本当の気持ち
(13)







「ええ、確かに彼は俺の友人、戸田若菜です。 でも、そんな事俺に聞
かなくても知ってるはずですよね」

 そう言い切った綾瀬を忌々しげに見る。
 今までの自分にはあり得ない今回のミス。
 そのお陰で若菜を見失いそうになったのだから。

「・・・・・明日、自宅に行く。 若菜を連れて来なさい」

 あまりにも傲慢な物の言い方に、ムッとなる。
 
「何故俺が? わざわざ自宅に呼ばなくても、ここに連れてくれば良いじ
ゃないですか。 それともここに呼べない訳でも?」

 挑発するような言い方。
 しかしサラリと軽く聞き流す。
 
「そう言えば、お前達親父に反対されてたはず・・・・」

 意地の悪い笑みと言葉。

 確かに綾瀬は、今付き合っている楠瀬悠二との事を親に反対されて
 いた。
 綾瀬は母親によく似た面差しで、三兄弟の中で一番父親に愛されて
 いる。
 その愛する息子が、男と付き合っているのが許せない。 
 また、悠二の見た感じが、顔は良いがとても軽薄そうだったから。

「私が口を効いてやってもいいが」

 この貴章の申し出はかなり有り難かった。
 自分から言ってもとても聞いて貰えないから。
 下手惚れな母の頼みでも、これだけは聞いて貰えなかったのだ。
 しかし、父は貴章には負ける。
 口でも、頭でも全てに。
 だから、悠二との事も確実に認めて貰える。
 それがとても悔しいが・・・・・

「・・・・・お願いします・・・・・」

「分かった。 お前も明日忘れるな」



 こういった、やり取りが昨日の内に交されていたのだ。 

・・・・・どうりで詳しく話したがらない訳だ・・・・

 なんの事は無い、自分の手落ちを綾瀬に知られたくなく、良い兄を演
 出しただけなのだ。
 二丁目で、一目惚れでそのままお持ち帰り。
 自分の全く知らない、想像も出来ない兄の姿。
 色惚けしていただけに、ばつの悪い兄。
 しかし、今回の事は人間味があり好感が持てた。

「兄さんは自力で若菜を捜したんだよ。 確かに俺の態度にチョットした
切っ掛けはあったけど。 何時もの、学校でメガネを掛けて今とは全然
違う若菜を見ても直ぐに分かったんだ。 凄いじゃないか」

「嘘・・・・・」

 信じられない。
 自分でも、他人でも両方の姿を見ても誰も気が付かないくらい、全くの
 別人だと思うのに・・・・・
 
 自分だけでなく、貴章も強く欲してくれていたなんて。 
 何も言わずに部屋を出てしまった自分。
 『岬有樹』と嘘の名を告げ、『戸田若菜』の存在を何一つ残さなかった。
 そんな自分を、凄く小さな欠片から捜し出すなんて。
 止まっていた涙がまたあふれ出す。
 
「う・・・・えっ・・・・・・」

「・・・・若菜」

 優しい瞳で綾瀬は若菜を見る。

良かった

 貴章の胸に顔を埋め泣く若菜と、それを優しく見つめ抱きしめる貴章を
 見て思う。
 自分のせいで若菜が貴章から離れる事になるなんて、思ってもいなか
 ったし、恐怖だ。
 こうして二人が纏まってくれて、本当に嬉しい。

「さて、兄さん。 昨日の件お願いしますね」

 忘れてはいないと思うが、念のために言っておく。
 纏まって嬉しいが、貴章だけ幸せになるのは癪に障る。
 だからと言って二人に仲を壊す事は絶対にあり得ない。

 貴章は若菜を見つめたまま「ああ」とだけ答えた。
 その言葉に安心し、暫くの間二人を見詰めていたが、余りにも甘い雰
 囲気にアホらしくなり、そのまま黙ってリビングを後にした。

「・・・・・さあ、そろそろ泣きやみなさい。 可愛い顔が腫れたら困るだろ
う。 探したぞ・・・・・」

 髪にキスを落としながら、あやすよう背中をゆっくり撫でる。
 優しい仕草に、落ち着きを取り戻し、ゆっくり顔を上げ貴章を見る。 
 まだ一日しか経っていないが、凄く逢いたかった貴章が目の前にいる。
 
「貴章さん・・・・」

「ん、どうした」

 自分だけを見つめ、話しかけてくれる。
 諦めなくてはいけないと思っていただけに、凄く嬉しい。
 本当に自分でいいのだろうか、不安にもなる。

「あの・・・・どうして分かったの? どうして探してくれたの?」

 こんなにも自分を夢中にさせておいて、一体何を言うのだろう。
 全く自分の魅力に気が付いていない若菜に苦笑する。

「あの日、人に興味のない綾瀬がしつこくお前の事を聞いて来たからだ
な。 そうでなければ、捜すのにもう少しかかった。 帰ってお前がいな
かったのにはショックだった。 あんなにも『愛してる』と言ったのに」

 『愛してる』の言葉に一気に顔が赤くなった。
 が、心で思っていた不安を素直に告げる。
 
「でも、僕なんの取り柄もないし・・・・貴章さんに釣り合わない・・・・・・」

「どうして、そんな事を? 若菜はこんなに美人で体の相性もいい。 そ
れに釣り合うか釣り合わないかは私が決める事だ。 他の誰でもない」

 若菜の不安をぬぐい去るように、力強くハッキリと言い切る。
 その言葉に安心するが、内容に赤くなる。

あ、相性だなんて・・・・・

 恥ずかしくてモジモジする若菜。
 その可愛らしい仕草に欲望が沸き上がる。
 膝に乗せていた若菜を無言で抱き上げ、リビングを後にした。





  
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