孤独な華

(3)





 こぼれ落ちる涙。
 雫はそれを隠そうと俯いたが、涙はドンドン溢れ地面に吸い込ま
 れて行く。
 必死に抑えようとしているせいか、体が小刻みに震えている。
 我慢しようと、繋がれた漆原の手を両手で握りしめていた。

 痛々しい姿に漆原の心も痛む。
 他の者ならば全く気にしないが、今日初めて会い、時間にしてま
 だ30分も経っていないが、この雫は別だった。

 なぜなのか理由は全く分からない。
 ただ放っておけないのは事実。
 そして和磨とは全く違うが、惹き付けられるものがあったのだ。
 
 和磨はカイザーに騎乗したまま、静かに涙をこぼす雫を見つめ
 ていた。
 その表情からは和磨の心情は窺えない。
 暫く雫を見つめていたが突然カイザーから降り雫の元へ。
 視線は雫に向けられたままだったが、和磨は静かに漆原へ獣
 医の手配を告げた。
 
 自分がいなくても大丈夫だと感じた。
 だから雫と繋いでいた手をそっと離す。
 「行かないで欲しい」という縋るような視線。
 だが直ぐに目の前に立つ和磨に視線が向けられる。
 雫の顔に一瞬零れていた涙が止まり、驚きと戸惑いの表情が。
 そしてまた、瞳から涙が溢れ・・・・・
 
 獣医の手配をしようと、少し離れた場所から二人の事を見てい
 た漆原。
 今、雫の流している涙の意味は分からない。
 だが何故か和磨の為に泣いているような気がした。
 そんな雫を見ている和磨。
 その瞳は見たこともない柔らかいもの。
 こんな穏やかな瞳をしている和磨を見た事はない。
 そして「泣くな」と、雫を宥める調も柔らかく感じる。
 泣き続ける雫の頬に両手を添え、零れる涙を拭う仕草もとても
 優しく・・・・・

これは、もしかしたら・・・・・

 先の思いは間違っていなかったと思えてくる。
 誰かに対して表立った労りを見せるとは。
 自分に、家族に、他の誰に対しても常に厳しくあったのだ。
 皆から恐れ敬われ、だが征爾に続き絶対的存在。
 その和磨が初めて見せた優しさ。

やはり手放せない

 獣医の室に連絡を取ると直ぐにやって来た。
 年取った獣医は同じ敷地内ではなく、屋敷から5分と離れてい
 ない所にいる。
 毎日ではないが、週一で和磨の愛馬達の診察に来ている。
 明日がその日だったが。
 その室も雫と同じような診断を下した。
 カイザーは昨日蹄鉄を換えたばかりだったが、爪の削りが浅か
 ったらしい。
 左右ほんの少しだが爪の長さに差があった。
 ファレスの方は、季節の変わり目で食欲が落ちているとの事。
 世話係の者に聞いてみたところ、朝の飼い葉を残していたと。
 
 パッと見では分からない症状。
 二頭を担当している者でさえ分からなかった、ほんの少しの症
 状。
 まして雫はこの2頭を今日見たばかり。
 室はそんな雫に感心していた。

「お前さん、よっぽど近い所で馬と過ごしてきたね。 じゃなければ
普通分からんじゃろ」

 当たっていたが雫には答える事が出来なかった。
 黙って俯いてしまった雫に目をやり、漆原は室の言葉を視線で
 遮った。
 室は漆原の視線の意味に気付きそれ以上雫に言わなかった。

 追求すれば今以上に心を閉ざしてしまうに違いない。
 いや、この場所にとどまる事も拒むだろう。
 それでは駄目なのだ。
 なんとしても雫をこの場所に留めなくては。
 家族と一緒に住んでいようが関係ない。
 このまま雫を返さなかったとしても。
 もし何か言って来たとしても、自分なら上手く処理する事が出来
 る。

 だがそんな必要はないかもしれない。
 先ほど雫の口から零れた「馬は裏切らない」という言葉。
 そして傷ついた瞳。
 かなり身近な者に裏切られたのだと想像がつく。
 親友、恋人。
 もしくは親兄弟に違いない。
 そうであれば断りを入れる者はいないのだから好都合。

「雫さん、この後何か予定はありますか?」

 突然の漆原の言葉に俯いていた顔を上げる。
 戸惑いの表情。
 
「お急ぎですか?」

 出来るだけ優しく。
 雫は戸惑いながらも急ぐ事はないと。
 
「ではご一緒に昼食をいかがですか?」

「あ・・・でも・・・・・」

「ご迷惑ですか」

「いえ、迷惑だなんて・・・・・」

 優しい口調。
 相手の都合を伺っているように思えるが、実はさりげなく断れな
 いように話を進めていった。
 初めうちは迷っていたが、そんな雫に焦れた和磨が「行くぞ」
 と一言言い肩を抱いて歩き始めた。
 
 この行動には漆原も、そしてその場にいた全ての者に驚きが。
 和磨自ら誰かの手を取るなどあり得ない事なのだから。
 誰も近づく事を許さない。
 家族でも、時折その手を拒む事がある。
 側近である漆原達は常に一歩ひいた状態。
 和磨の事を裏切らないという事でそばに置いて貰えているの
 だ。
 裏切った者には容赦ない制裁が待っている。

 同じ位置に立つ者などいないし、許さなかった。
 だが唯一和磨が認めている者がいた。
 たった二人。

 一人は漆原もよく知る者。
 同じ年齢の二人。
 漆原が側についた時には既にその存在があった。
 幼少時代からの繋がりがあると聞いた。
 二人がどんな子供で、その後どういったつき合いがあったのか
 は全く分からないし、想像もつかない。
 だがあの和磨が唯一認めている人物なのは分かる。
 その男も同じように、放つオーラが違うのだ。
 普段は抑えさえているようだが敏感な者には畏怖の念を与えて
 いた。
 瞳は凍えるように冷たく、闇を背負っている。
 時には和磨以上に非情な男。

 そしてもう一人。
 和磨の世話係兼護衛。
 当時清風会のNo.2だった男。
 漆原が入った時には既にいなかった為、その人物に会った事
 はない。
 その人物を知る誰もが『人当たりが良く、誰からも好かれ慕わ
 れていた』『ぱっと見役者のようでとても清風会のNo.2には見
 えなかった』『だが何かあると途端変わり夜叉のようになる』と
 口を揃えて言った。
 だが和磨の事は本当に可愛がっていたとも。
 和磨もその人物には心を許していたと。
 そんな人物が何故和磨の側にいないのか。
 しかし誰もがその後の事は、今その人物が何処で何をしている
 かは堅く口を閉ざしていた。

そして三人目・・・・・
 
 その三人目になるかどうか、まだハッキリ決まった訳ではない。
 だが、先を歩く二人を見ていると、そう遠くない気がする。
 雫も戸惑いながらも和磨の腕から逃げず、大人しく収まってい
 るのだから・・・・・

 



 
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