恋は盲目

(5)







 昨夜伯父から恭夜に電話があった。
 内容はプログラミングして欲しいとの事だった。 

「敬とその友達と一緒に北海道に行くから、今すぐには取りかかれない」

 そのまま電話を切ろうとすると、慌てて急ぎではないから構わないと。
 急ぎだとしても、恭夜なら2日もあれば出来るとも言われた。
 『急ぎでないなら、他に回せよ』とは言わなかったが、伯父には伝わっ
 たらしい。
 苦笑しながら、自分の会社のスタッフが作った物と比較したいとの事
 だった。

 引き受けて欲しいからなのか、北海道に行くのなら明日車を用意する
 とまで言って来た。
 向こうに着いた時の車も。
 余程恭夜にくんで貰いたいのだろう。
 しかし、足があるのは都合がいいので了承する。
 伯父は何時にない恭夜の機嫌の良さに興味を覚えた。

 翌日恭夜達の家に迎えの車が。
 運転していたのは、昨夜の電話の相手、伯父英和だった。
 
 結婚してはいるが、子供がおらず、ゆくゆくは恭夜を跡取りにと思って
 いる。
 まだ中3とはいえ優秀で、自分の期待以上なプログラミングをしてくれ
 る。 自分の部下の作ったソフトをアッサリと壊し、無能と言い切るその
 冷酷さが気に入っている。
 兄の敬も優秀で恭夜以上に冷酷な時があり、気に入っているのだが
 自分の仕事に興味がないのだから仕方ない。


 その二人が気に入っている、友人とやらにとても興味があったのだ。
 二人を乗せて、友人の家へと向かった。


 その頃、稔は支度を済ませ玄関で待機していた。
 来たとき直ぐにでも出られる様にと。
 両親達は「まだ時間があるから中で待っていればいいだろう」と言った
 のだが、それに耳を貸すことはなかった。
 そこに、姉志帆が難しい顔でやって来て「あんた、気を付けなさいよ」
 と言う。
 一週間もの長旅に気を遣ってくれているのだろうと礼をいう。

「そうじゃないわよ。 あの弟に気を付けなさい」

 と言われた。
 何の事か分からず、志帆を見詰めていると、大きなため息を吐く。

「分からないならいいのよ。 敬君も一緒だしね・・・・・」

 余計に訳が分からなかった。
 考えている内に、車が玄関前に着けられた。
 窓から敬が顔を出し「お早う」と挨拶を。
 後ろのドアから恭夜が下り、稔の荷物を車へと積み込む。
 
「ありがとう。 悪いな」

 礼を言い、恭夜と共車に乗り込む。
 運転席には、恭夜とよく似た面差しの人物が。

「稔、伯父の上条英和さんだ。 今日は伯父が羽田まで送ってくれ」

「初めまして。 高梨稔です。 今日はお忙しいのにわざわざ送って頂い
てすみません」

 ミラー越しに挨拶をする。

 英和は二人の気に入っている、稔を見て『この子供の何処が二人を
 引きつけたのか正直分からなかった。
 よく見れば整った顔をしているが、何処にでもいそうな子だったから。
 ミラー越しで挨拶をされ、とても真面目な性格な子だという事は分かっ
 た。
 気になった事は一つ。
 視線が、とても真っ直ぐだ。

 車の中では、今日から泊まる別荘の事などを話していた。
 稔にとっては初めての北海道。 
 昨日、敬達が帰った後、本屋に行き北海道の本を購入した。
 その本を後ろの席で広げ、恭夜に一生懸命、「ここはどうだ」、「今の
 時期は何が美味しいか」などと聞いていた。
 その質問に、恭夜が丁寧に「今はひまわり畑が見頃です」とか「カニは
 絶対に食べた方がいいですよ」と答えていた。
 その会話を聞き、英和が驚きの余り運転中にも拘わらず、一瞬頭の中
 が真っ白になったくらいだ。

 恭夜が誰かに対し、こんなに丁寧で優しく答えている所など見たことが
 ない。
 時々伯父である自分に対しても、鼻で笑うことがあるのだから。
 横に座っている敬を見ると、苦笑していた。
 滅多なことで表情を変えない敬の顔の変化にも驚いた。
 
