本当の気持ち
(4)







 貴章が出て行くと緊張が解け、倒れ込んでしまった。
 まさかこんな形で綾瀬に会ってしまうとは思わなかった。
 兄弟なのだから当然、家に来てもおかしくはない。
 しかし、綾瀬は年1回会えば良い方だと言っていたから、少し安心して
 いたのに・・・・・・・。

月曜日に学校に行ってから、綾瀬に何て言ったらいいのさ〜〜



 綾瀬は、普段の若菜と今の姿の若菜、両方を知っている。
 本来の若菜の姿を知ったのは、高校に入学して直ぐの事。
 同じクラスだったが交流はなく、同じ駅で、帰る方向が一緒という事だけ
 は知っていた。

 大雨の日、改札を出たら少し前を綾瀬が歩いていた。

綺麗だな、友達になれるかな?
なれたらいいな〜

 そんな事を考え、後ろ姿を見ながら歩いていた。
 後ろから来た大型トラックが水しぶきを上げ横を通り過ぎる。
 そのせいで若菜は傘を差していたのにも関わらず、頭からビショビショ
 に濡れてしまった。 
 突然の出来事に呆然となる。
 前を見ると、綾瀬もビショビショに濡れていた。
 やはり同じように呆然と佇む綾瀬に、このままでは二人とも風邪をひい
 てしまうからと、勇気を出して歩いて行き声を掛けた。

「久我山君、もし良かったら家に来ない? そのままだと風邪ひいちゃう
し。 直ぐそこだから。」

 その時の綾瀬は非常に驚いた顔をしていた。

 20m先にある7階建ての新築マンションを指さす若菜。
 学校では大人しく、親しい友達もいないらしく何時も一人で本を読んで
 いた。
 当然話をした事もなく、声を掛けられた事に驚いた。
 綾瀬は暫く若菜の顔を無言で見ていたが、このままでは冷えて風邪を
 ひくのも腹が立つと思い、若菜の申し出を素直に受ける事にした。
 オートロックを解除しエレベーターに乗り5階を押す。
 部屋は一番端の501。
 鍵を開け綾瀬を連れてお風呂場へ行く。

「制服乾かすから脱いで。 あっ、身体も冷えちゃってるからシャワー使っ
て暖まってね。 はい、これタオル。 着替えは後で持って行くから。」

 言うだけ言って脱衣所から出て行く。
 意外とテキパキしている若菜に呆気に取られた。

「落ち着きの無い奴だ・・・・・・。」

 折角なので、シャワーを浴びることにした。

 その間に若菜も濡れた制服を脱ぎ、Tシャツ、ジャージに着替え、綾瀬
 が着られそうなシャツとズボンを出し、お風呂場に持って行く。

「着替え置いておくね」

 声を掛け、濡れた制服を持って出た。
 リビングで制服をドライヤーで乾かせていると、首にタオルを掛けた綾
 瀬が来た。

「良かった。 身長同じくらいだから服のサイズもピッタリだね。 今、紅茶
入れるね。 本当、災難だったよね。 全く!もっと気を付けて運転して欲
しいよ。」

 キッチンに入りティーポットを暖め、お気に入りの葉を入れ少し蒸らし、お
 湯を入れカバーを掛け砂時計をセットし、その間にカップを用意しお湯を
 入れ暖める。
 止まらない話、紅茶を入れる手際の良さ。
 こんなに良く喋るとは思っていなかった。
 冷蔵庫から手作りと思われるチーズケーキを出し、カットする。
 丁度砂も落ちきりカップのお湯を捨て、紅茶を注ぐ。 
 綾瀬をソファーに座らせ、紅茶とケーキを置く。

「はい、どうぞ。 まだ、制服乾いてないから、乾くまでゆっくりしていって。 
じゃあ、シャワー浴びて来るから。」

 一言も発っせないまま、綾瀬は呆然と若菜を見送った・・・・。

 脱衣所で服を脱ぎ、浴室へと入る。
 体を軽く洗い、湯の入った浴槽に入り若菜はホッと息を吐く。

「はぁ〜、緊張した。 遠くから見ても綺麗だけど、近くで見るともっと綺麗。
湯上がりなんてドキドキするくらい色っぽいし〜」

 綾瀬の湯上がり姿を思い出しまたドキドキしてしまった。
 暖まったところで浴槽から上がり、急いでシャワーを浴びリビングへと戻
 る。
 綾瀬はリビングボードに置かれた家族写真を手に取って見ていた。

「四人兄弟なのか?」

「えっ?」

 一瞬何を言われたのか分からなかった。

「戸田は写ってないんだな」

 尋ねて来る声が少し堅く聞こえるのは何故だろう。
 綾瀬の側に行き写真を覗き込む。

「やだな〜、家は三人兄弟の五人家族だよ。 僕もちゃんと写ってるでし
ょ」

 今度は綾瀬が驚いた。

「えっ!? どれが戸田? 見あたらないけど?」

 綾瀬の言うとおり、目の前にいる若菜は何処にも写っていない。
 そこには迫力のある少し年のいった美男美女のカップル。 

これは両親だろ?

