孤独な華

(7)





 清風会の事務所に戻った漆原は、和磨のスケジュールを
 調整し始める。
 
 それぞれの場所に送り込んだ和磨の手の者からの報告
 から、現時点では大小拘わらず抗争は起こっていない。
 不穏な気配もないらしい。
 和磨が経営する会社の方も問題は起きていない。
 
 何件か会食の予定が入っていたが、日時を変更すれば
 いいだけ。
 相手がなんと言おうが関係ない。
 年若い和磨を甘く見たせいで、多くの者達が痛い目に遭っ
 ている。
 
 現時点では清風会のトップには和磨の父神崎征爾が君
 臨している。
 絶対的存在。
 征爾がトップに座ってから大きく変わった。
 清風会の名を全国に馳せるようになったのだ。
 それとは別に全国にその名を知らしめた事が。
 征爾が政財界の頂点にいる剣財閥の令嬢と結婚した事。
  
 日本全土が激震した。
 裏の世界の頂点にある清風会と、表世界の頂点にある剣
 財閥。
 この事により剣財閥は崩壊して行くかと思われた。
 だが剣の力は想像以上。
 清風会と繋がりを持った事で、国内だけでなく世界にまで
 大きな力をつけていった。
 それは剣だけでなく、清風会でも同じ事だった。
 二つの結びつきは大きかった。
 そしてまたそれから何年か後、年離れた妹が剣財閥の御
 曹司と結婚した事で、より確固たるものに。
 その強い二つの血を受け継いだ和磨。
 才は勿論、存在感も誰よりも強かった。
 そして行く行くは清風会のトップに立つ者。

 全てのスケジュールを調整し終える。
 一息吐いた時、澤部が騒がしく入ってきたのだ。 
 


 澤部から受け取った『屋代雫』に関する調査書を読み終
 えた漆原。
 バサリと乱暴に机に置く。
 澤部の調べて来た雫は余りにも寂しく、悲しいもの。

《実家は北海道静内。 家族は両親と二人の兄の5人家族。
雫は兄弟の末っ子。 静内で牧場を経営。 競走馬を繁殖、
飼育を行う。 以前は多くのG1馬を産出していたが、現在は
低迷しており経営状態もかなり悪い》
  
 それだけなら今の不況の中にある、何処にでもある風景な
 のかもしれない。
 だが雫は違っていた。
 家族から疎まれ、いや憎まれていたらしい。
 しかも逆恨みのようだ。

 かなり酷い扱いだったようだ。
 父に、二人の兄に。
 特に二人いる兄からの数々の仕打ち。
 この二人の兄は、かなりなマザコンのようだ。
 母親は初め雫を庇っていたようだが、庇えば庇う程、雫に
 対する仕打ちが酷くなるために、何も言わなくなったようだ。
  
 兄達の嫌がらせは家庭内だけではなく、学校にも及んでい
 た。
 そのせいでかなり孤独な生活を送っていたようだ。
 
《友人は過去現在に至りおらず。 小学生の頃には数名い
たが、一ヶ月もしない内に離れて行く。 それまでの仲の良
かった筈の子供達が、突然雫の事をいじめ出したり、雫の
顔を見ると逃げ出したりする様になった》と記されている。
 
《二人の兄が、少しでも雫と仲の良くなった子供達に嫌がら
せをした。 初め自分の弟の悪口を言う。 内容は「あいつは
母親を殺そうとしたんだ」、「雫と一緒にいたら殺されるかも
」等》

 そんな物騒な事を、雫の二人の実の兄に言われれば幼い
 子供達はそれを真実だと受け止めても仕方ない。

《中には本気にせず、雫と遊んでいる者もいたが、そういっ
た子供達には二人の兄から直接的な嫌がらせがあった。 
そうやって友人を排除し、雫を独りに。 結局小学生活で誰
一人として友達が出来ず。 中学は小学校からの持ち上が
り。 直接二人の兄の影響はなかったが、同じように友人は
出来ず。 小学校の時と同様、直接的ないじめはなく、無視
という状態。高校は地元ではなく、離れた場所の高校に進
学。 やはり友人は出来ず》

 それなりに努力はしたようだ。

《高校は共学。 雫の通っていた中学からは誰一人進学し
なかった為、友人を作ろうとしたが、今まで友人がいなかった
ため人付き合いというものが分からず行き違いがあったりし
たようだ。 虐げられた生活だったせいか、笑う事は殆どな
く、表情も変わらず。 頭も誰よりも良かったために、人によっ
ては澄ましているとか、冷たいなどと言われていた。 その
美貌のため、女子からはかなりな反感があった》
 
