孤独な華

(4)





 あの後雫は和磨に連れられて馬場から少し離れた場所、同
 じ敷地内の本家へと連れて行かれた。

 食堂に入ると既に食事の用意が調っていた。
 漆原が獣医の室に連絡した後、本家にも連絡を入れ昼食の用
 意を指示しておいたのだ。
 本来本家で食事をする時には神崎家の者のみ。
 だが和磨は時折漆原達を同じ席につかせている。
 そしてこの日は、漆原達も和磨と席を共にさせられた。
 
 雫は当然の如く和磨の左隣に座らされていた。
 前には漆原が、そしてその横には澤部が。

 雫はそれぞれの席に並べられた皿を見て驚いていた。
 漆原が雫の緊張を解す為に用意して貰った料理。
 その策が見事成功した。

 テーブルにはサラダ、スープ。
 そしてメインはオムライス。
 和磨を筆頭に、残りの二人でさえオムライスを食べるというイメ
 ージはない。
 普段食べる事のない料理。
 オムライスで既に驚いている雫だが、そこにある更なる工夫
 がかなりのインパクトだったのだろう。
 和磨の表情は変わらなかったが、澤部は嫌そうな顔。
 雫ははじめ目を大きく見開き驚いていたが、その後直ぐに柔ら
 かい微笑みを浮かべた。

良かった・・・・・
 
 先程までは緊張していたせいか、顔色が悪かったが今は頬が
 うっすら色づいている。
 初々しい。
 見ている者の心がほんのり暖かく、優しくなる笑み。
 
「さあ、冷めないうちに食べましょう。 嫌いな物はありませんか
?」

「ありません。 とても美味しそうですね」

「ええ、本当に美味しいんですよ。 初江さんといってここで長年
家政婦として働かれているですが、それは料理上手で。 私達も
こちらで食事をするのが楽しみなんです」

 にこやかに話す漆原に横から苦情が。
 
「ちょっと待て、友ちゃん」

「・・・・・誰が友ちゃんですか」

 漆原の眉がピクリと動く。

「この場で友ちゃんは一人しかいないだろう」

 漆原は澤部を無視し、「頂きます」と言って食べ始める。
 雫もその後に続き「頂きます」と言う。

「だからちょっと待て!」

「・・・・・煩い」

「可愛くないぞ友ちゃん」

「可愛くなくて結構です。 全くさっきから友ちゃん、友ちゃんて煩
い。 何か用ですか?」

 漆原から冷たくあしらわれてもめげない澤部。
 いつもの事だから気にもしていないのだろう。
 そして不満をぶつけてくる。

「あるから友ちゃんを呼んでるんだろう。 いつもの事だが、友ち
ゃん俺に対して冷たいぜ。 それになんだよこれは!」

 言って自分の目の前に置かれているオムライスを指さす。
 
「それがどうかしましたか? ああ、余りにも本当すぎてビックリ
ですか?」

「違う! みんな名前で書いてあるのにどうして俺だけこれなん
だ」

 雫も言われて皆のオムライスを見る。
 席に着いた時驚いたのはオムライスにケチャップで自分の名前
 『しずく』が書かれていたのだ。
 自分の分だけしか見ていなかったが、皆の皿に目をやると、そ
 こにも『かずま』『ともゆき』と書かれていた。
 そして澤部の皿には『バカ』と書かれていたのだ。

「俺が『バカ』? てか、なんで『バカ』?」

「分かりやすいところで言えば、呼ぶなと言っているのに私の事
を相変わらず『友ちゃん』と呼ぶところでしょうか」

「実際『友ちゃん』なんだからいいだろう。 『友ちゃん』を『友ちゃ
ん』と呼んで何が悪い」

 繰り返し呼ばれる『友ちゃん』に漆原は静かに切れた。
 
「武闘バカ、肉体バカ、猪バカ、頭もバカ、バカバカバカ」

「おいこら。 いくら友ちゃんでも許せねえぞ」

「おや、本当の事を言われて頭にきたんですか。 頭がバカなの
は昔からですよね。 学生時代から私に勝てた事はなかった筈。
それに喧嘩っ早くて。 確かに強かったですけど。 『体が資本だ
、俺は強くなる』とか言ってスポーツジムに通ったり、ボクシン
グのジムに行ったり、空手道場にも行ってましたよね。 何かあ
ると猪のように脇目もふらず一直線で。 その度に俺がフォロー
してやったのに。 忘れたとは言わせないぞ」

 後半口調が変わる。
 澤部とは高校からの長いつき合いなだけあって、雰囲気も何も
 かもが砕けたものへと変わっていた。
 他の、彼らの下に付く者には信じられない光景だろう。

 普段の漆原はとても冷たい眼差しで仕事をこなしている。
 表情が変わる事もなく淡々と、事務的な話し方。
 感情があるのだろうかと思われていた。
 それだけなら恐れられる事はなかった。
 何故恐れられているのか。
 それは綺麗な容姿、すらっとした体格からは想像も出来いくら
 いの破壊力のせいだろう。

