孤独な華

(5)





 食事の間、話の中心は澤部だった。
 いつも思うが、会話の持って行き方が上手い。
 話し方、間の取り方。
 面白可笑しく、いつの間にか相手を引き込んでしまう。
 警戒心を解いてしまうのだ。
 
 そしてそこに時々漆原が加わる。
 というか、訂正を入れるのだ。
 本当の事なのだが話が大げさに語られるから。

 初め緊張した面持ちの雫だったが、やはり澤部の話の上手さ
 に引き込まれたのか時折笑顔を見せたりも。
 だが澤部は話が上手いだけではない。
 相手の事をさり気なく聞き出すのだ。
 
 今も雫に探りを入れている。
 直接聞くと相手は警戒してしまう。
 だから自分の事を織り交ぜ色々な話をしていく。
 
 話の内容はてんでバラバラ。
 高校時代の話だったり現在の事だったり。
 高校時代の話は自分が如何にもてたかとか、その時に嵌って
 いた事など。
 そして音楽・映画・食・旅行・芸能・政治・スポーツ。
 よくまあそれだけ話題がある物だと関心してしまう。
 しかしそうやって相手の反応を確認しているのだろう。
 雫が反応した物に少し深く入り込んで話をしていた。
 さすがにアニメ・占いまで話が進んだ時には目眩がしたが。

「今と昔じゃ全く絵も違うんだけど『ガ◯ダム』シリーズは外せな
いね。ちょっと前までは『ポ◯モン』。 で、今は『とっとこハ◯太
郎』。 あれ見てハムスターに嵌ったね、俺は。 あのキュート
な体にメロメロ。 動物はいいね〜。 雫ちゃんもそう思うでしょ
?」

『雫ちゃん』

 澤部はどうやらそう呼ぶ事に決めたらしい。
 一度呼び始めたら余程の事がない限り、澤部は相手の事を
 そう呼ぶ。

『ポ◯モン』はまだ分かるが『とっとこハ◯太郎』?

 つき合いは長いが、未だに澤部が把握出来ない漆原だった。
 
 澤部の今一番嵌っている物。
 ハムスターの話になったせいか、顔の表情がデレデレになっ
 ている。
 締まりのない顔。
 顔がいいだけに間抜け面に見えるのは気のせいではない
 筈。
 動物。
 ハムスターの話がよかったのか、雫もポツリと話し始めた。
 馬に詳しい雫。

澤部はこれを狙っていたのか・・・・・

「・・・・・僕も、動物は大好きです」

「でしょ〜。 もう見てるだけで癒されるって感じ。 何時間見て
ても飽きないね。 こないだなんか気が付いたら5時間位見て
て」

「5時間・・・・・。 そんなに見ている時間があるならもっと働い
て貰おう。 お前みたいな優秀な奴を暇にさせといて悪かった
な」

「うげっ!」

 しまったという顔をした澤部。
 よけいなことを言って自分の首を絞めてしまった事を後悔して
 いるかもしれないが、知ったことではない。
 丁度澤部にはやって貰いたい仕事が出来たのだ。

しっかり働いて貰おう

 ほくそ笑む漆原を見て澤部は諦めた。
 
「で、雫ちゃんは何が好きなの?」

 手近なところから澤部は上手く情報を引き出していく。
 少しではあるが、うち解けて来た雫。
 しかしまだ警戒している事が分かる。
 肝心な事は濁し話をしている。

 ハッキリ分かった事は名前と年齢のみ。
 後は馬に深く関わっているという事。
 
優しくてデリケートで体調管理に気を遣うと言っていたから、
牧場・乗馬クラブか
年齢からして大学生かもしれない
馬術部、それとも獣医学部か?

 会話から雫が東京に来て間もない事は分かった。
 荷物を調べようにも持っているのは小振りな鞄のみ。
 だがまさか荷物がその鞄だけだとは知るよしもない。
 そして今日初めて東京に出てきたとは思いもしなかった。
 その唯一の鞄は雫と椅子の背もたれの間に挟まれていて
 中を確認する事は出来ない。
  
 そして食事が終わる。
 とても美味しかったと言ったが皿の上には半分以上残ってい
 る。
 
「本当なら全部残さず食べたかったんですが・・・・・・」

 本当に申し訳なさそうにしていた。
 食が細いのだろう。
 だからこんなに華奢なのだろうと漆原は納得した。
 しかしいくら細いとは言っても残しすぎだと思った。
 
これでは体に悪すぎる

 和磨もそう思ったのか眉を顰めている。
 これまでの事は分からないが生活環境からこうなってしまっ
 たに違いない。
 だがこれからは違う。
 生活環境を整えていけばもう少し食も進む筈。
 青白い肌も血色良くなり輝くような肌になるだろう。
 食後のデザートを食べながらそう思った。

