孤独な華

(6)





 雫もまさかそんな事になるとは思っていなかったらしい。

 「そんな事は出来ない」、「いろいろ良くして貰ったがそこ
 まで面倒をかける訳にはいかない」と必死になり和磨に言う
 が和磨は取り合わなかった。
 
「漆原、部屋の用意を。 俺の部屋の隣りだ。 雫、俺の事は
和磨と呼べ。 他の荷物は何処にある」

 次々と指示を出して行く和磨。
 漆原は内線を使い家政婦の初江に今日から雫が神崎家で
 生活を始めるという事を伝える。
 そして使う部屋は和磨の隣りという事を。
 その後また別な場所へ連絡を入れ必要な事を伝えていく。
 和磨は現在本家ではなく、別な場所で生活をしている。
 しかし雫が落ち着くまでは本家で生活をする事に決めたよ
 うだ。
 
 突然決められてしまった新しい生活に雫は呆然となってい
 る。
 無理ないと思うが、それは段々慣れていって貰うしかない。
 
 澤部も自分に与えられた仕事をこなそうと雫に他の荷物の
 場所を聞くが聞いた途端三人の動きが止まった。

「ない?」

 それは一体どういう事なのだろう。
 
まさか荷物はたった一つ、この小さな鞄だけ?
 
 住む場所も決まってない、荷物もこの小さな鞄だけとは。
 異常、いや突発的に家を出てきたと思える行動。
 そうしなくてはならない急な事態に襲われたという事に気
 付く。
 真っ青になっている雫を見れば深く訊く事は出来ない。
 静まりかえった空間を打ち破ったのは、脳天気な澤部の
 声。

「ま、いっか。 じゃあさ、これから出かけない? 雫ちゃんに
とってもよく似合う服を売ってる店あるから。 その後食事で
もどう?」

和磨さんを差し置いて、何を言っているんだこの馬鹿は!

 自分に与えられた仕事を忘れてるようだ。
 そして、和磨にとって特別な人物となっている雫に対してな
 んという事を言っているのか。
 あまりの軽さと馬鹿さ加減に怒りがこみ上げてくる。
 無言で澤部に近づき思い切り頭を殴りつけた。

「いでっ!!」

 殴られた勢いで前につんのめる澤部。
 雫が驚いた表情で漆原を見ている。
 澤部は体勢を整え、殴られた頭をさすりながら後ろに立って
 いた漆原を振り返り恨めしそうな声を出す。

「暴力反対。 手が早いぞ友ちゃん・・・・・」

「お前という奴は・・・・・」

 いつもと違い殴り方に容赦がない。
 それに声のトーンも違う。
 漆原の身体から黒いオーラが見えるのは気のせいではな
 い筈。
 和磨からも不穏な気配が漂ってきている。
 さすがに不味かったと思ったのか素早く謝る。

「まあ冗談はさておき、急ぎの仕事が入ったから失礼するわ」

 そそくさと逃亡した。
 まだ怒りは収まらなかったが、澤部が逃亡してしまったので
 は仕方ない。
 それに雫が怯えてしまうかもしれないから。
 一呼吸し気分を整え雫を振り返る。
 怯えてはいなかったが驚きの表情をしていた。

 澤部も言っていたが、衣類の用意をしなくてはならない。
 雫の持ち物はたった一つ、この小さな鞄だけなのだから。
 雫の顔色を見ると理由は聞いて欲しくないと察する事が出
 来る。
 だから本人に聞く事は止めた。
 そんな事をしなくても澤部が全て調べてくるだろうから。
 
 和磨は何も言わなかったが、漆原は直ぐに車の用意をし
 た。
 そしてその車に乗り雫の物を買いにと出かける。
 
 雫に関する物は全て和磨が見立てた。
 洋服は勿論、家具やその他の雑貨も。
 一緒にいた雫は「自分の物は自分で買う」と必死に断って
 いたが、当然和磨は聞く耳を持たなかった。
 選んだ物の金額はいっさい雫には見せなかった。
 というか、和磨は値段を見る事なく選ぶ。
 そして別な者が支払いを済ませる。
 全ての店で同様に。
 合計金額を雫が聞けば倒れてしまうだろう。
 だが和磨は惜しまなかった。
 
 全ての買い物が済む頃には日も暮れ、そこそこいい時間と
 なっていた。
 外で夕食を済ませ帰る頃には購入した物全てが届けられ、
 部屋の中も片づいているだろう。
 食も細く体調も芳しくない雫を気遣い、夕食は中華にした。
 都内最高級の中華料理店。
 薬膳スープと中華粥。
 胃にも負担がかからず食も進んでいるようだ。
 「美味しい」そう言いながら食べていた。
 その姿に一安心。
 
 神崎本家に戻ると昼に購入した物が全て届けられていた。
 そして綺麗に片付けられていた。
 疲れただろうからと雫を浴室に案内し、漆原は和磨の元へ。
 雫の今後の事に関して話し始めた。

 精神的に不安定であろう雫には、カイザーとファレスの面倒
 を見て貰う事に。
 慣れ親しんできた馬達の世話は少しでも雫の癒しになるだ
 ろうから。
 明日の和磨の予定は全てキャンセル。
 そして雫が落ち着くまで和磨の仕事もセーブする事となっ
 た。
 雫が風呂から上がり顔を出した時には思わずドキりとなっ
 た。
 
 用意されたシルクのパジャマの上にガウンを羽織るという
 姿。
 大半は隠れていたが、隠れていない部分の肌が入浴した
 事により桜色に染まっていた。
 そして、乾ききっていない髪が頬に張り付いて艶めかしい。
 部屋の中は暖かいが、湿ったままの髪では風邪を引いてし
 まうかもしれない。
 そう思った時に和磨が立ち上がり、雫の手にしていたタオ
 ルを奪い優しく拭き始めた。