 結局友人が出来ないままだったらしい。

《大学に入ってからは高校の時の事を踏まえてさらに努力
はしたようだ。 だが無理があったらしく早々に断念したらし
い。 大学での雫の評価は「人間嫌いのアイスドール」》
 
 二人の兄は雫から友人を奪っただけではなかった。
 大人しく優しい雫に対して、様々な仕打ちをして来た様だ。
 
《母親がいるにも拘わらず、幼い頃から家事全てを受け持
ち。 馬の世話も。 朝は皆が起きる前から。 牧場の朝は
早く、3時から起き朝食を作り洗濯をしたり。 その後学校
へ。学校から帰った後、5キロ先の店まで歩いて買い物に
行かせ夕食の準備。 小さな身体で働く雫を見た知人が「あ
んな小さい子に・・・」と非難すると、自分達が何も言わなくて
も、本人が自分がすると言って手助けしてくれてる、雫は本
当に家族思いのいい子だと白々しい事を言っていたと》

 なんという白々しさ。

《風邪を引いても休む事はなく、高熱で倒れて漸く休み、医
者へ行く。 注射や点滴で無理矢理熱を下げそして働く。 
医師は元々身体が弱いのだからと休むように言っていたよ
うだが無理して働き、その為身体はいつまで経っても良くな
らないという悪循環》

 初めて会った時も顔色は青白く、身体も折れそうな位細か
 った。
 
《家族で出かける時もあったようだが、必ず雫が残り馬達の
世話係。 高校はバスで行けば40分の所を3時間かけて通
う。 北海道の厳しい冬も外が吹雪いていない限りは自転車
で高校3年間を通う。 大学進学も最初反対されていたが、
母親が「雫が獣医になれば獣医代がかからない」と言った為
進学を許される。 国立限定で。 大学は実家から通う事の
出来ない距離の為家を出、一人暮らし。 家からは家賃のみ
が振り込まれる。 生活費は雫のバイト代。 実家から出た
お陰か、大学に入ってから顔色も良くなり、顔つきも最初の
頃に比べふっくらとなり優しい顔立ちになった。 大学を3年
過ごしても相変わらず友人はいなかったが、安定した生活を
送る》

 やはり家族がかなり負担になっていたらしい。
 雫の状態は良くなったが、実家の牧場の経営は悪化。
 澤部の調べでは、かなりな額の借金になっている。 

 別の報告書に目をやると『稲村宗之』の名前が。

《衆議院議員『稲村真一』の次男。》
 
 学部や校舎は違うが、雫と同じ大学。
 頭脳、体格も良く顔も良い。
 学内での評判も良く、常に取り巻きに囲まれている。

 だが裏ではかなりな事をやっている。
 気に入らない相手がいれば暴行を加える。
 自分が直接手を下すのではなく、取り巻きにやらせている
 ようだ。

 気に入った者がいれば、男女に拘わらず手をつける。
 大抵の者は顔も頭も良い宗之に落ちていた。
 中には断る者もいたようだ。
 だが、断りを入れた者には薬を使い強姦していた。
 ただ自分が強姦するのではなく複数の者にさせ、それを
 ビデオに撮り売りさばくという悪辣ぶり。

 自分に落ちた相手に飽きると別な獲物を狙い口説く。

 もし、飽きた相手が宗之に何か言って来たとしても、同じ
 ように薬を使い強姦、ビデオ。
 そして売春をさせる。
 乱交パーティーもよく開いているようだ。
 
 一般人なのにやる事はかなり悪どい。
 そして雫の美貌に目を付けた。
 
 今までと違っていたのは、断られても何もしなかった事。
 優しい顔、態度で接し、常に雫の隣りにいたようだ。
 周りもそんな宗之を不思議に思ったらしいが、同じように
 紳士的な態度で雫に接したと。
 
 だがそれはある日を境に変わっていった。

《宗之と行動を共にしていた時に雫が倒れ、それ以降雫の
宗之に対する態度が変わる。  宗之に怯え、嫌悪し始め
た》と。

 そして宗之も。
 雫を常に監視するようになった。
 大学、アパート、バイト先。
 大学へ行くときは宗之が車で送り迎えと徹底していた。
 そして雫の実家、静内に帰る時も宗之が車を出し一緒に。
 
