い物を。
 嫌だとか、怖いとか全くなかった。
 会話も弾み、とても楽しかった。
 
「う〜ん。 そうなんだよな」
 
 恭夜の顔も緩む。
 
 見た相沢は嫌そうな顔。
 稔に隣に座っている二人の顔は見えない為、相沢のその顔が自分に向
 けられたものだと思った。
 
そうだよな・・・・・二人がいれば平気で、一人になった途端に話しも出来な
いなんて馬鹿にしているって思われて、嫌がられても当然だよな・・・・・

 自己嫌悪。
 申し訳ないと心から思う。

「本当にすみません。 相沢さんが不愉快なのは当然の事だと思います。
今日一日だけ我慢して貰えませんか。 明日は別行動しますから」

何だあの恭夜にニヤケた顔は
信じられん
しかし面白すぎる
英和に教えてやろう・・・・・

 などと、全く関係の無い事を考えていた為に、稔が何を言って いるのか
 直ぐに思いつかなかった。

「あ? 全然気にしてないから、ていうか気にならないから問題なし。 俺は
凄く楽しいから稔も気にしなくていいし。 明日以降も宜しくな」

「はあ・・・・・・・」

 自分が逆の立場なら、間違いなく明日からは別行動に違いない態度を
 取っているのに。
 相沢は怒るどころか、何故か楽しそう。
 全く持って分からないが、本人が気にしないと言っているのだからいいの
 かと無理矢理納得した。
 時計を見ると丁度食事の時間。
 皆で食堂へ足を運んだ。
 その時相沢が「カメラは持って行った方が良いぞ」と言うので持って行っ
 た。
 その理由は食堂に行って分かった。

「・・・・・・・・すげ・・・」

「だろ? ここの宿はこれが売りなんだ」

 自慢げに言う相沢。
 稔達の名前の書かれた席の上には、今まで見た事も食べた事も無い蟹
 づくしの料理が。
 大きなタラバガニが丸ごと2匹。
 それとは別で毛蟹が4匹。 

これは一人一匹づつという事か?

 蟹しゃぶ・蟹飯・蟹サラダ・蟹の酢の物・蟹蟹蟹・・・・・
 見事なまでの蟹料理。
 自分達以外の机の上も蟹づくし。
 皆がその料理の写真を撮っていた。
 相沢が言った事が良く解った。
 自分も早速料理を撮り、みんなと一緒に料理を入れて記念撮影をした。
 
「なあ、これどうやって食えば良いんだ」

 隣に座っている恭夜に聞く。

「関節の所をこう折って、後は引けば良いんですよ」

 そう言って手本を見せる。
 殻から綺麗に身だけが取れる。

「すご・・・・」

「はい、稔さん」

 手本を見せたその蟹を稔に渡す。

「え、いいよ。 自分で出来るから」

「折角ですから、どうぞ」

「でも・・・・」

「そんな事言わずに。 ね?」

「良いのか?」

「勿論」

「じゃあ、頂きます」

・・・・・・・・・・・・・。

 目の前に座っている敬はとても楽しそうだ。
 その横に座っている相沢はなんだかとても居心地が悪い。
 甲斐甲斐しく世話をする恭夜に、遠慮しながらも世話をされている稔。
 何だかとても熱い。

「美味しいな」

 嬉しそうに食べる稔の姿は見ていてとても微笑ましい。
 敬もその姿に大満足。
 
「そうだね、相沢さんは食い意地が張っているから。 食事に関しては間
違いないですね」

 年上をちっとも敬わない態度にムッとする相沢。
 食に関してはちょっとした拘り、食い意地があるのだ。

「当たり前だ。 同じ食うなら美味い物のほうがいいだろ。 値段が張って
いれは美味いのは当然だが、安くて美味いが一番だ。 この宿だってこん
なに豪勢なのに一万しないんだぞ。 掘り出し宿じゃないか」

