優しい風

(8)





 居間に笑いが溢れている。
 
 雫がいた頃には無かった賑やかさ。



 雫達が着いて直ぐ、厩舎で作業していた父達が家
 へ戻って来た。
 作業していて、雫達の車が来たのが分かったのだ
 ろう。
 週末に帰る事は言ってある。
 それに朝家を出る時に、自分一人ではなく、もう一
 人、学校の後輩が行く事も連絡した。
 父達には、それが宗之である事が分かったのだろ
 う。
 でなければ作業の途中であろうこの時間に、家に
 戻って来る筈がない。

 車から降りて来た宗之の顔を見て目を輝かせてい
 た。
 特に二人の兄の目は異様な輝き。

 
「こんにちは、遅くなってすみません」

 という宗之の言葉に、父が愛想良く答える。

「遠いところお疲れでしょう。 さ、中へ」

 促し、そして初めて宗之に抱かれている雫に気付
 く。
 いつもと変わらない憎しみの眼差し。
 だが一瞬の事。
 次の瞬間には見たことのないような、雫を気遣う
 顔に。
 
「どうしたんだ、どこか具合でも悪いのか?」

 本当に心配そうに聞こえる。

「ええ、車酔いしてしまったんです。 朝から少し具
合が悪かったところに、車での長時間移動のせい
でしょうね。 俺が一緒にいながらすみません」

 父の言葉に、宗之が代わりに答える。
 謝罪の言葉に兄達が慌てる。

「そんな事ありませんよ。 わざわざ雫を送って来て
頂いたんですから、こちらこそすみません」

「そんな事より、早く雫を休ませてやらないと、母さ
ん! 母さん!」

 二番目の兄が叫びながら家の中へ入って行く。
 その後について皆が中へ。
 一番上の兄の案内で二階の雫の部屋へ。
 優しくベットに下ろされ寝かされる。
 
「ゆっくり休んで下さい」

 言って布団を掛け、優しい言葉を掛ける宗之。
 この優しさが本物だと思えてくる。
 だが瞬時にしてその優しさが、偽りである事を思い
 出す。
 宗之の後ろに立つ一番上の兄の顔が目に入った
 から。
 厭らしい、ギラギラとした目の顔。
 身体を強張らせる。
 雫の変化に宗之が気づき、口を開きかけた時母が
 来た。
 ベットの上で青い顔でいる雫に母が駆け寄り声を
 かける。
 この家の中で唯一雫の事を心配してくれる人物。
 だが今では、それが本当なのか分からなくなって
 いる。

 皆がいない時には、優しく労ってくれる母。
 だが父、兄達がいて、彼等に何か言われていても
 母は助てくれない。
 幼い頃何故自分は父に、兄達に嫌われているの
 か聞いてみたが、ただ母は泣いて謝るだけ。
 それ以降は一度も聞いた事はない。

 兎に角、今回の事で雫は誰も信じられなくなって
 いた。
  

「母さん、雫の事頼むよ。 雫の事は母に任せて下
に行きませんか」

 背を向けている、宗之に兄が話しかける。
 話があると臭わせる態度に「そうですね」と言っ
 て部屋を後にした。


 
 
 二人の兄が笑い、父も楽しそうに笑い話す。
 普段皆でいる時には笑うことのない母が微笑んで
 いる。

「母さん、酒がないぞ」

「稲村さん、これもどうぞ」

「このチーズとワインは、今朝富良野から取り寄せ
たんですよ。 このタラバは釧路に朝一で行って買
ってきたんです」

「どれも美味しそうですね」

 家を出て行く前にはなかった光景。
 出来る事なら一度でいいから、この光景を見たかっ
 た。
 そうしたら、この笑顔が、皆が嘘だとは気付かなか
 ったから。

 嘘でない家族の団らんを過ごしたかった・・・・・

「雫、大丈夫か? さっきから全然食べてないじゃな
いか」

 一言も喋らない雫に心配そうに一番上の兄が話し
 かける。

これは嘘・・・・・

「そうだぞ、お前顔色悪いぞ。 早く少し休んだほう
がいいんじゃないか? お前、昔から身体が弱かっ
たから。 帰って来るのに疲れたんだろう」

これも嘘・・・・・

「そうだな、少し休んだ方がいい。 痩せたんじゃない
か? ちゃんと食べているのか? 母さん、雫の部屋
の暖房を。 冷えた部屋は身体に悪い」

みんな嘘・・・・・・

 優しい言葉を言われる度、雫の中で心が壊れてい
 く。

 優しい言葉に隠された真実。
 雫に何かあれば、この牧場経営に拘わってくる。
 だから皆が優しくしてくれるのだ。

 この嘘の団欒から逃れたかった。
 一人食事を早々に終え、部屋へ戻った。



 夕方、母と自分のいない下の部屋で、どんな話
 が行われたのだろう。
 ベットに横たわり考える。



 暫く休み下へ下り、リビングへ行くと、話し声が。
 入った瞬間会話が途切れ、四人の視線が一斉に
 向けられた。
 異様な空間。
 それを破ったのは宗之。

「大分顔色が良くなりましたね」

 言ってソファーから立ち上がり、入り口で立ち竦む
 雫の元へ。
 皆の視線が、帰って来た時とは違うものに。
 それをどう表現すればいいか・・・・・
 
 ハッキリ言えるのは、3人が3人とも興奮している
 事。
 そして喜んでいる。
 何に対しての喜びか。

 宗之の顔を見ると満足そうな顔。
 その顔を見て漠然ではあるが気付いた。
 自分の今後の事だという事に。

 とうとう宗之に差し出されるのかと・・・・・





 
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