孤独な華

(2)





 つい二日前迷い込んできた儚く傷ついた可憐な花。

 『清風会』本家の敷地内にある馬場に偶然やって来た。
 地元住人は近づく事のない場所に佇んでいた。
 遠目から見た時には警戒したが、近づいてその思いが間違って
 いたと直ぐに分かった。
 見た途端、その花はボロボロに傷ついている事が分かったから。
 
 声をかけ振り返った瞬間、相手は酷く怯えた。

 横顔だけでもとても優しい顔立ちの持ち主。
 線の細く、正面から見た顔は横顔以上に綺麗な顔で儚く、今にも
 消えてしまうのではと思わせる。
 そして正面から覗き込んだ瞳はとても傷つき疲れきっていた。
 
 漆原としては出来るだけ相手を怯えさせないように、話しかけた
 のだが、相手には伝わらなかったらしい。
 
 黙り込んでいた相手にもう一度話しかけてみた。
 今度は怯えながらも答えてきた。

「あ・・・・馬を見ていて・・・・。 凄く綺麗で、乗っている方の捌き方
も巧みで、一つになっているんです・・・・。 でも、黒い馬は走り方
が少しおかしいんです。 多分右前足、利き足の爪が伸びて違和
感があるんだと思います。 白馬の方は毛艶があまり良くないん
です。 胃が悪いのかな・・・・・・」

 余程近くで馬の事を見続けてきたに違いない。
 そうでなければ初めて見た馬の体調など分かるはずがない。
 それに馬の事が好きでなければ。

「早く休ませてあげたい・・・・・」

 自分の方が疲れ切っているのに、心から馬の事を心配している口
 調。
 いてもたっていられない、そんな口調だ。

 そんな時「もしかしたら」という思いが。

 漆原の大切で尊敬する若き主を支え、癒す事が出来る者かもしれ
 ない。
 ふとそう思った。
 すると自然に笑みが零れた。

「あなたは馬が好きですか?」

 口調もより優しものへ。
 漆原の笑みと優しい口調のせいか、少し安心した顔に。
 そしてその質問には直ぐ答えが来た。

「大好きです。 強くて優しくて繊細で。 彼らは裏切らないから・・・
・・・」

 言いながら今にも泣き出しそうな顔に。
 痛々しい言葉。
 今までどういった生活を送って来たのか分からないが、決して楽
 しい生活ではなかったようだ。
 幸せな生活を送った事のある者は、こんな寂しい目はしていな
 い。
 それに簡単に「裏切る」という言葉も出てこないから。

 だが瞳には寂しさがあり、非常に傷ついていたが、その奥には人
 を惹き付ける力、癒す光が見てとれた。

 この人物をこのまま帰す事は出来ない。

 だから手を引いた。
 強引ではあると思ったが、そんな事は些細な事。

 漆原の大切な主に拘わってくるかもしれないのだ。
 歩きながら簡単に自己紹介を済ませる。

 花は『屋代雫』と名乗った。
 『雫』という名前はとてもその人を表していた。
 儚く、消えてなくなってしまいそう・・・・・
 
 歩いている時、横顔に視線を感じた。
 見ると慌てて顔を反らす。
 聞くと「あなたのような綺麗な男性を見た事がない」と。
 
 漆原からすれば雫の方が美しく思えた。
 だから「あなたの方が綺麗だ」と言葉を返した。
 瞬間顔が強張り俯いてしまった。
 余程顔にコンプレックスがあるらしい。
 追求はせずに歩く。
 時折視線を感じ、その度に怯えさせないように微笑んだ。

 本家に入り馬場まで行くと、沈んだ表情が一転し先に見える二頭
 の馬に見惚れていた。
 それ程までに馬が好きなのか。
 そうでなければ、初めて見る馬の状態を一目見ただけで「体調不
 良」だと見抜く事など出来ないだろう。

 馬に乗った二人は直ぐに漆原に気づいた。
 馬場に向かって礼をすると漆黒の馬に乗った漆原の唯一の主で
 ある神崎和磨がやって来た。
 白馬も続いてやってくる。

 漆原の隣にいる雫に目をやりながら「どうした」と聞いてくる。
 低く落ち着いた声。
 まだ年若いが人を従わせる事のできる姿と声。
 聞く者には威圧感を与える声だ。
 その声に案の定、隣りにいた雫がビクリと肩を跳ね上げる。
 そして漆原の着ているスーツに違和感が。

 見ると雫があいている片方の手でスーツの裾を掴み震えていた。
 無理もないと思う。
 長年仕えている漆原でさえ和磨に恐れを感じる事があるのだ。
 全く初対面である雫が、恐れを抱かず普通にしている方がおかし
 いのだから。
 だが雫には慣れてもらうしかない。
 嫌がろうが漆原は雫をこのまま手放す気はないのだから。

 雫を和磨に紹介する。
 愛馬の調子が悪いという事を気づいた人物だと。

 そして雫と繋いでいるもう片方の手を優しく握り促す。
 『大丈夫、頑張れ』という風に。

 そのお陰なのか、馬の事だからか、雫は声を震わせながらも一
 生懸命馬の状態を説明した。
 頑張ったと思う。
 他の者がこんな説明の仕方をすれば容赦しない漆原だが、雫に
 関しては違う。

 『傷つけてはいけない。 雫を傷つける者は許さない』
 そう決めたのだ。

 だからこんな拙い説明でも頑張ったと思い、漆原は雫の頭を優し
 く撫でた。

 すると雫の瞳から透明な涙が零れた。





Back  Top  Next








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送