 自慢げに言うが誰も聞いていない。
 
「恭夜、お前も俺ばっかり食べさせてないで食べろよ」

「いいんです。 俺は稔さんに食べさせる事の方が大事なんです」

 大事とか言われても困る。
 後で恭夜のお腹が空いたら自分のせいだ。

「じゃあ、今度は俺がやるから恭夜が食べろよ」

 そう言って恭夜の持っていた蟹を取り、慣れない手つきで蟹の身を取
 る。

「お、上手くできた。 ほら恭夜」

 綺麗に取れた蟹の足を差し出す。
 それをそのままパクリと口へ。
 これには三人が驚いた。

「恭夜・・・・・・」

 敬の口元が引きつっている。
 相沢は箸を落とした。

「お前自分で持って食べろよ」

 稔が呆れた声で言う。

「駄目ですか。 その方が美味しいと思うんですが」

「そんな訳ないだろ。 味なんか変わるかよ」

 クスクス笑う恭夜を睨み付ける。
 流石に敬もこれには文句を言う。

「周りに人が居るんだから止めなさい。 皆が見ているだろう。 お前はい
いかも知れないが稔が困るだろう」

 周りを見回すと皆が箸を止め、こちらの様子を伺っている。
 鬱陶しい事この上ない。
 折角の楽しい一時を邪魔された事が腹立たしい。
 もう一度周りを見回す。
 今度はとても鋭い、凶悪な目つきと雰囲気を醸しだし。
 当然皆は目を反らし、関わり合いにならない様に黙々と食事をし始め
 た。
 自分達を見る者がいなくなった事を確認。

「誰も見てないけど?」

 図々しく、周りに聞こえるように、声音を低く言ってのけた。
 その言葉に、周りは『見たら後で何かされるかも』と思っていた。
 その位迫力のある声だった。

「お前・・・・・・」

 さすがに相沢も、この執着ぶりと行動には恐ろしさを感じる。
 同時に稔を不憫に思った。

可哀想だが、恭夜からは逃げられん。
運が無かったと諦めて貰うしかねーよな・・・・・・
まあ、敬がいるからヒデー事にはならんと思うが・・・・・

 敬も弟のこの行動には目眩が。
 いくら稔との甘い一時を邪魔されたからと言って、この行動は褒められた
 ものではない。
 個室で他に人がいないならまだしも、ここは公共の場だ。
 稔の事を考えると、キチンと言っておかなくてはいけない。
 口を開こうとするが・・・・・

「稔さんは嫌ですか?」

 余計な事を言われたくないと、先に恭夜が話し始めた。

「え・・・・別に嫌とかそういう訳じゃないが・・・・・男同士で不毛じゃないか。
それに、こういう事はカップルがする事じゃないのか?」

 周りに座っている、他の宿泊客達も心の中で『そうだ、そうだ』相槌を。
 
「え、そんな事ないですよ。 仲が良ければ男同士でもしますよ」

 ニッコリと笑い平然とした顔で、思い切り嘘を吐く。
 『そんな訳ねえよ』と相沢が、やはり心の中で突っ込む。

「嘘だ。 だって俺そんな事した事ないぞ」

 勿論嘘に決まっている。
 そんな事は顔に出さず、さらに嘘を吐く。

「おかしいですね、俺の学校でも友人達もしてますよ。 こんな事言っては
何ですが、稔さん友達いますか・・・・・・」

 その言葉がグサリと突き刺さる。
 恭夜に悪気はない。
 今も心配そうにのぞき込んでくる。

 去年の夏までは沢山の友人がいた。
 それ以降は自分から離れ、心を閉ざしていたから気付かなかったのかも
 知れないなどと思い始めていた。
 しかしよく考えてみると、2年から仲良くなった敬とはそんな事した事がな
 い。
 もしかしたら、自分だけが敬の友人だと思い込んでいるのだろうか。
 だんだん不安になり、自分の目の前にいる敬を縋るような目で見つめて
 いた。
 恭夜の話を信じ始めている稔に苦笑する。

どうしてこんなに素直なのだろうか・・・・・・

 一から十まで疑ってかかる敬とは大きな違い。
 そんな所も気に入っているが、自分達の友情にヒビを入れようとしている
 恭夜と、不安になっている稔に流石にムッとなる。

