本当の気持ち
(12)







 貴章は若菜が落ち着くまでと、暫くの間後ろから抱きしめていたが、泣
 き止みそうになかったため、そのまま後ろから両脇を挟みヒョイと持ち
 上げる。

「え?」

 いくら貴章より身長は低いとはいえ、170p近くで体重も50s近くあ
 る。
 それを軽々と持ち上げ自分の腕の中に納めてしまうとは・・・
 驚きのあまりに涙も止まる。
 正面に座っていた綾瀬も、兄の力技に驚き固まる。
 そんな二人をよそ目に、貴章は若菜を子供のように抱き、ソファーに
 座る。
  
 若菜はそのまま貴章の膝の上に座る形になった。
 呆然としたまま、貴章を見詰めている。
 貴章は片方の腕は腰を抱いたままで、残りの腕で若菜の髪を梳き、泣
 きはらした目元に口づける。
 優しく、とても穏やかな顔だ。
 そして綾瀬に目を向け冷たく言う。

「若菜を泣かしたな・・・・・」

 固まっていた綾瀬は、兄の冷たい口調に我に返り、冷や汗を流す。 
 そんな事を言われても、泣かせたくて泣かせた訳ではない。
 自分の事に関係はあるが、貴章の事も関係しているのに。

「何か言いたい事でもあるのか」

 綾瀬の不満そうな顔を見て言う。
 言いたい事は山のようにあるが、言った後が恐いのでやめておく。

「どうして・・・・・」

 黙って貴章の顔を見詰めていた若菜が急に口を開く。 

「どうして貴章さんがここに・・・・・」

 そう言いながら綾瀬を見る。
 あの時、綾瀬は自分とは無関係を装ってくれた。
 その後、貴章が部屋を出て行き話し声が聞こえてきた。
 もしかしたら綾瀬が自分の事を話すのではと心配したが、その後食事
 を持ってきた貴章は何も言わなかった。
 だから安心していたのに。

「言っておくが、俺からは何も話していない」

俺からは?

 それは一体どういう事なのだろうか。
 キョトンと無防備な顔になる。 .

「・・・・・若菜、私の前以外でそういう顔はしない事」

 そういう顔と言われても、自分ではどんな顔をしているのか分からな
 い。 
 でも、貴章が言うのだから気を付けよう。
 兎に角、もう逢えないと思っていたのに、こうして逢え、抱きしめて貰え
 るなんて。 
 自然に頬を胸に擦り寄せていた。
 
 そんな可愛らしい仕草に、綾瀬に向けられていた冷たい視線が、途
 端に緩む。
 若菜をこうして、もう一度腕に抱きしめる事が出来、昨日からの苛立っ
 た心が落ち着く。
 やはり、自分には若菜は無くてはならない存在。
 だが同時に唯一の弱点となってしまった。 
 今、そしてこれからも出て来るであろう、自分を疎う者達。

必ず守ってみせる

 その為にも、今以上に回りを強固な物にしなくては。

 家に帰り、若菜がいないと分かった時のあの喪失感。
 初めて自分の中に絶望が走った。
 直ぐに見つけ出し、もう一度自分の腕に。

 そして思い付いたのは、綾瀬の事。
 あの時の綾瀬は何処かおかしかった。
 誤魔化していたが、きっと何か関係があるはず。

しかし綾瀬に聞いたとして、素直に答えるか・・・・・

 自分の弟なだけに、確実を手にしない限りきっと何も喋らないだろう。
 だから、その確実を手に入れるために、ある場所へと電話をした。
 その人物ならば、それは必ず手に入れるはずだから。
 電話を入れ、30分としない内に連絡が入り、綾瀬の交友関係者のリ
 ストと写真が、自宅のパソコンに送られて来た。
 相変わらずの速い仕事に満足し、書斎のパソコンからメールを開く。

 綾瀬は気に入った者だけを、自分の近くに置く。
 そのため、交友関係はかなり狭く、送られて来たリスト者は少なかった。
 住所・氏名・年齢・それに一人一人に顔写真と、最近の者であるだろ
 う、下校時の写真が送られていた。 

 綾瀬は知らないが、定期的に文章で報告がされる。
 大きな会社だけに、逆恨みされたり、陥れようという人物、会社が後を
 絶たない。
 綾瀬に限ってはと思うが、万が一を考え不審人物が近づいたりしてい
 ないかを、確認しているのだ。

 そのリストには、当然『岬有樹』の名前もあったが、思った通り全く違う
 人物。
 その次に、『戸田若菜』の名前と写真が。
 その写真は普段の学校での若菜。
 ボサボサの髪に顔は半分隠れ、鼈甲のメガネ。
 全く違う人物であったが、貴章のカンがこの人物こそが自分の捜して
 いる者に間違いないと告げていた。
 下校時、綾瀬と一緒に写っている物を見て「間違いない」と確信した。
 そして、直ぐに綾瀬に連絡を。
 綾瀬も昨日の事がやはり、気になっていたため、既に貴章のマンション
 の近くまで来ていた。
 
 エントランスに入るとフロントから「久我山様がお待ちです」と直ぐ声を
 掛けられた。
 兄は綾瀬が来る事が分かっていたようだ。
 緊張しながら部屋に入ると、そこには若菜の姿は無かった。
 ホッとしたが、何故家の近くまで来ていたのかと聞かれたらどうしようか
 と、思ったが貴章は何も聞かない。
 ただ、「来い」とだけ言われ、そのまま書斎に連れて行かれた。
 入るとパソコンが点いており、画面には自分と若菜の下校時の写真が
 映し出されていた。
 自分が知らないふりや、誤魔化しが出来ないようにこの兄は確実を手
 にした事を知る。
 ここまで徹底されるとは。
 
愛されてるね、若菜・・・・・

「これを見せた理由は分かるだろう・・・・」

「・・・・いえ・・・」

 視線だけの会話とはいえ、若菜は知らない振りをして欲しいと頼んだ。
 無駄だとは思ったが、取り敢えず惚けてみることに。

「では、何故近くまで来ていたんだ。 お前の親友が気になったからだろ
う」

「・・・・・・・」
 
 実際、そうなだけに何も言えない。

「戸田若菜だな・・・・・」





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