恋は盲目

(11)







「今日はどうするんだ?」

 食後のコーヒーを飲みながら、今日の予定を聞く。

「自転車で富良野を回ろうかと思ってる」

 言って敬の指さした方に顔を向けると、マウンテンバイクが三台。
 昨日着いた時にはなかった筈、しかも新しい気が。
 近づいて見ると、やはり新品。
 まさかと思い敬を見ると、澄ました顔をしてコーヒーを飲んでいる。

「敬、これ新しいけど」

「うん?」

「まさか、これも敬が買ったのか」

「いや、違うけど」

 違うと言っても、このマウンテンバイクは何処からどう見ても新品にし
 か見えない。
 
「それは俺が買いました」

 横から恭夜が。

「今度はお前か・・・・・・」

 ガックリ項垂れる。
 この兄弟は本当に金のありがたみを知らないのだろうか。
 いや、知っていたらこんなに湯水のごとく使う筈が無い。
 
「ええ、折角来たんですから、自分の足で景色を楽しみながら散策した方
がいいと思ったんです。 気持ちいいですよ。 それにはやはり足がない
と。自分も兄さんにも収入があるのにばかりに頼るのも申し訳ないですか
ら、今回は俺が出しました」

 今回はと言われても、その後このバイクは一体どうするつもりなのか。
 まさか捨てるとか言い出すのではないだろうかと心臓が痛くなる。
 気になる。 とても気になる。

「なあ、このバイクその後どうするんだ・・・・・」

「そうですね、売ってもいいんですが、折角稔さんとの思い出の一品なの
で取っておきます。 次回の旅行の時にまた使えますし」

「ああ、そうか・・・・・、次回!?」

 旅行に行くのはいいが、こんなに金にの掛かった旅行は二度としたく
 ない。
 知らず眉間に皺を寄せる。

「・・・・嫌なんですか」

 稔の、嫌そうに眉を顰める顔に恭夜が聞く。
 
「・・・・・・・嫌じゃないけど、こんなに金のかかってる旅行は嫌だ」

 この旅行の何処に金がかかっているのか恭夜達には分からない。
 しかし、旅行には行ってもいいと言っている。

「分かりました。 次回はもっと倹約しますから、必ず一緒旅行して下さい
ね」

 取り敢えずこう言っておけば、稔も納得してくれるだろう。
 案の定、恭夜の口から“倹約”と言う言葉がサラッとでたお陰で疑いも
 なく「分かった」と了承した。
 しかし次回の旅行も、その次もたいして変わらないことになるのだった。

 その日は敬の計画通り自転車で富良野を散策。
 出かける前に、嫌がったのだが日焼け止めをたっぷり恭夜に塗られ、
 帽子をかぶせられた。
 女子供扱いにムッとしながら自転車を走らせていたが、回りの風景と
 心地よい風にそんな扱いも直ぐ忘れてしまった。

 遠いところまで一気に行き、帰りがてらいろいろ寄る事に。
 始めはジャム園。
 無農薬栽培された素材で作られたジャムを朝食用とお土産用に買った。
 次に、テレビドラマのロケ地と撮影で使われた家を見に行った。
 稔はそのドラマを見た事は無かったが、冬の北海道ロケは辛いんだろ
 うなと感想を一言。
 もの凄く当たり前な感想に笑われるが、行ったことが無いんだから仕方
 ないだろうと反論。 
 やはりドラマで使われたと言う蕎麦屋へ。
 中は一昔前の食堂風。
 天井から下がる扇風機がレトロな感じ。
 壁一面には色あせた色紙がビッシリと貼られていた。
 このドラマに出演した俳優達の物だと言う。
 その色紙と同じ様に色あせた写真が飾れていた。
 注文した蕎麦は歯ごたえがあり美味しかった。

 町の方まで戻り、朝食の時に食べたバターを作った牧場へ行き、バター
 作りの体験。
 帰りに近くにあるアイスクリームの店で濃くのあるソフトクリームを食べた
 りと、アウトドアな一日を過ごした。
 日焼け止めを塗っていたのにもかかわらず、薄っすらと日に焼けていた。
 風呂に入った時、肌にかけた冷たい水が心地よかった。
 当然この日も一緒の入浴を二人に断られたのはいうまでも無い。