「恭夜、お前が何を言おうが構わないが、稔を不安にさせる様な発言は許
せない。 もし同じ様な事をしたらお前を排除するよ」

 穏やかな雰囲気が、とても冷たく鋭いものへと変わる。
 稔には見せた事のない顔。
 まるで別人のようだ。
 敬の事だから、どんな手を使っても排除するだろう。
 兄弟だからといっても容赦ない。
 しかし、恭夜も引き下がる事はない。
 ありとあらゆる手を使って稔を手に入れようとする筈。
 こんな兄弟の水面下の駆け引きに相沢は冷や汗を流す。

怖すぎ・・・・・・

 自分より遙か年下の二人に恐怖を感じる。
 年若いがそれぞれに色々な繋がりがある事を知っているから。
 全ては把握出来ないが、確実に関わり合いになりたくない者の存在も感
 じられる。

カチャン・・

 ほんの小さな音に、二人の意識がそれる。
 稔が箸を置いた音だ。
 俯いていた。

「どうしたんだ、稔」

「何かありましたか」

 心配そうにのぞき込む二人。
 険悪な雰囲気は一散されていた。

「俺・・・・・敬の友達じゃないのか・・・・。 それとも騙されてたのか・・・?」

 表情は分からないが、傷ついている事だけは確かだ。
 稔を傷つける事をお互いに嫌っていたのにとんだ失敗だ。
 にらみ合う二人。
 しかしそんな事より稔の事だ。
 柔らかく優しく話しかける。
 そんな二人の変わりように相沢は疲れを感じた。

こいつら、良くまあここまで変われるもんだよな・・・・・
つーか、ここまで変わらせられるこいつが凄いよ・・・・・・

 ため息を吐き、年長者としての役割を果たす。

「なあ、稔ちゃん・・・・」

『稔ちゃん?』だと・・・・・・

 二人そ視線が相沢へと向けられる。
 どちらの目も鋭かった。
 怯みそうになったが、年上のプライドがある。
 少し顔を引きつらせながらも、負けずに続けた。

「稔ちゃんは人とのつき合いが苦手なんだよな」

 その言葉に身体がビクリと動く。
 『それを今ここで言うのか』という様な視線が痛い。
 しかしここは丸く収めなくてはいけない。
 こんな事は言いたくもしたくもないのだが・・・・・

「恭夜の言った事は嘘じゃないぞ。 仲のいい奴らは本当にそうするんだ」

 『何を言い出すんだ。 余計稔が落ち込むだろう』という思いを込め敬が
 相沢の足を踏みつける。
 少し涙目の、声が震えつつ続ける。

「敬はそれをしなかった、いや出来なかったんだ」
 
「え?」

 俯いていた稔が顔を上げる。
 その顔は力も無く、顔色も悪かった。

「敬だって本当はそれをやりたかったんだ。 でもな、お前さんは人間嫌い
で接触を避けていたんだろ。 いくら周りでやってるとはいえ、気が付いて
いなかった。 ようやく敬と親友になったとはいえ突然そんな事をされたら
引くだろ。 敬はなお前さんの事が凄〜く大事で、タイミングを見計らって
いたんだ。 先に恭夜にやられたもんだから、拗ねてんだよ。 な?」

 最後の方は敬を見て「な」に力を込める。
 そんな話しには賛同などしたくもなかったが仕方ない。

「・・・・・・そうなんだ。 本当は俺が先にしたかったんだ。 ちょっと意地悪
だったな。 ごめん」

 恭夜は面白そうに敬を見ている。
 それが悔しく仕返しをする。

「仲のいい友人や兄弟は当たり前なんだ、なあ恭夜。 ほら、アーン」

 してやったり顔で、恭夜に自分の剥いた蟹を差し出す。
 言った手前それは絶対に食べなくてはいけない。
 もの凄く嫌そうな顔でそれを食べる。
 このままでは気が済まないと、恭夜も敬に差し出す。
 まさか恭夜がそうするとは思っていなかっただけに、敬の顔は引きつり
 、『稔のためだ』と覚悟を決め食べたのだった。
 この兄弟のやり取りに相沢は周りの迷惑も顧みず、腹をかかえ大声で
 笑い始めた。
 当然その後、相沢は敬と恭夜の二人から「アーン」をされ気分は一気に
 地獄へと落とされた。
 三人のやり取りを見て、稔は楽しそうな声を出し笑い始めた。
 ホッとした三人だった。





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