(中編)






 その翌朝、徹平は若菜の前に現れた。
 
 少し早い時間から待っていたのか、若菜が改札を通
 って直ぐ「若菜先輩!」と駆け寄って来た。
 満面の笑み。
 シッポがあったなら、振り千切れんばかりだろう。
 兎に角、嬉しくて仕方ない。
 そんな姿だ。

 その後ろには日浦の姿も。
 朝には相応しくない、とても不機嫌顔。
 挨拶はするがその他は話す事もなく、若菜達の直ぐ
 後ろから着いて来る。
 
 初めて見る取り合わせに周りも気になったらしく、遠
 巻きに観察していた。

 なぜ、あんな戸田若菜の周りに皆が注目する人物
 達が集まるのか。
 白鳳学園の七不思議だった。

「若菜?」

 後から若菜達に追いついた綾瀬も、初めて見る取り
 合わせに心底驚いていた。
 
 若菜の周りには常に自分達しかおらず、まして後輩
 と呼べるのは、彰だけ。
 彰は有樹の恋人で、若菜に懐く事はまずない。
 若菜に懐く後輩など存在しなかったのに。
 
 皆が暗く、ダサクてすこし変わっている若菜の事を嫌
 厭しているのに。
 その事に関して、若菜は全く気にしていない。
 そして今若菜に纏わり付く後輩も気にしていない。

 全く気にする事もなく若菜を慕う後輩の出現。
 何かあるのかと最初は勘ぐったが、そんな疑いは直
 ぐ晴れた。
 心の底から慕っている眼差しだったから。

 後から来た竜也も、危険な存在ではないと判断した
 ため。



 皆が何も言わずにいたため、徹平は若菜の側に常
 にいた。

 朝は駅から。
 授業間の休み時間は短く、1年と3年の教室の距離
 があったために、教室移動の授業がある時には来な
 かった。
 それ以外は毎時間通った。

 普通、3年の教室に行くのは躊躇われるのだが、徹
 平は全く気にしていない。
 クラスメート達も、可愛く愛嬌たっぷりの徹平の訪問
 を心待ちしていたりする。

 昼休みにはやはり、当然のように弁当を持って若菜
 の元へとやって来た。
 時には日浦も。
 日浦は生徒会長なため、昼も忙しいらしく毎日はやっ
 て来ない。 
 しかし、徹平が毎日若菜の元へ通っているのを知っ
 いるので時間があると通っている。

 綾瀬達からしてみれば鬱陶しい事この上ないのだが
 初めて出来た可愛い後輩に若菜が喜んでいるので
 邪険にはできない。
 本当に嬉しそうに笑っているのだから。
 そんな姿を見るのが好きだった。

 今も嬉しそうに若菜が作って来たワッフルを徹平に
 食べさせている。

「若菜先輩、お料理上手。 美味しい!」

「そう、もっと食べて。 このジャムも美味しいよ」

「もしかして、これも手作りですか?」

「うん、そうだよ」

「凄〜い!」

 若菜はとても楽しかった。
 こんなにも自分を慕ってくれる。
 初めて出来た可愛い後輩。
 自分の作った物を、本当に美味しそうに食べてくれ
 て感動してくれる。
 
 時々やって来る日浦に「食い意地が張ってる」とか
 言われ落ち込み、「あっちに行けよ」と憎まれ口を
 聞いたり。
 放課後は勉強を教えたり。
 毎日が楽しくてしかたない。
 可愛くてしかたない。
 
 弟はいるが、徹平にように可愛くない。
 体格は若菜よりもいい。
 顔もとっても男らしい。
 慕っているというより、過保護だ。
 ハッキリと口にはしないが、大好きな貴章の事を嫌
 っているし。

ホント、可愛い

 この嬉しさを知って欲しくて、貴章にも毎日徹平の事
 を話す。

「今日はね、徹平君に勉強を教えてあげたの」
「持って行ったおやつが、凄く美味しかったって」
「今度お買い物に行く約束したんだ」

 等々。

 貴章は嬉しそうな若菜の話を聞くだけで特に何も言
 わない。
 ただ、「それはよかった」と、一言言うだけ。
 貴章が不機嫌だと全く気付かなかった。
 特に『徹平』という名前がでる度に拍車をかけてい
 る事などとは。

