束縛されて
(1)
4万Hits企画






 ギラギラと照りつける太陽。

 元々体力のない珊瑚にとって、真夏は過ぎたものの、残暑の日差しは非
 常にツライ。

 しかも珊瑚の髪は真っ黒な髪。
 熱を存分に吸収している。

 日中のしかも、炎天下に出かける事はまずしないのだが、この日は何を
 突狂ったのか、何かに誘われるように、外へと出かけてしまった。
 
 初めのうちは良かった。
 
 暑かったが、久しぶりに買い物でもしようとショップを見て周り、気に入っ
 た服も見つかり手に入れる事が出来たから。

 しかし、時間が経つに連れ足取りが重くなって来た。

 体力もないが、肌も弱い珊瑚。
 家を出る時、抜けるような白い肌に、日焼け止めをタップリと塗って来たの
 だが、それでも万全でなく、肌は赤くなってしまっていた。
 ヒリヒリと痛い。
 しかも、頭か痛くなってきた。
 目眩もする。

マズイ・・・・

 日射病になりかけている事に気付く。
 どこかに入って暑くなった身体を冷やし、水分をとらなくては。

 辺りを見回すが、こういった時に肝心な店が見あたらない。
 少し先にデパートがある。
 我慢して行く事に。

あそこまで保つか・・・・・

 ゆっくりと歩き出すが、足取りがかなり危なくなっている。
 このままでは途中で倒れてしまう。
 見ると街路樹があり、日陰になっていた。
 炎天下を歩くよりマシかと思い、街路樹に凭れかかる。
 
 しかし時既に遅く、目の前が砂嵐状態に。
 貧血を起こしていた。
 耳から聞こえてくる音も遠くなっている。

やっぱり出かけるんじゃなかった・・・・・
こんなとこで倒れても誰も引き取ってくれないじゃん・・・俺

 いやその前に、誰かに連れ去られてしまうかも。


 自分の容姿に自覚のある珊瑚。
 今時珍しい真っ黒な髪。 白い肌。何も付けていないのにも拘わらず真っ
 赤な唇、切れ長の黒い瞳は何処か神秘的。

 和風美人な自分。
 子供の頃は、見かけが「女みたい」だと苛められた事も。
 嘗められないように、苛められないようにとするうちに外ではとても気の強
 い、口の悪い子供になってしまった。

 年齢を重ね、人を睨み付ける事も覚え、切れ長の瞳に睨まれると、睨まれ
 た相手はその瞳に魅入られた。
 そして、珊瑚の取り巻きになっていった。 

 中には珊瑚を恋愛対象として見る者も。
 街へ出かけると必ずナンパされる事が増えた。
 ストーカーも現れた事も。
 いつの間にか、消えていたが。

 遠くなる意識の中、そんな事を考える。

 耳元で双子の弟達が叫んでいる気がする。

「だから珊瑚ちゃんも一緒に行こうって言ったのに!」
 
 珊瑚の家族は珊瑚を除き、海外にいる。
 
 今年の春マレーシアに海外赴任が決まった。
 母親は迷う事なく、父親に付いて行くと。
 双子の弟達は、まだ小学生だった為強制的に行く事に。
 珊瑚は今の学校が気に入っていたし、今更海外の学
 校に行くなど冗談ではなかった。
 最初は渋っていた両親だったが、珊瑚の言う事も一理あると珊瑚が残る
 事を許した。
 いざとなれば、母の弟が近くに住んでおり、その叔父に頼ればいいのだ
 から。
 
 しかし、双子の弟達は最後までごねてていた。
 口は悪いが綺麗で優しい兄珊瑚の事が大好きだったから。
 この双子は、日頃から「将来はお兄ちゃんと結婚する」
 と言って憚らない。
 周りは「可愛いわね」と笑っていたが、この双子は本気だった。
 所詮は小学生。
 どんなにごねても未成年(珊瑚もだが)