 自転車を使っての移動は結局初日だけで終わってしまった。
 なだらかで真っ直ぐな道を想像していたが起伏があったり、周りの車が
 かなりな速度追い越していくので、危ないから止めようという事になっ
 たのだ。
 色々自分の足で見て回りたかっただけに残念だ。
 折角車で移動するのだから、少し足を伸ばす事にし3日目は小樽まで
 行く事にした。
 運転手は初日の若い人ではなく、少し年配の人だった。
 敬達が北海道に来た時には必ず運転手をするという、昔からの知り合
 いで叔父英和の友人相沢という人。
 気心の知れた人だという。

「すみません相沢さん。 朝早くから無理なお願いを聞いて頂いて」

「気にするな、英和から連絡を貰っていし、お前達の所に行くつもりでいた
んだ休みも調整済みだ」

「調整と言っても無理やりじゃないんですか」

「ははは、ばれたか。 しかし本社には連絡してあるから大丈夫だ」

 後ろで聞いていた稔も気になった。
 なんせまだ朝の6時。
 自分達学生とは違い社会人の相沢からしてみれば平日なのだ。
 一体いつ連絡したのか。
 申し訳なかった。

「本当にすみません。 お仕事大丈夫ですか?」

「気にしなくていいよ。 道内の系列ホテルの視察に行くと言ってあるから」

「系列ホテルですか?」

「そう。 俺は久我山グループの北海道支部のホテル経営を任されてる
の。 で、今回はお忍びで抜き打ちチェックに行くって本社に言ってあるか
ら、俺が何処に行こうが問題ないって訳。 これから行く小樽にも系列ホ
テルがあるからね」

「はあ・・・・そうなんですか・・・・・・」

 何だかいやに適当に聞こえるのは気のせいだろうか。
 それよりもこの人で大丈夫なのか思わず心配してしまった。
 
しかし久我山グループか・・・・。
何だか急に偉い人と知り合ってるな。 敬達とはやっぱり住む世界が違う
な。

 国内は下より、海外にまで進出し成功を収めている久我山の北海道の
 みとは言え任されているのだから、この人もかなりのやり手なのだろ
 う。
 ため息がでてしまう。

「どうしました、稔さん。 車酔いでもしましたか。 少し横になりますか」

 ため息を別なものと受け取り恭夜が心配し稔の顔を覗き込む。
 急に近づいた顔に驚くが見惚れてしまう。

やっぱりかっこいいな・・・・・

「何だ二人して見詰め合って。 俺のこの流れるような運転にケチ付ける
んじゃねーよ」

 ミラー越しで相沢は恭夜に文句を言う。
 恭夜もミラー越しに相沢を睨み付ける。

「お〜コワ」

「・・・・・・・相沢さん」

 敬に窘められる。

「はいはい。 しかし恭夜はいつからそんなに親切になったんだか」

「相沢さん!」

 敬にキツク言われ肩を竦め運転に集中する。

「別に車に酔った訳じゃない。 何だか世界が違うなと思っただけだ。 相
沢さんの運転はとても静かだし、揺れなんて全く気にならないから」

「そうですか。 それならいいんですが。 残念ですね・・・・・」

「何が残念なんだ?」

「いえ、具合が悪ければ膝枕をして差し上げようと思ったんですが」

「なっ! 恥ずかしい事言うな」

 クスクス笑う恭夜にからかわれたとむくれる稔。
 そんな二人を見て相沢が敬に話しかける。

「なあ。 あいつ変じゃないか」

「いいえ、普通ですよ。 何処かおかしなとこでもありますか」

「おかしいもおかしい。 なんだってあんなに和やかなんだ。 しかもあの
坊やに目茶苦茶優しいじゃねえか。 そう言えば英和の奴が言ってたな。
面白いもんが見られるって。 この事か!?」

 まがりなりにも自分の甥を面白いものとは、流石自分達の叔父なだけ
 ある。
 恭夜が聞いたらどういう報復にでるか解って居る筈なのに、全く頭の痛
 い事だと思う。

「面白いかどうかは解りませんが、この事だと思いますよ」

「ところで、マジ?」

「おおマジですね。 因みに俺も気に入ってますから」

 『その先は言わなくても解っているだろうな』と言わず視線で脅した。
 自分より遥か年下の敬に脅された事に肩を竦め、同じく視線で『了解』
 を告げた。
 後ろをミラーで確認すると、恭夜がへそを曲げた稔のご機嫌をとってい
 た。

 見慣れない不思議な風景だった。





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