 ある日の放課後、いつもと同じ様に綾瀬達、それに
 徹平達と正門を出ると見覚えのある車が止まってい
 た。
 「暫くは会えない」と言っていた筈なのに。

 若菜達の姿に気付いた貴章が車から出て来た。
 後ろのドアからは、真っ青な顔をして悠二が。

「若菜」

 嬉しさの余り貴章に飛びつく。
 貴章も若菜を抱き留めるが、綾瀬と竜也の顔は引き
 っていた。
 貴章の纏う雰囲気がとても険悪なものだったから。

「貴章さん、お仕事は?」

「ああ、一段落した。 この後何か予定でも?」

「全然ないよ。 こんにちは、悠二さん。 綾瀬とデート
? 良かったね、綾瀬。 忙しくて会えなかったんでし
ょ? あ、そうだ、貴章さん紹介するね。 この子がい
つも話してる、山賀徹平君。 横にいるのが徹平君の
幼なじみの日浦創志君。 こっちが綾瀬のお兄さんで
僕の大切な人貴章さん」

 見た事もないような、とても嬉しそうな若菜の表情。
 全身で好きを表している。

 若菜の「僕の大切な人」という言葉で貴章の雰囲気
 が少し和らいだが、それでも険悪なものには変わり
 ない。

 初めて見る貴章に、徹平は口を開け呆然。
 隣に居た日浦も。
 迫力ある美貌に圧倒。
 容姿だけでなく、全身から現れる王者の気配。
 以前学校に現れた時の騒ぎは知っているが、その
 時は貴章の姿を見る事は出来なかった。
 見た者の話を聞いても「人間じゃない」というだけで
 要領を得ない。
 だが、目の前にして分かった。

確かに半端じゃない・・・・・
なんて威圧感だ・・・・

 貴章の目が徹平に向く。
 途端徹平は飛び上がり、日浦の後ろに隠れてしまっ
 た。

 送られて来た報告書にあった写真の人物。
 見ると小柄で、子犬のようだ。
 その前で震える子犬を守ろうとしているの幼なじみ
 に視線を向ける。
 一別し、若菜を車へと促す。

『兎に角早くこの場を去って欲しい』

 誰もが思った言葉だ。

「また明日ね」

 手を振り貴章の開けてくれた助手席に乗り込む。
 車が見えなくなり、その場の緊張が一気に解けた。
 徹平に至ってはその場に座り込んでしまう。

 その場にいた綾瀬達には、貴章の不機嫌の元を確
 信した。

こいつのせいだ・・・・・

「おい、お前もう若菜に近づくな」

 珊瑚が直球で徹平に言う。
 ブルブルと震えていた徹平。
 だが、珊瑚の言葉にカチンと来たらしい。

「僕は若菜先輩の事が大好きだから、離れません!」

「なんだと・・・・」

「あんな恐い人、若菜さんに相応しくないです。 そう
だ若菜先輩は騙されてるんだ!」

 キャンキャンと吠えている。

 実の弟、綾瀬が目の前にいるのにも拘わらず言う
 とは。

 一人思いこみ勘違い。 
 自分の考えに走る徹平を哀れに思う。
 しかし、よく相応しくないなどと言えるものだ。
 貴章が聞こうものなら抹殺されるのではなかろう
 か?
 いや、貴章が徹平を相手にする訳がない。
 
 何か思う事があり、徹平を見に来たもは間違いない
 が、歯牙にもかけていない。
 視野にも入れないだろう。

「負けないぞ―――!」

 叫ぶ徹平を哀れに見る面々。
 一人日浦だけは、徹平の鈍さに怒りを覚えていた。

 胃の痛い徹平の存在。
 しかし、この徹平のお陰で綾瀬は悠二と久しぶりに
 会えたのだから、まあ良しとする。

「俺達も行こうか」

 ニッコリと微笑む綾瀬。
 滅多に見る事の出来ない艶やかな綾瀬の頬笑みに
 悠二はメロメロ。
 先程まで青かった顔がすっかり甘いものへと変わっ
 ていた。


 
 


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