 そして漆原にドライヤーを持って来るよう指示。
 和磨は雫の手を引きソファーの前に座らせる。
 そして自分はソファーに座り渡されたドライヤーを手に雫の
 髪を乾かし始めた。

 真っ赤になる雫。
 自分で乾かすと言った雫に構わず、和磨は乾かし続けた。
 乾かす和磨の手はとても優しい。
 何を言っても止める事のない和磨に諦め、頬を染め恥じら
 いながら大人しく身を任せていた。
 そんな二人の邪魔をしてはいけないと、漆原は静かにその
 場を後にした。

 翌日漆原は昼前に神崎本家へと足を運ぶ。
 その日一日和磨の予定はキャンセルとなっていたが、足り
 ない物がないかを確認するため。

 休日、本家にいる時の和磨は、大抵お気に入りのサンル
 ームか、愛馬カイザーの元へと足を運んでいる。
 先に向かったサンルームに姿がなかった為馬場へと足
 を向ける。
 だがその場所にも和磨の姿はない。

 家政婦の初江に聞くと、まだ起きてきていないとの事。
 何かあったのだろうか。
 そして雫はと聞くと、雫もまだだと。
 
 雫が起きていないというのは分からなくもない。
 大分緊張し、疲れていたようだったから。
 しかし性格からして、いくら疲れていても起きていそうだと思
 ったのだが。

 和磨に至っては、この時間に起きていないという事があり得
 ない。
 どんなに疲れていようが、休みであろうが起きている筈な
 のに。
 和磨の部屋へ向かう。
 そして部屋の前に行くと立ち止まり、ノックをし声をかける。

 中から「入れ」という和磨の声。
 初江の言った通り部屋にいた。
 「失礼します」と部屋に入ると和磨は着替えは済んでいた
 がまだベッドの中。
 寝てはおらず座った状態で書類を見ていた。
 何故起きる事なく、その状態で書類を見ているのか。
 それに部屋の中に違和感がある。

「おはようございます」

 昼近かったがそう挨拶をする。
 すると「ん・・・・」という和磨とは別な声が。



 すると和磨が「まだ寝ていろ」と膝元で何かを撫でていた。
 一歩近づいて見ると人の頭が覗いて見える。
 和磨の仕草にも驚いたが、その場所に人がいる方がさらに
 驚き。

まさか雫さん・・・・・?

 昨夜寝る時には和磨の部屋の隣りに用意された部屋で寝
 た筈。
 漆原が部屋まで送り届け、雫がベッドに入ったのを確認して
 から部屋の電気を消したのだから。
 
なのに何故

 その疑問は直ぐに解けた。
 二人の声に雫が起きたから。

 見るからにパニックを起こしていた。
 初め自分が何処にいるのか分からなかったようだ。
 だが隣りにいる和磨を見て顔色が変わる。

 何故この部屋にいるのか。
 何故和磨と同じベッドにいるのか。
 そんな思いが見てとれる。
 かわいそうな位顔色が悪い。
 そんな雫を抱き寄せ横抱きに。
 和磨の膝に乗せられた雫は、今度は真っ赤になっていく。
 どうしていいのか分からない雫を余所に、和磨は雫を見詰
 め淡々と告げる。

「今日からこの部屋で寝ろ」

「えっ? あの・・・どうして・・・・・」

 雫でなくてもそう思う。
 一緒にベッドにいた為、一瞬もしやと思ったのだが、どうや
 らそれは思い過ごしだったと分かる。
 
ではなぜ・・・・・

「お前は・・・・一人で寝ると魘されるだろう」

 その言葉に雫の身体がビクリとなり、俯いてしまう。
 どうやら当たっているらしい。
 悪夢を見る程の事があったというのか。
 しかし、荷物がたった一つ、小さな鞄だけだった事を思い出
 すとそれも頷ける。
 それ程雫の心が傷つけられたのだろう。

 雫の様子からして、魘されていたのは昨日だけではない
 筈。
 眠る事も出来ず、食事にいたってはあの少量。
 これでは心身共に弱って行くのは当然の事。
 和磨も特別に思っている雫が魘されているのを見ているの
 が我慢ならなかったに違いない。

「だからここに運んだ」

 謎は解けた。
 夜中魘されていた雫の声が聞こえた和磨が雫を自分の部
 屋に運んだという事を。

「途中から悪夢はなくなっただろ」

 その言葉に大きく目を見開き、ハッと和磨を見上げる。
 見なかったらしい。

「分かったな」

 言ってこの話は終わった。
 
 雫が起きた事で和磨がベットから降り、そのまま専用のシャ
 ワー室へと入っていった。
 雫も着替えをしに隣りの自室へと。
 恥ずかしいのか俯きながら漆原の前を通りすぎた。

 その後三人は食堂へ行き昼食を取った。
 ゆっくり寛いだ後、雫が気にしているだろう和磨の愛馬達
 を見に厩舎へと足を運ぶ。
 昨日獣医に診察してもらったお陰か、2頭の体調は良かっ
 たらしい。
 
 見ただけでは漆原には分からなかったが、雫の顔が綻んだ
 からそれが分かった。
 2頭それぞれに優しく話しかけていた。
 そんな雫を和磨達は見つめていた。

 あっという間に一日が終わってしまう。
 三人で夕食を取り寛ぐ。
 そして夜も更けていく。
 その内雫がうつらうつらし始めた為、和磨が雫を抱きかかえ
 寝室へと向かった。
 それを見届け、漆原は屋敷を後にした。






 
Back  Top  Next








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送