可愛い子犬

(前編)






「おはよう〜」

「お早うございます」

 いつもと変わりない朝の登校風景。
 
 そんな中、駅から一人トボトボと歩く若菜。
 綾瀬達という友人が出来、少しは明るくはなってい
 るが、一人でいる時は以前と同じ。
 背中を丸め、俯き加減。
 存在が薄い。

 そんな若菜にも、一週間前からちょっとした変化が。

「若菜せんぱ〜〜い」

 ここ一週間前から見られる光景。
 元気に自分の事を呼ぶ声に振り返る。
 一生懸命自分の元へ走って来る少年。
 その姿をハラハラと見守る。
 後少しのところで躓く少年を慌てて抱き留める。

 その後ろから走って来る男の姿。

「お早うございます、若菜先輩」

「お早う、徹平君。 走ると危ないよ」

「へへへっ」

 若菜に抱き留められたのは1年の山賀徹平。
 170p近くある若菜より10pは低いだろう。
 若菜の腕の中にすっぽりと収まっている。

 注意された事も全く気にせず若菜に懐いている。
 その姿は主人に会えた事に喜ぶ子犬のようだ。
 大きな目にフワフワな栗色の髪。
 喜怒哀楽も激しい。
 嬉しい時は満面の笑み。
 怒る時には顔を真っ赤にし。
 悲しい時は項垂れ。
 楽しい時は全身で嬉しさを表現。
 1年のマスコット的存在。

「だから走るなと、いつも言ってるだろ」

 後から来た男は2年の現在生徒会長を務める日浦
 創志。
 スラッとした長身で細身、メガネを掛けている。
 少し神経質そうな顔立ちだが、2年の中では断トツ
 にモテテいた。
 聞くところによると二人は幼なじみだそうだ。

「だって・・・・・」

 シュンと項垂れる徹平。

「お早うございます、戸田先輩」

「お早う、日浦君。 そうだよ、徹平君。 又転ぶから
ね」

 項垂れる徹平の頭を良い子良い子と優しく撫でる。
 その優しい手に擽ったそうに首を竦める。

「ほら、いつまで戸田先輩に抱きついてるんだ。 邪魔
だから離れろ」

「え――――」

 文句を言いながらも離れる徹平。
 しかし、このまま抱きつかれていては学校に行けな
 いし、遅刻してしまう。

「邪魔じゃないけど、遅刻すると困るかな?」

 優しく諭すように言うと慌てて離れる。
 徹平の余りの態度の違いに、日浦は苦々しく見る。

「行こうか」

 二人を促し登校する。
 
 1年のマスコットと、生徒会長。
 そして何かと最近話題の若菜の組み合わせは目立
 っていた。



 山賀徹平と知り合ったのは、一週間前の事。
 ちょっとした事が切っ掛け。

 若菜が学校帰りに寄った綾瀬の家から帰る途中の
 出来事。

 送って行くと言った綾瀬を「まだ明るいから」といって
 断り歩いていた。
 そこに突然現れた一匹の犬。
 黒のラブラドール。
 見ると赤い首輪をしており、リードが着いたまま。
 散歩の途中逃げ出したのだろうか。

「お前一人? ご主人様は?」

 犬が怖がらないように、優しく話しかける。
 人なつこい犬のようで、差し出された手をクンとひと
 嗅ぎし「ワン」と一吠えし、シッポを振って若菜に甘え
 てきた。
 体を押しつけ、手を嘗め一生懸命好意をアピールし
 ているようだ。

「可愛いね」

 首を抱き、若菜も頬をすり寄せる。
 親愛を深めていると遠くの方から何か呼ぶ声が。

「・・・・・グー、何処――。 キング――――」

ワン

「何お前の事? キングってお前なの?」

 犬に話しかける。

ワンッ!