 父親の左横に背の高い学ランを着た精悍な顔立ちの男。
 その前に椅子に座ったセーラー服を着た少しキツメの美少女が。
 この二人が着ているのは、綾瀬達が通う鳳学園の附属中学の物。
 とても年下には見えない。
 そしてその右横に綾瀬達と同じブレザーの制服を着た、横の美少女以
 上に美形な優しい顔立ちの美少年が写っていた。

こんな美形、うちの学校にいたか?

 どんなに思い出しても覚えがない。
 この美貌の持ち主がいたら、当然校内で騒がれるはず。
 なのにそんな騒ぎもない。

・・・・・おかしい

 そう思いながらも、若菜には失礼かと思ったが、『こんな美形家族だか
 ら、一人だけ遠慮して撮らなかったんだろうな』と勝手に思いこんでい
 た。

 そこに若菜の爆弾発言が。

「そこに制服着て写ってるでしょ?」

 聞いた瞬間、綾瀬は両手で写真立てを握りしめ、人生最大の驚きと叫
 び声を上げた。

「え―――――――――――!!!」

 普段の綾瀬からは考えられない、余りの声の大きさに驚きビックリした
 が、ちょっとムッとした。

「何でそんなに驚くの? どう見たって、僕でしょ?」

 綾瀬は写真と本人を何度も見比べる。

「別人・・・・・。」

 その時若菜はハッと気が付いた。

「あっ、ごめんね。 それじゃ分かんないよね?」

 そう言いながら、今時誰も掛けないだろう鼈甲柄のメガネを外し、目を
 覆い隠していた前髪を上げた。
 すると写真と同じ顔が綾瀬の目の前に現われた。

「ね、ほら同じでしょ?」

 呆然とする綾瀬。
 若菜は目の前に手を翳し左右に動かす。

「おーい。 久我山くーん」

 自分で言うのも何だが、綾瀬は美人だと思っていた。
 周りにも美形は大勢いたが、周りの男女合わせても自分以上の美人は
 いないと思っている。

 普段の若菜は鼈甲メガネを掛け、前髪は長く顔を隠すように。
 大人しく、何時も本を読んでいて、猫背気味。
 はっきり言って暗くて、ダサかった。
 それが今はどうだろう! 
 メガネを外し、前髪を上げると、小さな形の良い卵形の顔・綺麗な紅茶
 色の瞳・長い睫毛・柔らかいふっくらとした口元が現れた。
 一つ一つが素晴らしく整っている。
 そして今は猫背ではなく背筋も伸びている。
 腰の位置も高く、足もスラッと長くバランスのとれた素晴らしいスタイルを
 していた。
 さっきと同じTシャツとジャージ姿なのにブランド物を着こなしているように
 見えた。

一体誰?

「美人、なんだな・・・・・・」

 呆然と呟いた。

「やだな〜、久我山君。 そんなに綺麗な君に言われてもお世辞にも聞こ
えないよ。」

 手をパタパタと振る。
 家族の中で一番美形。
 にもかかわらず、メガネを掛けている学校での自分を見慣れてしまっ
 たせいで、本来の自分の姿をすっかり忘れていた。



 これが切っ掛けで綾瀬が次の日から、若菜に話し掛けるようになり友
 達になった。
 
 いくら共学とはいえ、あまりの美貌と性格の可愛さを他が知ったら大変
 危険だと思い、綾瀬は近くにいて監視しようと決めたのだ。
 
 そんな綾瀬の心配にも全く気付かず学校では、いつもと変わりなく大人
 しくバレずに過ごしていた。
 しかし、綾瀬が目立っちいつも一緒にいるようになった事で、若菜は違
 った意味で目立っていた事に気づいていなかった。
 家族から『目立つな』『絶対にメガネを外すな!』、ときつく言われてい
 たのでそれはもう大人しくしていたのだが。
 綾瀬とした事がその事が頭からすっかり抜けていた。

 突然アイドル綾瀬の隣りに現れた若菜に、『なんだ、彼奴!』『退け、ブ
 サイク!』と思っていても綾瀬に嫌われたくないため、皆黙っていたの
 だ。
 どんなに冷たくても、口が悪くても綾瀬はアイドルだったから。

 口が悪く、冷たいが本当は優しい綾瀬。
 一番最初に友達になってくれた綾瀬を失いたく無かったのに・・・・・・。
 兄と寝てしまった自分をどう思っているのかと考えると苦しくなった。





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