 別れの当日は当然凄まじかった。

 そんな訳で、珊瑚一人が日本に残り、今まで家族5人で住んでいた、3L
 DKのマンションには、珊瑚一人が
 住んでいる。
 寂しいと思うが、一人気楽な生活なので気に入っていた。

 叔父はいるが、連絡が取れるかどうか・・・・・

 幾つか会社を興し、忙しい毎日を送っている。
 連絡は取れるのだろう。
 但し人伝だが。

 そんな事を考えていた。

「君、大丈夫かい」

 遠くの方から声が聞こえる。
 
 誰に掛けられた声か分からなかったが、自分の頬の添えられた手に「俺
 か・・・・・?」と気付く。
 
 貧血の為に、目の前は真っ暗で相手の顔は見る事は出来なかったが聞
 こえて来る声は若かった。

「僕の声が聞こえるかい?」

 頬に添えられたヒンヤリとした手が気持ちよく、すり寄せた。
 添えられた手が一瞬ビクリとなったが、一瞬の事。
 
「大丈夫、僕が側にいてあげるから」

 優しく気遣う声に安心し、珊瑚は意識を失った。
 
 

ここは何処だ・・・・・

 戻った意識。
 目を開ける事が適わない。
 身体の怠さは残っているが、熱かった身体と苦しかった呼吸は落ち着い
 ていた。
 
そっか、倒れたんだっけ・・・・・

 優しい声と、手の人物がいた事を思い出す。
 心から自分の事を心配している気配だった。

お礼・・・・・

「大分体力が落ちていますね。 栄養状態もあまりよくない。 こんな事で
は夏を乗り切れない」

「そうですか」

「君が付いていながらね・・・・・」

 直ぐ側でそんな会話が交わされている。
 全く知らない声と、自分を気遣ってくれた声が。

違うんだ、その人とは知り合いじゃないんだ・・・・
だから責めないで・・・・・

「う・・・・・・・・」

 思うように動かない身体。
 声も呻くようにしか出ない。
 もどかしい。

 珊瑚の意識が戻った事を察した二人。
 あの、大きく少しヒンヤリとした優しい手が珊瑚の手を握る。

「まだ無理をしてはいけないよ。 点滴をしたお陰で大分良くなったとはいえ
、体調が万全じゃないんだから」

 重い瞼をゆっくりと開けると、自分の事を心配げに見つめる若い男の顔が。
 意識は朦朧としていたが、その男の顔がとても整っている事は分かる。
 
俺もこんな男前になりたかった・・・・・・

 自分の顔が嫌いではないが、男ならやはり綺麗よりも男前の方がいい。

 フッと軽く息を漏らす。
 そして何となく違和感を感じた。

 男らしい顔。
 整った眉。 
 スッキリとした目元。
 高い鼻梁。
 口元には色香が。
 着ているスーツも、若い男にはとても良く似合っていた。
 吊しではない、オーダーメード。
 素材もかなりいい。
 年の頃は20代前半位だろうか。

 何処を見ても完璧なのだが・・・・・・

 意識がハッキリとして気付いた。
 髪型だ。
 男前な顔なのに、髪型が坊主。
 いわゆる五分刈り。

 ハッキリ言って似合わない。
 男前半減だ。
 思わずクスクスと笑ってしまう。

 急に笑い出した珊瑚に、部屋の中にいた二人は驚くが、その笑った顔
 は言葉でどう表せばいいのか・・・
 とても綺麗で魅了された。
 

 ひとしきり笑った珊瑚。
 お礼を言っていなかった事を思い出す。
 腕には点滴のチューブが刺さったまま。
 残り僅かだった。

「すみません、見ず知らずの俺に対してこんなに親切にして貰って。 お陰
で大分よくなりました」

 若い男に向かって言う。

「気にする事はないよ。 ただ、出かけるのは日中は止めた方がよかった
ね。 出かけるにしても、帽子は被らないと。 君の髪はとても黒いから。 
熱も吸収してしまうし、折角の綺麗な髪も傷んでしまう。 真っ白な肌もこん
なに赤くなってしまって」