 食事が終わった後は場所をサンルームへと移動した。
 暖かく柔らかい日差し。
 窓の外には紅葉が。
 いつも思うがこの庭を見ると気持ちが穏やかになる。
 日頃の喧噪を忘れる事の出来る数少ない空間。
 そう思っているのは漆原だけではない。
 和磨も本家にいる時はこのサンルームでよく寛いでいる。
 雫を見ると同じように気に入った様子。
 そこでも会話の中心は澤部で変わらず雫に関しての情報を
 さり気なく聞き出す。
 
 途中から時計を気にし出し始めた雫。
 少し早めの時間から始まった昼食。
 会話をしながらだった為にいつもより長い昼食だったがそれ
 でも時間はまだ1時前。
 ここサンルームに移って時間は経っているが、それでもまだ
 2時前。
 特にこの後予定があるとは言っていなかったが。

「どうかしましたか?」
 
「あのそろそろ・・・・・」
 
帰るというのか

 本当ならこの場から帰したくはないが強引にして心象を悪く
 する事だけは避けたい。
 自分だけでなく和磨の事まで悪く思われる事は本意ではな
 いのだ。
 取り敢えず今日のところは素直に帰す事にしよう。
 
「そうですか・・・。 ではご自宅までお送りしましょう」

 言って車の用意をしようと立ち上がる。
 その様子に雫は慌てた。

「あの! 一人で帰れますから・・・・・」

 言って俯く。
 何か都合が悪いのか。
 若しくは家を知られたくないとか。
 そんな事が頭の中を過ぎった。

打ち解けてはきていたが最後まで警戒心は解ける事はなかっ
たか・・・・・

 余程の事があったに違いない。
 そうでなければここまで頑なに自分の事を話さない訳がな
 い。
 人の警戒心を解く事に長ける澤部が話していたのに。
 あの後、唯一聞き出せた事は出身が北海道だという事。
 それと、子供の頃から身近に馬がいたという事だ。

 人を信じる事が出来なくなっていると感じられる。
 だが何処かで信じたいという心が残っている事も分かる。
 
引くわけにはいかない

「遠慮はいりません。 あなたのお陰で和磨さんの大切な馬達
の体調不良が分かったのですから。 あなたがいて下さったお
陰で速やかに獣医に診せる事が出来たのですから」

 馬の事を引き合いに出し、ニッコリと笑ってみせる。
 他の者には見せる事のない笑顔だが、雫には惜しみなく出
 す事が出来る。
 それも自然な笑顔が。
 
 澤部にチラッと視線を向ける。
 漆原の意図を感じ取り、同じように「そうそう、遠慮はいらな
 いぜ」と軽い口調で言う。
 
「でも・・・・」

 上げられたその顔は本当に困ったような顔。
 それ程に自分達と拘わりたくないのか。
 雫の前では普段の自分達を押さえていたのだが、それが何処
 かで出てしまい、気付き怯えさせてしまっていたのだろうか。
 
「私の車でご自宅前につけられるのがお嫌なら、その近くまで
という事ではどうですか。 人目に付きにくい場所で降ろしてさ
しあげますよ」

 少し意地の悪い言い方をしてみる。
 すると案の定雫は「そうじゃないんです」と慌てた。
 そして今まで黙っていた和磨が「俺が送っていこう」と言い出
 した。

 三人が一斉に和磨を見る。
 
 やはり和磨にとって雫は特別な存在となっているようだ。
 通常和磨は澤部若しくは漆原の運転する車で移動している。
 だが時には自分で運転する事も。
 その時は必ず一人。
 和磨の運転する車には未だかつて誰も乗った事はないのだ
 から。

 そして雫にとっても和磨は特別な存在なのだろう。
 自分達が家まで送ると言っていた事に言葉を濁していたのに
 今度ははっきりとその理由を言ったのだ。

「今日東京に出て来たばかりなので家は決まってないんです。
これから泊まる場所を探さないといけなくて。 それに、あまり
遅くなると。 泊まる場所が見つからないと困るので・・・・・」

 東京に不慣れだとは分かっていたが、まさか今日出てきた
 ばかりとは。
 それにしても出てくる事が分かっていれば事前に住む場所な
 どは決まっていてもいい筈。
 それが決まっていないとは・・・・・

 住む場所が、泊まる場所が決まっていないというならそれは
 好都合。
 このまま雫を住まわせてしまおうと考えた。
 誰かと一緒に住んでいたとしても、行く行くはこちらに来て貰
 うつもりでいたのだから。

「ならばここに住むがいい」

 漆原が言おうとした言葉。
 それを先に和磨が。
 まさか和磨の口から出て来るとは思ってもいなかった。

「住む場所がないならここに住め。 ここにはお前の好きな馬
カイザー達がいる。 澤部、雫の残りの荷物を取りに行け」

 その一言で全てが決定となった。





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