本当の気持ち
(6)







貴章さんが帰って来る前に帰らなくちゃ

 怠い身体を引きづり、部屋を出てエレベターで下まで降りる。
 ドアが開き出ると目の前には豪華なエントランスが。
 部屋の作りもかなり豪華だったがこれはまた・・・・・
 ホテルかと思ったくらい。
 革張りのソファーに観葉植物。
 ちょっとした喫茶コーナーにフロント。
 入り口を見ると警備室がありチェックをしていた。
 貴章にここに連れて来られた時には、かなり酔っぱらっていていたから
 分からなかった。
 都内だというのは間違いないのだが・・・・・・・・

どうしよう

 どうやって帰ろうかと思い、キョロキョロと辺りを見回しているとフロントか
 ら一人の中年の男性に声をかけられた。

「お早うございます。 何かお困りですか?」

 振り返りタクシーを呼んで欲しいと告げる。
 若菜の弱々しい声と真っ青な顔に驚く。

「大丈夫ですか。 さあこちらに」

 直ぐさま大きめソファーの所に連れて行かれ、横にさせられる。

「只今病院の手配をいたします。 すぐに動くのが辛いようでしたら医師を
お呼びしますが。 お部屋でゆっくりされていた方が宜しいのではないで
すか?」
 
 有り難い言葉だが今の若菜には取り敢えずこの場所から離れなくては
 いけないと思うばかり。

「いえ、鍵が無いので部屋には入れないんです、だから・・・・」

「それでしたら、フロントで鍵をお預かりしていますのでお部屋までご案内
いたします」

 得体の知れない人物を簡単に部屋に案内して鍵を開けてもいいのか?
 そう思い聞いてみた。
 すると笑われてしまった。

「得体の知れないですか? 全く見えませんよ。 あなたが得体の知れな
い人物なら、ここにいるスタッフは犯罪者になってしまいます。 それに昨
日は久我山様に抱えられてご一緒でしたから」

抱えられて・・・・・抱え?

 今まで真っ青だった顔が真っ赤になる。
 お姫様抱っこをされたままこのフロアーを通ったのか!
 あわててフロントに目を向けるともう一人の若い男がニッコリと笑う。

穴があったら入りたい・・・・・・・

 まあでも、ここには二度と来ることは無いのだからと開き直る。
 しかし胸が痛い。

「そ、そうですか・・・ 貴章・・久我山さんに・・・・・。 でも何時帰って来る
か分からないですし、帰って家で寝ていれば治りますから、車を呼んで貰
えますか?」

 ここまで言って帰ろうとするのだから無理に引き留める事も出来ない。
 言われた通り車を呼ぶ。
 車に乗るときには手を貸して貰い、お礼を言ってマンションを後にした。
 何度も振り返ってしまう。 
 無断で部屋から持ち出した貴章のシャツを握りしめた。


 貴章のマンションから若菜の家までは車で30分の所にあった。
 遠いようで近い、複雑な距離。
 お金を払いゆっくりと歩いて門を開ける。 

 綾瀬と出会った時にはマンションに住んでいたが、乙女な母の立っての
 希望により戸建てに移り住んだ。
 今まで住んでいたマンションからさほど遠くない所。
 母が好きそうな、ちょっとメルヘンチックな建て売り輸入住宅が売りに出
 されていたのだ。
 新築とはいえ、賃貸マンション。
 父は思いきって買うことに。
 都心にしては静かな閑静な住宅街に若菜の家はあった。
 
 家族は5人。
 国際線のパイロットをしている父。
 自宅でフラワーアレンジメント教室を開いている母。
 同じ高校に通う一つ下の妹。
 付属中学には2つ下の弟が。

 それぞれが若菜を溺愛していた。

「ただいま・・・・・」

「お帰り若菜!」
 
 若菜の帰りを、今か今かと待ち侘びていた面々。
 いつもなら熱い抱擁となるのだが、「疲れてるから」と、若菜は靴を脱ぎ
 そのまま階段を上がり、二階の自室へと。
 今は兎に角横になりたかった。
 そんな若菜の様子に慌てる一同。
 特に父晃司と弟青葉は我先にと二階に上がって行く。


 晃司は久しぶりに取れた連休を若菜と過ごそうと急いで空港から帰って
 来た。 

「ただいま!」

 リビングのドアを開けると若菜の姿は無く、憮然とした表情の青葉がカッ
 プラーメンをすすっていた。

「若菜はそれに佐織に紗英は?」

「母さんと紗英は若菜がいないから銀座に食事に行った。 若菜は綾
瀬さんの家に泊まりに行った・・・・」

 若菜がいない時はいつもこう。 
 母と娘は買い物か食事へと出掛け、息子は一人寂しくインスタント物か
 出前。
 そして父も出前。
 
「そんな・・・・・疲れて帰って来た時には若菜の顔を見るのが一番の楽し
みで癒しなのに・・・・。 で、いつ帰って来るんだ」

普通は妻が一番じゃないのか?

 そんな事を思っている青葉も父と同じで、勉強で疲れた後には若菜の
 顔を見るのが一番の楽しみだったりする。
 会社と学校、場所は違えどもこの親子、顔・実力・人気No.1。
 そんな二人のNo.1は若菜。

「さっき綾瀬さんから電話があって今日も泊まるって」

「そんな〜」

 ガックリと肩を落とす晃司。
 いないなら仕方ないと気持ちを切り替える。
 綾瀬とは何度も会っている。

 若菜が連れてくる数少ない友人のうちの一人。
 頭も良く美形。
 若菜の本来の姿を見て自分からナイト役を買って出てくれた人物。
 それだけに家族の誰もが綾瀬に信頼を置いている。
 その綾瀬の家なら仕方ない。
 過保護な家族は、若菜を誰かの家に泊まりに行かせる事はさせなかっ
 た。
 しかし綾瀬は若菜にとって初めての親友。
 守ってもくれている。 
 自宅もセキュリティーは万全となれば行ってもいいと言うしかなかった。
 
 そして次の日まだかまだかとヤキモキしながら帰りを待っていると昼前に
 若菜が帰って来た。
 なんだか怠そうな声、そのまま二階へ上がってしまった。
 全員が顔を見合わせ若菜の一大事と二階に駆け上がったのだった。





  





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