 『そうだ』というように返事をする犬。

「格好いいね、お前に凄く合ってる」

 頭を撫でると誇らしげに。
 リードを持ってその声のする方向へ歩いて行く。
 声の主は直ぐ近くまで来ていた。
 若菜に連れられた犬に気付いたらしい。

「キング!」

 慌て走り寄る男の子。
 たどり着く前に転んでしまった。 
 
「あっ!」

 慌てて駆け寄る若菜。
 起きあがった男の子は擦り傷だらけ。
 先に一度転んでいたようだ。
 
「キング!」

 目の前にいる犬に抱きつく。

「よかった! お前どうして急に走り出すんだよー!
勝手に居なくなるなよ、凄く心配して、凄く捜したんだ
ぞ」

 目に涙を浮かべながら犬に文句を言っていた。

「この犬、君の犬?」

 話しかけられて、若菜の存在に気付いたようだ。
 若菜より年下と見られる、瞳が大きく、小柄な可愛
 らしい男の子。

「あっ、すみません。 はい、僕の犬です。 散歩して
たら急に走りだして居なくなったんです。 捕まえてい
くれてありがとうございます」

 立ち上がり頭を下げる。
 転んだせいで服もかなり汚れていた。
 
 若菜はリードを手渡し、少年の服の汚れを払い落と
 し始めた。

「すみません、有難うございます。 汚れちゃいますか
ら。 自分でできますから」

 恐縮する相手に「いいからいいから」と汚れを払って
 いった。
 そして手に持っていた鞄を地面に置き、中から携帯
 救急セットを取り出す。
 まず最初にウエットティッシュで汚れを拭き取り。
 次に消毒液を傷口に拭きかけ。
 痛かったのか目に涙を浮かべている。
 
「大丈夫?」

 聞くと唇を噛み締め我慢し頷いてく。
 一旦作業を中断。

「口開けて」

 素直に口を開ける男の子。
 その口の中に、ポケットから取り出した苺味の飴。
 口の中に広がる甘さに気が紛れたらしい。
 打って変わって嬉しそう。
 中断していた手当を進めた。

「はい、終わり。 よく我慢したね」

 言って偉い偉いと頭を撫でる。

「暗くならないうちに、早く帰ろうか。 送って行くよ」

 聞くと若菜の家とは反対方向で距離もある。
 しかし、相手は怪我をしているし、また犬が逃げ出
 すとも限らない。
 リードを受け取り歩き始めた。

 家に着くまでの間色々話をした。
 名前は山賀徹平。
 若菜と同じ白鳳学園に通う1年という事。

「若菜先輩って呼びますね」

 屈託のない笑顔でそう言う。
 家族の事、好きな食べ物。
 色んな事を話、聞かれた。
 愛犬のキングが、家族以外に懐くのには驚いたと
 か。
 等等。

 徹平の家の前まで来ると、門の前で待つ人の姿が。
 二人と一匹の姿に気付き走って来た。

「徹平!」

 見るとその男は、若菜達の高校の生徒会長日浦。

「あ、創志」

「余りにも帰って来ないから心配しただろ。 また転ん
だのか。 あれ程気を付けろと言っているのに」

 日浦に怒られ項垂れる徹平。
 その姿が可哀想で若菜がフォローをする。

「怒らないであげてくれる? 徹平君、キングが急に
走り出したせいで転んだんだから」

 若菜の言葉と視線にキングが「クウ〜ン」と項垂れ
 る。
 そこで初めて若菜に視線を向けた日浦。

「どうして、あなたがここに? 何故徹平と一緒にいる
んですか?」

 若菜を知っていると言わんばかりの口調に、少し驚
 いてしまう。

「僕の事知ってるの?」

「ええ、勿論ですよ。 あなたは自分が思っている以
上に有名なんですよ。 戸田先輩」

「そうなの?」

 何故自分が有名なのか全く分からない。
 そんな若菜の様子に日浦が言う。

「当然でしょう。 あなたの周りには久我山グループの
綾瀬先輩、剣財閥の剣先輩。 高津先輩、岬先輩が
常にいるんですから。 それにあなた自身が学年トッ
プじゃないですか」

成る程・・・・・

「凄〜い、若菜先輩学年トップなんだ」

 目をキラキラ輝かせ自分を見つめて来る徹平に思
 わず戸惑ってしまう。
 自分より年下の後輩にこんな尊敬した目で見られる
 のは初めての事。
 
「うん・・・・でも、日浦君も2年ではトップだし」

「全然違いますね。 戸田先輩の場合は全国模試でも
常に上位じゃないですか」

「凄―――――い!」

 先程以上に徹平の眼差しが変わった。

「優しいだけじゃなくって頭もいいなんて尊敬しちゃう。
家族以外に懐かないキングも若菜先輩には懐くし。
キングも好きだよね」

ワン!

 外見はともかく、優しく頭のいい若菜に、徹平はすっ
 かり懐いたようだ。
 家族以外には懐かない、愛犬キングも懐いた事が
 だめ押しらしい。

「煩い、徹平」

 日浦に邪険にされ膨れる徹平。
 可愛いなと心から思う。

「じゃあ、僕は帰るね。 じゃあね、キング」

 キングの頭を撫で、リードを渡そうとする。
 日浦が受け取ろうとするが、キングが「グルルル」と
 低く唸る。
 その態度に舌打ちする日浦。
 睨み合う姿に、相性が悪いのだと悟り徹平に渡す

 若菜がその場を後にしようとすると「キュ〜ン」と寂
 しそうな声。
 懐いてくれたキングだが仕方ない。

「じゃあね」

 その場を後にした。




 


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