 いたわるように、赤くなっている頬を撫でられた。
 そんな仕草に、珊瑚はドキリとなった。
 心なしか、頬に熱を感じる。

何男相手にドキドキしてるんだ、俺・・・・・・

 端からすれば、二人の世界のように見える。

「・・・・・取り込み中に失礼します」

 その声で、第三者の存在を思い出す。 

 声のした方に視線を向けると、綺麗な顔が視界に入って来た。
 友人の綾瀬が年齢を重ねたらこんな感じになるのだろうか。
 見た目は冷たそうな感じだ。

「あの・・・・・・」

「手当が早かったお陰で、症状も酷くなかった。 2、3日は安静にしていた
方がいい」

 珊瑚を安心させるように、その人は微笑んだ。
 冷たい感じが一瞬にして、華やかなものに変わる。
 そして、どこかホッとするような優しい笑顔に。
 思わず頬笑み返してしまった。

「しかし、あなたが赤の他人に対してこんなに優しいとは知らなかった。 ま
あ、分からなくもないですけどね」

「そんな事はありませんよ。 楓さんにも僕は優しいと思いますが」

「表面上は確かに優しいですけどね」

 自分を助けてくれたのは、この若い男だという事は声で分かった。
 綺麗な人が「楓」という名前という事も。
 不自然なのは、年上と思われる「楓」が、若い男に対しとても丁寧に接し
 ている。
 この「楓」という人物は一体。
 そして、この若い男は一体。
 部屋を見回すと、とても豪華な部屋。
 アンティークな家具で統一されている。
 目の前にいる、若い男も高級なスーツを纏っているし。
 なんだか居心地が悪い。
 
 点滴のパックを見ると、中身は殆どなかった。

改めてお礼をする事にして、サッサと帰ろう。

 そう思い、身体を起こそうと。

 素早く二人が見留注意を。

「いけない、まだ寝ていないと」

「そうそう、医者の言う事は聞かないと駄目だよ」

 若い男「医者」という言葉に驚く。

「お医者さんだったんですか・・・・・。 俺てっきりモデルの方かと思った」

 珊瑚の言葉に二人が吹き出す。

「モデルね・・・・・プッ・・・。 確かに楓さんは医者には見えないですよね。 
白衣を着ていれば別ですが」

「竜也くん、笑いすぎです・・・・・」

 憮然となる楓。
 慌てる珊瑚。

「すみません、とても綺麗な方だったから」

「有難う、でも君もとても美人だよ」

 ニッコリと頬笑み言う楓。
 それに同調する様に、竜也と呼ばれた若い男も言う。

「僕もそう思うよ。 君はとても美人だ。 この艶やかな黒い髪。 陶磁器の
ように真っ白な肌。 赤く誘うような唇。黒く潤んだ切れ長な瞳。 とても僕
好みだ。」

 いつの間にか両手を取られ、大きな手で包み込まれていた。
 そして、珊瑚を見つめる竜也の瞳は熱かった。

ヤバイ奴・・・・・・・?

 身の危険を感じた珊瑚だった。

「竜也さん冗談はそこまでにしないと、脅えてますよ」

「そうだね」

 楓に諭され、珊瑚の手を離す竜也。
 離れる瞬間、指を絡ませ撫でて行く。
 その瞬間身体がビクリとなる。 

冗談!
本当に冗談なのか!?