 そして実家に帰った時に、決定的な事が起こったようだ。
 雫が身を隠してしまう出来事が。
 それは雫と馬場で出会う三日前。

 取り巻きの一人の証言

《「近いうちに雫を買う」》と。

《『雫に愛情は感じていないが、自分の容姿に釣り合うのは
雫しかいない。 喩えそれを雫が知ったとしても、文句も言
わないだろう』『言って来たとしても、実家の借金を俺が立
て替えて融資してやったと知れば逆らう事もない。 俺の言
いなり、従順な人形だ。 まさか自分が実の家族に売られた
と思わないだろうがな』『あの家族は最悪だ。 自分達から
雫を買わないかと言って来た。 それなのに俺を脅して来た。
議員の息子がゲイだと週刊誌に売ると言って。 吐き気がす
る。 雫の家族だから一度目は許すが』と》

 雫が倒れたのは、それを知ったからだろう。
 家族に売られたのだ。
 どんな酷い仕打ちにも耐えてきたのに。
 そして稲村の言葉。
 まだ愛情があれば違っていたのかもしれないが『人形』と
 言い切ったのだ。
 
そして逃げた・・・・・・



「・・・・・なかなかハードな人生だよな」

 澤部がボソリと。

「そうですね・・・・」

 漆原も澤部も現在はハードな世界に生きているが、その
 前まではそれなりに穏やかな生活を送っている。
 家族の愛情もあった。
 兄弟仲も悪くない。
 
 極道の世界に足を突っ込んでいるが、和磨という命をかけ
 てもいいと思える存在に出会えた。
 そしてそれとは別に信頼し合えるパートナーの存在も出来
 た。
 自分を慕ってくれる仲間も。
 命の危険性はいつもついて回っているが、今の生活に満足
 している。
 なのに雫は・・・・・・・

 あんなに細い身体なのに、あんなに繊細な心を持っている
 のに。
 今まで一人で耐えてきたのだ。
 どれ程辛く、孤独だったか。
 
 だがこれからは違う。
 今まで辛かった分を取り戻してやればいい。
 幸いにも自分達にはそれが出来るのだから。
 一人で戦ってきたが、これからは自分達が守ってやればい
 い。
 傷ついた心と体をゆっくりと癒していってやろう。
 そしてもう一人、孤独の中にいる者を癒していってくれれ
 ば・・・・・
 自分達では、彼を癒すことは出来なかった。
 違う傷ではあるが、お互いに何かを感じ、求め合っている。
 二人でなら大丈夫な気がする。

 先程の本家での二人の姿を思い出す。

 和磨の腕の中で安心しきった顔で寝ていた雫。
 そんな雫を、和磨はまるで壊れ物を扱うように優しく包み込
 んでいた。
 
 漆原の顔に知らず笑みが浮かぶ。

「なあ、友ちゃん。 幸せそうな顔をしている所申し訳ないん
だが・・・・・」

 慌て顔を引き締める。
 
「勝手に人の顔、見ないで下さい。 で、なんですか?」

 澤部を見ると、いつになく真剣な顔。
 漆原にも緊張が走る。

「稲村の次男が捜してる。 後、家族も」

「なんですって・・・・」

「かなりご立腹の様子だ。 かなりな人数を雇って捜してる。
雫ちゃんが東京に出て来た所までは掴んだようだ」

親の金と権力を振りかざす無能な子供が・・・・・

「この事は和磨さんにも報告します。 暫くは和磨さんが一緒
にいますが、雫さんにはガードをつけましょう」

「それがいい」

雫さんを傷つける者は許さない!

 その思いは澤部も同じ。
 漆原の頭の中で候補を選び出す。
 人見知りをし怯えるだろうからなるべく柔らかい外見の者。

本当なら自分か澤部のどちらかが付ければいいのだが・・・

 もし雫を捜し当て近づいて来たら、その時は痛い目に遭っ
 てもらおう。
 今まで雫の事を苦しめたのだから。
 稲村議員の息子だろうが、家族だろうが関係ない。
 
守ると誓った

 これから来るだろう嵐を澤部と二人予感する。
 思い過ごしであればいい。
 兎に角今はゆっくりと和磨の腕の中で癒されて欲しいと願う
 のだった。





 
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