 当初、この神崎に来た時、その容姿のせいで襲われそうになっ
 た事があった。
 その時は澤部が気付き無事にすんだ。
 襲った相手は澤部が丁寧に痛めつけた。
 兄貴分だろうが、上司だろうが関係ない。
 その事で澤部は睨まれる事になったが鼻であしらった。
 だが同時に忠告もしてやった。

『死にたくなきゃ手を出すな』と。

 それは澤部の事だと思っていた面々。
 忠告を無視しまた漆原を襲う。
 気付いた澤部だが今度は止める事はしなかった。
 そして・・・・・

 漆原は容赦なかった。
 相手の腕を折り膝を割り顎を砕いた。
 血塗れで相手は意識がなくなっているのに足先で蹴り続けた。
 相手の血が服や手につき、赤く染まって、そしてクスクスと笑
 う。
 壮絶な笑みに誰もが凍り付いた。

 その時の相手は今いない。
 割られた両膝が治る事がなく、歩く事が出来なくなったから。
 
 この事があって以来、誰も漆原に手を出す者はいない。
 恐れながらもこの美貌の持ち主に心酔する者が続出した。
 そしてその漆原が「命が惜しかったら澤部には逆らうな」と言
 う。
 示し合わせた訳ではないが、互いが周りに牽制をかけた。

 二人の事を聞いた清風会幹部。
 実際に会い、二人を和磨の下へ付けた。
  
 
 高校生の時、同年代では話も物の考え方も合わなかった。
 だからどこか冷めた目で見ていた。

 その中で唯一澤部だけが漆原の興味をそそった。
 同じ高校生にも拘わらず、澤部の外見は高校生には見えなか
 った。
 そして放つ雰囲気も。
 いつの間にか共に行動することが多くなっていた。

 成績はいつも漆原より下。
 といっても二人の名前は常に並んでいた。
 本気でやれば違っていた筈。
 頭の回転が速く、時には漆原の行動を先読みし、全てを終わら
 せていたり。

 会話のテンポが良かった。
 時折見せる鋭い視線、冷めた態度。
 その姿に漆原意外、誰も気付かない。

 周りにいる同級生達とは違って見えた。
 澤部も漆原の事を他の同級生達とは違うと感じていたのだろ
 う。
 口にはした事はないが互いが認め合っていた気がする。
 特別な存在だった気がする。
 
 当時は漆原は自分の事を「俺」と言っていた。
 現在の職に就いてから「私」となり、口調も改まったものへと。
 澤部には「すかしてるみたいで気にくわない」とか「他人行儀
 だ」とか言われたが変える気はなかった。
 
・・・・・他人だろう

 その内何も言わなくなったが。
 そしてその頃から「友ちゃん」という呼び方をするようになった。
 「私」という呼び方を変えなかった為の嫌がらせに違いない。
 本当は言いたい事は沢山あったのだが、雫の手前穏便に済ま
 せてやろうという漆原の優しい心遣いをぶち壊した。

「いやん、お兄様許して〜」

 高い声でしなをつくり、『お兄様』と呼ぶ澤部に一瞬殺意を覚え
 る。
 雫がいなければ実行していたかもしれない。

『お兄様』

 漆原には禁句な一言。

「・・・・私は、お前のお兄様でもなければ、『お兄様』とも呼ばれ
る筋合いもない」

「でもお兄様には変わりないし〜」

「・・・・・・・・」

 今は無視しておくことにする。
 澤部に構っていては何時まで経っても食事が出来ない。
 それに、今は雫の今後をどうにかするかが一番の最優先事
 項。 
 
 そんな事を思っていると「クスクス」という笑い声が。
 見ると雫が口元に手を当て笑っていた。
 優しく涼しげな声。
 ほんのりピンクに染まった頬、目の前にいた二人は目を奪われ
 た。
 暖かな春の日差しのような笑みに心が暖かくなる気がした。
 
 そしてふと、和磨に視線を向けると和磨は雫を見ていた。
 冷酷な瞳に柔らかい光りが。
 そんな瞳をした和磨を見た事がなかった。
 澤部を見ると、やはり驚いた表情。
 
 漆原の視線に気づいた澤部。
 二人は目配せをする。
 それだけでお互いが瞬時に何をしたらいいのかを確認しあう。
 口を開こうとしたがその前に雫から聞きたくない言葉が。

「お二人共仲がいいんですね」

 その言葉に、澤部はニヤリと笑い、漆原は眉をひそめた。
 ハッキリ言葉にされると寒気が走るのは漆原。
 対照的に澤部は嬉しそう。

「そうなのよ、俺たち超〜仲良しさんなんだよ。 でも友ちゃん照
れちゃって。 恥ずかしがり屋さんなの」

 ふざけた事を言っている澤部は無視だ。
 いや、必ず報復してやると誓う。
 確実にダメージを与えられる事間違いない。
 思わずほくそ笑む。

 その笑みに澤部も何か感じたのか、ブルりと体を震わせた。

「と、友ちゃん?」

「さ、折角の食事が冷めてしまいますよ」

 食事を再開した。



 

 
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