 ニコニコと笑う二人の顔は、本気か冗談なのか推測する事は出来ない。

 まだフラフラするが、身体は楽だ。
 親切にして貰った二人には申し訳ないが、早く帰ろう。

「あの、本当に有難うございました。 助かりました。 お礼は改めてさせて
頂きます」

 言うだけ言ってベットを降りようとする。
 まだ腕に刺さったままの点滴の針が刺激となり、顔を顰める。

「駄目だと言ったでしょう」

 先程からの優しい口調とは違う、堅く咎めるような竜也の声に思わず身
 体が強ばる珊瑚。

 竜也は珊瑚を無視し、身体を横たえ布団を掛けた。
 
「あの・・・・」

「黙って。 君は自分の身体を過信している。 今は良くなったのかもしれな
いが、それは薬のお陰なんだよ。 少し前までは脱水症状も起こしかけて
いたんだし、微熱もあった。 今だって僕から見ても君はふらついてるし・・
・・・」

 見ず知らずの、自分の事を本当に心配してくれているのが、心に伝わって
 くる。
 危ない奴などと思った自分がはずかしい。
 シュンとなる。

 二人のやり取りを微笑ましく見る楓は、優しく珊瑚の手から針を抜き取っ
 た。

「君は何も気にせず、ゆっくり休んでいなさい」

「でも・・・・・」

 まだ何か言おうとする珊瑚に、竜也が話しを遮り、あの大きな手で優しく
 珊瑚の髪を撫でる。

「早く良くなって」

「・・・・・・はい」

 優しい声と眼差しに珊瑚も折れた。
 にっこり笑い見つめ合う二人に楓は苦笑。
 そして何かを思い出したようだ。

「そうそう、私は木崎楓と言います。 見えませんがこれでも医師です。 一
ノ瀬病院の内科に勤務しています。 こちらは剣。 剣竜也さんです」

 医者に見えないと言ったせいなのか、ちょっと意地悪な自己紹介だった。
 
 一ノ瀬病院はこの地域で一番の大病院。
 他県からも患者が集まって来るという、医師の腕も病院自体も評判の良
 い所だ。
 そこで働いているのだから、楓の腕もかなりいいのだろう。
 何より竜也が連れて来るのだから。

「あ、俺は高津珊瑚です」

「よろしく。 で、悪いとは思ったんだけど、倒れた事を家族の方に連絡しな
いといけないと思って、君の持ち物を勝手に見せて貰ったんだけど。 携帯
は触ってないよ、生徒手帳があったからそれだけ。 どなたも出ないんだけ
ど」

 勝手に荷物を開けられたのは腹が立つが、それは珊瑚の事を思ってなの
 だから仕方ないと諦める。
 ここまで迷惑をかけ、とても親切な人達なのだから。
 だから珊瑚も本当の事を話した。

「家族は今いないんです。 俺を残してみんな海外ですから」

 さも驚いた様子の楓。

「でも代わりの保護者はいるんでしょ」

「叔父がいますが、忙しくて連絡もなかなか取れなくて・・・・・・」

「そうなんだ、事実上一人で暮らしているんだ」

 今まで黙っていた竜也が口を開く。

「ねえ、珊瑚。 誰もいない家に帰すのは不安だから、完全に良くなるまで
ここにいないか?」

 すっかり呼び捨てな竜也。
 だが気付かず惚けていた。

ここ・・・・・?

 首を動かし周りを見回す。
 何度見ても豪華な部屋。
 枕元の水差しやグラスも高級品に見える。
 安静にしなくてはいけないなかもしれないが、こんな部屋ではゆっくり休む
 事など出来る訳がない。

「・・・・いや、俺この部屋は・・・」

「気に入らないの」

 不思議そうな竜也の声。

「気に入らないというか、俺こんな豪華な部屋だと肩がこって、全然ゆっくり
なんて出来ない・・・・・」

 ちょっと貧乏人な自分の発言が恥ずかしい。
 声も小さく、顔も赤くなってしまう。
 そんな珊瑚に表面には現れていなかったが、竜也と楓は驚きを隠せな
 い。
 新鮮だった。