それだけこの子はこの兄弟に気に入られているという事か・・・・・・・・

 稔の存在がこの兄弟に、これからどういった影響を与えるのか、とても
 楽しみだ。
 いい方向へ行けばいいが、もし不都合な存在であれば、即刻排除す
 る事も考えた。
 自分にはそれだけの力があるのだから。
 しかしその思いも、空港に着き正面から稔を見て、自分の考えすぎと
 思い違いだと気づいた。
 もし排除しようとすれば、自分の方が危ないと思った。
 
「どうも有難うございました」

 英和に礼を言い、丁寧に頭を下げる稔。 
 真っ直ぐな眼差し。
 嘘や人を騙し傷つける事の出来ない瞳だった。

成る程な・・・・この瞳に二人は癒されるのか・・・・・・

 三人の姿が空港内に消えるのを見届け、英和は車を出した。



 飛行機に乗ると何故か普通席で無く、スーパーシート。
 たかだか北海道までの、短い時間をなぜこんな無駄なお金を使うのか
 納得出来ない。
 自分の往復の飛行機代は先に、敬に渡してある。
 その金額よりオーバーしているのだ。
 
「なんで普通席じゃないんだよ」

「チケットを取る時に、もう席が無かったんだよ。 仕方がないよね」

 何の悪びれずもなく、言うところが憎らしい。
 取れないのなら別に行かなくてもいいではないか。

「じゃあ、足りない分払う」

「どうして? 俺が無理に誘って、この席だって勝手に取ったんだから払う
必要はないよ」

 確かに北海道も、この席も敬が勝手にというか無理矢理取ったかもし
 れないが、そういう問題ではないと思う。

「そうかも知れないけど、お金の事は、きっちりしておきたいんだ」

「じゃあ、別の事でその分を帰してください」

 横から、恭夜が口を挟んでくる。

「別?」

「ええ。 身体で払ってくれればいいですよ」

「身体!?」

 さらっと、恐ろしい事を言う恭夜に、青ざめ目を見張る。
 そんな怯えた稔を見て、敬が恭夜を睨付ける。
 恭夜は肩を竦め、稔に優しく話しかける。

「ええ、そうです。 お皿を洗ったり。 風呂の用意や、洗濯なんかして貰
えればいいです。 別荘に居る間は俺達三人だけですから。 料理は俺
が作りますから、安心して下さい」

 その言葉に、一気に緊張が解け、青ざめていた顔に血の気が戻る。
 深い意味のない言葉に、過剰に反応してまった自分がとても恥ずかし
 い。
 あの男とは、外見も、話し方も全く違うのに、どうしてここまで反応してし
 まうのか不思議だった。

「ああ・・・・・その位なら出来るから、任せてくれ。 恭夜君は料理が出来
るんだ。 凄いな」

「ええ、得意です。 しっかり俺に餌付けされて下さい。 あと、俺の事は
呼び捨てで構いません。 年下ですから」

 爽やかな笑顔をされ、先程の自分を改めて反省。

「じゃあ、恭夜。 餌付けって言うな」

「稔は食いしん坊だから、餌付けで間違えてないと思う」

「敬!」
 
 飛行機はあっという間に、新千歳空港へ到着。
 本当なら旭川空港の方が近いのだが、稔が「どうしても馬が見たい」と
 言ったので、千歳になった。

 空港から割と近い場所にその牧場はあった。
 競馬の引退した馬達が余生を過ごす場所。 まだ高校生な稔は競馬場
 に、行った事は無いが、テレビで見る馬達は、輝いていてとても力強く
 走っていた。
 そのテレビで見ていた馬達を、どうしても見たかったのだ。
 空港からは、迎えに来ていた車に乗って移動。
 牧場へ。
 夏休みの為か、人が多く騒がしかった。
 牧場見学はは決められた曜日・時間があり、それ以外の時は来ても
 見学が出来ない。
 馬はいても、大きなレース(G−1)で活躍した馬達はいないのだ。
 運の良いことに、稔達は曜日、時間がピッタリとあった。
 これは、先に敬が稔に聞き、恭夜に調べさせたのだが。
 
「うわっ、 デカイ! 見ろよ敬、ツヤツヤに光ってる! あの馬有馬記念
で優勝した馬だ!」
 
 兎に角、稔はお目当ての馬を見ることが出来、大興奮していた。
 帰る時には、一角にある売店でグッズを買って大満足。
 そんな稔を、敬と恭夜は眩しそうに見ていた。





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