「珊瑚は今一人暮らしなんだよね」

「え?、はい」

「そんな部屋に一人で帰す事はやっぱりできないな」

やっぱり・・・・・

「だから僕が、珊瑚が良くなるまで一緒に暮らすよ」

「え!?」

 突然の話しの展開について行けない。
 この部屋が駄目という事は分かってくれたらしいが、家に戻る事もいいらし
 いが、どうして一緒に暮らすのか。

 今日初めて出会って、目が覚めてからまだ1時間も経っていないのに一体
 なにを言っているのだろう。
 目の前で微笑む竜也を凝視する。
 そして珊瑚を無視して話しを進めていく。

「僕だ。 車を回してくれ」

 携帯で誰かに連絡を入れ、掛けられていた布団を捲り珊瑚を抱き上げた。

「じゃあ、楓さんそうゆう事で」

 挨拶もそこそこに部屋を連れ出された。
 他の部屋もかなり広く、豪華だったが珊瑚は気付いていなかった。
 部屋の入り口には竜也より年上と思われるスーツ姿の男が立っており、
 竜也が珊瑚を抱えたまま近づくと
 無言でドアを開けた。

 エレベータの前には30代後半くらいの三揃いのスーツを着た「出来る男」
 の見本のような人物と、ロビーアテンダントの制服が学生服にしか見えな
 い若い男が立っていた。

「もうお帰りですか?」

 30代の男が竜也に向かって言う。
 楓にしても、この男にしても何故年下の竜也に対しこんなに丁寧なのか。
 部屋もかなり豪華だったし、エレベーターも一機のみ。
 スイートなのだろうか。
 その前にこの竜也という人物は一体何者なのか。
 頭の中は疑問符が舞っていた。

「ええ、珊瑚がこの部屋は豪華すぎて落ち着かないと言うので」
 
 腕の中にいる珊瑚を見つめる。
 皆の視線が珊瑚に。
 いたたまれなくなり俯く。

「とても可愛らしく、奥床しい方ですね」

 どこかからかうような、しかし楽しそうな口調に、益々恥ずかしく、竜也の
 腕の中で小さくなる。

「ええ、最愛の恋人ですから」

 言って珊瑚の頭にキスをした。

・・・・・・え?

 今竜也は何と言ったのか。
 「最愛の恋人」と言われた気が。
 それに、頭に感触が。

 顔を上げると竜也が珊瑚を愛おしげに見つめていた。

 普段の珊瑚なら、そんな事を言われようものなら、冷たくあしらう、もしく
 は怒鳴りつけている。
 
 しかし竜也は余りにも自然言い放った。
 それに自分を助けてくれた恩人。

 自分の聞き間違いかも知れない。
 もしそうなら、自分はとても失礼な奴になってしまう。
 本当だった時には、いつもと同じ対応でいいだろう。
 
 大抵の奴は、冷たい眼差しに凍り付くか、外見からは見当も付かない口
 の悪さに幻滅し去って行く。
 中にはしつこい者も。
 だが勝手に『親衛隊』と称し、珊瑚の側にいる数名がそういう者達を排除
 してくれる。
 鬱陶しいが、時には使えるので放っておいている
 が。
 
「あの・・・・・・」

「ん?」

 爽やかな笑顔。
 邪な思いは何一つ感じられない。

 これまで自分に向けられた恋愛、欲望対象となる視線が全くないのだ。
 自惚れではないが、経験上、目を見ればその人の自分に対する思いが
 分かるから。
 
思い過ごしだよな・・・・・・

 疑ってしまった自分を反省した。
 
 しかし、本当は珊瑚の気のせいではなかった。
 竜也は、珊瑚に警戒心を与えないように。表面を取り繕っていたのだ。
 早くから大人社会に出ていた竜也には、珊瑚を騙す事など造作もない。
 そして、珊瑚はまんまと騙されたのだ。

「何でもないです・・・・・」

「じゃあ、行こうか」

 竜也は珊瑚を抱きかかえ、待機していたエレベーターに乗り込んだ。
 この姿でロビーを通るのかと思うとクラッとなったが、自分を抱き上げる腕
 が、広い胸が心地よく、なぜか安心感が得られた。


 ロビーに付き、「出来る男」と、学生のようなアテンダントに付き添われ外
 に出ると一目で高級と分かる深緑色の車が止まっていた。
 そしてスーツ姿の男が、後ろのドアを開けて待っていた。
 
な、なに?

 一人驚く珊瑚。
 
「では、また」

「お待ちしております」

 「出来る男」が竜也に挨拶をし、その後珊瑚に視線を向ける。

「この次いらっしゃる時までに、『くつろげる空間』をご用意させて頂きます」

いや、もう来ないし・・・・

 愛想笑いで誤魔化す。
 竜也は珊瑚を抱えたまま、車に乗り込む。
 閉められたドア。
 そして車は静かに
 外を見ると二人がお辞儀をし、車を見送っていた。

 竜也に抱きかかえられたままに気づき、慌てて降りようと身体を動かす。
 移動する時、視線を浴びかなり恥ずかしかったが身体がまだふらつくため
 に仕方ないと諦め、なるべく顔は伏せていた。
 車に乗ってしまえば、竜也が珊瑚を抱きかかえている必要はないのだ。
 
「ん、なに?」

 珊瑚を抱えているのが当然と思っているのか、降りようとするのを阻む。

 自分の身体を気遣う竜也の気を悪くしないようにしなくては。
 でも何と言ったらいいのか。

「えっと・・・この体勢体制はちょっと・・・・」

「気にしなくていいよ」

そうじゃない!

「いえ、こんなに密着してたら暑くないかと」

 車内にはエアコンの風が満ち涼しいが、珊瑚自体微熱があるから竜也
 が暑いのではないかと思う。

「僕は暑くないよ。 ・・・・ああ、珊瑚は微熱があるからこの姿勢は苦しかっ
たね。 横になった方が楽だね」

 そう言って珊瑚をそっと横に座らせる。
 ホッとしたのもつかの間。
 横たわった珊瑚の頭をそっと持ち上げ自分の膝の上に。
 
ひ、膝枕・・・・・

 これもかなり恥ずかしいものがある。
 二人だけでも恥ずかしいが、前にはもう一人、車を運転しているとはいえ、
 そこに全く知らない人物がいるのだから。
 慌てて起きあがろうとする。

 またもや、竜也に阻まれたが。

「珊瑚。 具合が悪いのだから静かにしてないと」

「そういう問題じゃなく・・・・」

「恥ずかしいんですよ」

 珊瑚がモゴモゴ言っていると、車を運転している男が珊瑚の気持ちを代
 わって言ってくれた。

 前に視線を向けると、ミラー越しに男が微笑んでいる。

 膝枕の状態を見られた事で、珊瑚の恥ずかしく真っ赤になってしまった。

「・・・・・可愛い」

 ボソりと呟いた竜也の声は聞こえていない。

「第三者の前での膝枕は恥ずかしいと思っているんですよ。 もっと相手の
事を考えて差し上げないと」

「そうなの?」

 珊瑚を見るが、顔を俯せにしている為に表情が分からない。
 しかし、耳が真っ赤だった為に、その言葉が本当だと分かった。

「寝る!」

 大きな声で言い、両手で耳を塞いだ。
 その行動に二人は苦笑していた。

いろいろ聞きたい事があったのに・・・・・

 高級な服を着ていた。
 珊瑚を休ませるだけで一流ホテルのスイートルームを用意し、往診する事
 など決してない筈の、一ノ瀬病院の医師がいて、帰る時には見送りまで。
 このとても乗りごこちの良い車も、かなり高級そう。
 しかも、運転手付き。

 考えているうちに、本当に寝てしまった。





 
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